あらすじ
ベルリンの壁の崩壊後、双子の一人が何十年ぶりかに、子どもの頃の思い出の小さな町に戻ってきた。彼は少年時代を思い返しながら、町をさまよい、ずっと以前に別れたままの兄弟をさがし求める。双子の兄弟がついに再会を果たしたとき、明かされる真実と嘘とは? 『悪童日記』にはじまる奇跡の三部作の完結篇。
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Posted by ブクログ
凄まじい三部作だった。
『悪童日記』『ふたりの証拠』そして本作『第三の嘘』と、それぞれの作品に異なる衝撃があり、そして二作目を読めば一作目の、三作目まで読むとシリーズ全ての、見方や印象がガラリと変わってしまう。
「真実」がどうであるのか考察することにさほど意味はないだろう。重層的かつ撹乱するような複数の物語を貫く、強烈な孤独感と、無理矢理引き裂かれ揺らぐアイデンティティ。亡命者である著者が故国と移住国に抱く感情の、言葉にし難い生々しい領域の、わずかな一端に触れた思い。
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・感想
悪童日記シリーズの3作目
2作目でも驚いたけど今作の展開にも驚愕。
結局彼らはどれなんだろう?全部嘘で作り物なのかな。
個人的には悪童日記のあの不気味さと閉塞感が好きだったから悪童日記のみで終わらせてもよかったかも。
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(※ネタバレ)
⚫︎受け取ったメッセージ
実際には離れ離れだった双子。
二人が一緒にいられた「悪童日記」は、
二人が一緒にいられない現実から逃避する手段であった
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
ベルリンの壁の崩壊後、初めて二人は再会した…。絶賛をあびた前二作の感動さめやらぬなか、時は流れ、三たび爆弾が仕掛けられた。日本翻訳大賞新人賞に輝く『悪童日記』三部作、ついに完結。
(あらすじネタバレ)
クラウスとリュカには悲しい事実(と思われる)があった。2人が4歳の時、父は浮気相手と一緒になりたいと話し、2人の母は父を撃った。その流れ弾がリュカの脊髄を損傷し、離れ離れに暮らすこととなった。2人の母は精神の病にかかり、またリュカはリハビリが必要となり、一家はバラバラになる。クラウスは4歳から愛人に育てられることとなる。腹違いの妹とともに。クラウスは本当の家族は母とリュカだけと思い続ける。8歳のとき、自分は愛人に育てられていたのだと知り、愛人を責める。腹違いの妹と近親愛に陥る前に愛人の元を去り、精神の病を患ったままの母と暮らし始める。ことあるごとに「リュカなら…」と妄想のリュカを褒め続け、クラウスには愛情を一切示さない母に、クラウスは何も言えない。そのまま55歳になっている。そこへ、リュカが現れるが、人違いだと告げるクラウス。2日後リュカは電車に飛び込み自殺。クラウスは父の墓の横にリュカを埋葬することに決める。この先母が他界したら、生きている意味もなく、4人一緒になれる日も近い、将来電車に自分も飛び込むかもしれないという余韻をのこして、完。
⚫︎感想
「第三の嘘」によって、二人が会えるチャンスがあったのにタイミングが悪く、悲しい。ついに会えても、双子の気持ちは引き裂かれたまま。クラウスは55歳になってからでなく、もっともっと早くリュカに会いたかった。なぜ今になってしまったんだと思う気持ちで、リュカを追い返してしまう。しかし互いを求め、思う気持ちは「悪童日記」で描かれる二人で一人のまま。双子を引き裂く悲劇的な出来事に加えて戦争が落とす混乱。
いつの時代も、大人が引き起こしたことに巻き込まれ、犠牲になるのは子どもをはじめとした弱者である。
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二人の証拠のラストで、エエェ!
てなった後の本作。
悪童日記や二人の証拠であった若々しさ等はなく、
老いたリュカとクラウスの話。
全体を通じ、悲哀に満ちていて、なんとも言えない気分に。
内容が悲哀に満ちているのもそうだが、一人称の私が、リュカとクラウスどっちがどっち?てなることもあったのでもう一度読みたいと思う。
間違いなく名作。
Posted by ブクログ
ストーリーの整合性を予め確保した、一般的な小説を目指し書いたのではなく、自身の内側に漂い続けているものを小説という形をとって表現したのだと思う。
訳者の解説が巧みで素晴らしかった。
双子の、「でも、あなたは、今しがたおっしゃいましたね。〝苦しみは減少し、記憶は薄れる〟って」という言葉に対し、不眠症の男の「そう、確かに私は、減少する、薄れると言った。しかし、消え失せるとは言わなかったよ」という一言が印象的だった。
理不尽な力によって本来の自分から引き剥がされ、本来ならばそこに存在したはずの自分、家族、自然、国といった幻の中をさまよいながら、完治することのない傷と共に生き続ける人間の強さ、脆さ、悲しさが物語の随所に滲んでいた。
緑色の鎧戸の家を見つめながら涙を流す双子の描写が辛く、なかなか読み進めることができなかった。
忘れられない本になった。
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『悪童日記』の単純明快な物語は続編『ふたりの証拠』で音を立てて軋み始め、第三編である本作『第三の嘘』において崩壊する。
前作『ふたりの証拠』は『悪童日記』の続編である。『悪童日記』のその後が語られているものと思って読み進めると「おや?」というところが散見され、「おやおや?」という引きで終わる。
本作『第三の嘘』では『ふたりの証拠』の「おやおや?」の種明かしが行われるのだろうと思いながら読み進めると、過去作の断片的なイメージをかすめながらも決してそれと重なりはしない事実が語られていく。
第一作『悪童日記』執筆当初からすでにこの構想のもとに書き進められたものなのか否かについて思い巡らしながら読んだが、巻末の訳者解説にて本人が当初の構想にはなかったと語っていたことが明かされる。
前作『ふたりの証拠』と本作は名作『悪童日記』の続編三部作に位置付けられるものの、その実、一貫した物語ではない。『悪童日記』だけで完結した物語でありながら、続く二作では『悪童日記』の物語を揺るがし、冒頭に記載したように崩壊させるものでありながらも『悪童日記』の物語は損われることなくあり続ける。
虚構が虚構であると知りながら、その記述を信用しないことには読み進めることのできない読者が、虚構のその本来の虚構性を知ること、すなわち記述の真偽両面、二重の物語を読むことがフィクション作品を読む醍醐味であり、かつまたそれが私たちが現実を解釈する際に行っていることそのものであることを改めて認識させられる。
Posted by ブクログ
ついに悪童シリーズも完結。久々のハイプに注文した本の到着を今か今かと待ちわびた。手にしてからは一気読み。本作の意外な展開に、そうきたか!とまたしても唸ってしまった。
しかしこのアゴタ・クリストフという小説家は引き出しが広い。語り口も1作、2作目とガラッと変わっている。自分の展開予想もいい意味で裏切られた。
自分の中では1作目の『悪童日記』は星6だった。それより少しパンチがなかったけれど、一連の作品ということで星5にした。
Posted by ブクログ
『悪童日記』『ふたりの証拠』に続く第3巻・完結編。続編ですがどれも独立した作品のようにも見えます。
2作目『ふたりの証拠』で積り積もった謎は一旦横に置かれ、冒頭から彼らは50代半ばへと年を重ねています。1作目『悪童日記』であんなにも分かち合い共鳴し合っていたように見えた2人は時代と年月に揉まれ関係性に大きな変化が生じます。
時代という大きな波に翻弄されることで心の大切な部分を押し殺しながら生きなければならない状況。母国ハンガリーから致し方なく亡命せざるを得なかった著者の半生とどことなく重なり、心が締め付けられるようです。
相手を想うからこそ嘘が重なり、リュカもクラウスも心に反して拒絶し合います。
3作を通して全く異なる文体や様相を見せる小説は初体験だったように思います。読者もどこまでこの作品の、彼らの“嘘”に巻き込まれているかあやふやに。
真実は個々人の胸に秘めたまま――そんな無常さを感じるラストでした。
クラウスは言う。
「いや、嘘が書いてあるんです」
「嘘?」
「そうです。作り話です。事実ではないけれど、事実で有り得るような話です」(130p)
Posted by ブクログ
本当も嘘も何もわからない。たどり着いたところは失望とも絶望とも違う、あえて言うなら「疲れちゃったよ…」
こんな陰鬱な物語がその昔、景気の良かった日本で大ヒットしたのはなんでだろう。宗教による救いも無い世界が日本人にフィットしたんだろうか。
Posted by ブクログ
「悪童日記」の続編。
「ふたりの証拠」のラストにはかなりの衝撃を受けたけど、この「第三の嘘」では更に物語が二転三転する。クラウスとリュカの物語がパラレルワールドのように展開していき、まるで入れ子細工みたいな物語だった。
この三冊目を読んで、リュカと血の繋がらないマティアスが不気味なほどリュカに似ていた理由がわかった。クラウスはリュカでもあってマティアスでもあったんだな。
「悪童日記」も嘘「ふたりの証拠」も嘘、そしてこの三作目のタイトルが「第三の嘘」なんとも意味深。作中、リュカは手記の不要な部分は削除し書き換えている、というようなことが書かれていたので、今私が読んできた一連の物語は、クラウス、もしくはリュカが後から手を加えたものなのかもしれない。どこからがクラウスで、どこからがリュカが書いたものなのか、どちらがクラウスでどちらがリュカなのか、何が本当で何が嘘なのか、わからなくなってくる。まるで迷宮のような本。
リュカもクラウスもどっちも不幸だ。こうあってほしかった、と願って描いた物語が「悪童日記」だったのかな。崩壊した悲しい家族の物語だった。
一作目を読んだときはただただ不気味な子供の物語としか思わなかったけど、まさかこんな展開が待っていようとは。いやー面白かった。
Posted by ブクログ
ふたりの証拠の最後で「えーっ?」と思って急いで読み始めた第三の嘘。疑問がするする解けると思いきや、更にえっ?あれ?と混乱。どこまでも陰鬱で、心を削られるような哀しみが続くのに読まずにはいられない魅力がある。
Posted by ブクログ
「悪童日記」「ふたりの証拠」と3冊一気読みして、読後ゾワッとした。時系列、人物描写、思い出して辻褄合わせようとしてもグルグル合いそうで合わない、繋がらない。再読しても完全に理解できるかどうか…。作者の闇を感じたのは私だけかな。
Posted by ブクログ
予想を裏切る展開と、ラスト。
三部それぞれが、物語として成立していながら、通して読んだ時の、新たなる発見がすごい。
2人のどちら側からの視点なのか、実際なのか創作なのか、その全部が、層になっていて、切ない。
匂いや 温度 視覚を感じる描き方だった。
Posted by ブクログ
えらい本を読んでしまった
アゴタ・クリストフさん怪物やでぇ…
物語として素晴らしい完結をしていたと思っていた悪童日記がグラついて、ずっと夢の中にいる感覚
悪童日記は完結していた
でも3部読んだとき、全く別の完結が見られる
Posted by ブクログ
第二作の「?」がつながったような、つながっていないような。流し読みだから、もう一度じっくり読んでみようと思う。つながったらすごく面白いんだろうな。クラウス(K)がよくわからない。どうなっている??「彼」もリュカなのか、クラウスなのか。小説の再読は基本しない派だけどもう一度読もうと思える作品でした。
Posted by ブクログ
悪童シリーズ三部作、ラストのお話。今作は一人称。おそらくクラリス目線……なのかな。
冒頭で「私は自分の身の上話を書こうとするが、それは私自身を深く傷つける。だから私はすべてを美化し、こうあってほしかったという思いに従って描く」(p14)とあるので、どこまでが事実でどこまでが嘘なのかもうわからない。
これを事実だと仮定すると、シリーズすべてが崩れてしまうし、美化して書いたとすると、美化されたのはおそらく「悪童日記」の方だろうし、ということはここで描かれていることはリアルなのか?
もう、どういう気持ちで読めばいいのかわからなくて、ラストまで読めばわかるのかと思ってたんだけど、結局最後まで読んでもわからなかった……。
「ふたりの証拠」は結局本当にあったこと?マティアスは実在したの? リュカは?
また時間をおいて読み直したい。
Posted by ブクログ
「悪童日記」「ふたりの証拠」の結末「第三の嘘」。100%ネタバレです。
物哀しい曖昧な色合いの夕暮れのような作品だった。
「悪童日記」の内容は「ふたりの証拠」で、「ふたりの証拠」の内容もろとも一旦否定された。が、本作では冒頭に「事実であるだけに耐えがたく(中略)話に変更を加えざるを得ない」と、過去の2作品の種明かしされる。そして過去の2作品の作者であると読み取れるリュカの身の上話が前半に綴られる。
これを読むと、まず「悪童日記」についてはかなりの部分で納得がいく。母に溺愛された。常に支え合う双子の片割れがいた。あらゆる能力を自発的に身に着けた。これらの事は「こうであれば救われたのに」という思いで付け加えられた、もしくは実際に支えとなった妄想だったのだろう。
一方「ふたりの証拠」については、美化されてるとしても悲しすぎるし混沌としすぎててよくわからない。まず亡命したことは後悔してたのかもしれない。また、強くて気高い障害児のマティアスは「こうありたかった自分」なのかもしれない。しかし二作目に打ち出された「妄想の双子の片割れ」は二作目の愛人との会話で生み出されたかのように見えるけど、それは違ったのか?一作目が二作目で再定義され、この三作目でまた再定義されるのでかなり混乱させられる。三部作を読み終えた今、この二作目がいちばん謎だ。
「第三の嘘」に戻ると、双子の片割れクラウスは結局存在している。でもそれでよかったね、とはならない。片割れは妄想の「もうひとりの自分」を支えにすることもなく、崩壊した家庭の事情、精神障害を負った母親を背負い歳を重ねている。リュカがクラウスの存在を支えにしたのとは対照的に、クラウスはリュカに嫉妬し恐れている。会っても一貫して赤の他人のフリをする。そしてリュカは支えを失って自殺、クラウスも母親を看取ったらそうしようと思って物語が終わる。
でもこの物語は「第三の嘘」、つまりこの本には嘘が書かれている。クラウスはリュカと母親に嘘を突き通す。これが第三の嘘なのか、それともこの話事態が「美化された事実」なのか、謎のまま。
子どもの頃のクラウスが偶然同じ街に住むリュカを見て世話をしてくれてたおじいさんに質問をしたシーンが、「悪童日記」のリュカのほんとうの子供時代を表してるようで感慨深かった。それはあり得ないようなめぐり合わせでもあり、この三作目が全て嘘なのか、それとも違うのか、また迷宮に迷い込む…。
著者は自身がハンガリーからスイスに亡命して後に自国に帰国した経験を持つ。でもその後定住したのもスイスだ。
事実を書けない、美化して物語にする、亡命した後に帰国しても失ったものは永遠に取り戻せない…ということなんだろうか。
#読書記録 #第三の嘘
Posted by ブクログ
悪童日記からふたりの証拠、そして第三の嘘まで、取り憑かれた様に2日間で全て読んでしまったのだが
三部作と言われてはいるが、決して続いていると言う訳ではなさそうだ。そんな簡単なものではなさそうだ。
と言うのは、悪童日記からふたりの証拠までは何となく続いているのかな?と思ったけれど、第三の嘘は、双子の名前も出てくるし、彼ら自身が主人公ではあるが、相違点が多々出てくるため、もしかしたらこういったこともあり得たのでは?と言うまた別の側面だろうと思った。
私がリュカの話だと思って読んでいても、あれ?これはクラウスの話なのでは?とか、その逆もあったりして、作者のミスリードというか、そういうのがすごく上手い。
あれ?あの人とあの人は同一人物じゃないのか?みたいな。
結局、あの双子にとって、何が本当の話なのかは全くもって分からなかったが、全て読んだ後で再読したら、また納得出来ることもあるんだろう。
とても不思議な、でもとても良い読書体験だった。
Posted by ブクログ
悪童日記から続く物語の最後となる3作目。2作目と異なり、語り口は一人称視点に戻るが、「私」は明確に2人となり、描かれる年齢や時代も悪童日記から大きく変わる。
その変化のせいだろうか、社会の残酷さや生きることの難しさ、悲哀という根底にある空気感は変わらないものの、悪童日記とは異なる読後感であった。
悪童日記の「ぼくら」は戦中・戦後真っ只中を生きており、生々しい戦禍の生活や雰囲気も相まって、癒えていない傷口を直視しているような、グロテスクとさえ思える不気味さを覚えていた。
一方、本作で語られるのは、あくまで悲哀に満ちた「過去」である。悲哀に満ちた、残酷な物語であっても、どこかふさがった傷口の中にある物語のようで、生々しい不気味さは感じなくなった。
代わりに増したのが「諦観」や「郷愁」といったどこか切ない感情の印象である。語られる「過去」の出来事が、現在のあり方を決定づけてしまったことを見せつけられる、それを「私」がどのような形をもって受け入れるのか、それを描いているように思えた。
Posted by ブクログ
1.おすすめする人
→過去の戦争に興味がある、前2作を読んだ
2.感想
→前2作を読んで、途中でやめようと思ったが、
この3作目も読んでよかった。
やっと全ての辻褄と意味が分かる。
伏線の回収の仕方が素晴らしい。
好みのレベルで★をつけているため★3だが、
作品的にはとっても意味深いものだと思う。
Posted by ブクログ
三部作完結篇。
何と言うことだ。様相がまたもや変わった。
この三部作は、合間を開けずに一気に読むことをお勧めする。最終巻を読んでいる時に多忙で途切れ途切れに読んでしまい、内容がきちんと把握できなかった。予想を裏切る展開に頭が混乱して理解できない。
戦争の中、子供達が生き残るためにいかに過酷であったか。引き裂かれた愛を取り戻すことがいかに難しいか。クリストフは、双子という形で自己の分裂を表現したのか。
Posted by ブクログ
三部作の最後ということだけれども、先の二作と比べたとき、双子の関係性が一番不幸で、悲しくなった。
一、二作目の『悪童日記』と『二人の証拠』では、リュカとクラウスという双子の兄弟を巡って、全く違った物語が語られつつも、二人の関係は、一心同体のものとして描かれていた。『悪童日記』の二人は、理不尽な生活の中にあって、協力し合いながら、強かに生きていたからこそ、最後、国境を隔てて別れるシーンに感動があった。『二人の証拠』では、双子の二人が、実は同一人物であることが仄めかされて、クラウス=リュカにとって、双子の兄弟の物語は、妄想であるからこそ、理想的な兄弟だった。
だからこそ、二人の関係が、修復しがたい溝として描かれる『第三の嘘』は、とても悲しい。
兄弟のリュカは、戦時中、母親が起こした銃乱射事件によって重症を負い、離れ離れで暮らすことになる。一方、双子の片割れであるクラウスは、その後も母親と共に暮らしながらも、当の母親は、兄弟のリュカを愛しており、クラウスに対して辛くあたる。数十年の時を経て、リュカは、家に帰ってくるが、クラウスは、彼が母親と会うことを拒み、追い返してしまう。
作中クラウスは、自分が書く物語について、「私はすべてを美化し、物事を実際にあったとおりにではなく、こうあってほしかったという自分の思いにしたがって描くのだ」と語っている。『悪童日記』と『二人の証拠』に描かれた双子は、まさしくその通りに理想的なものとして描かれる。しかし、『第三の嘘』は、そうなっていない。もしこれも「こうあってほしかったという自分の思いにしたがって」書かれたのであれば、悲しいように思う。
Posted by ブクログ
■ Before(本の選定理由)
「悪童日記」「ふたりの証拠」に続く3作目。
■ 気づき
明かされる真実。これまでの物語を根底から覆すような真実。これは果たして真実なのだろうか?虚実入り混ざるような、不安とアンバランスさを感じさせる。
■ Todo
どうして著者は、前作の続きとしてこの本を描かざるを得なかったのか?それがもっとも気になる。
Posted by ブクログ
第三の嘘。
なかなかAudibleで聞きつつも「えっ何どういうこと??」となるときがあった。章の変わり目くらいになると時々、双子のどっちの話なの?とわからなくなることも。
結局のところ、この三部作はつながっているようでつながってはないんだな。解説の通り。
でもつながっているようでつながっているという。
一作目はいわゆる作られたお話のこと。
二作目はなんだろう。これもまた空想の中でのこと。
3作目にやっとなるほどこの二人は一人に見せかけていたけどやっぱり双子。でも、想像の世界で書かれていたことだったわけね。とわかる。ような、でもワカラナイような。
でも本当に面白かった。怖いな、人ってっと思うこともあったけど、物語としてすごく面白かった。外国語でここまでかけるってすごいな。
Posted by ブクログ
4/17/2022
悪童日記、2人の証拠を読んでしばらく経っていたので、ぼんやりとしたリュカとクラウスの思い出を心に読んだ。途中、どれが嘘?と混乱したけど、最終的には自分の中でリュカとクラウスの歴史が刻まれていた。最後まで救いがないが、親からの愛を求めること、兄弟姉妹に対する(性)愛のはざま、生きて書き、書いて生きること、などが軸としてみえる。
Posted by ブクログ
『悪童日記』3部作の完結編。2人の兄弟のその後を描いている。今まで読んできた兄弟とは設定が多少異なるため、過去の作品との繋がりが薄く読んでいて混乱してしまった。(そういうものとして読めばまた違ったのかもしれないが)兄弟は本当の兄弟なのだろうか、それとも現実から逃避するために造りだした別の人格なのだろうか、、そのようなミステリアスな部分を残したまま幕を閉じてしまう。いかようにも解釈はできるのだろうが、個人的には謎を明らかにしてほしかった。ただ物語に引き込む文体は、さすがと感じた。
Posted by ブクログ
ネタバレ含みます。
アゴタ・クリストフの「悪童日記」「ふたりの証拠」に続く、三部作の第三作目。前二作と同様に、一気に読み終わったが、正直、肩透かしを食った感じがする。
第一作、第二作と読み進めるにつれて、物語全体に対しての謎が深まっていく。第一作と第二作には矛盾している内容も多く含まれるが、それを第三作が一気に解決してくれることを想定して読み進めたが、その期待は裏切られる。
同じモチーフであるが、三作はそれぞれ別の物語として考えるべきであろう、的な解説もあった。あぁ、そうなんだという感想だ。
本作が物語として面白くない訳ではなく、上記したように一気読みした。しかし、それぞれが別の物語という前提で読むと、最初の「悪童日記」が飛びぬけた傑作で、あとの二作は、それなりに面白いというレベルのものかと思う。
少し残念な読後感。