カズオ・イシグロのレビュー一覧
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ネタバレカズオイシグロは、前にも日の名残り、私を離さないでを読んだことがあり、
今回映画化されたことを受けて興味をもって読んだ。
流れ、雰囲気は日の名残りに近い。
途中途中のエピソードが何に繋がるのか、なんでそのようなことを思い出すのか、最後に少しわかる感じ。
相変わらずの読後感に圧倒されたが、今回一番圧倒されたのは、意外にも巻末の三宅香帆さんの書評だった。
書評にだいぶ解説が書いてあり、人によってはつまらなく感じるかもしれないが、自分は三宅さんの書評を読んでこの本の理解と読後感と理解を深めることができた。
人は誰しも人には言えないことを抱えて生きる。
そして、テクニック的には書かれていないことを -
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学生の頃、ドストエフスキーを読んで訳が分からず、今もまだ読み返せていないのだけど。先生がドストエフスキーは物語の中で色んなことを語っていると言っていた。
イシグロさんも、本作で、ここでは語り尽くせないくらい多くのことを語っていると私は感じた。
世界はSFとも言える、とても冷酷で無慈悲で、でも多分実現可能な社会。
その奇怪な世界において、子どもたちの心は、とても鮮明に映し出されている。
ヘールシャムは学校であり、家であり、故郷。
先生は親であり、生徒は友であり、恋人であり、家族でもある。
子供達の未来は、決まっている。
この圧縮された世界は、あまりに残酷だ。
だけど、キャシーの語るヘールシ -
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ネタバレ臓器提供のためのクローン人間を育てる施設…はて、どこかで聞いたことがあるような?と思いながら読み終わったあと調べてみたら、約束のネバーランドの元ネタになってるらしいと聞いてなるほどね、となった。約束のネバーランドの方はなんとなく話を聞いてただけだったから、こっちを先に読めてよかったと思う。設定に結構SF味があるんだけど、全体的に派手じゃなく、本当にあった話かのようにリアルに感じられた。謎が徐々に明かされていくどきどき感もあった。なにより、登場人物たちの複雑な感情の揺れ動きが言葉や行動の一つ一つ、すごく丁寧に描かれていて、思わず感情移入して切なくて何回も泣きそうになった。切なく、印象的な美しいシ
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ネタバレ時代は第二次世界大戦の後,1950年代。
執事スティーブンスは、現在はアメリカ人の主人に仕えているのだが、主人が帰省する間、かつて同僚だった女中頭に会いにいくことになった。かつてかれらは、有力貴族ダーリントン卿に仕えていた。物語は大半は、旅中で想起される戦前の出来事(1920〜30年代くらい)が中心となっている。
ダーリントン卿は、政界にコネを持ち、その屋敷は幾度のなく国際政治上の密会の場となっていた。そして、スティーブンスは主人に心酔していた。彼は、ダーリントン卿がいかに偉いか、ということを何度も回想している。
と同時に、そのように高らかに誇張されることによって、その陰にあった(が実 -
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AIが身近なロボットとして富裕層の家庭が手に入れられる時代があるならば、まさにこういう未来があるのではないかと非常にリアリティのある内容を、AI親友ロボットの一人称視点で語られる物語。
今の世のAIが質問に何とか答えようとして情報を寄せ集め嘘をついてくることや、よく想像される人に取って代わるというような、興奮性の刺激となる流れでない。淡々と、静かに、しかし確かな川底に流れる熱さをもって、世や人間の美しさや不思議さ、愚かさ、差別、またAIのこころや信仰のような思考の波をとりあげていく。
冒頭で、ショーウィンドウにいるAIロボットのクララが “コーヒーカップのご婦人とレインコートの老人” を見、 -
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ネタバレなんて悲しい話なのか、と思いながら読んだ。主人公であるキャシーらは、臓器提供のために育てられたクローン人間である、という設定はそれ自体大変ショッキングな内容だが、読者としては、物語が進むにつれ、直接な言及はなくともなんとなく察せられるようになっていて、いつの間にかそれを知っている、ということになっている。それはまるで、主人公たちが、知るともなしにその事実を知って、いつのまにかその事実を受け入れているというストーリーをなぞっているようだ。そういう体験を、実に周到に用意しているように思う。そして、そのこと、つまり、自分たちがいつのまにかその事実を受け入れてしまうということが、とても残酷なことだと気
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子供の良きAF(人工親友)になるべく開発された人型AIクララを語り手に、病弱な少女ジョジーとの出会いから別れまでが描かれる。
クララは観察眼に優れ勉強熱心で優秀なAFだけど、人の心の機微には疎く淡々とした言動の描写からやはり人間とは違う存在なのだと改めて感じさせられる。観察と学習を繰り返した末に、人の心や感情は模倣できるのか。
終盤、人間に作られた存在であるクララが文字通り自身を犠牲にして主人であるジョジーを救おうとする健気さに心打たれた。
AIは人間の道具なのか、パートナーなのか。心とは、優しさとは。
近い将来、こんな未来がくることもあり得るのだろうかと考えさせられる結末だった。
機械が