直江兼続の検索結果
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愛と義と智謀の人 直江兼続
主君・領民に「愛」と「義」を貫いた知勇兼備の戦国武将・直江兼続。上杉謙信に愛され、上杉景勝の名補佐役として徳川家康から最も恐れられた「北国の守護神」の生涯とその魅力を描きあげる。歴史上の人物は多面的であると同時に、時代によって評価がちがう。新しい時代状況に生きる人びとによって、「その人物の見方(評価)」が変わるからである。ある時期に褒められた人が貶され、貶されていた人が褒められる。そういう中で直江兼続だけはあまり変化がない。なぜ評価が変わらないのか――その秘密の一端を、わたし自身がいままでと角度を変えて検証してみた。直江兼続はそういう追及を受けとめ得る、底の深い器量をもあわせもっている。(「はじめに」より)【主な内容】「愛」を信条とする/王道政治と覇道政治/謙信死亡時の秘策/景虎の最期/中央官僚の冷酷さを知る/名門上杉家の命運/豊臣の姓をもらう/直江状/「愛」の理念は鷹山に引き継がれる -
<戦国時代>上杉景勝を救った智将・直江兼続
上杉景勝の筆頭重臣である直江兼続は豊臣秀吉に従属することを決めた。天下人となった秀吉の権威の下で支配力を強めながら、上杉家の存続を図ったのだ。秀吉の絶大なる信用を得るまでに至った兼続の優れた執政能力がわかる。 -
<戦国時代・大坂冬の陣>直江兼続 上杉軍の武威を轟かす
上杉景勝は徳川家康から大坂城の豊臣秀頼を打倒するため出陣を要請された。世に言う大坂冬の陣の始まりである。家老・直江兼続が重点的に強化を努めていた鉄砲部隊は、その効果を発揮することができたのか。上杉軍の渾身の活躍がここにある! -
<戦国時代>人物列伝 智将・直江兼続をめぐる二七人
御館の乱で景勝に尽くすなど上杉家のために身命をなげうって働いた直江兼続。その能力は時の天下人の秀吉や家康にも一目置かれるほどであった。彼を育てた父母から同じ戦国時代に生きた真田幸村や石田三成まで、兼続と関係のある二七人の人物を紹介する。 -
<戦国時代>名参謀を比較! 直江兼続と片倉景綱
御館の乱以降、上杉景勝を支えた筆頭重臣・直江兼続。一方、伊達政宗を主君に持ち尋常ならざる忠誠心のもと数々の軍功を挙げた片倉景綱。同時代に生き、太閤秀吉に賞賛されるほどにすぐれた参謀であった二人を比較する。 -
戦国闘将伝 智勇兼備の愛武将 直江兼続
この作品はXMDFで作成されているため、ご利用いただく端末によって、マンガのページが小さく表示される場合があります。ダブルタップで拡大表示可能です。お手数ですが、タブレットで閲覧される方は立ち読みでご確認ください。 戦国大名・上杉景勝の家臣だった直江兼続はまさに知る人ぞ知る軍師といえるが彼の名を知らしめたのは「直江状」といわれる家康への書状である。景勝に謀反の疑念を抱いた徳川家康からの詰問状に対し、毅然とそして論理的にその疑念を論破したのだ。家康に真っ向から反抗しつつもしたたかに後世に名を残した直江兼続。その素顔は武勇にすぐれ、鎧兜に「愛」の字を頂く智恵者であった。本書では「直江状」のエピソードのほか、奥州最大の戦といわれた「長谷堂合戦」など、兼続にまつわるさまざまな逸話を紹介しつつ、そこに込められた彼一流の戦略を紹介していく。写真や図版も多数掲載。冒頭の漫画でイメージをいだきながら戦国末期まばゆいばかりに輝きを放った智勇兼備の愛武将・直江兼続を堪能できる一冊である。 -
<直江兼続と石田三成>関ヶ原合戦 共闘の実態にせまる
上杉景勝の執政・直江兼続と、豊臣政権の行政官・石田三成。関ヶ原合戦時、兼続と三成が東西に呼応して徳川家康を討とうとした、との説がある。家康から征伐の対象となった景勝・兼続と、豊臣政権を守ろうとする三成。関ヶ原合戦、共闘の実態とは。 -
<直江兼続と戦国時代>大坂の陣に賭けた想い 天下に示せ上杉の武威!
大坂冬の陣、開戦! 関ヶ原で失墜した武威を取り戻すべく、この戦に並々ならぬ執念を見せる上杉景勝。上杉軍の倍を擁する大坂方の軍に対し、直江兼続渾身の策が冴え渡る。大坂冬の陣を上杉軍目線で解説。軍神と称えられた謙信以来の武、今こそ天下に示すとき! -
<直江兼続と戦国時代>天下人も認めた器量 文武両道の智将直江兼続
微禄の武士の家に生まれた直江兼続だったが、謙信の薫陶を受けその才能を開花させていく。織豊、徳川と天下の趨勢が変化する中、兼続は謙信の跡を継いだ景勝と二人三脚で上杉家繁栄のため奔走する。天下人も舌を巻いた文武両道の智将、直江兼続の生涯を活写! -
<直江兼続と戦国時代>天下人的資質を秘めた名参謀
豊臣秀吉に、軍師型参謀というよりも大名や天下人的な資質であったと評された、上杉家の名参謀、直江兼続。幼き頃より、上杉景勝と切っても切れない一蓮托生の関係であった兼続は、いかなる人物だったのか。天下人的資質を内に秘めた男の生涯にせまる。 -
<直江兼続と戦国時代>直江兼続の上杉軍団改革
幼少の頃から上杉景勝に仕えた直江兼続。御館の乱鎮圧後、正式に謙信の跡目を継いだ景勝とともに、上杉軍団の改革に乗り出す! 織豊政権を経て徳川の世へ――時代の変化に対応し、近世上杉家の基礎を築いた、兼続の組織作りを研究する! -
<直江兼続と戦国時代>直江兼続の大減封克服策
関ヶ原合戦の決着後、上杉家に下されたのは領土を四分の一に減封するという厳しい懲罰だった。執政の直江兼続は、家臣団の維持と城下町の新設という軍事・民生両面の課題に対し、どのような施策をほどこしたのか? 米沢藩上杉家の基礎を作った改革を解説! -
<直江兼続と戦国時代>「直江状」は偽文書か?
徳川家康の無理難題に対し、上杉家の覚悟を見せつけたと言われる「直江状」。しかし、「直江状」には以前から「偽文書」ではないかとの疑いがある。「直江状」の真偽のほどを丁寧に再検証すると共に、あえて挑発的な言辞が用いられた「直江状」の真意にせまる。 -
<直江兼続と戦国時代>本能寺の変に真説? 兼続と光秀の情報戦
近年注目された文書には、明智家の使者が上杉家の武将に接触する様子が描写されていた。そして、この文書の宛先は直江兼続! はたして、兼続は光秀の計画を事前に知っていたのか。虚報と真実が交錯した、戦国時代の情報事情と合わせて検証する。 -
直江兼続と妻お船
戦国の上杉家を支える二大巨頭の重臣のひとつ、直江家には一粒種の娘“お船”がいた。後継者となる嫡子のいなかった直江家では、男子の様に活発な少女として育てられ、のちに鎌倉時代の女傑・北条政子にも比肩される器量をもった、聡明な女性となる――。謙信が死去すると、その養子同士の景勝と景虎の間で、越後を二分する熾烈な跡目争い「御館の乱」が勃発する。直江家は景勝を支えて勝利するも、お船は愛する夫を暗殺されてしまう。悲嘆にくれるお船の再婚相手として、三歳年下の幼馴染みである“兼続”が婿に選ばれたことから、戦国を代表する名軍師・直江兼続が生まれ、二人の運命は大きく動き始める。幾多の困難を乗り越えて結ばれたお船と兼続の戦国夫婦ぶりは、「前田利家と松」「山内一豊と千代」に勝るとも劣らない。秀吉・家康の天下人を相手に、内紛で弱体化した上杉家の危機を救った男と女の物語を鮮やかに描いた力作小説! -
直江兼続の策
関ヶ原の戦いで大敗を喫し、御家存続の危機に瀕した上杉家。そこで名参謀・直江兼続が示した責任のとり方とは――? 時代を読む眼力に優れ、人を惹きつける魅力に満ちた直江兼続。義と愛を貫いた男の生き方にマネジメントを学ぶ! 『10分間歴史ダイジェストシリーズ』は歴史上の名将の生き方から、現代の経営者やビジネスマンにも役立つ「リーダー力」「マネジメント力」を短時間で学べるシリーズです。 -
小説 米沢藩の経営学
上杉謙信を祖と仰ぐ米沢藩上杉家は、度重なる減封によって瀕死の逆境にさらされながら、家臣を一切リストラせず、幕末まで続いた稀有な名家である。それを可能にしたリーダーたちの改革精神とは? 本書は、120万石から30万石になった折の名家老・直江兼続、15万石になった藩を救った上杉鷹山、幕末に改易の危機を脱した上杉茂憲の3人を貫く「精神の系譜」を描いた異色の歴史小説である。明治14年(1881)5月、廃藩置県まもない沖縄県に、最後の米沢藩主・上杉茂憲が県令として赴任した。雪深い陸奥から日本の最南端へ――。県政運営にあたる茂憲が支えとしたのは、米沢藩の礎を築いた直江兼続、中興の祖・上杉鷹山を経て継承された「義と愛」の精神だった。著者の超ロングセラー『上杉鷹山の経営学』の姉妹編として、また09年NHK大河ドラマ「天地人」から10年「龍馬伝」へと続く歴史の流れを読む上で、ユニークな作品に仕上がった。