マーク・トウェインのレビュー一覧
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トムソーヤからの続きで読書開始。
まったくの続編なので期待しつつ読んだのだが
最初の方がどうもとっつきにくかった。
終盤もトムの行動が良く分からないというか、
自分の考えに固執した行動しかとらず、
読み手はいらいらさせられる。
解説を読み、そういう解釈の仕方があるのかと、
ある程度納得はしたが。
面白いのは、この本がただの冒険小説ではなく、
所々に奴隷問題、人種差別、宗教問題、当時の風俗というものが
ちりばめられていることだろうと思う。
また、解説にもあるが、ウォルター・スコットなど、
各所にトゥエインが暗喩しているものを探し、
その意図を考えてみるのも面白い。
そしてまた、こういう時代から
まだ200年も経ってないんだなぁと改めて考えてしまう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人間は自己を満足させるために生きている。
「人間とは何か」、このシンプルなタイトルとBOOKOFFで100円だったので購入。
登場人物は青年と老人の二人だけで、彼らの会話が描かれている。青年は人間には意思決定をする力があると信じている、対して老人は人間は自己を満足させるために生きていると信じている。青年は、老人の「人間は自己を満足させるために生きている」という考えを打破するために試行錯誤するが、決して破ることが出来なかった。
私自身、この老人の考えに納得せざる得ない。「人間は自己を満足させるために生きている」という理論は、言い換えると全ての人間の行動原理は自己満足であり、自己犠牲すら自己満足のためなのだ。そして、自己満足は当人の気質や性質からなっており教育や訓練はそれらに若干の影響しか与えることができない。こういった考えを知って正直今、反応に困っている。なぜなら、私は読書から生きるために役に立つことを学ぼういう姿勢で臨んでいる、しかしこの本から得られたものはなんだろうかと感じている。この読書から何を学べたかは今後わかってくると思う。 -
Posted by ブクログ
「人間とは何か」に続いて、マークトウェインを読むのは二冊目。
これも彼が絶望的・悲観的視点で書いた著書。その中には人間の愚かさや無知さなどが露呈されている。
この中に出てくるサタンという不思議な少年は子供たちにその人間の愚かさを説明していくが、しかし、唯一人間が持つ能力を肯定的に捉える。それは「笑い」だという。
つまり、人間はどうしようもなく絶望的な状況になるが、その境遇を笑い飛ばす事ができる強さを持っているという。この部分には深く共感する。というのは、自分もちょうど同様のことを考えていたからだ。
失敗したりしても、それをネタにして、笑い飛ばせることってすごく大事な事だと思う。失敗し、そこから必要最低限学び取って、その失敗を繰り返さないように努めればあとは笑い飛ばせばいいと思う。そしたらもっと楽観的に生きられるだろうと。
ちなみに、最後のオチはこの人間世界そのものが夢であるというものであり、なかなか面白いがちょっとあっけない感じがした。 -
Posted by ブクログ
「人生そのものが幻じゃないか」
「あるものは君だけなんだ」
人生や世界が自分自身がつくりだした幻にすぎないとして、それならどうして自分の人生の中身に喜びだけでなく悲しみなどの負の感情が多いのか。そのようなことは決して望んでいないはずだ。もしかしたら、悲しみは決して否定的な要素ではなく、あくまでも喜びを相対化させるために存するだけの要素なのかもしれない。そうすれば自分の作り出した自分の世界の悲しみにも何か積極的な意味を見出せるのかもしれない。というようにあっさりと最終的に自己を肯定してしまって完結していいとは思えず、肯定も否定も全てひっくるめて幻の人生であり、独我論なんだろう。そもそも独我論というカテゴライズされる話ではないという感想もよぎるが、やはりこの小説の最後の主題はキリスト教的な倫理観と鋭く対立する個々の主体を考えさせる独我論だと思った。 -
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ネタバレトム・ソーヤーの物語は確かに小学生の頃に読んだ記憶はあるんだけど、今回再読してみるまでどんな物語だったかはすっかり忘れていました。 記憶に残っていたのは「トム・ソーヤー & ハックルベリー・フィン」という名前とハックが浮浪児だったこと、そして二人の少年がやんちゃだったこと。 そして女の子だった KiKi には必ずしも理解できているとは言い難い「男の子の世界」が描かれた物語だったこと・・・・・ぐらいでしょうか?? あ、あと舞台がミシシッピだったことは絶対に忘れられません。 だってこの物語で「ミシシッピ」という名前を初めて知り、わざわざ地図帳でそれがどこなのか調べた思い出があるぐらいですから(笑)
子供時代には同様に「ハックルベリー・フィンの冒険」も読んだはずなんですけど、こちらも御多分に漏れずどんなお話だったか、まったく記憶にありません ^^; 残念なことにこちらは岩波少年文庫のラインナップには含まれていないようです。 そうそうハックと言えば、KiKi の大好きなアメリカ・TVドラマ「ザ・ホワイトハウス」のトビー(ホワイトハウス広報部部長)の息子の名前がハックだったっけなぁ(笑)
まそれは置いといて、今回再読してみてトムとハックが思いのほか危険な目にあっていたことを再認識し、ちょっとびっくりしてしまいました。 夜中に家を抜け出してあちこちフラフラしていたり、挙句殺人現場を目撃しちゃったり、真犯人が別の人間に罪をきせるのを見ていたり、良心の呵責に耐えかねて真犯人を告発したり、迷子になった洞穴でいきなりその真犯人と出くわしたり・・・・・。 こんなに刺激的なお話しだったっけ???
子供時代からこの物語に対して抱いていたイメージってもっと軽めの事件の連発で、トムやハックが微笑ましいという感じだったんだけど、正直なところこの年齢になった KiKi にはポリーおばさんのご苦労が身に沁みちゃうような気分です(笑)。
まあ、元々が子供時代から「いい子」を通してきた KiKi にはトムの無邪気さ、奔放さはまぶしくて羨ましくはあったとしても、大人に刷り込まれたある種の価値観から判断すると「決して褒められたものではない範疇」に入ってしまっていて、実は素直には受け入れられなかったりもしていたんですよね~。 だいたいにおいて今よりはず~っと安全だった時代にあってさえも、子供の夜歩きな~んていうのは KiKi の時代には許された行動ではなかったし・・・・・・(苦笑)
この本の扉にある紹介文(KiKi が持っているのは現在市販されている版より1つ前のシリーズの岩波少年文庫)には「因習にとらわれがちな大人」という文言があるけれど、KiKi にしてみるとこの物語に登場している普通の大人たちはごくごく普通の感覚の持ち主に感じられます。 まあ、KiKi はキリスト教徒ではないので、「日曜学校のお説教」というやつがどんなに子供にとって窮屈 & 退屈極まりないものなのかは実感できていないんだけど、ある意味では KiKi の学んできた世界で言えば「道徳」(しかも単に慣習的で意味がよくわからないような類のものではなく、どちらかといえば納得しやすいもの)に近い感じで、KiKi にはさほど抵抗がなかったりします。
トムが叱られたりする場面ではトムの気持ちもわからないじゃないけれど、さほど不当な罰が与えられているとも思えないしねぇ・・・・・。 まあ、イマドキの学校教育現場の価値観からすると「体罰」として大問題になってしまうような場面は満載ですけど・・・・・。
でも、もしも KiKi がこの物語のポリーおばさんの立場だったらやっぱりトムにはお説教もするだろうし、時にはペンキ塗りみたいな罰も与えるだろうと思っちゃう(笑)。 でもこれまたポリーおばさん同様にトムのことを「手のかかる子」だとは思ったとしても、「悪い子」だとは思わないんじゃないかしら??
今回この物語を読んでつくづく思ったのは、この物語はやっぱり「男の子の物語」なんだなぁ・・・・ということです。 KiKi は自覚としても、そして傍からの評判としても「女の子の割には好奇心が旺盛で何にでも手を出さずにはいられない子」だったけれど、さすがにトムと同じようなことはできなかったし、仮に興味をそそられたとしても怖気づいちゃったことが満載なような気がします。 この物語のあらすじが記憶に残らなかったのは KiKi が♀だったことと無関係ではなさそうです(苦笑) -
Posted by ブクログ
ネタバレトム・ソーヤーの物語は確かに小学生の頃に読んだ記憶はあるんだけど、今回再読してみるまでどんな物語だったかはすっかり忘れていました。 記憶に残っていたのは「トム・ソーヤー & ハックルベリー・フィン」という名前とハックが浮浪児だったこと、そして二人の少年がやんちゃだったこと。 そして女の子だった KiKi には必ずしも理解できているとは言い難い「男の子の世界」が描かれた物語だったこと・・・・・ぐらいでしょうか?? あ、あと舞台がミシシッピだったことは絶対に忘れられません。 だってこの物語で「ミシシッピ」という名前を初めて知り、わざわざ地図帳でそれがどこなのか調べた思い出があるぐらいですから(笑)
子供時代には同様に「ハックルベリー・フィンの冒険」も読んだはずなんですけど、こちらも御多分に漏れずどんなお話だったか、まったく記憶にありません ^^; 残念なことにこちらは岩波少年文庫のラインナップには含まれていないようです。 そうそうハックと言えば、KiKi の大好きなアメリカ・TVドラマ「ザ・ホワイトハウス」のトビー(ホワイトハウス広報部部長)の息子の名前がハックだったっけなぁ(笑)
まそれは置いといて、今回再読してみてトムとハックが思いのほか危険な目にあっていたことを再認識し、ちょっとびっくりしてしまいました。 夜中に家を抜け出してあちこちフラフラしていたり、挙句殺人現場を目撃しちゃったり、真犯人が別の人間に罪をきせるのを見ていたり、良心の呵責に耐えかねて真犯人を告発したり、迷子になった洞穴でいきなりその真犯人と出くわしたり・・・・・。 こんなに刺激的なお話しだったっけ???
子供時代からこの物語に対して抱いていたイメージってもっと軽めの事件の連発で、トムやハックが微笑ましいという感じだったんだけど、正直なところこの年齢になった KiKi にはポリーおばさんのご苦労が身に沁みちゃうような気分です(笑)。
まあ、元々が子供時代から「いい子」を通してきた KiKi にはトムの無邪気さ、奔放さはまぶしくて羨ましくはあったとしても、大人に刷り込まれたある種の価値観から判断すると「決して褒められたものではない範疇」に入ってしまっていて、実は素直には受け入れられなかったりもしていたんですよね~。 だいたいにおいて今よりはず~っと安全だった時代にあってさえも、子供の夜歩きな~んていうのは KiKi の時代には許された行動ではなかったし・・・・・・(苦笑)
この本の扉にある紹介文(KiKi が持っているのは現在市販されている版より1つ前のシリーズの岩波少年文庫)には「因習にとらわれがちな大人」という文言があるけれど、KiKi にしてみるとこの物語に登場している普通の大人たちはごくごく普通の感覚の持ち主に感じられます。 まあ、KiKi はキリスト教徒ではないので、「日曜学校のお説教」というやつがどんなに子供にとって窮屈 & 退屈極まりないものなのかは実感できていないんだけど、ある意味では KiKi の学んできた世界で言えば「道徳」(しかも単に慣習的で意味がよくわからないような類のものではなく、どちらかといえば納得しやすいもの)に近い感じで、KiKi にはさほど抵抗がなかったりします。
トムが叱られたりする場面ではトムの気持ちもわからないじゃないけれど、さほど不当な罰が与えられているとも思えないしねぇ・・・・・。 まあ、イマドキの学校教育現場の価値観からすると「体罰」として大問題になってしまうような場面は満載ですけど・・・・・。
でも、もしも KiKi がこの物語のポリーおばさんの立場だったらやっぱりトムにはお説教もするだろうし、時にはペンキ塗りみたいな罰も与えるだろうと思っちゃう(笑)。 でもこれまたポリーおばさん同様にトムのことを「手のかかる子」だとは思ったとしても、「悪い子」だとは思わないんじゃないかしら??
今回この物語を読んでつくづく思ったのは、この物語はやっぱり「男の子の物語」なんだなぁ・・・・ということです。 KiKi は自覚としても、そして傍からの評判としても「女の子の割には好奇心が旺盛で何にでも手を出さずにはいられない子」だったけれど、さすがにトムと同じようなことはできなかったし、仮に興味をそそられたとしても怖気づいちゃったことが満載なような気がします。 この物語のあらすじが記憶に残らなかったのは KiKi が♀だったことと無関係ではなさそうです(苦笑) -
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いわゆる良心や、宗教的価値観(著者はカソリック教会の価値観に対して述べている)、正義や善といったものが、いかに残酷にひとの命を奪ってきたか、不幸の種となってきかたを描きだしている。
人間社会にとって、良心は不要であり、むしろ害となるのだという論理は、一面では正しいが、他方では現に人間社会にはルールや規範が必要であり、それなくして集団生活は円滑に営み得ないという現実が軽視されているようにも思える。
著者の人間に対する絶望は、痛いほど伝わってくる。
救いはないが、忘れてはならない大切な事実を、著者は教えてくれている。正義では世界は救えない。 -
Posted by ブクログ
【あらすじ】
ニコラウス、セピ、テオドールの3人の少年は、16世紀のオーストリアの小さな村に暮らしていた。そこにある日不思議な少年が現れた。一見感じの良い美少年の正体はなんと天使だった。その上彼の名前はサタン。3人の少年たちは、サタンの巧みな語り口、魅力的な魔法に誘われ不思議な世界へと惹きこまれていく……人間とは、良心とは何か。善悪、幸福は存在するのか。運命とはどのように決まるのか。人はなぜ戦争をするのか。ニコラウスは天使サタンと過ごすうちに、このような疑問にぶつかる。はたしてその答えは――
【解説】
作者は、『トム・ソーヤの冒険』、『ハックルベリー・フィンの冒険』などの著作で知られるマーク・トウェイン。アメリカの楽天主義を代表する作家だといわれているが、晩年に書かれたこの作品では彼の異なった一面、人間不信とペシミズムが色濃く出ている。ひどく悲観的な物語はしかし奇妙に人を惹きつけて離さない。中野好夫訳。亀井俊介解説。
【感想】
私は、同じくマーク・トウェイン晩年の代表作『人間とは何か』を読み、そのあとがきに本書のことが紹介されており興味をもったのでこの本を手にとった。どちらの本も訴えるメッセージは似たようなものである。『人間とは何か』が青年と老人の問答が終始続くのに対して、本書は構成されたストーリーになっている。