マーク・トウェインのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
後半はハラハラドキドキしながらあっという間に冒険が進んでいく。一気に読みたい内容なのに、なかなか家事育児や仕事で毎日15分ずつほどちまちま読みやっと読み終えた。
子どもの頃に確かトムソーヤの冒険は読んだような気がするけど、トムがなかなかにこだわりが強くて危なっかしくて、印象がガラリと変わった。
トムは元々安全な暮らしをしているからこそ刺激を求めて自ら危険に向かっていくけど、ハックは危険から生き残るための冒険。
そんな2人の考え方は対照的だったりするけど、ハックの懐の深さと適応力で何とかなっていく。
前半に続いてジムの優しさ、人柄に胸を打たれた。ジムが大好きなだけにお医者さんの言葉には、分かる人には分かってもらえるのねと私まで嬉しくなった。
ハックの勇気、友情にも胸が熱くなった。
黒人は同じ人間として、心を持った生き物として扱われていなかった時代にあって、ジムをこれだけ豊かな人間に書き上げたマーク•トウェイン。現実世界できっとジムのような素晴らしい人との出会いがあったのかなとか、ハックに作者の思いが投影されているのかなと想像した。 -
Posted by ブクログ
ウォルトディズニーが少年時代に愛読していたと知り、同じように感じで見たくて完訳を読んでみた。
1876年に書かれた、更に外国の児童文学を読むなんて初めてで途中で挫折すると思いきや、最後までワクワクしながら読んでしまった。1989年生まれ。
特に当時の子どもの姿が生き生きしていたのが印象的だった。
おもちゃや公園がなくても小さな虫を眺めたりいじったり。ゴミのガラクタを物々交換したり。私も子ども時代があり、今子育て中なのだが、子どもは何も与えなくても自ら生み出す力があるんだと再認識させてくれた。
またトムの女の子に対する態度やベッキーの乙女心も懐かしい様に思う。彼らのように甘酸っぱい、悔しいような、惨めで恥ずかしいような言葉にするのが難しい気持ちを子ども時代に経験したもんだ。
150年前の人と気持ちは変わらないんだな。この本は当時と今を結んでくれる。またそう感じさせてくれるマークトウェインはやはり素晴らしい!
トムのように好奇心旺盛でなんでもしたくて危険も顧みない。子どもはみなそれが本能だと思うが今はどうだろう?監視社会、過保護。大人でも窮屈だが、子どもはもっと窮屈に感じているんじゃないか?育児にもう少し余白を与えたいと思った。
また昔のアメリカは教会が日本でいう自治会のような存在だと聞いたことがあるが、それがよく分かった。村で何か起きるととりあえず教会集合、毎週日曜日は村人全員が集まってミサ。
村全体で悲しみ、喜び、危険があるとみなで協力する。トムが何度か行方不明になるのたが、警察は出てこなった。村人が自主的に探していた。
よく考えてみれば、集団の一人一人が守る意識をもり、備えていれば警察なんていらないよね。
昔の児童文学をよんでここに書けない子ども考えさせられた。素晴らしい経験。
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Posted by ブクログ
【自由意志などない。人間とは機械である。それは自分に全て責任がある訳でもなく、この先であなたを大事にする人が待っているということでもある】
表紙に一目惚れし、ようやく読み切れました。
まず漫画なのですらすら読める。
厚さはありますが、絵も字も大きく、作品内では一貫して「人間は機械である」ことの根拠を示していきます。
しかし、機械である=自由意志などない、全て決まっているからといって、ただ受動的に過ごせということではありませんでした。
自分が弱いことも,至らなかったことも、全ては自分たちが機械であるがゆえ。
だからこそそれを片隅において、全てが自己責任ではない、その先で、必ず幸せになれることが決まっていると捉えられるのです。
自分がいなくなりたい、自分なんて何もできていやしない,と思った時に読み返して、「全部が自分でどうこうできるわけじゃないよな」と思い直したいと感じました。
読めてよかった! -
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漫画でわかりやすく、人間とは何かを解説している。トウェインの主張は、一貫した人間機械論である。人間を特別視する人間には、到底受け入れられない思想だと思う。
これは人間は外的要因や情報をインプットして、あとは決められたアウトプットするだけの器に過ぎず、そこに自由意志などないというある種の過激な思想である。
僕はAIの仕組みを学ぶたびに、人間もただの機械だと思うことがある。要するに大量のデータを与えれば、AIだろうが人間同様の思考はできる。倫理観も膨大な教師データがあれば、パターン化できる。その中から最も尤もらしい選択をするだけだ。その選択基準は、環境に依存する。
人間の選択も機械のようなものと考えても、正直違和感はない。特に近年の生成AIの発展は、その思想を強める要因なのではないか。人間の仕事と思われてきた高度な仕事は、むしろAIで代替可能である。
この人間機械論は、だから人間に意味などないというニヒリズム的な思想ではなく、人間讃歌であると感じた。誰かの成功や失敗などを特別視することもなく、あくまでそれは機械的にプログラムされた人間の結果でしかない。だからこそ、そんなものを奢ることも卑下する必要はないという、逆境からの幸福論に近いと僕は感じた。 -
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海賊遊びや戦争ごっこに明け暮れる少年、トムはある日墓場で殺人の現場を目撃してしまい、犯人のインジャンジョーとの運命の糸がもつれる。
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日本人なら誰もが知っていそうな世界的名著の児童文学ですが、これは著者が願った通り、大人向けのお話のように思いました。
まあ、阿呆を煮詰めて濃縮したようなトムや取り巻きの男の子のキャラクター造形は子どもというよりかつて子どもだった大人たちが顔を赤くして読んで共感を示すものでしょうし、いたずらや冒険そのものも自分が子どもの頃にできなかった奔放な遊びを描いているようで憧憬を感じます。
一方でところどころに社会を鋭くえぐる文章が入っていたり、白人メインの南部の小さな町を舞台にした無邪気ながらも深く根付いた差別を織り込んだりしているところに著者の思いが見て取れるようです。
また、悪役のインジャン・ジョーの死に様は切なく悲惨で、しかも丁寧に描写され、そこに寄せられる白人たちの憐憫も非常に嘘くさく描写されていたりするのも痛烈です。特にインジャンの出自については最後の方でちらりと触れられるのだけなのですが、その背景についてあらゆる考察を迫られる、非常に手の込んだ構成だと思いました(ところで、「インジャン」という言葉はそのままネイティブの蔑称として扱われていたのか、そのあたりがよくわからないのですが)。ハックの最後の独白にも説得力があり、この物語の本当の主人公はハックとインジャンなのかな、と感じました。実に迫力ある児童書でした。さっそく「ハックルベリーフィンの冒険」も読んでみたいと思います。 -
ネタバレ 購入済み
永遠の、わんぱく坊主!
いたずら好きの、わんぱく坊主だけど、憎めない男の子。正義感も、勇気と、実行力も有り、女の子にも、優しい。今は、海賊や、山賊に憧れているけれど、さて、どんな大人に、なるのだろう。子供の頃に戻って、楽しく読ませてもらった。
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Posted by ブクログ
1876年に出版されたアメリカの小説。ミシシッピー川のほとりの小さな町に暮らす少年トム・ソーヤーが仲間たちと共に繰り広げる事件や冒険をユーモアたっぷりに描く。今作の続編である『ハックルベリ・フィンの冒険』と併せて、後のアメリカ文学に大きな影響を与えた。
この本を読んだきっかけは、カート・ヴォネガットが最も影響を受けた作家にトウェインを挙げていたからだ。二人の語り口は、とても良く似ている。しかしさらに調べてみるとアメリカの作家が一様にトウェインの名を挙げていた。
『トム・ソーヤーの冒険』のタイトルは誰でも知っている。児童書で大人が読むものではないように思っていた。しかしこうして読んでみると、大人にこそ読んでほしい。
今から150年近く前に書かれた小説だが、自分の少年時代と重ね合わせても大いに共感できた。子ども頃の感覚、宝物のように大事にしてた石ころや、友だちと飛び降りた川、学校の授業、子どもにとって何が大事で、退屈とどれだけ戦っていたか、痛いほどよく分かる。さらにトムの周りの大人たちの気持ちも。
マーク・トウェインの文章の巧みさ、人間社会の本質を捉える観察力、皮肉を交えながらも温かみのあるユーモアのセンス。世界中で公演を行っていたことからも、とにかく話の面白い人だったのだと思う。子どもに向けて平易な文章で書かれているが、人間の心の動きをしっかりと捉えている。35章全てが短編としてもよく出来ていて面白い。名人上手な落語のようだと思った。
落語と似ている点として引用したいのが、立川談志の言葉「落語とは業の肯定である」。トウェインは決して、偉大な人物になりなさいなどとは言わない。大人たち(もちろん子どもたちも)の狡さをそっと教えてくれて、建前では大義名分を語りながらも、本心は個人の欲求(業)を満たそうとしているのだ。それを「人間らしさ」として優しく肯定してくれる。
マーク・トウェインが発明したのは、誰でも楽しめる物語なのだと思う。それまでの文学のほとんどは知識や素養がある人が読むものだった。『トム・ソーヤーの冒険』を読むのに知識は必要ない。奴隷制度が残る時代であるため、当時の風俗(人種差別的な表現や、体罰、子どもの飲酒、喫煙など)を理解するためには、歴史を少し学ぶ必要はある。しかし物語の本筋は、人生を素晴らしくするものを、真正面から描いている。冒険とは人生の退屈をまんまと出し抜くことなのだと教えてくれる。