あらすじ
2022年、ノーベル文学賞受賞! 別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなる。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが──。妄執に取り憑かれた自己を冷徹に描く「嫉妬」。1963年、中絶が違法だった時代のフランスで、妊娠してしまったものの、赤ん坊を堕ろして学業を続けたい大学生の苦悩と葛藤、闇で行われていた危険な堕胎の実態を克明に描き、オードレイ・ディヴァン監督により映画化され、ヴェネチア国際映画祭でも金獅子賞を受賞した「あのこと」の原作の「事件」の傑作二篇を収録。巻末には、獨協大学名誉教授の井上たか子氏による「事件」の解説も合わせて収録。
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Posted by ブクログ
凄い本を読んだ。
ノーベル文学賞を受賞されたので、その時に買っておいたのだと思う。ずっと積読でした。
『嫉妬』という作品と『事件』という作品の2篇が1冊になっている。
淡々としている文ですが、ものすごく強い力があって心が揺さぶられ震えた。
読み進めていくうちに複雑な感情が湧いてくる。
恐怖とか悲しみとか安堵みたいなものが、ぐちゃぐちゃに掻き回されて1つになったような感情だった。
読後も心の中がまだ小さく小さくザワザワしている。
それでも暗いイメージはなく、陽射しの明るいイメージが残った本だった。
「わたし」の自己対話を通して、読者も「わたし」の「経験」を体感するような本だと思った。
余韻が物凄い。
ずっと心に残り続けている。
著者の思いの強さというか、そういうものの強い力で私の心はこの本に引き止められている。
この本を読んで、読書とはただ目で文字を追って読むだけの行為ではなく明らかに体感するものなんだと改めて実感した。
想像を遥かに超えました。
『事件』の方は『あのこと』というタイトルで映画もあるので観ようと思っています。
覚悟して観ないと。
こんなにも心が揺れたのは久しぶりかもしれない。
感動ってすごいな。
Posted by ブクログ
初アニー・エルノー。すごく良かった。小説ってこんなに生身の人間を直に曝け出すことができるんだと圧倒された。
恐らく筆者自身が経験したであろう出来事を深く正確に綿密に的確な言葉を重ねて描きつつも、決して感情だけに流されることのない冷徹とも言える明晰さ。個人的な出来事を突き詰め続けることで至る普遍。特に嫉妬には自分自身に思い当たる経験があり、個人的な経験を分析して突き詰めて文学に昇華させる彼女の手腕に驚いた。小説というのはこういう書き方もできるだと世界を広げてくれる作品だった。
事件は男女問わず必読。甘えのない生々しい描写に気分が悪くなるかもしれない。しかしこれが現実なのだ。本作のレビューを読むと中絶に関して日本に比べフランスが遅れているような印象を受けている人が見られたが、本当にそうなのか、いま一度自国の現状を学び直す必要があるだろう。
Posted by ブクログ
90/100
この話は男性には理解できないんだろうなと思う
性に対して様々な多様性が進んでる中、一貫して変わらないのは妊娠するのは「身体的構造が女性」である人たちだけ。
男性には分からない生理や妊娠などの苦しさ葛藤が、心情描写が細かい訳では無いのに切々と迫ってくるものがある。状況を淡々と文字で説明しており、その状況を想像するだけで胸が苦しくなった。
男性が悪い訳では決してないけど、結局どれほどの犠牲を女性が、社会的にも、心理的にも、払わなきゃいけないのか凄く伝わってくる。
最後のあとがきを読んでより一層共感した。
Posted by ブクログ
別れた男の現在の彼女への嫉妬を描いた「嫉妬」、中絶が認められていなかった時代のフランスで中絶する「事件」2編のオートフィクション。
ものすごい解像度と赤裸々さで、感情とその流れが克明に記されていき、全て本当にあったこととしか思えない。
性愛を重視していることと、時々ある観念的な考え方はフランスっぽいなと思うが、どの国でも女の思考は共通しているところが多いな、と連帯感を覚えた。「嫉妬」なんて失恋した時に読んだら共感の嵐だと思う。
やはり衝撃的だったのは「事件」。
読んでいて自分まで下腹部が痛い気がしてくるほどだった。
中絶を禁じるって、本当に悪しき文化だと思う。胎児の命を軽視するのはもちろん良くないけど、そちらを盲目的に尊重して、産む側の人権がないがしろにされるのは、本当にいいことなんだろうか。
ていうか中絶しないといけない状況に追い込む男の方が明らかに悪くない?
中絶が成功しそうなタイミングで、主人公は自分の血と体液に濡れたパンティを見る。それで、死んだ飼い猫の血と体液の染みが自分の枕の真ん中に残されていて、学校から戻ってきたときには、猫はお腹のなかで死んだ子猫たちとともに既に埋められていたことを思い出すというエピソードが、抒情的で心に残った。
Posted by ブクログ
「嫉妬」も「事件」も女性として考えさせられる小説だった。アニー・エルノーの小説は自伝的。本当の所は知らない。淡々と書かれているけど、情熱的。その相反する読後の印象が自伝的だと思わせるのだろう。「事件」で知った、フランスは中絶が違法だった期間が長かったこと。フランスのイメージとは大きく異なるこの法律にヨーロッパがいかにキリスト教と結びついているのかを改めて見た気がする。
「嫉妬」の主人公。恐らく表面上は淡々と生活はしていたのだろう。だけど、内面は相手女性への執着でドロドロしている。それを伝える文章は全くドロドロしてはおらず、一歩間違えばメロドラマ的になってしまう内容をいたく知的で詩的なものに感じさせる。それがとてもフランス的に思える。
この本で自分の中に強固なフランスという国への固定観念があることに気付いた。
Posted by ブクログ
女性の環境や人生や感性を、客観的に綴る。
嫉妬 気が狂わんばかりの嫉妬なのに、語り口が客観的で冷静。ある日突然それがバカバカしいことだと気がつくあるある。
時間 どこまでも自分が大事で、当然のように自分の道を進もうとする価値観が新鮮。グロテスクであるが、それが人間でもある。ヒッチ
Posted by ブクログ
凄まじくリアルだが、小説でもノンフィクションでもないという一冊。
女性の心情を事細かに書いてあるようだが、事実をベースに書いてあるため、非常に読みやすい。
特に印象に残った文章は、
ーー正常と言われている世界にいつ戻ってきたのかは、わからない。"正常な世界"とは曖昧な表現だけれども、その意味するところは誰もが理解している。つまり、ぴかびかの洗面台を見ても、列車のなかで旅行客の顔を見ても、もはや何の問題もなく苦痛も感じない世界のことである。ーー(事件)
表現が分かりやすいのに、どこか奥が深い。そんな文章が最後まで綴られる。
Posted by ブクログ
映画の「あのこと」を見てから読んだ。
映画では痛みをこらえて編み針で堕胎させようとしたり、中絶の費用を私物を売って自分で用意しようとしたりする強い姿が多かったが、この「事件」では不安や恐怖といった感情がよくでていたと思った。
階級や性差による不自由さや理不尽がよくわかる話。
「嫉妬」はその嫉妬という感情がこれほど生活に影響するのかと驚いたし、自分ではどうにもできないのだと感じた。
Posted by ブクログ
面白かったんだけど、中絶手術の様子が生々しすぎてトラウマ級に辛かった。ちょっともう一度読める気がしないです。
人工中絶が合法化していない&技術が発展していない時代、女性はそれだけ過酷な方法で自分の身を守っていたんだということがよく伝わりました
Posted by ブクログ
読み友さん、読んでいた本。気になっていた。☺ 一日に没頭した2作品。あまりに、生々しくて読むのが辛かった中絶に関する【事件】 【嫉妬】、誰にでもあるかもしれないし、ここまではないかもしれないし。 久しぶりに翻訳物。やっぱりよかった。 アニー・エルノー。フランスの作家さんで、ノーベル文学賞を受賞された方です。
Posted by ブクログ
妄想の代償と行動の反動と、様々な感情にただ振り回されて心が占有される様「嫉妬」
優生手術の実態を克明に描き、苦悩と戦った女性と、権利に苦悩する息苦しさを謳う「事件」
一歩違えば嫉妬していたかもしれないし、油断していれば事件に巻き込まれていたのかもしれない。一人称で記されているからこそ他人事じゃなく感じる。生まれた環境が違う、自分の境遇を呪う、なんて自分と他人を比べることがあると思う。そんな表層の話ではない。真に相手や時代に向き合ったとき、見える本性を読んだ気がする。
Posted by ブクログ
別れた恋人のSNSを覗きみたり...
いつまでも引きずってたり、
忘れられなかったり...
そんな経験がある中で「嫉妬 」で刺さりまくり、穴があったら入りたくなる。
でも、この作品のおかげで自分を客観的に見ることができた、大切な作品。ありがとう。
Posted by ブクログ
「彼をもう一度自分のものにしたかった」
当時真実だったただ一つのこと、私はそれをけっして口にしないつもりだったけれど、それは、「あなたと寝たい、そして、あなたにもうひとりの女性を忘れさせたい」だった。他のことはすべて、厳密な意味において、フィクションにすぎなかった。
これが嫉妬の誕生でしょう。
精神と肉体のステータスを満たすもの、満たしているものを喪失する、奪われる危険性にたいしてだとか、自分が手にできないものに対して抱かれるのではないでしょうか。
また、それにたいして"努力をしていない"であったり、"努力の程度"が低い者ほど強く抱く傾向にあると感じます。
それには個人差があり、人や物に対しての関心の度数、指数的なものなのかとも…
たいていの場合、その事柄に囚われ、占拠、占領され、用事として忙殺されているのは自分だけなのですが…
それを理解していたとしても、それを作り出している環境、状況が変わらない限り、なかなか解放されないものだとも感じています。
サルトルがいう「他者の視線の中での自己の位置づけ」という考え方を認識するのも大事かと思います。
作者は書くことによってしっかりその事実を認識し、それからの解放を試みます。それは彼女にとって"やり方"であり、もっとも有効な手段だったのです。
時折、次のような可能性を垣間見ることがあった。もし彼が私に突然、「彼女とは別れる、きみのそばに戻る」と言ったなら、私は絶対的な幸福の一分間、ほとんど耐え難い感動の一分間ののちに、エネルギーの尽き果てた感じを、オルガスムのあとの体の弛緩に似た精神的弛緩を覚え、そして、自分はいったいどうしてこれを得ようとしたのだろうと自問するだろう。
では、自分にとっての解放の手段は何か?
"それが全ての世の中ではない。この世は相対的である" あくまでも人生の主人公は自分自身であり、その舞台でスポットライトを浴びているのは自分なので、嫉妬なんかしてたら"カッコ悪い"ので、カッコよく生きる思考に転換しないとですかね。
Posted by ブクログ
この作品の言葉にはあまり感情が見られない。
出来事を言葉にすることで与えられてしまう、ある種のフィクション性がなるべく排除されている。
記憶がドラマチックに歪曲されてしまうことを作者は危惧しているように思う。
そういった意味で最もノンフィクションに近い小説だった。
印象的だった箇所
「当時真実だったただ一つのこと、私はそれをけっして口にしないつもりだったけれど、それは、「あなたと寝たい、そして、あなたにもうひとりの女性を忘れさせたい」だった。他のことはすべて、厳密な意味において、フィクションにすぎなかった」
Posted by ブクログ
ノーベル文学賞に身構えたが、非常に読みやすかった。
作者の経験をから書かれた、ノンフィクションとも私小説とも言えない感じの文章。
それだけに生々しく苦手な描写も有り。
Posted by ブクログ
『嫉妬』と『事件』の2作品。
どちらも興味深いテーマだった。
妊娠、中絶、出産。女性としての生殖機能があれば必ず考えなければならないできごと。
何を選択してもみんなが幸せになれる世の中になればいいのにね。
Posted by ブクログ
私は終えた。嫉妬に囚われた想像界、ここではそれは、嫉妬の虜であり、かつ観客であつわた私自身よ想像界だったわけだが、そこに現れるさまざまな形象を抽出することを。
Posted by ブクログ
縁あって読む事になった小説。「嫉妬」「事件」の2作収録につき別々に感想を書く。
「嫉妬」
嫉妬に駆られている自分を冷静に見つめようとしながらもそれを失念し、ふと気付くと嫉妬が原動力になって色んな事をやらかしている、やらかそうとしていた事を冷静になった自分が書き記している、という作りになっていて面白いなと思った。
嫉妬から解放された主人公(?)が、当時の心情を分析しながら回想する時の冷えた描写が中々刺さるし、明け透け過ぎて笑えてしまう事もしばしば。
しっかり消化するには脂身多め(自分的に)だが、何度も再読する価値があるな、と思った。
Posted by ブクログ
映画「あのこと」を先に観てから原作読みました。映像が何せ衝撃だったので、小説はそれに比べると淡々と書かれていた印象。それでも、主人公の苦悩、女性だけが受ける苦痛はひしひしと伝わってきました。
人工中絶が合法化されたのは日本の方が早かったことを解説を読んで知り、とても意外でした。未だ日本では経口妊娠中絶薬が認可されていないなど、海外より遅れている印象があったからです。でも、解説によれば、日本で中絶が合法化されたのは、優生保護法により不良な子孫を残さないために中絶が必要になったとのことで!ぞっとしました。
本書により優生保護法についても考えるきっかけになりました。
Posted by ブクログ
2023.1.14
喉の奥に胸の奥に、後味がざらりと残る。
追体験とはこのようなことを言うのか、
と考えさせられるくらい、とめどない感情の波に呑み込まれ揺さぶられてしまう。
読者の想像力や思考力を試しているかのような、畳み掛けるような筆致が続く。
これは、遠い昔の話ではないのではなかろうか。
いま我が身に起こったばかりのような迫真さ。
中絶にまつわる世界情勢が巻末で解説されている。
この本がノーベル文学賞受賞の話題と共に世界に広まることで、女性の人権と政治と宗教を見つめ直す契機とせねばならない。
だからこその受賞ではと思い巡らせる。
邦題は「事件」だが、映画版のタイトルは「あのこと」である。
私にとっての決定的な出来事を指すならば、このタイトルの方が身に迫ってくる。
映画を観に行こうと思う。
しかし、喉元の奥に引っかかるのは、主人公の子供への思いのようなものが描かれていないと感じた点。
敢えてのこの描写なのだろうか。
それとも、「中絶は子供の命を奪うこと」「罪である」という社会通念自体(または私に刷り込まれた考え)を、その成り立ちと共に冷静に批判的目線で見つめ直した方がよいのだろうか。
女性が感じる、感じさせられる罪悪感は、社会が罪悪視していることを内面化させられているのでは。
堕胎した女性が罪の意識に苛まされてしまう世の中がおかしいのかもしれない。
この感覚は日本だからだろうか。フランスの感覚とは違うのだろうか。
流産と中絶は異なるが、水子供養のようなものは世界にもあるのだろうか。
堕胎罪は。
日本の現状や文化や慣習や法整備の歴史を辿りながら、読後の違和感の正体を考えたい。
Posted by ブクログ
最も印象に残ったのは中絶の表現云々以上に、インターンの医師の態度。
医学部生が文学部生のことを「自分と同じ側の人間」と捉えているのは今の日本社会、大学システムからするとかなり異質では?
研修医が文学部生をアカデミックな仲間として受け止めるなんて考えられないよ。
Posted by ブクログ
たまたま本屋でノーベル文学賞作家というフレーズに惹かれて購入。
小説ではないため、物語としては今ひとつ。ただ、ノーベル賞受賞の理由を読み、納得した。
Posted by ブクログ
読んだ印象は、文学だった、ということ。
訳者のあとがきを見ると、『嫉妬』も『事件』も小説ではないのだそうで、自伝的「文章」「テクスト」なのだそうだ。すごい。
Posted by ブクログ
嫉妬/事件
著者:アニー・エルノー
訳者:堀茂樹(嫉妬)、菊池よしみ(事件)
発行:2022年10月15日
ハヤカワepi文庫
初出:200年5月、単行本(早川書房)
ノーベル文学賞が発表される時期になった。2022年の受賞者であるアニー・エルノーは、その年に初めて読み(『シンプルな情熱』)、去年も1冊(『凍りついた女』)を読んだ。これが3冊目。中編小説が2本収められているが、『事件』の方は2022年に「あのこと」というタイトルで映画化されたようである。この文庫本も、本来の表紙カバーと、映画化用のものと、2枚重ねになっていた。
そのカバーにも書いてある「オートフィクション」というジャンル。自伝風の小説と言ったところ。どこまでが自伝なのか分からないが、アニー・エルノーはその名手と書かれている。これまで読んだ小説は、すべてそれだった。
『嫉妬』は、ある中年女性が、6年間つきあった30代の恋人男性Wと自分から別れを切り出したものの、その後も会ったり電話をしたりという関係が続き、そんな中でWに新しい恋人が出来、その相手が47歳の女性で16歳の子供もいるということを知り、激しく嫉妬するという物語。30代の男性だから、まだまだ可能性が大きいのに、よりにもよって47歳のおばさんとは、と嘆くが、主人公も18年間の結婚生活があり、Wとも6年間付き合ってきたとしているので、重なっている年月があるとしても、結構な年齢じゃないかと思うが、どうなんだろう。なお、彼女にも別居しているが子供がいる。
47歳の女性については、パリ第三大学の准教授で歴史学が専門としか教えてくれない。名前は不明。住んでいる通り名も分かっている。主人公は、その女性のことを必死で探ろうとする。論文を探し回り、候補を何十人とリストアップし、次々と電話をしてWがいるか?というような探りの電話を入れてみようかと計画したりする。
日常のちょっとしたことが、全てその女性に関係しているのではないかと結びついて考えるようになる。激しい嫉妬心に苛まれた際の心理状態。自らがパネルディスカッションでパネリストになった時、会場に来ていた40代女性のことが気になる。もしかして私のことを見に、その相手が来ているのではないか、と考える。その女性が質問するが、主人公にではなく、主人公の隣のパネリストに質問したのだった。それもわざとだろう、と考える。
次々に浮かんでくる嫉妬にまつわる逡巡。ものすごい心の内の暴露に染まったオートフィクションだった。
*
『事件』は、1963年の秋、妊娠が判明した主人公が、中絶をするまでに苦しみ、苦労をし、やっと中絶できたと思ったら、今度は肉体が傷ついて命が危なくなるという、そんな顛末を描いたオートフィクション。1963年はカトリック信者の多いフランスでは、まだ中絶は非合法であり、医療側も妊婦側も罰せられていた。やっと中絶が出来るようになったのは、1975年、ディスカールデスタン大統領の時代だった。
主人公は学生だったが、遠く離れたボーイフレンドとセックスをし、妊娠してしまった。しかし、自分には子供を産むなどという感覚がなく、自分の体に別の命が育っていくということが想像もできなかった。だから、ほぼ機械的に中絶を選んでいるが、どこもしてくれない。医者に行くと、おめでとうございます、しか言わない。中絶を望んでいることが分かっていても、それしか言わない。
友達などをたどり、中絶手術をしてくれる医師を必死で探す。やがて、パリの安アパートに住む准看護師を見つける。ゾンデを子宮口に突っ込み、胎児が出てくるまでそれで生活をする方式だった。彼女が勤め先からゾンデを持って帰れる日を指定し、その施術を受ける。主人公は学生都市に戻り、寮で生活をするが、なかなか出てこない。だが、やがて激痛に襲われ、排便にトイレに向かうと、榴弾が炸裂するように胎児が飛び出てきた。そして、へその緒がつながったまま股間に。
その後、手伝ってハサミでへその緒を切ってくれたのは、大学1年から同じ寮に住むOだった。彼女はブルジョアのカトリック。そんな彼女が切るなどとは、皮肉だった。しかし、出血が止まらず、彼女は病院へ。入院する。
胎児が飛び出し、中絶が成り立つところの描写は、なかなかエグいものがあった。
それにしても、さすがはアニー・エルノー、さすがはノーベル文学賞作家。彼女の作品を読むのは大変だし、並大抵の覚悟では読めない。
Posted by ブクログ
身体を傷つける具体的な内容や醜い心を包み隠さない内容等が書かれており、うわ!と思わず声が漏れてしまった。人間が窮地におかれた時の見せない醜くい部分も人間らしいなと思う。
Posted by ブクログ
著者が過去の自分の手紙を読み返しながら、この小説を書いているようで、オートフィクションという特殊なこのタイプは、はじめて読みました。読みづらかったです。
嫉妬では、心の中での私と、もう一人の私と、さらにもう一人のわたしで会話しているかのようで、自走、仮想、妄想とずっと一人で、狭い部屋にいる感じです。
事件では、街の通行人とのすれ違いやカフェで隣りにいる会話などが常に主人公の孤独感を煽り、クライマックスでは、短い時間が長く感じるシーンが生々しく、罪悪感というか開放感というか複雑な場面が、R指定的です。
男性が読むほうがフェミニズムの存在が理解しやすいと思いました。
やはり事件の方が印象に残ります。
Posted by ブクログ
全体的にかなり読みやすい。描写や表現はノーベル賞受賞するくらいだからやっぱり凄い、と納得した。
「嫉妬」は主人公が別れた後、男性が他の女性と暮らしていることを知り、激しい嫉妬に駆られる心情が描かれた作品。女性心理を凄く強烈に描いていて、失恋後だったらちょっとは共感できるのかもしれない。嫉妬によって妄執に取り憑かれる様子がこんなに上手く言語化できるのが凄くて、読んでいて面白かった。でも女って恋人に執着している時間が過ぎ去ると結構あっさり忘れられるもので、それが良いのか虚しいのか、そこも上手く描かれていた
「事件」の方は個人的にはあまり好きではなかった
中絶という題材に加えて、描写がかなり苦しくて後半は少し流し読みした
ただ知るべきことだし、普段興味や関心が薄いことを知れたのは読書のいいところだと思った
他の作品も読んでみたくなった
Posted by ブクログ
劇薬みたいな小説エッセイだった。
40歳にもなって年下男の今カノを特定しようとする様はほぼホラーなのだが、その辺りの葛藤描写が精神病にも近い妄執となっており楽しめた。
ここまで言語化できるという点が面白い。
20代前半で望まぬ妊娠した主人公が3ヶ月間で如何にして堕胎したのかを書いた『事件』はよりショッキングな内容だった。
宗教的に堕胎が許されない場合、闇医者に任せるしかなかったり、堕胎後の出血多量で行った先の病院での扱いも悪いという所がまぁ胸糞。
何より主人公から胎児への愛情が一切無く、生と死と困難としか思っていない所はなかなか日本の小説では味わえない部分だなと思った。
Posted by ブクログ
仏映画 あのこと
この原作が事件。エルノーの自伝的小説。それだけに生々しく、想像することを拒絶しそうになる。
60年代フランスはIVG 人工妊娠中絶が違法。
この時代背景でもって、彼女は苦しむ。
果たして中絶することとは、権利であるのか。
それとも。。。
あとがきが秀逸であり、本当に考えさせられた。後にフランスにおいても合法となる中絶。
実存主義的に考えるなら、人は無限に将来に向けて自分を発展させていく、まさに己が主体。そこで妊娠するとは、他者に主体を移すこと。
ボーヴォアールによれば、
子を持つことが女性にとって重荷だとすれば、
それは風習が女性に子を持つ時期の選択を許さないから。
マリークレールの裁判において、アリミ弁護士は、
子を持つとは自由な行為の最たるもの、自由の中の自由、最も根源的で本質的自由と述べた。
よって、女性がそれを行いたくないと決めたなら、誰も強制できないと。
1975年にIVGは合法となる。ヴェイユ法。
このような流れを理解することで、また考えさせられるのだ。
私に問題提起してくれた素晴らしい一冊。
Posted by ブクログ
2022年にノーベル文学賞を受賞したフランスの作家アニー・エルノーの短編集。『嫉妬』(堀茂樹訳)と『事件』(菊地よしみ訳)所収。
自伝的フィクション(オートフィクション、autofiction)の作家だそうで、自身の経験をもとにしたフィクション。社会問題はさておき、そしてそのことと個人の経験が切り離せるかどうかもさておき、正直エルノーの人生に興味はないし、今回ノーベル文学賞を受賞したということと、そのために文学カフェで取り上げるようになったこと(私が提案したわけだけど)がなければ、わざわざ読むことはなかっただろうなと思う。ナルシシズムのかおりがするものを基本的に受けつけないというのもある(それは私自身がナルシストであるということの裏返しなのかもしれない)。
そもそも現代フランス小説はどうも肌に合わなくて、エルノーも例外ではなかった。『シンプルな情熱』も買ってあるのでこのあと読む予定なのだけど、あまり期待せずに読むつもり。
「事件」はフランスで人工妊娠中絶が合法化された1975年よりも前にフランスで中絶を行うことがどういう状況にあったのかということについて告発するような内容のものである。階級社会への批判的なまなざしも含まれている。2021年9月には「あのこと」として映画化され(原題は小説と同じく”L’Événement”)、2022年6月に米国連邦最高裁が1973年のロー対ウェイド判決を翻して合衆国憲法が中絶の権利を与えていないという判決を出したことは、それこそ世界で大きな出来事(L’Événement)となった。こういうタイミングでのノーベル文学賞受賞だったのかなという気がしなくもない。