この作品に出会えて、本当に幸せだった。
ここまでリアルな伝記を、痛切に訴えかけてくる人々の熱い思いを…小説で体験できる日が来るなんて思いもしなかった。
早稲田の蕎麦屋三朝庵で偶然出会った太郎(乱歩本名)と千畝。ふたりは同じ愛知五中の出身から意気投合する。当時太郎は職を転々として、千畝は金銭面が貧しく留学ができずお互い苦しんでいた。しかし食事を終え外に出ると太郎の顔に『官費留学生候補ヲ求ム』の公告が飛んでくる。そこから千畝の外交官としての道が開けたのだった…
その出会いからふたりは親交をしていき、乱歩は執筆で紆余曲折あったが小説という道で、千畝は外交という道で生き続けた。途中戦争がふたりの分か...続きを読む つこともあったが、やはり千畝は乱歩の人となりに救われ、乱歩も千畝の自分の意思を貫き通す生き方に救われてきた。乱歩にとっての唯一の存在が千畝で、千畝にとってもそれは同じ。打算無しでお互いを信じられる無垢の友情のかたちは、美しく羨ましいくらいだった。そんなふたりが歩んできた物語のラストに胸が熱くなったなぁ。
特に好きなシーンは2つ。
1つ目は、千畝がカナウス領事館でユダヤ人にビザを発券するなと外務大臣から禁止令が出ているのに、それを破るシーン。千畝はユダヤ人を救いたいという自らの信念と、命令に背くことで家族を路頭に迷わせてしまうかもしれないという不安とで板挟みになっていた。そんななか妻の幸子、そして当時は離縁を選択するしかなかった元妻クラウディアの、こんな言葉を思い出すー。
『この先何か迷うことがあったら、優しいと思う選択肢を取るのよ。あなたは、そういうふうにしか生きられないのだから。』
本当に偉大な言葉だなぁ。こんなに優しくて、強い言葉ってないと思う。千畝を心から理解していたクラウディアだからこそ伝えられた言葉で、幸子も彼のそんな性格を理解していてビザの発券を了承して…そんなふたりの妻に恵まれた千畝が羨ましいし、この言葉をもらえた千畝の生き様に尊敬してしまった。
2つ目は、ラストシーン。乱歩も千畝も亡くなり、千畝の息子弘樹は父の生前の功績を祝したユダヤ人支援団体主催の授与式に来ていた。そのときに当時千畝がビザを発券し、乱歩とも縁のあるバロンというユダヤ人の知り合いから、弘樹はとある小説を渡される。それはビザ発券のときに千畝から乱歩に渡った小説「The Big Bow Mystery」、そのものだった。弘樹はその小説が渡される前に、父の壮絶な人生における相談相手、親友はいたのだろうかと気を揉んでいた。そんなとき、その本をもらいをページをめくるとそこには...
『-杉原千畝
-江戸川乱歩』
の連名が…。このラストシーンには胸が熱くなったなぁ。ふたりは出会うべくして出会い、互いの道で闘い足掻き、そして別れ…それでもまた再会し、互いを鼓舞して生きてきた。作中には互いを信頼し、親友のような関係性も幾度となく描かれているが、こうしてラストにふたりの絆が小説を介して遺されていることにとてつもない幸せを感じた。やはりふたりの出会いも小説で、ラストも小説であってほしかったから、読者として嬉しかった!
この作品がフィクションだとしても…
私はずっと乱歩と千畝の切磋琢磨しながら歩み続けた後ろ姿を忘れない。お互いがお互いの信念を負けずに、屈せず闘ってきた強さを忘れない。そしてふたりが親友であった事実を忘れない。
この男たちの熱き生き様を、友情を
ぜひ多くの人に知ってほしい。
こんなに胸が熱くなる小説に久々に出会った。
ふたりが遺した想いを無下にしないように、
私も強く生きていきたい。
つらい時代を、乱歩らしく、千畝らしく、ふたりらしく生き抜いてくれたことに心から感謝だ。
青柳碧人…次作も目が離せない!!