マーク・トウェインのレビュー一覧
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浮浪者ハックの冒けん物語です。
『トム・ソーヤの冒険』で、トムとハックはカネもちになり、ダグラス未ぼう人がハックを息子として引き取ることになります。ハックは“はじめは学校がイヤだったけど、そのうちにガマンできるように”なり、“未ぼう人のやりかたにもすこしずつなれてきて”、“あたらしいくらしもすこしは好きになって”(p34)きます。
私はハックの自由な生活に憧れていたので、これを読んで、ハックも普通の生活に馴染んでいってしまうのかと、悲しくなりました。けれど、その後色々とあり、ハックはジムと一緒にいかだの旅に出ることになります。ハックは何か事件があってもなんとかいかだに戻ってきて、“いかだの上は、すごく自由で、気ラクで、いごこちがいいのだ。(p211)”と感じます。私の憧れていた、自由なハックが戻ってきて嬉しかったです。
物語の後半で、都合よくトムも登場してきます。トムは、ジムを救うため、“いろんなこんなん、ぜんぶこっちがつくらなきゃなんないんだから。(p432)”と言い、簡単なことをわざわざ難しくしています。それは、“冒けんしたかったから(p522)”でした。
解説で、ヘミングウェイのようにこの茶番劇は読まなくていいという意見まであると書かれています。けれど、私はこの茶番劇が大好きです。トムはどんなことを考えてどんなことをするのだろう、とわくわくしながらおもしろく読みました。トムのような考え方をしていれば、色んなことが楽しくなりそうです。
ハックは浮浪者で、ジムは黒人で、身分としては高くないのかもしれません。でも、二人とも物語全体を通して人柄の良さが表れていて、大好きになりました。 -
Posted by ブクログ
『トム・ソーヤーの冒険』などの作品で知られるアメリカの作家、マーク・トウェイン。
少年時代にこの方の小説世界に触れて、ミシシッピー川という川の名前を知った、という記憶があります。
そのマーク・トウェインが、『人間とは何か』という題名で、人間の本質について書いた文章を残していると知り、書店で探して読んでみることにしました。
老人と青年が対話する形で、書かれています。
その老人が教え諭す話というのが、人間とはどのような存在なのか、ということ。
自分なりの理解を、以下に要約します。
・人間は自分自身の安心感を求めて行動する
・人間の考え、行動は、それまでに得た情報、経験により左右される
・上記のような理由で、人間は他の動物たちと比べて大きな差はない
そのような老人の主張に対して若者が反論しますが、老人によりことごとく論破されてしまう、という内容になっています。
訳者による”あとがき”によると、本書はマーク・トウェインが60歳前後に書いた、作品のようです。
人生の終盤をむかえ悲しい出来事が続いたことにより、悲観的な人生観を持つようになった、という背景があるとのこと。
ただこの作品で書かれていることは、人間の本質を理解する上で、重要な視点だなあと、感じました。
このような考え方があると知っていることによって、逆に、他人の行動、振る舞いに対する怒りを抑えられるかもしれないなと、感じました。
著者のイメージが変わるという意味で刺激は強い作品ですが、人間とは何か、自分はどのような行動原理で生きているか、考えさせてもらえた一冊でした。
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ネタバレ若者 それなら明らかに、人間というものはすべて、善人にしろ悪人にしろ、どちらも、その身を捧げるのは自分の良心を満足させるためなのですね?
老人 そうだ。それが一番ふさわしい名前だろうな、それを呼ぶのには。「良心」――あの自主独立した「主権者」、あの傲慢なる絶対の「君主」。人間の内部にあって、人間の「主人」なるものだ。良心にも、ありとあらゆる種類のものがあるからだ。暗殺者の良心だって場合によっては満足させられるし、博愛主義者の良心だって、守銭奴の良心だって、押し込み強盗の良心だって、やはり満足させることができる。一つの指針ないしは動機として、それが厳然と規定されたどんな道徳や品行(ただし鍛錬は別だが)にたいしても役立つかと考えた場合、人間の良心などというものはまったく価値のないものなのだ。
老人 だが、彼らを鍛錬するんだ。そして戦闘を一つや二つやらせてみるのだ。そうすれば、彼らだって兵隊になるはずだ。そう、兵隊だ。兵隊としての誇り、兵隊としての自尊心、兵隊としての理想をもったものにな。そうなれば、彼らは兵隊としての精神を満足させなければならなくなるはずだ。事務員としての精神でもなく、整備工としての精神でもないのだ。その精神を満足させるのに、兵隊としての義務を避けていたのではとてもできることではない。そうだろう? -
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人間とは何かという仰々しいタイトルに反して対話形式でとても読み易く、それでいて人間の本質を突いている。
老人の主張は一貫している。
「人は自分の良心を安定させるためにのみ行動する」また「人の良心は、生来の気質と後天的な教育、訓練から得た知識や印象、感情の断片の集合体であり、人はこの主に従う出力機でしかない」というもの。
これは僕自身も常々感じていたことだ。青年は終始それでは人間の価値が下がってしまう、救いがないということを言うが、全くナンセンスだ。価値が下がると感じるのは、ホモサピエンスという少しばかり賢い猿を実際より過大に評価していたにすぎない。著者はまた、偉大な人間、誇り高い人間は嘘の衣装を自慢しているだけだと貶める。つまり銅人間も炭素人間も金人間も、己の生得の原石を磨こうと理想をもち、訓練なり努力なりをしている限りにおいては、人はみな等価値である。そう主張しているのではないか。
この老人は人間を貶める、冷たく、嫌な人間では決してない。長年の観察と検証から発見した事実を言っているのだ。その事実は、確かにある面では残酷で、批判的かもしれない。だがまたある面ではとても公平であり、人を勇気づける代物なのだ。
本書は、少なくとも僕にとっては希望の書であり、ある種の救いとなった。
ありがとうトウェイン。
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マークトウェインが考える人間の本質をストレートに表現したこの作品。
衝撃的な内容!ではなくなったのは時代のせいでだろうか。最近ではこの手の本はよく見かけるし、”嫌われる勇気”もシンプルに本質的なことをストレートに伝え、それを青年と老人が議論していくという表現の仕方は非常に似ていたな(いわゆるソクラテス式問答)と読みながら思った。
とても理解しやすかったし、思い当たる反論もないので、素直に受け入れるべき内容なのかなと思ってしまった。
特に人間の欲=精神欲を満たすために行動しているという点で、今の時代、これまでの物質面重視から精神面重視に移り変わろうとしているけど、結局は精神欲を満たそうとしているだけなんだなと。
人間の欲を満たすため、精神面に重きを置いてそれを楽しむ人生もあり、またお金や物への物質的欲を満たしながら精神欲を満たす人生もあり。決してどちらがどうこうという問題ではない。その点は理解しておいたほうがよさそうだ。社会の中では、欲の満たし方が違うグループ同士は、お互いにあまり尊敬はしてなさそうだけど、やっていることは一緒という点。この理解はみんな持っておくべきかなと思う。
また人間の本質はシンプルかもしれないが、人間それ自身や、人間が住む社会はもう少し複雑だ。シンプルな本質を理解したからといって、シンプルに行動するのは大変危険。こういったシンプルな考えが人間の行動の根幹にある(可能性がある)というは知識として持っておき、その上で複雑な社会の中で自分らしく生きていくことが大切なんだろうと思う。
あとは、その上で”せっせと自らの理想を向上するように努める”だけかなと。 -
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ネタバレネタバレありです。
つまるところ、トム・ソーヤというキャラクターが好きかどうかで、この巻の好き嫌いは分かれるのではないでしょうか。ジムとハックのロードムービーからうって変わって2巻中盤からはトム・ソーヤ劇場です。決して面白くなくはないんですが、悪のりがすごいんです。まあ王様と公爵もひどかったので、言ってみれば2冊あわせて大半を悪のりが占めているとも言えなくもないわけですが、なんでしょう、トムは基本的にもっと安全なところにいてサバイバルではないので鼻につくのでしょうか。その、周囲の人間も読者をも唖然とさせるような悪のりこそがトム・ソーヤの持ち味なわけなので、良い悪いではなくて本当に好き嫌いの問題なんですが、僕は真面目なハックが好きです。
小4息子の感想「冒険いっぱいだった!」。小6娘の感想「 でもトムや公爵や考えること・やることがおかしすぎてついていけない部分もあった」。トムや公爵には子供たちも「なにやってんだよ!(*゜Q゜*) 」って感じで笑いながら呆れてました。 -
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ネタバレThe Mysterious Stranger, A Romance (1916)
サタンがみせる人間の愚かさや醜さは凄まじい。語り手のテオドールはサタンに対して怖れと尊敬を抱いているようだ。人の死に対して私たちは、悲しみを抱くがサタンはそうでない。例えば、若くして死ぬことによってその後に待っていた苦しみを免れたのだという。私は、機械的運命論に基づいたこの思想には賛成できない。仮に、生まれた瞬間から自身の運命が既に決まっていたとしても、生きている瞬間のうちに感じる様々な感情とそれに基づく自身の行動を大事にしたい。一度は、サタンを説得しようとした主人公テオドールのように。 -
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『トムソーヤ~』とともに有名な作品。
だが、この2作品で絶対的に違うのは、主人公の立ち位置。
トムはいたずら好きだが“子供の範疇”から決して越えず、また、あれこれ文句をいったりもするが当時のアメリカ南部での一般的な考え方(黒人≒奴隷とか)からも外れずに、あくまでも世間という手のひらの上で行動している。
ハックは設定も浮浪者…自由人というべきか…で、考え方もまた、世間一般のしがらみのない考え方だ。
逃亡奴隷を通報するべきか、ハックは必死に考える。当時の常識ならば、悩むところではないのだ。言わなきゃいけない。ハックが躊躇しているのは、言えばジムは逃亡奴隷として処罰されるが、そんなことを幇助するのは人間としてどうなのか、という、
常識>倫理の図式に迎合できず、悩む。
このテーマの深さがハックルベリフィンの魅力の一つだと思う。 -
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トムソーヤからの続きで読書開始。
まったくの続編なので期待しつつ読んだのだが
最初の方がどうもとっつきにくかった。
終盤もトムの行動が良く分からないというか、
自分の考えに固執した行動しかとらず、
読み手はいらいらさせられる。
解説を読み、そういう解釈の仕方があるのかと、
ある程度納得はしたが。
面白いのは、この本がただの冒険小説ではなく、
所々に奴隷問題、人種差別、宗教問題、当時の風俗というものが
ちりばめられていることだろうと思う。
また、解説にもあるが、ウォルター・スコットなど、
各所にトゥエインが暗喩しているものを探し、
その意図を考えてみるのも面白い。
そしてまた、こういう時代から
まだ200年も経ってないんだなぁと改めて考えてしまう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人間は自己を満足させるために生きている。
「人間とは何か」、このシンプルなタイトルとBOOKOFFで100円だったので購入。
登場人物は青年と老人の二人だけで、彼らの会話が描かれている。青年は人間には意思決定をする力があると信じている、対して老人は人間は自己を満足させるために生きていると信じている。青年は、老人の「人間は自己を満足させるために生きている」という考えを打破するために試行錯誤するが、決して破ることが出来なかった。
私自身、この老人の考えに納得せざる得ない。「人間は自己を満足させるために生きている」という理論は、言い換えると全ての人間の行動原理は自己満足であり、自己犠牲すら自己満足のためなのだ。そして、自己満足は当人の気質や性質からなっており教育や訓練はそれらに若干の影響しか与えることができない。こういった考えを知って正直今、反応に困っている。なぜなら、私は読書から生きるために役に立つことを学ぼういう姿勢で臨んでいる、しかしこの本から得られたものはなんだろうかと感じている。この読書から何を学べたかは今後わかってくると思う。