堀茂樹のレビュー一覧
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表紙のスーツ姿の女性が、まず実母と重なって…手にとった一冊。こんな色が好きだった母親を想って。
「歪な関係」を抱えた人、特に親と…少なくはないと思うけれど、そんな人には共感する部分が多い作品だと思う。私的な感情を感情的に語りすぎず、適度にクールな点がより「母親」像を浮かび上がらせていると思う。 同じように、母親の異常に気づき、部屋を片付け、施設を探し、入院、他界まで…一年という時間の中で過ぎていった嵐のような昨年を振り返った。
作中の母親と実母とが重なる部分が多く、特に認知症を発症してからの様子が手に取るようにわかるため、切なくて思わず涙。
個としての輪郭が無くなっても、やはり親と子としての情愛は残るもの。時間が経てば経つほどに、確執の記憶はより澄んだ思い出へと変化するもの。
人の愚かしいところでもあり、救いでもあると改めて感じた。
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ネタバレ
『シンプルな情熱』
フランスの作家 アニー・エルノー の
自分自身の体験を語った問題作♡
【早川書房創立80周年記念
ハヤカワ文庫の80冊】
今、ハヤカワ文庫の帯には
各界の著名人による
推薦コメントが書いてあるんですよね!
この『シンプルな情熱』の帯は
金原ひとみさん 素敵でしょ(ღ*ˇ ˇ*)。o♡
なんて書いてあるかと言うと……
「ここまでの超常的な
俯瞰視点の達成は、
事件と言えるだろう。」
ですって!!!!!!
もう 嫌んなっちゃう♡
わかるなぁ
1993年1月に単行本として刊行
その時に 山田詠美さん や 小池真理子さんが
絶賛していて その時に読んだ記憶が
あるのだけれど 覚えていないのぉ
…で、今回改めて読んでみました♪♪
「昨年の九月以降わたしは、ある男性を
待つこと───彼が電話をかけてくるのを、
そして家へ訪ねて来るのを待つこと以外
何ひとつしなくなった」
妻子ある若い外交官と不倫の関係になり、
自分を見失う程に彼を
ただシンプルに情熱的に彼をおもう
ある夜更け、ふと、エイズ検査を受けてみたいという気持ちが湧き起こった。
「せめてそれだけは、あの人が私に残していったということになるもの……」って
凄すぎるでしょ
そんな感じで ずっと ずーっと
相手を思い続けるの
その情熱は激しくって単純
これが自分自身の体験だったりするから…
時代を感じてしまう。
今はこんな不倫の体験なんて
語れないでしょう?
解説は 皮肉にも 斉藤由貴さん
この小説が如何に好きかを
伝えているの
情熱的にね♡
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今、語っているのはいったい誰なのか?
虚構と現実が入り乱れ、文字列に振り回されるような読書体験が面白かった。
いってしまえばフィクションは本来すべて“嘘”だが、私たちは物語の内側に入り込み、登場人物と一緒に一喜一憂したりする。
ところがこの三部作には、没入したはずの自分自身をも俯瞰し、これは信じていいのか?と立ち止まらせる。 そんな、視点が二層にズレるような奇妙な感覚があった。
1作目では、双子が「ぼくら」という1つの器官のように振る舞い、感情を排除した淡々とした文体で悲劇を記録する。 その無表情さがかえって不気味な、インパクトのある作品だと感じた。
しかし三作を読み終えるころには、個々の出来事や心の傷にフォーカスしていた視点が、だんだんぼやけていった。 誰がどんな目にあったか、何が真実で何が虚構なのかは、どうでもよくなってくる。
戦後の国家や民族、家族、一人の人間の心に至るまで、何もかもが分断された悲しみが混ざり合っているように思えた。
人生の分岐点で、どの道を選んでも行き着く先は行き止まりのような鬱々とした内容ながら、意外と読後に重さは残らない。
読んでいるうちに、双子の“練習”と同じように、私の心にも耐性がついていたのかもしれない。 -
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「彼をもう一度自分のものにしたかった」
当時真実だったただ一つのこと、私はそれをけっして口にしないつもりだったけれど、それは、「あなたと寝たい、そして、あなたにもうひとりの女性を忘れさせたい」だった。他のことはすべて、厳密な意味において、フィクションにすぎなかった。
これが嫉妬の誕生でしょう。
精神と肉体のステータスを満たすもの、満たしているものを喪失する、奪われる危険性にたいしてだとか、自分が手にできないものに対して抱かれるのではないでしょうか。
また、それにたいして"努力をしていない"であったり、"努力の程度"が低い者ほど強く抱く傾向にあると感じます。
それには個人差があり、人や物に対しての関心の度数、指数的なものなのかとも…
たいていの場合、その事柄に囚われ、占拠、占領され、用事として忙殺されているのは自分だけなのですが…
それを理解していたとしても、それを作り出している環境、状況が変わらない限り、なかなか解放されないものだとも感じています。
サルトルがいう「他者の視線の中での自己の位置づけ」という考え方を認識するのも大事かと思います。
作者は書くことによってしっかりその事実を認識し、それからの解放を試みます。それは彼女にとって"やり方"であり、もっとも有効な手段だったのです。
時折、次のような可能性を垣間見ることがあった。もし彼が私に突然、「彼女とは別れる、きみのそばに戻る」と言ったなら、私は絶対的な幸福の一分間、ほとんど耐え難い感動の一分間ののちに、エネルギーの尽き果てた感じを、オルガスムのあとの体の弛緩に似た精神的弛緩を覚え、そして、自分はいったいどうしてこれを得ようとしたのだろうと自問するだろう。
では、自分にとっての解放の手段は何か?
"それが全ての世の中ではない。この世は相対的である" あくまでも人生の主人公は自分自身であり、その舞台でスポットライトを浴びているのは自分なので、嫉妬なんかしてたら"カッコ悪い"ので、カッコよく生きる思考に転換しないとですかね。 -
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このままではそのうちウォークと極右しかいなくなってしまうのではないかと恐れているので、本書やハイト&ルキアノフの『傷つきやすいアメリカの大学生たち』のような本を読むと安心するというか これもある意味「傷つき」の回避と言われればそれまでかもしれないが
「映画も料理も〈DNA〉で評価する」の章が特に面白かった ある映画作品あるいは制作陣やキャストが気に入らないこと(批判すること)と、上映を禁止させるのは違うと(当たり前のことだが)再確認してホッとした。「出自にかかわらずさまざまな役を演じることこそが、つまり、よりいっそう多様な表象によって普遍性を豊かにすることこそが、達成すべき目標なのに。(p. 134)」はまさにその通りだと思った
ただイスラモフォビアとまでは言わないが、著者が抱くイスラム文化への警戒心の強さを感じた この点はフランス(あるいは西欧)特有かな? -
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「悪童日記」の続編。
「ふたりの証拠」のラストにはかなりの衝撃を受けたけど、この「第三の嘘」では更に物語が二転三転する。クラウスとリュカの物語がパラレルワールドのように展開していき、まるで入れ子細工みたいな物語だった。
この三冊目を読んで、リュカと血の繋がらないマティアスが不気味なほどリュカに似ていた理由がわかった。クラウスはリュカでもあってマティアスでもあったんだな。
「悪童日記」も嘘「ふたりの証拠」も嘘、そしてこの三作目のタイトルが「第三の嘘」なんとも意味深。作中、リュカは手記の不要な部分は削除し書き換えている、というようなことが書かれていたので、今私が読んできた一連の物語は、クラウス、もしくはリュカが後から手を加えたものなのかもしれない。どこからがクラウスで、どこからがリュカが書いたものなのか、どちらがクラウスでどちらがリュカなのか、何が本当で何が嘘なのか、わからなくなってくる。まるで迷宮のような本。
リュカもクラウスもどっちも不幸だ。こうあってほしかった、と願って描いた物語が「悪童日記」だったのかな。崩壊した悲しい家族の物語だった。
一作目を読んだときはただただ不気味な子供の物語としか思わなかったけど、まさかこんな展開が待っていようとは。いやー面白かった。 -
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「悪童日記」の続編。
前作では一貫して「ぼくら」という描写しか出てこなかった双子だけど、国境を越え隣の国へ行った方がクラウス、元の国に留まった方がリュカという名前で登場する。本作はリュカの物語。リュカは国境を越えたクラウスの戻りを待ちながら、手記を書き続けている。
リュカは色んな女(男も)に愛されているけど、リュカが本当に愛したのはヤスミーヌの子供のマティアスだけだったように思う。リュカとマティアスは血は繋がっていないけど、不気味なほど似ている。自分の子供時代を重ねて見ているのかな…なんて思って読んでいたら、ラストの展開には驚かされた。えっそういうこと…???前作の物語が続編で丸っと覆るようなどんでん返しは初めて読んだかもしれない。鳥肌立ちました。
これ続編どうなるんだろう…続きも読みます。