カズオ・イシグロのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人々は自分の理由をしゃべり、空間は自在につながる。
名を成したピアニストのライダーは「木曜の夕べ」というコンサートに出演のため、ヨーロッパのある町にやってきたが、出会う人々からいろいろな相談を持ち掛けられ打合せもままならない。
ホテルのポーター、ポーターの娘とその子供、ホテルの支配人、支配人の息子の若いピアニストなどが一方的に事情を話し出す。またそれに丁寧に応えてしまうライダー。またレセプションの会場、カフェ、ポーターの娘の部屋、写真撮影の建築物などががぐるぐると、あるいはドアからドアへとふいに現れ、途切れ、繫がる。
ポーターの娘とその息子ボリスのアパートに行くあたりまでの7,80ページくらいまでは普通に事が進んでいくようだったが、人間関係と建物の位置関係がだんだん歪んで来て、しかし内容は人々のライダーへの一方的な相談が延々と続く。
いつのまにかポーターの娘と息子のボリスがライダーの妻と子供になっていて、会話の内容も過激に、絵具を全色塗りたくったようなものになってゆく。いいかげん人々の独白に飽きて、ライダーがリハーサルできないのにいらいらしてくるが、だんだん混沌としてくるあたりから、ウォン・カーウァイあたりの映像でやったらけっこういいのでは、などと思い始めると、物語世界を楽しめた。
全939ページ、厚さ3.5cm。上下にしたらきっと下を買う人は半分以下かも。1冊で重かったが途中斜め読みしてしまったが、なんとか読み終えた。
カバー絵の黄色い街灯に照らされたこげ茶の建物と路地が内容にぴったりだ。一点透視の路地の先は歪んだ時空間に続くようだ。 -
Posted by ブクログ
丁寧な文を書く人だし、丁寧に話す人だ。こんなジェントルマンな風情の作者も若い頃はたくさん迷いがあったんだなあと。若者は意外と社会のムードとか流行とか空気とかにとらわれすぎていて、真に追い詰められないと自分の本当にやりたいことや欲していることが見えないことがある。この方にとってのそれは、自分の記憶の中の日本をそれが消えてしまう前に書き残すことであり、それが道しるべとなって作家の道を歩き出した。でも作家デビュー後も常に新しい表現対象や方法を思索しチャレンジする姿勢にはこの方の人生に対する真摯な態度が見て取れます。とてもしなやかでしっかりした人だなあという印象を持ちました。
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Posted by ブクログ
ガスオ・イシグロのノーベル文学賞受賞記念講演を書籍化したもの。英語と日本語の対訳式なのは嬉しいが、99ページしかない本(つまり日本語はその半分)で1404円はさすがに高い。元を取るため英語でも読み直そうかな。
ただし中身は短いながらも充実したもの。彼を日本人作家のように扱う風潮は批判されて当然だが、同時に彼の文学の根幹をなすものが「記憶の中の日本」というファクターであることが、本作を読むとよく分かる。創作に関わる面では、タイトルにもなっているハワード・ホークスの映画『特急二十世紀の夜』にからめ、「登場人物」にも増して「登場人物同士の関係性」が面白くないと、物語は面白くならないことに気づくくだりが特に印象的。 -
Posted by ブクログ
日本語タイトルは「忘れられた巨人」ですが、原語の意味は少し違うようです
それは、今の日本そのものなのかもしれません
訳本なので原作はどうか分かりませんが、とても読みやすい物語です
舞台はあの有名ファンタジーを彷彿とさせますが、内容は作者の今までの作品との共通性を感じさせます
物語の結末が明解にされないところもそうですね
様々な人物が登場し、そちらの方が大きく変化していくのですが、主人公たちはどこか坦々と自分たちの人生を歩んでいきます
しかし、その人生にも紆余曲折があったことが明かされていきます
何かを得たようで、何を得たのか分からないそんな話でした -
購入済み
話題作
ドラマ化され、世界的な有名な賞をとり、
初めてですが読んで見ることにしました
最初は、なんだか話がよくわからないなあ、、なんて
思ってましたが、途中からページをめくる手が止まりませんでした
自分には程遠い世界と思いがちですが、実際に起こっている世界とだといいことを
認識していたいと思いました。一度は読んでおきたい作品だと思います
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Posted by ブクログ
ネタバレ英ブッカー賞受賞作家にして既にノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロ。
彼の1995年発表の第四作目の作品。
これはねぇ、難解というか、シュールというか、マジックリアリズムというか、不条理小説というか。。。訳者あとがきを入れて948ページはちょっとした拷問!?といっても過言ではなかったと思います。
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裏表紙のあらすじも読まずに読み始めたんですが、読書のちょうど中ごろで、物語の行き先がどうなるか皆目見当がつかず、一旦最後の訳者による解説等を読みました。それで何とか落ち着き、ようやく読み通しました。
このピアニストのライダーが本当に色々なところでこの町の市民に予定(と調子)を乱される。慇懃なようでいて、ひょっとしたら悪意があるかのような市民たちから、祭り上げられるようにしてヨイショされ、なんだか分かったような分からないようなお願いをされる。それでもうコンサートの日取りが近いというのに、右にいったり左にいったり。
その間、高校時代の友人と突然再会したり、離れて住む奥さんと子どもたちとの紐帯を回復しようと躍起になったり(しかも奥さんも子どものことも忘れていた)、あるいは宿泊したホテルの一室は昔自分が母と叔母とで住んでいた場所だと思い出したり。
しかもこのライダーというのは英国育ちなのですが、どうやら舞台となっている場所はドイツ語圏!?近くのような印象。
コンサートがあるこの“町”の救世主?かのようなライダーですが、町もおかしければ、ライダー自身も優柔不断で、もめごとを増幅させている気がしました。
予定が常に狂い、会話も常にオブラートに包まれ歯切れ悪く、読んでいて気持ち悪いことこの上ありません。
私、実はこれ、狂った元ピアニストの想像(夢)だったのでは、と思いましたが、一応そういう終わり方ではありませんでした。徹底して実験的な展開を突き通して完了した、という印象です。
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解説でも述べられている通り、賛否両論だったようですね。
他方、イシグロ氏は、商業的成功を手にして以降、「これこそが書きたい作品だ」とのたもうたとか。
個人的にはやっぱり得意ではないですね。
分かりやすさを求めるわけではないのですが、まどろっこしさや婉曲さにきりきり舞いしてしまい、結局何が言いたいのか分からなくなりました。また長すぎて途中で読むのに飽きてしまったかなという感じです。
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ということでイシグロ作品でした。
そういえば『クララとお日様』が映画化されるみたいですね。上映が始まる前に原作を読んでおきたいなあ。