「知の怪物」の異名をとる「外務省のラスプーチン」こと佐藤優氏がネットや活字メディアを通じて発信し続けた「3.11」に関する論考です。過激な言葉の中に彼の持つインテリジェンスの感覚が窺がえます。
この記事を書いている現在、原発事故の事故は第一段階が終了したとのことらしいのですが、まだまだ予断を許せる状態ではありません。この本は僕の好きな論客で『知の巨人』の異名をとる佐藤優さんが3.11の日からインターネットや活字媒体を通して自らの思いを発信し続けてきたものをまとめたものです。その中では結構刺激的な言葉、たとえば『国家翼賛体制』ですとか『大和魂』など、普段の理知的な論理を展開する筆者が日頃使わないようなフレーズがかなり繰り返し使われていて、改めて今回の震災、及び原発事故が『有事』なのだなということを身に沁みて実感しました。
この本の中にも何度か出てくる明治天皇の御製(和歌)に
『しきしまの 大和心の ををしさは ことある時ぞ あらはれにける』
というものがあって、これは僕も始めて今回これを読んで知ったのですが、これは今も原子力発電所の事故現場で収束に当たって全力を尽くしている原発作業員たちや、水素爆発が起こった際に現場で消火作業に当たった消防員。そして、現在でも被災地で復興作業に当たっている自衛隊員の
ためにあるような歌だなと感じ入ってしまいました。
もうひとつ、この本で何度も繰り返されている『無限責任』という言葉について。筆者いわく、戦後民主主義は生命至上主義と個人主義によって構築された日本のシステムで職業と生命を秤にかけた場合、生命のほうが普段は重くなるが、例外として自衛隊員、警察官、消防士、海上保安官、そして外交官は自らの生命を犠牲にしてでも職務を遂行しなければならない場合がある。という一節を読んで、身震いがいたしました。そこまでしてやらなければならない仕事や職種があるのだと。
前に、僕はブログで自衛官になりたいと書いたことがありますが、それは生活を安定させて三度三度のメシを腹いっぱい食いたいからだということことと、両親から
「お前のようなどうしようもないのは自衛隊に行け」
といわれたからという、誠にもって安直な理由からで、そういう理由でやってはいけない仕事だったんだなぁということをいまさらながらに痛感しました。
そして許せないのがこうして震災や原発事故で弱っている日本を挑発するようにロシアが領空圏を侵している(らしい)という筆者の文章を読むと、改めて世界が新帝国主義というモロに弱肉強食の状態になっているんだなということに、衝撃を隠せませんでした。収束に向かっているという政府の発表が眉唾であることは個人的な見解ですが、人類がいまだかつて経験したことのない震災、及び原発事故を経験している今だからこそ、読んでおきたい文献のひとつであると思います。