カズオ・イシグロのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
カズオ・イシグロ初の短編集。面白かった。
作者らしい上品な文章と雰囲気は、ドタバタな場面でも損なわれていなくて妙に感心した。
整形したサックス奏者の彼が、うまくいっているといいなと思う。
そして、訳者あとがきで印象に残ったのは、カズオイシグロが、自作を様々な言葉に翻訳されることに不安やプレッシャーを感じているということ。
「インタビュー症候群」と命名されていたけど、新作を書いて最長2年をかけて世界各国をまわり、膨大なインタビューを受ける。そのときに、翻訳された言葉について不安を感じる場面があったのだろうか。
それにしても1、2年もかけて世界中をプロモーションするなんてすごすぎる。村上春樹さんはこれを最初から断って批判されたそうだけど、たしかに途方もないことだものなぁ。
そうなると毎年のように作品を発表している有名英語圏作家は超人なのだな。 -
Posted by ブクログ
戦後を舞台に、戦前、戦中に画家として活躍した小野が自身の過去を語る回顧録形式の小説。
日本を破滅へと導いた軍国主義を是とし、その信念をもって数々の絵画を発表。
当時大いに受け入れられ賞賛された価値観は、敗戦後には唾棄すべきものとして扱われる。
新しい価値観を理解し、それを認め、受容すること。
それが戦後で生きていくためには必要なのだが、価値観を変容し、新たなアイデンティティを形成するのは並大抵のことではない。
軍国主義を積極的に支持していたことに対する罪悪感、後ろめたさを拭い去ろうとする心の葛藤。
小野自身とて、もともと軍国主義など信奉していなかったのだというエクスキューズや、今や自身と袂を分かった弟子たちもかつては自分の考えを大いに支持し礼賛していたということを思い出す。
一方で、自身のかつての言動のせいで、自分の娘の結婚などに悪影響が出てしまっていることを危惧し、当時の関係者に当時のことはあたかも「なかったこと」にしてくれるよう求めたことを思い出す。
新しい価値観は認める。しかしそれを認めるとなると、古い価値観をもっていた時代に行ったこと、それに費やした時間はすべて無駄であったということになってしまう。
過去をすべて否定するのか、否定せずに受け入れることができるのか。
この小説はその壮絶な葛藤を、カズオ・イシグロの長編2作目にしてはやお家芸となる「曖昧な記憶」をもって見事に描いている。
舞台設定と表現方法は前作『遠い山なみの光』にとても近い。
戦後十数年で長崎に生まれ、その後すぐに海外に移住したというやや特殊な環境も影響しているのか、戦後という時代に特別な思い入れがあるのだろう。
また、彼が興味の対象としている、「変化する価値観の受容」あるいは「アイデンティティの崩壊と再生」みたいなテーマにとって、敗戦国の戦前、戦後というのはおあつらえ向きということもあるのだろう。
前作では女性の戦後価値観変化の受容、そして今作では男性の戦後価値観変化の受容を扱っている。
変化を受容するというのは、人格的な危機である。
事象AとBがあり、今まではAが正解でBが不正解だったものを、これからはBが正解でAが不正解となる生活を強いられる。
正解の人生を歩んできたと思っていたのが、突然、自分の人生は不正解だと言われる。これは危機である。
そこで、今までの人生を否定せず、新しい価値観を受容する必要があるのだが、そんな緊急事態に際して心が行うのは、記憶の再整理である。
矛盾する価値観に対して、それが矛盾でなくなるように、うまい具合に記憶を再整理し、整合的な記憶として、新たな価値観を自然に受け入れていく作用機序が人間の心にはある。
本作では、前作以上にその心の作用機序をうまく物語に取り込んでいるように見える。
すごい作品だと思う。
すごい作品だと思うんだけどね、私、カズオ・イシグロが描く子供が生意気すぎて受け入れられないんですよね・・・
物語上で必要な役割だっていうのもわかってるんだけどね。読んでるとビンタしたくなってくる。
たまにビンタ超えて竜巻旋風脚たたきこみたくなる。
私には受容する装置がないらしい。
それでも、素晴らしい作品なのは間違いない。 -
Posted by ブクログ
主人公は探偵。飛ぶ鳥を落とす勢いで難事件を解決していく若い探偵。
なのだが、この小説は探偵小説ではない。
ハードボイルドではある。でも、探偵小説ではない。
主人公が、探偵になったきっかけになった事件を解決しに上海へ向かう。
でもそこで繰り広げられる彼の探偵然とした行動はすべて、読者からすると「え・・・この人本当に探偵?」という行動でしかなく、すごく不安な気持ちにさせてくる。この読者の感情の導き方は、すごい。
ただ一応、すべての謎は明らかになる。
明らかになった内容も、まあ、わりとすごい。
このあたりは、読んで「ああ」って思って欲しい。
物語自体には賛否あると思う。
私もこの本のストーリーが面白かったか?と聞かれると、「んー、つまらなくはないけども」という曖昧な回答になる。
ただ、すべてを読み終えて頭の中でいろいろと整理していると、この小説のテーマは「記憶」なんだろうなと。
タイトルも、そう。この小説は、主人公が過去を思い出しながら記述する形で書かれている。そしてその中の登場人物の多くも、自身を回顧しながら語るシーンが多い。
それぞれに、それぞれの記憶があり、その上でそれを語る今がある。
そういう構図になっている。
その構図から導かれる結論は・・・・みたいなのは、今はよくわからない。
でも相変わらず、カズオ・イシグロは、一筋縄ではいかないものを書くなあと。 -
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あなたのやったことは間違いだ、と言われるのは腹が立ちます。間違いか間違いではないかの前に、自分以外の誰かに言われることに、まず腹が立つだろうと思います。なぜなら、間違いかどうかを決めるには「これが正解」という基準が必要ですが、その正解はどこから来るのかが人によって違うはずだからです。私が行った「何か」は、私の基準によれば正解だったのです。なのに、「あなたは間違いだ」と言われる「正解」はどこから? この本の「小野」が、娘2人から、義理の息子から、弟子から、次女の婚約相手から「間違いを犯した」と判断されたのは、小野が活躍したのが戦争中で、その後「戦後」ではなく「敗戦後」になり、「正解」が正反対になったのが原因でしょう。小野は自分の「間違い」を認めますが、でもあの時はこういう幸福感があった、またある時はこういう信念があった、と繰り返し確認しているのは、「だから自分の人生としてはこれが『正解』だ」、と思うからだと思います。ですがこのように小野が、自分はあの時「間違った」のではなくこう考えたからああいう行動をしたのだ、と振り返れるのは、その行動を取ることについて「考えた」結果だったからだろうと思われます。つまり、この本を読んで「考えた」ことは、「間違ってはいけない」のではなく、「考えずにやってはいけない」のだろうということです。そうしないと、過去の過ちを振り返ろうにも覚えていないという事態になりかねません。そして、「間違いだった」と認めた後はどうすればいいか? また「考える」ことが必要なんだと思います。
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カズオ・イシグロの本を読むのは、これで7冊目になる。流石に少し、信頼できない語手にも飽きてきた。文庫本末尾の解説を読むに、おそらく初読の方であれば、この本に没入することもできたのだろうが、読み慣れてしまった人間にはそれができない。カズオ・イシグロという、書き手そのものの存在がノイズとなってしまっているのだ。
だが、それだけが彼の作品の魅力ではない。たとえ、初読者の感動を得ることができなくとも、彼の作品の中には等身大の人間がいる。それは、主人を亡くした執事や、敗戦国の画家という形で現れるが、彼らに共通している無常感こそが、私が真に求めるものなのだ。
信頼できない語手というのは、客観的現実を受け入れられずにいる彼らの内面を、主観的に描写したテクニックに過ぎない。このテクニックにより、読者は語り手の目線で世界を眺め、その歪さに時折気付かされながらもページを捲り続けることができるのだ。それは、語り手本人の世界への対し方と類似している。読者は、まるで役者のように、語り手の立場になって想像上の劇に参加することができるのだ。そこから得られる没入感は、中々他の小説からは得られない。
先ほど述べたように、カズオ・イシグロの作品の特徴は、この信頼できない語り手と、その無常感である。まるで、イギリス国民が大英帝国の栄光を懐かしむように、彼らはノスタルジックに浸るのだ。その様子は、客観的に見れば無様で見苦しいものだろうが、信頼できない語り手は読者を自分の味方にしてしまう。その瞬間、読者は当事者の目線から、盛者必衰の理を眺めることができるようになるのだ。そこに現れる物悲しさや、客観的現実を受け入れた後の清々しさからくる、一種のマゾスティックな快感は、ほろ苦い後味を読後に残してくれる。 -
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4冊目のカズオ・イシグロの作品である。
カメレオンのように作風を変えられる、“ひとり映画配給会社”と私は彼を呼んでいる。
そのイシグロは、実は音楽にも精通していて、シンガーソングライターを目指していたこともあったとか。そんなところから生まれているのがこの短編集で、5篇をひとつとして味わうように求められており、すべてミュージシャン(もしくは音楽愛好家)を題材としている。
今まで読んだ中で、最も読みやすい、ムード漂う作品集である。ドラマ性や落ちはなく、人生の一瞬を描く趣向となっている。長編小説とは全く異なる素顔のイシグロの感性が垣間見られた。
主人公は皆、才能はあるが認められておらず、たゆたゆと人生を彷徨っている。読み手も、物思いに耽りながら、カフェで頁をめくるのにうってつけの良書ではなかろうか。
私のお薦めは、コメディタッチの強い中盤3作品よりも、コリッとした読後感のほろ苦さ(これが著者の本領)がある「老歌手」、「チェリスト」。
ヘンな言い方だが、カズオ・イシグロって大家のように思って見てたけど、現代作家なんだよね。 -
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第二次大戦前から画家として活躍してきた小野が、うまくいかない娘の縁談や周囲の態度から過去を回想していく。師匠の耽美主義を離れて精神主義に傾き、戦時のプロパガンダに加担し評価され、自信を深めるが、価値観が一変した戦後の日本社会で、そのアイデンティティをどう扱ったらいいか迷い悩む。
語りの中で、小野が自分の記憶の曖昧さを何度も確かめるように表現している。話の筋そのものにはあまり関係しないが、読み手としてなぜかそこにひっかかりを感じてひきこまれる。
人が過去を振り返るときの記憶の曖昧さこそが、人間らしさであり、だからこそ生きていけるのかもと思わせる。ここに焦点を当てる語りが、著者の技の一つかもしれない。 -
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副題は「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」。
全盛期を過ぎた歌手が再起を目指して愛する妻と別れようとする「老歌手」。
音楽の趣味でつながった大学時代の友人夫妻との、今となっては埋めようもない価値観の溝をコミカルに描く「降っても晴れても」。
メジャーデビューに目指し作曲にいそしむ主人公が旅回りの音楽家の夫妻とのわずかな交流の中に、人生のままならなさを感じる「モーバンヒルズ」。
「夜想曲」は、「老歌手」で出てきたリンディが再び登場する。
風采の上がらないサックス奏者が整形手術を受けさせられ、術後を過ごすホテルの隣室に彼女がいる。
二人とも顔を包帯でぐるぐる巻きにされている中で、退屈しのぎに深夜の高級ホテルの中を歩き回る。
なんとなく『ローマの休日』のような、昔の映画にあるロマンチックコメディ風のドタバタ。
が、結末はちょっとほろ苦い。
最終話は、音楽院を出たものの、その後の演奏活動で行き詰っている若手のチェリスト、ティボールの物語。
広場で出会い、彼にレッスンをする謎の女性。
彼女はいったい何者なのか。
才能と教育の問題を考えさせられる。
どの話も、主人公は天才的な音楽家というわけではない。
音楽に関わりながら、時にままならぬ人生を生きる人々だ。
割とドライな筆致でありながら、どこかにこうした人々の哀感がにじんでくる。
すばらしい短編集だった。