あらすじ
2022年、ノーベル文学賞受賞! 別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなる。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが──。妄執に取り憑かれた自己を冷徹に描く「嫉妬」。1963年、中絶が違法だった時代のフランスで、妊娠してしまったものの、赤ん坊を堕ろして学業を続けたい大学生の苦悩と葛藤、闇で行われていた危険な堕胎の実態を克明に描き、オードレイ・ディヴァン監督により映画化され、ヴェネチア国際映画祭でも金獅子賞を受賞した「あのこと」の原作の「事件」の傑作二篇を収録。巻末には、獨協大学名誉教授の井上たか子氏による「事件」の解説も合わせて収録。
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Posted by ブクログ
凄い本を読んだ。
ノーベル文学賞を受賞されたので、その時に買っておいたのだと思う。ずっと積読でした。
『嫉妬』という作品と『事件』という作品の2篇が1冊になっている。
淡々としている文ですが、ものすごく強い力があって心が揺さぶられ震えた。
読み進めていくうちに複雑な感情が湧いてくる。
恐怖とか悲しみとか安堵みたいなものが、ぐちゃぐちゃに掻き回されて1つになったような感情だった。
読後も心の中がまだ小さく小さくザワザワしている。
それでも暗いイメージはなく、陽射しの明るいイメージが残った本だった。
「わたし」の自己対話を通して、読者も「わたし」の「経験」を体感するような本だと思った。
余韻が物凄い。
ずっと心に残り続けている。
著者の思いの強さというか、そういうものの強い力で私の心はこの本に引き止められている。
この本を読んで、読書とはただ目で文字を追って読むだけの行為ではなく明らかに体感するものなんだと改めて実感した。
想像を遥かに超えました。
『事件』の方は『あのこと』というタイトルで映画もあるので観ようと思っています。
覚悟して観ないと。
こんなにも心が揺れたのは久しぶりかもしれない。
感動ってすごいな。
Posted by ブクログ
最も印象に残ったのは中絶の表現云々以上に、インターンの医師の態度。
医学部生が文学部生のことを「自分と同じ側の人間」と捉えているのは今の日本社会、大学システムからするとかなり異質では?
研修医が文学部生をアカデミックな仲間として受け止めるなんて考えられないよ。
Posted by ブクログ
嫉妬/事件
著者:アニー・エルノー
訳者:堀茂樹(嫉妬)、菊池よしみ(事件)
発行:2022年10月15日
ハヤカワepi文庫
初出:200年5月、単行本(早川書房)
ノーベル文学賞が発表される時期になった。2022年の受賞者であるアニー・エルノーは、その年に初めて読み(『シンプルな情熱』)、去年も1冊(『凍りついた女』)を読んだ。これが3冊目。中編小説が2本収められているが、『事件』の方は2022年に「あのこと」というタイトルで映画化されたようである。この文庫本も、本来の表紙カバーと、映画化用のものと、2枚重ねになっていた。
そのカバーにも書いてある「オートフィクション」というジャンル。自伝風の小説と言ったところ。どこまでが自伝なのか分からないが、アニー・エルノーはその名手と書かれている。これまで読んだ小説は、すべてそれだった。
『嫉妬』は、ある中年女性が、6年間つきあった30代の恋人男性Wと自分から別れを切り出したものの、その後も会ったり電話をしたりという関係が続き、そんな中でWに新しい恋人が出来、その相手が47歳の女性で16歳の子供もいるということを知り、激しく嫉妬するという物語。30代の男性だから、まだまだ可能性が大きいのに、よりにもよって47歳のおばさんとは、と嘆くが、主人公も18年間の結婚生活があり、Wとも6年間付き合ってきたとしているので、重なっている年月があるとしても、結構な年齢じゃないかと思うが、どうなんだろう。なお、彼女にも別居しているが子供がいる。
47歳の女性については、パリ第三大学の准教授で歴史学が専門としか教えてくれない。名前は不明。住んでいる通り名も分かっている。主人公は、その女性のことを必死で探ろうとする。論文を探し回り、候補を何十人とリストアップし、次々と電話をしてWがいるか?というような探りの電話を入れてみようかと計画したりする。
日常のちょっとしたことが、全てその女性に関係しているのではないかと結びついて考えるようになる。激しい嫉妬心に苛まれた際の心理状態。自らがパネルディスカッションでパネリストになった時、会場に来ていた40代女性のことが気になる。もしかして私のことを見に、その相手が来ているのではないか、と考える。その女性が質問するが、主人公にではなく、主人公の隣のパネリストに質問したのだった。それもわざとだろう、と考える。
次々に浮かんでくる嫉妬にまつわる逡巡。ものすごい心の内の暴露に染まったオートフィクションだった。
*
『事件』は、1963年の秋、妊娠が判明した主人公が、中絶をするまでに苦しみ、苦労をし、やっと中絶できたと思ったら、今度は肉体が傷ついて命が危なくなるという、そんな顛末を描いたオートフィクション。1963年はカトリック信者の多いフランスでは、まだ中絶は非合法であり、医療側も妊婦側も罰せられていた。やっと中絶が出来るようになったのは、1975年、ディスカールデスタン大統領の時代だった。
主人公は学生だったが、遠く離れたボーイフレンドとセックスをし、妊娠してしまった。しかし、自分には子供を産むなどという感覚がなく、自分の体に別の命が育っていくということが想像もできなかった。だから、ほぼ機械的に中絶を選んでいるが、どこもしてくれない。医者に行くと、おめでとうございます、しか言わない。中絶を望んでいることが分かっていても、それしか言わない。
友達などをたどり、中絶手術をしてくれる医師を必死で探す。やがて、パリの安アパートに住む准看護師を見つける。ゾンデを子宮口に突っ込み、胎児が出てくるまでそれで生活をする方式だった。彼女が勤め先からゾンデを持って帰れる日を指定し、その施術を受ける。主人公は学生都市に戻り、寮で生活をするが、なかなか出てこない。だが、やがて激痛に襲われ、排便にトイレに向かうと、榴弾が炸裂するように胎児が飛び出てきた。そして、へその緒がつながったまま股間に。
その後、手伝ってハサミでへその緒を切ってくれたのは、大学1年から同じ寮に住むOだった。彼女はブルジョアのカトリック。そんな彼女が切るなどとは、皮肉だった。しかし、出血が止まらず、彼女は病院へ。入院する。
胎児が飛び出し、中絶が成り立つところの描写は、なかなかエグいものがあった。
それにしても、さすがはアニー・エルノー、さすがはノーベル文学賞作家。彼女の作品を読むのは大変だし、並大抵の覚悟では読めない。
Posted by ブクログ
全体的にかなり読みやすい。描写や表現はノーベル賞受賞するくらいだからやっぱり凄い、と納得した。
「嫉妬」は主人公が別れた後、男性が他の女性と暮らしていることを知り、激しい嫉妬に駆られる心情が描かれた作品。女性心理を凄く強烈に描いていて、失恋後だったらちょっとは共感できるのかもしれない。嫉妬によって妄執に取り憑かれる様子がこんなに上手く言語化できるのが凄くて、読んでいて面白かった。でも女って恋人に執着している時間が過ぎ去ると結構あっさり忘れられるもので、それが良いのか虚しいのか、そこも上手く描かれていた
「事件」の方は個人的にはあまり好きではなかった
中絶という題材に加えて、描写がかなり苦しくて後半は少し流し読みした
ただ知るべきことだし、普段興味や関心が薄いことを知れたのは読書のいいところだと思った
他の作品も読んでみたくなった
Posted by ブクログ
劇薬みたいな小説エッセイだった。
40歳にもなって年下男の今カノを特定しようとする様はほぼホラーなのだが、その辺りの葛藤描写が精神病にも近い妄執となっており楽しめた。
ここまで言語化できるという点が面白い。
20代前半で望まぬ妊娠した主人公が3ヶ月間で如何にして堕胎したのかを書いた『事件』はよりショッキングな内容だった。
宗教的に堕胎が許されない場合、闇医者に任せるしかなかったり、堕胎後の出血多量で行った先の病院での扱いも悪いという所がまぁ胸糞。
何より主人公から胎児への愛情が一切無く、生と死と困難としか思っていない所はなかなか日本の小説では味わえない部分だなと思った。