星4.7
むかし、フジテレビでやっていたホラーオムニバスドラマ「トリハダ」
これが大好きで、毎回録画して観ていて、そこから派生した「ドクロゲキ」というオムニバスドラマがあって、それを思い出した。
個人的に、読後感がその感じ。
派手な事件や事故やトリックは無いし、凶悪な悪者が登場するわけではない。
ただ、悪意は存在するし、人は死ぬ。
その悪意もそうだし、そこに追い詰められる心理も、ごく身近に起こりうる範囲の話だということが素晴らしくイヤな気持ちにさせてくれる。
かつて「M-1グランプリ」で、かまいたちのお二人が披露した傑作漫才「ポイントカード」
この審査で松本人志さんが言っていた「寄り添った漫才」という評。
まさに、その、ミステリー版といったところ。
なんて、寄り添ったミステリーなのかと。
読者のすぐそば。そう、手をちょっと伸ばせば届く、ちょっと醤油取るくらいな近さにある不快からズルズルと逃げ出せないところへ引き摺り込まれていく感覚がたまらなくイヤでよかった。
汚れた手をそんなとこで拭くからー、ほうら、とれなくなっちゃうよー、って。
いいタイトル。最高でした。
全5編からなる短編集
「ただ、運が悪かっただけ」
オープニングとして、とてもよい物語。
病床に伏す妻に、夫がずっと心に抱えていた後悔を語る。
妻が辿り着き、夫に話した事件の真相が、果たして本当に真相なのかは誰にもわからない。
本当かはわからないが、理にかなっているその真相には確実にゾッとする中西の娘の思惑があり、それがとてもイヤな感じで、面白い。
夫には非がないということを伝えて、夫が背負う重荷を少し軽くして死んでいけたら、という妻の思いには愛がある。
愛があるのだが、その話を最後に妻と別れなくてはならない夫の気持ちを考えると、それもまたイヤな話と思えた。
いいオープニングです。
「埋め合わせ」
これぞまさに、汚れた手をそうやって拭いたばっかりに、という話。
タイトル、決まってる。
ミスを穏便に。波風立たせず、大事にせず。
誰にもバレず。何事もなく。
そんなこと、誰でも思ったことがあるのでは。
これぞ、寄り添ってる。寄り添うねぇ。
いちばん好きな話かもしれない。
ミスを最小限に、できるだけ丸く収めることは出来たはず。
ただ、これってタイミングだよな、と。
主人公がミスを隠蔽しようと画策するのだが、同僚の五木田による策略で、キャリアに大きな傷を負う大損害に発展してしまう、というラスト。
このラストにゾッとして、かつ、めちゃくちゃイヤな気持ちにさせられて最高なのだが
私がめちゃくちゃ面白いと思うのは、主人公がミスをしたキッカケから、早めに上司に打ち明ける選択を出来なかった、そのタイミングの問題、そこの描写が素晴らしい。
まず、旧友との電話によって、排水バルブを閉め忘れるというミスを犯したキッカケ。
本当にタイミングが悪い。同情する。
「なんで俺が」「なんでこのタイミングで」
って思ってしまうよなー、と。
さらに、上司である教頭に打ち明けようか、と思ったタイミングで、別の教員が教頭に話しかけたもんだから、その機会を逸する。
少しでも心に迷いが生じたものだから、ここで前に出られない、後ろめたさ、恐怖があって、ここでグッといけない、あの感覚。
気づいたら自席に戻ってしまっているっていう、あのビビってるとき、葛藤があるときの、視界が自分のものでなくなるような感じまで、自分の中で再現されて、うひゃーってなった。
もう、これはしんどかった。
だから、最高。
「忘却」
自分のせいで隣人を死なせてしまったのかもしれない、という疑念に悩まされる物語。
これは、タイトルと結末が秀逸。
間違ってうちに届いていた電気代の督促を隣人に渡すのを忘れていた主人公。
当たり前のように日々、電気をつかい、エアコンをつかっていたからこそ、盗電という悪事をはたらいていることを忘れていた隣人。
大事なことを忘れている、そんな気がしているが、まだらボケの症状が出ているゆえに、忘れたり思い出したり、思い出してもハッキリとそれが何かは思い出せず、また忘れる主人公の妻。
ラスト、生きていく上では、忘れることも仕方がないことだ、と自身を納得させる主人公と、ラスト1行で「何か忘れてることがなかったかしら」という妻の一言で終わる結末。
妻は、きっとこの先もこの言葉を主人公に投げかけつづけるだろう。
そして、その度に隣人のことを思い出すことになる、決して完全に忘却へ、とはならない事件になる、という結末とタイトルが素晴らしい読後感。
「お蔵入り」
なんとしてでもこの映画をお蔵入りさせるわけにはいかない。
主人公の、その執着がすべて裏目裏目へと、面白いように悪い方へと転がっていく。
面白い、とは傍目からだから言えるが、この主人公の思考と、その裏目裏目という展開には共感せざるをえなかった。
執着しているものごとに問題が生じた時、ジタバタすればするほど、冷静さを欠いて悪手悪手へと突き進んでしまう。
そして、他人が自分の思惑通りには動いてくれないということを痛感させられる。痛い目をみることになる。
悪手が悪手だったと気づいたとき、その、もうダメだと力が抜けていく感覚が、めちゃくちゃキレイに決まってるんだよなぁ。
ラスト、主人公の握りしめた拳が、力無く緩む描写
「数秒して、拳が花開くようにほどけていった」
ここが、よい。
共感マックスで読んでいた私も、力が抜けた。
「ミモザ」
かつて、自分より立場が上で、無知だった自分の上に常に立っていた不倫相手。
数年の時を経て、自分がマウントをとれる立場になったことで、軽い気持ちで逆襲をしようとしたが、返り討ちにあう話。
返り討ちにあう、と書いたが、ひたすらに気持ちが悪い男だった。
すべて男の狙い通りで、誘い水に乗ってしまった主人公が、もう戻れない領域まで嵌められてしまったような話ではあるが。
気持ち悪いっす、この男。
とにかく相手が悪かった、という印象。
ただ、本当に怖いのは、主人公の旦那は、この元不倫相手が誰なのかわかっていないながら、家に知らない男がいる、ということをわかっていて。
妻が隠し事をしているというのもわかっていて。
それを知ってて何も追求してこない、むしろどうでもいいと思っているのか?
と、そこはハッキリしないのだが、そう思わせる描写を残して終わるところ。
これが気味悪い。
主人公は、この先もこの元不倫相手に粘着されるし、旦那は何考えてるのかわからないし。
この物語以降の行く末を思うと、とてもイヤな気持ちです。
これをラストに置く構成も素晴らしい。
イヤな気持ち、しばらく引きずるじゃんか。
と、いうわけで。
かなり面白かった。一気読みでしょう。
短編集は、そんなに読んでいないけれど、全体のテーマ性と、順番、配置、ここも面白さのポイントになるな、とつくづく感じました。
あと、私の中で、映画もそうなのですが、尺と重さのバランスが重要視されていて。
短いのに重たい、は、やっぱりすごいことだと思うわけです。
そう考えると、この作品はすごい。
一編一編が、とにかく重たい。
ズーンと心に残してくれる重たさ。
なのに、とにかく短い。
これはすごいこと。
コスパの高さ、というべきか。
しんどい。キツい。イヤな気持ち。
そして寄り添ってる。近くにある。
もう、近づいてきてるかもしれない悪意。
そこにいるかもしれない落とし穴。
最高のミステリーだと思いました。