カズオ・イシグロのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
カズオ・イシグロ初の短編集。面白かった。
作者らしい上品な文章と雰囲気は、ドタバタな場面でも損なわれていなくて妙に感心した。
整形したサックス奏者の彼が、うまくいっているといいなと思う。
そして、訳者あとがきで印象に残ったのは、カズオイシグロが、自作を様々な言葉に翻訳されることに不安やプレッシャーを感じているということ。
「インタビュー症候群」と命名されていたけど、新作を書いて最長2年をかけて世界各国をまわり、膨大なインタビューを受ける。そのときに、翻訳された言葉について不安を感じる場面があったのだろうか。
それにしても1、2年もかけて世界中をプロモーションするなんてすごすぎる。村上春樹さんは -
Posted by ブクログ
戦後を舞台に、戦前、戦中に画家として活躍した小野が自身の過去を語る回顧録形式の小説。
日本を破滅へと導いた軍国主義を是とし、その信念をもって数々の絵画を発表。
当時大いに受け入れられ賞賛された価値観は、敗戦後には唾棄すべきものとして扱われる。
新しい価値観を理解し、それを認め、受容すること。
それが戦後で生きていくためには必要なのだが、価値観を変容し、新たなアイデンティティを形成するのは並大抵のことではない。
軍国主義を積極的に支持していたことに対する罪悪感、後ろめたさを拭い去ろうとする心の葛藤。
小野自身とて、もともと軍国主義など信奉していなかったのだというエクスキューズや、今や自身と袂を -
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主人公は探偵。飛ぶ鳥を落とす勢いで難事件を解決していく若い探偵。
なのだが、この小説は探偵小説ではない。
ハードボイルドではある。でも、探偵小説ではない。
主人公が、探偵になったきっかけになった事件を解決しに上海へ向かう。
でもそこで繰り広げられる彼の探偵然とした行動はすべて、読者からすると「え・・・この人本当に探偵?」という行動でしかなく、すごく不安な気持ちにさせてくる。この読者の感情の導き方は、すごい。
ただ一応、すべての謎は明らかになる。
明らかになった内容も、まあ、わりとすごい。
このあたりは、読んで「ああ」って思って欲しい。
物語自体には賛否あると思う。
私もこの本のストーリー -
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あなたのやったことは間違いだ、と言われるのは腹が立ちます。間違いか間違いではないかの前に、自分以外の誰かに言われることに、まず腹が立つだろうと思います。なぜなら、間違いかどうかを決めるには「これが正解」という基準が必要ですが、その正解はどこから来るのかが人によって違うはずだからです。私が行った「何か」は、私の基準によれば正解だったのです。なのに、「あなたは間違いだ」と言われる「正解」はどこから? この本の「小野」が、娘2人から、義理の息子から、弟子から、次女の婚約相手から「間違いを犯した」と判断されたのは、小野が活躍したのが戦争中で、その後「戦後」ではなく「敗戦後」になり、「正解」が正反対にな
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カズオ・イシグロの本を読むのは、これで7冊目になる。流石に少し、信頼できない語手にも飽きてきた。文庫本末尾の解説を読むに、おそらく初読の方であれば、この本に没入することもできたのだろうが、読み慣れてしまった人間にはそれができない。カズオ・イシグロという、書き手そのものの存在がノイズとなってしまっているのだ。
だが、それだけが彼の作品の魅力ではない。たとえ、初読者の感動を得ることができなくとも、彼の作品の中には等身大の人間がいる。それは、主人を亡くした執事や、敗戦国の画家という形で現れるが、彼らに共通している無常感こそが、私が真に求めるものなのだ。
信頼できない語手というのは、客観的現実を受 -
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4冊目のカズオ・イシグロの作品である。
カメレオンのように作風を変えられる、“ひとり映画配給会社”と私は彼を呼んでいる。
そのイシグロは、実は音楽にも精通していて、シンガーソングライターを目指していたこともあったとか。そんなところから生まれているのがこの短編集で、5篇をひとつとして味わうように求められており、すべてミュージシャン(もしくは音楽愛好家)を題材としている。
今まで読んだ中で、最も読みやすい、ムード漂う作品集である。ドラマ性や落ちはなく、人生の一瞬を描く趣向となっている。長編小説とは全く異なる素顔のイシグロの感性が垣間見られた。
主人公は皆、才能はあるが認められておらず、たゆたゆと人 -
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第二次大戦前から画家として活躍してきた小野が、うまくいかない娘の縁談や周囲の態度から過去を回想していく。師匠の耽美主義を離れて精神主義に傾き、戦時のプロパガンダに加担し評価され、自信を深めるが、価値観が一変した戦後の日本社会で、そのアイデンティティをどう扱ったらいいか迷い悩む。
語りの中で、小野が自分の記憶の曖昧さを何度も確かめるように表現している。話の筋そのものにはあまり関係しないが、読み手としてなぜかそこにひっかかりを感じてひきこまれる。
人が過去を振り返るときの記憶の曖昧さこそが、人間らしさであり、だからこそ生きていけるのかもと思わせる。ここに焦点を当てる語りが、著者の技の一つかもしれな -
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副題は「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」。
全盛期を過ぎた歌手が再起を目指して愛する妻と別れようとする「老歌手」。
音楽の趣味でつながった大学時代の友人夫妻との、今となっては埋めようもない価値観の溝をコミカルに描く「降っても晴れても」。
メジャーデビューに目指し作曲にいそしむ主人公が旅回りの音楽家の夫妻とのわずかな交流の中に、人生のままならなさを感じる「モーバンヒルズ」。
「夜想曲」は、「老歌手」で出てきたリンディが再び登場する。
風采の上がらないサックス奏者が整形手術を受けさせられ、術後を過ごすホテルの隣室に彼女がいる。
二人とも顔を包帯でぐるぐる巻きにされている中で、退屈しのぎに深