堀茂樹のレビュー一覧
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大変興味深く面白い内容だった。
丸丸全部言う通りということはないと思うが
確からしいと思えた内容だった。
面白かったなという点を抜粋しようと思ったら
巻末の編集部の編集後記にすごくきれいにまとまっていた。
ここまで綺麗に読んだ内容をまとめられないなと感じ
歴史や現在の社会情勢に対する自分の知識のなさを特に感じた。
それはさておき
文中にあった
直系家族構造は今では先進国にはもはや存在しないがそれでも長年の間に培った権威、不平等、規律といった諸価値つまりあらゆる形におけるヒエラルキーを、現代の産業社会・ポスト産業社会に伝えた。
というところがまさに『ドイツとは』を知るベースの部分であり -
Posted by ブクログ
現代におけるドイツの擡頭(他の欧州諸国に対する経済的・政治的支配による「ドイツ帝国」化。ヨーロッパの危機)を軸に、EU問題(ユーロ問題)、フランス批判、ロシアの「健全さ」(女性の活躍率など)、アメリカ帝国の崩壊…等も描く。
巻頭の「ドイツ帝国」の勢力図を見れば、まさにヨーロッパの現状が一目瞭然である。
本書を読み、とりわけ、ドイツ、フランス、ロシアに対するイメージが大きく変わった。
国家の基本的な性格は、歴史に学ぶことでよく知ることができると再認識した。
ただ、「なぜそう言えるのか」というところの根拠、論理の説明が不十分なところが随所に見られる。
また、翻訳が基本的に読みにくいのが大変 -
Posted by ブクログ
本書を駆け足で読み、エマニュエル・トッド来日講演を聴きに行った。サブタイトルが原題では「宗教的危機の社会学」であり、文庫化に際してこちらがメインタイトルとなったことから分かるように、トッドはシャルリ・エブド事件やそれに続くイスラム系組織によるテロを主題にしているのではない。現在のフランスが置かれた状況から、普遍的な公式を導き出そうとしている。その答えが「宗教の危機がイデオロギーの危機に転移する」ということだという。
19世紀にパリ盆地においてカトリックのおよそ半分が消滅するという宗教的危機があった時には、フランス革命という人類史に残るイデオロギーの大転換があった。
20世紀初頭には北部ヨー -
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グローバル化とよく叫ばれる中でグローバル化を分かりやすく批判的のとらえた一冊。
読み進める前には国境が取り払われ、規制緩和が進む現代において、保護主義的な政策の重要性を説くのは一見ナンセンスに感じた。でも違った。決して保護主義政策をとって自国を鎖国状態にするということを主張しているのではなく、グローバル化の負の影響にも目を向ける必要性を訴えているように僕は感じた。なぜグローバル化が発生したのか?どうしてこれほど現代はグローバル化を謳うのか?グローバル化の正・負それぞれの影響は何か?こういった点を理解し、グローバル化の本質にせまる理解をしておくことが現代経済を見つめるためには必要だと感じた。
で -
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自由貿易で世界経済が復活するということに対して警告を発する。世界の経済成長率が、新自由主義が勃興する前後で約3%から1.5%へと落ちている事実など、必ずしも寄与していないという。日本では、小泉政権、そして安部政権でも、これを称賛する動きがあったのも事実。企業が儲かれば、法人税も沢山入り、国も潤うかもしれない。しかし、利益の代償として働く者の給料が減ってしまっては、企業栄えて、国滅ぶにならないだろうか。一部の富裕層のために、それはあるというのは、アメリカ、西欧を見て納得してしまう。自由主義という言葉から連想するのは、解放、個人かもしれないけど、成熟した個人ばかりの社会とは限らない。むしろ、大多数
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どなたか知識人の女性がテレビでお勧めしていた1冊。
『ストレートに女の性を描いて話題騒然の書』と帯に書いてありますが性でびっくりしたのはプロローグだけ。
読み進むうちに片思いの切なさ、待つこと以外何もしたくない時間、恋の終わりの予感の妄想や苦しみ、など本気で人を好きになったら勝手に訪れてしまう感情たちがありありと甦って来ました。あの時のあの感情を冷静に文章にしようとしたら、この本が一字一句違わない表現してくれているはず。
自分ではどうにもできない苦しくて時間。アニー・エルノーは今の私位の年齢でこんな経験をしたんだなぁと思うとさっさと経験しておいて良かったかなと。今なら耐えられないよ、きっと私( -
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ネタバレ悪童日記では無敵の兄弟を、ふたりの証拠ではその真実の輪郭を、そして今作第三の嘘では残酷な現実を描く。
二作目の時点で一作目が虚構であることはほぼ明かされるのだけど、現実のどうしようもない孤独ややり場のない感情からの逃げ場として作られたことが分かる。「こうありたかった、あれたはずだ」という現実の欠落を埋めるための願望を物語として昇華し落とし込むことで、生きる糧、もしくは命綱としての「僕ら」を作り上げたんじゃないかと想像できる。
また、一作目の徹底して感情を排した文章表現は三部作を読み終えてからだと見え方が一変する。「感情を排す」と言うのは技巧的な選択ではなく、現実で彼が持つ感情が暗く冷ややかな -
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恋のパッションが、客観的に叙述されている。情動を描くのに情動的な文章でないのが新鮮だった。あとがき非常によき。
105 彼が戻ってきたのは現実ではなかったという気がしている。あの夜のことは、私たち二人の物語の時間の内のどこにも存在しない。ただ一月二十日という日付だけが、残っている。あの夜帰ってきた男も、彼がいた一年間、そしてそのあとの執筆期間、私が自分の内にずっと抱き続けていた男性ではない。ほかでもないその男性には、私は絶対に再会することがないだろう。が、それにもかかわらず、あの非現実的で、ほとんど無に等しかったあの夜のことこそが、自分の情熱の意味をまるごと明示してくれる。いわゆる意味がない -
Posted by ブクログ
ネタバレ双子の「ぼくら」が互いを鍛え合い、異常なほど賢く強くなっていく。
人間味が失われているように思うが、生きるためにはそうならざるを得なかったのだろう。祖母と双子の関係が、最初に祖母の元へ連れられた頃からラストの祖母が亡くなる前でかなり変化していたのが印象的。
自分の財産を双子に与えたり、母に付いて行かず祖母の元へ残ったり祖母が望むのであれば楽に殺そうというような、残酷な世界の中でも少しの愛情を感じた。
「ぼくら」で語られ、双子であることが最大の強さだと感じていたが、ラストで片方は国境を越え、もう片方は祖母の家へ戻るというのが衝撃。
続きが気になる。