【感想・ネタバレ】浮世の画家〔新版〕のレビュー

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2021年08月07日

名作「日の名残り」と同じように、自分なりのポリシーを持って難しい時代を生きた老人の回想という形をとっている。
老人は戦時中に、愛国心を支えるような活動をしてきた画家。一時期は高い地位を得ていた(それも本人の記憶の中だけで、実際はどうだったのか、最後の方には現実と記憶の乖離も考えられるようになっている...続きを読むのが面白い)。
戦後、新しい価値観が広がる世の中で、自分のしてきたことに対する誇りや反省、保身、様々な感情が入り乱れる。娘や義理の息子たちにどう思われているかも気になるし、威厳は保ちたいし…。
「時代の変化」の中で、小さな一個人が翻弄される…というほど大げさな設定でもない(戦場に行くわけでもなく、戦犯に問われるわけでもない、娘の縁談の心配をするくらい)、にも関わらず、国家に翻弄された多くの人々の姿を、鮮やかに切り取っているような印象がある。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2020年05月05日

 こういう感想文を投稿するのは初めてなのでご容赦ください。以下の感想は読み終わったばかりの勢いで書いています。


 最初から最後まで、画家・小野の視点で描かれている。『価値観の変動』と『生き方』に焦点を当てた作品だと感じた。私がこの本から受け取ったメッセージを以下に示す。

《価値観は時代とともに...続きを読む移ろい行くものだから、誰しも後になって自らの過ちに気がつくかもしれない。しかし、『自分の信念に従って、全力で生きた』ならば、それの信念が間違いであったとしても後悔はしないであろう。》


 また、この作品では、とかく何かを明言するのを避ける傾向にある。しかし、多数の場面を組み合わせて、人の心の動きを鮮やかに描いていた。



 以下に大まかな作品の流れを示す(完全なるネタバレです)。

 戦時中、小野は〈地平ヲ望メ〉という版画作品で広く影響を及ぼした。この作品に描かれた精神は「お国の為に戦う」(だと考える)。作品は、当時の小野の信念に基づき描かれ、地域で大いに賞賛されたらしい。

 しかし、終戦後にこの絵のテーマとなった精神は批判される。さらに、若者も当時の『権力者』への憎しみを曝け出す。それは、若者が『権力者』に、仲間の命を奪われたと考えるからである。

 小野は、回想中に自らの過ちと、人々に与えた損害に正面から向き合い認める。価値観は移ろいゆくものであるからである。当時は良しとされていたものが、現代では悪になってしまうのである。

 しかし、当時の小野が『自らの信念に従って、全力で行動した』という事実は変わらない。そして、彼は自らの過ちは認めても、当時の『生き方』には業績以上の満足感を得ていたのである。


 一方、若者の言う『権力者』とは、将校・政治家・実業家達であったと判明する。そこで小野は自らが感じた責任の大きさは、自分の職業に見合っていなかったと悟る。けれども、確実に社会に影響を及ぼした者としての責任を感じ、また、自らの信念を貫いた事に誇りを持ちながら生きるのである。

 

 

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Posted by ブクログ 2019年08月23日

再読
カズオイシグロの一人称で語られる第二作目の長編小説。謎解きのよう。
主人公は忘れることと記憶することの間で生きている。
人間の記憶というのは矛盾してるものなのだなー。

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Posted by ブクログ 2019年07月28日

2回目。いつも素晴らしい小説をありがとう。

初めて日の名残りを読んだ時はたまげたけど、テーマほんとうにそっくり。
日の名残りの方が華やかさと鮮やかな色彩感があって好きだけど、地味で淡々としていて暗いこちらも良い小説。
主人公のやるせなさや辛さも、周囲の気まずさや不満も、どちらも手に取るようにわかる...続きを読むから、読んでて少ししんどくなる部分すらあった。


今主人公を責める周りの人たち、すなわち二人の娘や素一や三宅家の人たちは、戦争中は何を考えてどう行動してたの?
主人公が先陣切ってやったことが戦後的価値観に照らし合わせれば良くない行いだとしても、当時彼ら周囲の人たちはそれを支持して尊敬したんじゃないの?
戦後「民衆は騙されてたんだ!」とかいう民衆の無責任さ、そう言いたくなるのわかるけど、でも一歩立ち止まって考えてみなよ!!!
と言いたくなる。
彼らのも、小野とは違う方向からの自己正当化の一つよね。
小野の苦悩や考えれば考えるほどねじれてしまう建前と本心、自己正当化って側から見てるとなんて痛々しいの。自分でも痛々しい自覚あって必死に隠してるんだろうな、彼は。

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Posted by ブクログ 2024年04月14日

戦後を舞台に、戦前、戦中に画家として活躍した小野が自身の過去を語る回顧録形式の小説。
日本を破滅へと導いた軍国主義を是とし、その信念をもって数々の絵画を発表。
当時大いに受け入れられ賞賛された価値観は、敗戦後には唾棄すべきものとして扱われる。

新しい価値観を理解し、それを認め、受容すること。
それ...続きを読むが戦後で生きていくためには必要なのだが、価値観を変容し、新たなアイデンティティを形成するのは並大抵のことではない。
軍国主義を積極的に支持していたことに対する罪悪感、後ろめたさを拭い去ろうとする心の葛藤。
小野自身とて、もともと軍国主義など信奉していなかったのだというエクスキューズや、今や自身と袂を分かった弟子たちもかつては自分の考えを大いに支持し礼賛していたということを思い出す。
一方で、自身のかつての言動のせいで、自分の娘の結婚などに悪影響が出てしまっていることを危惧し、当時の関係者に当時のことはあたかも「なかったこと」にしてくれるよう求めたことを思い出す。

新しい価値観は認める。しかしそれを認めるとなると、古い価値観をもっていた時代に行ったこと、それに費やした時間はすべて無駄であったということになってしまう。
過去をすべて否定するのか、否定せずに受け入れることができるのか。

この小説はその壮絶な葛藤を、カズオ・イシグロの長編2作目にしてはやお家芸となる「曖昧な記憶」をもって見事に描いている。

舞台設定と表現方法は前作『遠い山なみの光』にとても近い。
戦後十数年で長崎に生まれ、その後すぐに海外に移住したというやや特殊な環境も影響しているのか、戦後という時代に特別な思い入れがあるのだろう。
また、彼が興味の対象としている、「変化する価値観の受容」あるいは「アイデンティティの崩壊と再生」みたいなテーマにとって、敗戦国の戦前、戦後というのはおあつらえ向きということもあるのだろう。
前作では女性の戦後価値観変化の受容、そして今作では男性の戦後価値観変化の受容を扱っている。

変化を受容するというのは、人格的な危機である。
事象AとBがあり、今まではAが正解でBが不正解だったものを、これからはBが正解でAが不正解となる生活を強いられる。
正解の人生を歩んできたと思っていたのが、突然、自分の人生は不正解だと言われる。これは危機である。
そこで、今までの人生を否定せず、新しい価値観を受容する必要があるのだが、そんな緊急事態に際して心が行うのは、記憶の再整理である。
矛盾する価値観に対して、それが矛盾でなくなるように、うまい具合に記憶を再整理し、整合的な記憶として、新たな価値観を自然に受け入れていく作用機序が人間の心にはある。
本作では、前作以上にその心の作用機序をうまく物語に取り込んでいるように見える。

すごい作品だと思う。
すごい作品だと思うんだけどね、私、カズオ・イシグロが描く子供が生意気すぎて受け入れられないんですよね・・・
物語上で必要な役割だっていうのもわかってるんだけどね。読んでるとビンタしたくなってくる。
たまにビンタ超えて竜巻旋風脚たたきこみたくなる。
私には受容する装置がないらしい。

それでも、素晴らしい作品なのは間違いない。

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Posted by ブクログ 2024年02月01日

あなたのやったことは間違いだ、と言われるのは腹が立ちます。間違いか間違いではないかの前に、自分以外の誰かに言われることに、まず腹が立つだろうと思います。なぜなら、間違いかどうかを決めるには「これが正解」という基準が必要ですが、その正解はどこから来るのかが人によって違うはずだからです。私が行った「何か...続きを読む」は、私の基準によれば正解だったのです。なのに、「あなたは間違いだ」と言われる「正解」はどこから? この本の「小野」が、娘2人から、義理の息子から、弟子から、次女の婚約相手から「間違いを犯した」と判断されたのは、小野が活躍したのが戦争中で、その後「戦後」ではなく「敗戦後」になり、「正解」が正反対になったのが原因でしょう。小野は自分の「間違い」を認めますが、でもあの時はこういう幸福感があった、またある時はこういう信念があった、と繰り返し確認しているのは、「だから自分の人生としてはこれが『正解』だ」、と思うからだと思います。ですがこのように小野が、自分はあの時「間違った」のではなくこう考えたからああいう行動をしたのだ、と振り返れるのは、その行動を取ることについて「考えた」結果だったからだろうと思われます。つまり、この本を読んで「考えた」ことは、「間違ってはいけない」のではなく、「考えずにやってはいけない」のだろうということです。そうしないと、過去の過ちを振り返ろうにも覚えていないという事態になりかねません。そして、「間違いだった」と認めた後はどうすればいいか? また「考える」ことが必要なんだと思います。

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Posted by ブクログ 2023年03月06日

戦争前後の人間関係を回想を交えて語る一人称小説です。これまで築き上げた自分と時代や価値観の変化にどう折り合いをつけていくか苦悩する様子が本人目線で綴られています。

主人公の記憶や印象に基づいた真実が事実であるとは限らない曖昧さに翻弄されました。過去の出来事が徐々に明らかになるにつれて、「自分が捉え...続きを読むる自分」と「他人から見た自分」の乖離も露わになり、痛みを感じました。

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Posted by ブクログ 2023年02月12日

以前「記憶というものは思い出すたびに書き換えられている」と読んだ。終戦により今まで是とされてきたことが悉く覆される中、様々な記憶があやふやになり、自分のアイデンティティもあやふやになりかける主人公。
戦時中にいわゆる大人であった人は自分自身の崩壊とその再構築に苦労しただろうと想像した。

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Posted by ブクログ 2022年12月09日

第二次大戦前から画家として活躍してきた小野が、うまくいかない娘の縁談や周囲の態度から過去を回想していく。師匠の耽美主義を離れて精神主義に傾き、戦時のプロパガンダに加担し評価され、自信を深めるが、価値観が一変した戦後の日本社会で、そのアイデンティティをどう扱ったらいいか迷い悩む。
語りの中で、小野が自...続きを読む分の記憶の曖昧さを何度も確かめるように表現している。話の筋そのものにはあまり関係しないが、読み手としてなぜかそこにひっかかりを感じてひきこまれる。
人が過去を振り返るときの記憶の曖昧さこそが、人間らしさであり、だからこそ生きていけるのかもと思わせる。ここに焦点を当てる語りが、著者の技の一つかもしれない。

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Posted by ブクログ 2022年11月05日

少しばかり自意識過剰な画家が、思い出を振り返りながら、戦前戦後で浮き流れる世の中を生きる話。
日の名残りに少し似ているかな?と思ったが、あちらの方がカタルシスを強く感じた。
レポート書き終えたら、英訳でまた読み直そうかな。

覚悟と信念を持って行動すれば、成否に関わらず清々しい気分になると、彼らは自...続きを読むらの人生の妥協点を見出した。

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Posted by ブクログ 2021年12月31日

数冊読んだイシグロ作品の中で一番好きだなあ。小津安二郎の世界に、ほんのちょっと社会派的要素を垂らしたような感じが良かった。ためらい橋とか、名前もなんかすてきだった。訳が良かったのもあるのかな。

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Posted by ブクログ 2021年05月19日

これを30歳そこそこで書いたのか!とまずそこに驚く。たしかに日本人ぽくない言い回しや思考回路、やりとりはあちこちに見られる。特に、一郎。理路整然と喋りすぎ。けれど、主人公である小野は明治生まれの鼻もちならないじいさん。そんな作者自身からかけ離れた人間の自分語りを、その年齢でこのレベルの作品に仕上げる...続きを読むのがすごいと思う。いかに彼に祖父母の記憶があるとはいえ、カケラのようなものに過ぎないはず。そこからこのサイズの図を描きおこす筆力を、若くしてすでにもってたんだなぁ。

功罪という言葉があるけれど、功績の大きさを認めると罪の大きさも同時に認めざるを得なくて、そうすれば必然的に罰を受けていない今の自分を否定しなければならなくなる。それができない人間の弱さ、が描かれていると感じた。
戦時の芸術家は難しい立場に立たされる。世の趨勢を読むか読まないか、その読みが正しいのか。小野の挫折を私たちは歴史の必然として知ってはいるけれど、それは後世の人間だから「必然」と断定できるもの。その歴史の途上に点として配置された人間が「見えた!」と思って描いた世界が、ピンホールから覗いた世界に過ぎないことを知っているのも、後世の人間だから。出来事が歴史の1ページにピン留めされた後なら、いくらでも非難できる。
ピン留めされる前の「浮」いて動く「世」界を「画家」として切り取るには、覚悟がいる。画家だけではなく、小説家や詩人達もそうだろう。ノーベル賞をもらった小説家が、後になって非難を浴びた例もある。その中で、功と罪を一身に引き受けて物を言う覚悟はあるか?
それを作者は自らに問うているのかもしれないと思った。

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Posted by ブクログ 2020年11月03日

過去の過ちを認めたことと、マダム川上のバーがオフィスへと変わったときのタイミングが重なるのは、本作を象徴的に表している。現実と対峙するには、浮世(マダム川上のバー)から離れなくてはならない。

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Posted by ブクログ 2020年10月07日

「少なくともその時は、信念に基づいて行動していた」

主人公の自尊心が強すぎる。こんな父親だったら面倒だと思ったけれど、昔の父親はこのような人が多かったのかな?
以前、NHKでドラマをやっていた。主人公は渡辺謙、上の娘が広末涼子。少ししか見ていないけれど。

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Posted by ブクログ 2020年06月16日

画家の人生を通して、戦前から戦後の日本における価値観の変化を描いた作品。
戦中から戦後の世情の空気の移ろいを察知した画家の、過去の自分の作品が世間に与えた影響と責任を認めつつも、時代を生きたという誇りは忘れない強さを感じる。
同じような境遇で責任を感じて自ら命を絶った作曲家との対比なども印象的ではあ...続きを読むるが、この話から思い出されるのは藤田嗣治。
彼が戦後、この作家と同じような境遇に陥り、世間から大きなバッシングを浴び逃げるようにパリに移住したことは、時代と世論の変化の残酷さをつくづく感じさせる。
そして最近のSNSを通しての、諸々の炎上騒動についても同様に考えさせる。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2019年08月15日

戦前から戦後にかけて、主人公の意識の変化や、心情の揺れが丁寧に描かれていて、とても興味深かった。
時代に翻弄される人々の様子もリアルに描かれていて、激動の時代に想いを馳せる事が出来た。

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Posted by ブクログ 2019年06月13日

ある一人の男の意識の流れ。この作品に漂う静けさ。ドラマを見たせいもあり、主人公の小野は、渡辺謙さんだった。

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Posted by ブクログ 2019年05月26日

夏目漱石の『それから』とか、太宰治の『斜陽』のように、破滅的な最後に向かっていくのかと思っていました。これはこれで好きです。

翻訳版の文体のためか、今まで触れた同氏の作品と比べると、舞台がそうであるからという理由以上に、日本的な印象を強く受けました。

一方、少し気になる点もいくつかありました。
...続きを読む
語り手である小野さんの話がいちいち脇道に逸れるのは、もちろんそれが物語の肉付けとして重要なエピソードだからなんですが、「逸し方」っていうのはそう何パターンもあるわけではないので、「またか」と少し気が散る印象がありました。
それから、誰かの発言を思い出した直後に「本当にそういう表現をかの人が使ったかどうかは定かではないが……」というのもちょっと多かった。もちろん、小野さんが記憶のフィルターを通して過去を語っているということを強調する意味で大変有効な表現なのでしょうが、多用されるとこれも「またか」と思わざるを得なかったです。

それでも、人物の気持ちの機微とか、戦前戦中戦後と移り変わる日本の機運みたいなものへの戸惑いが、丹念に描かれていて、しかも救いのない話でないところが、なにか希望のようなものをもたらしてくれる気がしました。

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Posted by ブクログ 2020年06月16日

時代の変化に取り残された一人の老人。それでも威厳を保とうとするが、その切ないこと。その哀愁は、我が身にも無関係ではいられない切実さもある。

『日の名残り』では大英帝国没落後も英国紳士を貫こうとする執事でそれを描き、この『浮世の画家』では敗戦後も家父長的父親を演じようとする画家で描く。

ただ、『日...続きを読むの名残り』の方がより必死さと切なさが描出できている。

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Posted by ブクログ 2019年08月17日

浮世絵の画家の新版
老画廊は過去を回想しながら、自からが貫いて来た信念と新しい価値観の狭間に揺れる。
1986年にウイットレッド賞を受賞

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