堀茂樹のレビュー一覧
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西洋圏において、文化的マイノリティを守るという名目のもと、マイノリティのアイデンティティを侵害する表現等がないか目を光らせ、引っかかった場合に執拗にその対象者をバッシングし、引きずり下ろすという、この傾向について述べたもの。
この傾向が特に強いのがアメリカの大学生で、タイトルの「傷つきました」はマイノリティが差別発言等を告発する意味もあるが、大学へ講義の撤回等を要求するこの大学生のことも指す。大学側は傷つきやすいこの若者に配慮し、次回の講義の予告をして不愉快な内容だと思えば出席を回避できるよう配慮する等を行っているところもあるという。
多文化主義に対する反発ってなんで起きるのだろうか、既得権益を持っている人かな?と思っていたが、こういう行き過ぎたマジョリティ側へのバッシングに対する反発という意味もあるのかもしれない。と思うと、この人たちは自ら差別を招いているのではないかと…。行き過ぎた主張や活動は一般人をドン引きさせ、理解も支持も得られないというのは考えればわかりそうなものだが…差別をなくすのが目的だと思っていれば。
現に著者が講義中に学生からまさにアイデンティティ至上主義的な抗議を受けた際のことをこの本でも記載しているが、マイノリティの歴史等を少しでも勉強していれば知ってて当然と思しき知識を以て反論したに過ぎないように思える。結局、アイデンティティ至上主義者は機械的にNGワード的なものを検閲し、感情的・脊髄反射的に反応しているだけということがわかった事例だ。要はピュアなんだと思う。だから、考えないし、考えないからこういう反論をいとも簡単に食らって何もできないし、差別をなくすための道筋を考えようともしないのだろう。
もしかすると、日本のXで盛んに発信されている政治的発言のように、承認欲求の手段となっている可能性があるのかなとも思った。
個人的には文化盗用の意味がわかったのはよかった。文化盗用は、一時日本の着物が何かで取り上げられて話題になったことがあったが、なんでそんなことになったのかそのときはわからなかった。支配者階級の、特に白人が主体となった時に問題とする人がいるということ、だから黄色人種である私がよくわからなかったのだということが、この本でわかったのは収穫だった。 -
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ネタバレある女
著者:アニー・エルノー
訳者:堀茂樹
発行:1993年7月31日
早川書房
2022年ノーベル文学賞、アニー・エルノーの小説。日本で出版された最初の3冊である『シンプルな情熱』『場所』『ある女』のうち、今週は『場所』と『ある女』を続けて読んだ。『シンプルな情熱』は2年前に読んだ。『場所』は死んだ父親について書いた本だったが、この作品は母親について書いた本。前者を読んで著者の父親像を知っていくにつれ、その時に母親(妻)はどうしていたのだろう、どう受け答えし、対応していたのだろう、と何回も思った。この作品でその答えが出るのかと思っていたら、違っていた。父親(夫)との絡みは殆どなかった。
父親の話は、父親が死んで15年たった1982年から書かれ、著者とは距離のあった父親について、父親にも自分にも距離を取りながら、客観的に書くことを主としていた印象だった。一方、この小説は母親が死んですぐに書き始めている。書き出しから、著者がなにも手につかない、なにもする気が起きない状態を表現し、母親について一定の距離を置いて描いてはいるが、自分との同一視的な視点も交えながら、父親とは違う描き方をしている。
ノルマンディーの田舎出身の母親は、父親と同じような境遇に生まれた。農場の馬方と家の中でする機織りの夫婦の間に生まれる。12歳半で学校をやめさせられて、マーガリン工場で働いた。ただ、父親と違うことは勉強ができたこと。そのまま進学すれば小学校の教員になれただろうと著者は見る。しかしながら、やはり時代はそういう生き方を容認しなかったようでもある。下層の人間だから、上の階層に属する男と結婚するのが幸せであるし、そうなるように育て、仕向けていくのが親の務めでもあると時代が考えていた。
1906年に生まれた彼女は、結婚後、暫くすると貧しさから脱却するために夫婦で小さな商売を始める。食料品販売、カフェも併設。開店は早朝6時、閉店は夜11時。早朝から開けないと紡績工場で働く女達が牛乳を買えない。夜はトランプやビリヤードに興ずる客がいる。それだけ働いて、女子工員1人分の給料をほんの少し上回る程度の稼ぎ。夫は勤めに出る。
父親(夫)と違い、娘(著者)が勉強することを積極的に応援した。1967年に父親(夫)が死ぬと、暫くは店をしていたがやがて娘夫婦と同居することに。ただ、著者の夫が新たな役職を得て引っ越すと、その町にはなじめず、生まれた場所に戻ってワンルーム暮らし。感情の起伏は激しくなり、認知症だと診断される。
1979年に交通事故にあって大けがをして入院となるが、そこまでは元気だった。しかし、1983年の夏には著者が面倒をみることになる。3年後、暮らしていた老人施設で死亡。ボーヴォワールが死んだ1週間後だった。
彼女は階層社会であるフランスにあって、最下層の出身だったが、娘夫婦と暮らすと、言葉遣いや態度なども上位階層のように上品に振る舞っていた。娘やその夫の成功を誰かに自慢したいとも思っていた。しかし、一緒に暮らすようになり、そういう人たちが住む町にも最後にはなじめなかったわけである。時代と共に解消されるとまではいかないまでも、緩やかになっている階層社会の溝は、そう簡単にはなくならない心の溝であると感じる話でもあった。 -
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ネタバレ場所
著者:アニー・エルノー
訳者:堀茂樹
発行:1993年4月15日
早川書房
2022年ノーベル文学賞を受賞した作家。その年に、日本での翻訳出版1冊目である『シンプルな情熱』を読んだ。この『場所』は、日本における翻訳出版としては2冊目。フランスでは、『シンプルな情熱』が1992年出版され、『場所』はその8年も前の1984年に出ている。シンプルな情熱がベストセラーになって注目を集めたが、それまでの代表作は場所だったようである。場所はロングセラーだと訳者はあとがきで言っている。
アニー・エルノーは自分のことを書く小説ばかりだが、ノンフィクションではなく、あくまで小説、訳者は「テクスト」という表現を使う。この作品は、私(作者)が死んだばかりの父親について小説を書くというテイで語られていく。名前は私も父親も母親も出てこないが、登場人物はほとんどこの3人のみ。
父親の父親、すなわち作者にとっての父方の祖父は、フランスのノルマンディー地方の田舎出身。村で暮らし、8歳から死ぬまで、大きな農家で馬方をしていた。土地を持たず「体を貸す」仕事。結婚しても、週給は妻に渡し、妻は日曜日に夫がドミノの勝負や酒が飲めるように小遣いを渡す。夫は日曜日に帰ってきては機嫌悪そうにし、何でもないことに対して子供をひっぱたいたりした。読み書きは出来ない。
その子である著者の父親は、2キロ先の学校へ歩いて通う。しかし、欠席しがち。収穫を手伝わされる。鉄の定規を持った厳しい先生は、「お前たちの親は、お前達も貧乏人になればいいと思っているんだな」と厭味を言う。しかし、幸いにして父親は読み書きが出来る程度には勉強をした。
父親もやがて親から離れ、農場で働き始める。朝と夕の乳搾り、馬の手入れ。藁の布団で寝る毎日。それでも少しは暮らしが向上。第一次世界大戦時には男手が不足し、父親のような少年は大切にされた。
やがて兵役につく。帰ってくると、もう農場に戻る気はなくなった。工場で働く。たくさん働かされ、搾取はされているが、少しずつは暮らしがましになっていく。そして、独立し、小さな食料品店を夫婦で営むことに。横から横に流すだけで食べていける。こんなことでいいのか?と最初は疑問に思うほど楽に。だが、掛け売りをし始めて苦しくなり、店を手放す。次は、食料品店とカフェを経営。夫婦で切り盛りし、父親が死んでも暫くは母親が続ける・・・そんな話だった。
祖父は読み書きができない。暮らしにそんなものは不要。父親は読み書きができるが、勉強など必要がない、と考える。しかし、たまたま娘(作者)は勉強が出来る。密かなる誇り、表面的にはそうは言わないが。年を取り、生活に余裕ができると、父親もゆっくり新聞を読む毎日に。
著者と父親には溝がある。著者はブルジョア階層の男と結婚し、子を産む。父親と祖父にも溝があった。訳者はあとがきで、フランスは大変な階層社会だということを念頭に置いて読むのが重要だと書いている。
そういう、父と子の断絶というか、溝は多くの家族にありがちなこと。それをこの小説は客観的に、ある意味で淡々と書いている。でも、訳者は触れていないが、それは単なる階層とか、親子とか、そういった間に存在する溝ではなく、時代の溝でもある。字なんて読み書きできなくてもいい。そんなもの仕事の役に立たない、という考え自体は階層間や世代間のギャップだけではなく、時代のギャップでもある。昔はそう考える人が多かった。少しずつ、暮らしは良くなる、少しずつ、時代は前向きになる。そうあってほしいと思う。人は進化するのである。無理をする必要はないが、進化するのである。