堀茂樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
自己陶酔することなく、過去にあった出来事を淡々と書き記す。そのスタイルだからこそ、深く深く胸に突き刺さる内容であったと感じる。50年前という現代から近い過去、1970年代にフランスでは中絶が禁止されていたという事実に驚き、そして、その時代に生きて苦しんだ一部の女性たちのことを思うとやるせなさを感じる。「中絶は悪だから禁じられているのか、禁じられているから悪なのか、決定することはできないのだ。世間の人は法律に従って判断するのであって、法律を判断するのではない」。今までに辿り着くことができなかったこの考え方にハッとさせられるものがあった。
アニー・エルノーの作品をもっともっと読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
やっぱりアニーエルノーの本は面白い。
自分の母親というとんでもなくパーソナルで自分と深く結びついた関係をていねいに解き距離を保ち極めて客観的に描くことで、自分の母親の物語ではなく、ひとりの女とその生きた時代を描いていく。ひとりの人間から社会が見えてくる。ここまで徹底的に個人的なことを全く客観的に見つめ書くことができれば、どんな事象でも深く興味深い主題にできるのではないか。アニーエルノーすごい。
『嫉妬』の冒頭に「書いたものが出版されるときには自分はもはやこの世に存在していないという前提で書きたい」と書いてある。これはシンプルに見えて非常に難しい取り組みだけど、この前提があるからこそ、アニーエルノーはここまで自分を客観視し分析し文学にすることができるのだろう。
-
Posted by ブクログ
淡々と自分のやったこと、考えたことを書くのだけど、そこに恨みつらみはない。あるかもしれないけど、極端に抑える。相手や既婚者との関係について、この突き放すわけでもひねくれるわけでもなく、距離をおくわけでもない。男を見下すわけでもなく。
男や恋愛への執着があるようなないような。関係にどっぷり浸かって、たっぷり愛して、そこから抜けるのはこんなにも苦しいけども、それでよかったと肯定するように読める考え方が新鮮。
かつて人を愛したことを思い出す。一緒に生きてはいけないことが苦しかった。辛い時に一緒にいてくれないのなら意味がないと、人生が一つにならないなら意味がないと、私は思っていた。
が、彼女は、一つの人生、一つの生活を送ることに意味があるのではなく、いま燃えている、その最大化した炎に、自分ではなかなか消せないその炎に、人生の価値があるといっているように思われる。
もはや素敵な恋などこの世に存在しないと思っていたけど、また恋をしてみたくなった一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ正直さとは、いざという時に嘘が通るための下準備だ。
『悪童日記』では、双子の作文が日記として描かれている。
「作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したことでなければならない。」
子どもの限られた語彙のなかで、極限までシンプルに表現された人の残酷さを垣間見ることができる。
ただ、これは壮大なフリなのだ。
この作品を読み進めていくと、前二部作が全て嘘だったことがわかる。
人は、真実を守るために嘘をまといながら生きている。そして、その嘘には真実が含まれる。その境目は、本人でさえわからない。
双子がどんなに虚構を重ねても、本質的に追い求めていた「失われた家族」「故郷」「愛」といった喪失感や孤独、それに対する切実な願いが痛烈に描かれていた。
亡命というのは、命を亡くすと書くように、自分にあったはずの何かを故郷に置き忘れることなんだろう。この双子のように、半身を引き離されたような、それでいてその場所に戻っても、そこにあったはずの何かは戻ってこないような、行き場のない痛みなんだろう。
あるはずのない何かを求めて、届かなくて、そういった痛みを抱えながら生き続けることもできなくて。
そんな時に人は、きっと嘘を本当と信じるんだろうと思った。 -
Posted by ブクログ
家族構造や宗教そして教育という、我々の心理を深い次元で司る要素の分析を通して、それぞれの国の政治や経済がなぜ現在のようになっているのかを読み解く書である。無意識・下意識の階層にある何かが、目に見えるものを支配しているという考えには、大いに納得できるものがあった。
核家族か共同体家族かあるいは直系家族か、という言い回しが数多く登場する。核家族はホモ・サピエンスの原初的家族形態であり、むしろ直系家族のほうが最新なのである。ただ、絶対的な核家族は、創造的破壊が非常に得意である一方、技術や知識の継承という観点で直系家族に劣る側面がある。産業面で成功している中国・インド・日本・ドイツを観れば頷ける主張である。
ここに兄弟間の平等性・女性のステータス・父方居住かというファクターで細分化したのち、出生率・識字化のタイミングなどで国力の推移を分析することで各国の政治・経済のダイナミズムを考えていく。アメリカの創造性と野蛮性の混在の正体を暴いた10章は特に面白かった。
正直、内容理解は20パーセントほどしか進まなかった。文章自体は難解ではないが、主張を理解するのに時間がかかりそうだったため、飛ばして読まざるを得なかった。下巻は日本やドイツに触れるため、まずはここまで読み切ってしまいたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ凄い本を読んだ。
ノーベル文学賞を受賞されたので、その時に買っておいたのだと思う。ずっと積読でした。
『嫉妬』という作品と『事件』という作品の2篇が1冊になっている。
淡々としている文ですが、ものすごく強い力があって心が揺さぶられ震えた。
読み進めていくうちに複雑な感情が湧いてくる。
恐怖とか悲しみとか安堵みたいなものが、ぐちゃぐちゃに掻き回されて1つになったような感情だった。
読後も心の中がまだ小さく小さくザワザワしている。
それでも暗いイメージはなく、陽射しの明るいイメージが残った本だった。
「わたし」の自己対話を通して、読者も「わたし」の「経験」を体感するような本だと思った。
余韻が物凄い。
ずっと心に残り続けている。
著者の思いの強さというか、そういうものの強い力で私の心はこの本に引き止められている。
この本を読んで、読書とはただ目で文字を追って読むだけの行為ではなく明らかに体感するものなんだと改めて実感した。
想像を遥かに超えました。
『事件』の方は『あのこと』というタイトルで映画もあるので観ようと思っています。
覚悟して観ないと。
こんなにも心が揺れたのは久しぶりかもしれない。
感動ってすごいな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争というものは、かくも人の心を傷つけ続けるものなのかとあらためて思う。リュカは激しい悲しみと孤独の人だけれど、他の人々もそれぞれひとりひとりが喪失の物語を持つ。ヴィクトールの「すべての人間は一冊の本を書くために生まれた」という言葉にあるように。
それにしても謎が回収されないままに終わってしまい、読者であるわたしは置いてけぼりだ。最大の謎は「兄弟」の存在だけれど、それ以外にもある。なぜリュカはこれほどまでにマティアスに執着したのか、なぜヤスミーヌを殺したのか、なぜ彼は神に祈らないのか...。3体の骸骨の下にある藁布団が「生温か」かったのはどういう意味なのかもよくわからなかった。アゴタ・クリストフは、読者に謎解きをさせて楽しませようとしているわけではないことだけはわかった。彼女はだれかにわかってもらいたくてこの本を書いたのではなくて、自分のために書いたんだなと思った。ということは、解釈も逆に自由なのではないかな。で、その解釈のためのテキストとして『第三の嘘』まで読み終えたら彼女の自伝『文盲』を読もうと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「悪童日記」の続編だけども、表現の仕方がガラッと変わる。「悪童日記」は子供の世界「ふたりの証拠」は青年から大人への世界。登場人物に名前の無い、肩書や属性や特徴だけだった世界に、名前とともに個性が与えられて、それぞれのしがらみで、分かたれた双子の片割れであるリュカを浮き上がらせる。もう片方のクラウスの人生が対比で語られるのかと思いきや、終盤まで出てこないばかりか、イマジナリーフレンドだったのではないかという疑念が湧いて、そう言えば「悪童日記」での靴屋のおじさんの受け答えは不自然だったかもしれないなと思い至る。
著者は、物事が人間の成長や変化に与える影響を、すごくよくわかっている人だと思う。
原理原則を自ら決めて誰にも従わないで成長したリュカと、受け止めて戦う事で成長しているマティアス。リュカとマティアスの、子どもとしての性格の違いが興味深く、マティアスの自我がリュカをどう変えていくのかが楽しみだったのに…
ヤスミーヌを殺したのはリュカなのか?リュカがなんとかして手に入れた愛がこぼれ落ちていく場面はこの上なく悲しい。
実在を確認できたのはおばあちゃんだけ??
大きなノートは6ヶ月で書き上げた??
これでさらに続編があることに驚くとともに楽しみでならない。
くわばらあきらさんの朗読、素晴らしいです。 -
Posted by ブクログ
初アニー・エルノー。すごく良かった。小説ってこんなに生身の人間を直に曝け出すことができるんだと圧倒された。
恐らく筆者自身が経験したであろう出来事を深く正確に綿密に的確な言葉を重ねて描きつつも、決して感情だけに流されることのない冷徹とも言える明晰さ。個人的な出来事を突き詰め続けることで至る普遍。特に嫉妬には自分自身に思い当たる経験があり、個人的な経験を分析して突き詰めて文学に昇華させる彼女の手腕に驚いた。小説というのはこういう書き方もできるだと世界を広げてくれる作品だった。
事件は男女問わず必読。甘えのない生々しい描写に気分が悪くなるかもしれない。しかしこれが現実なのだ。本作のレビューを読むと中絶に関して日本に比べフランスが遅れているような印象を受けている人が見られたが、本当にそうなのか、いま一度自国の現状を学び直す必要があるだろう。