マーク・トウェインのレビュー一覧
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ネタバレ19世紀のコネチカット出身の男が6世紀のアーサー王の時代にタイムスリップして、もっている知識で王の側近にまでなっちゃう話。
題名が「ヤンキー」なので、どんな話だとビビってたが、いわゆる「ヤンキー」は出てこない。アメリカのヤンキーのことだった… 雰囲気は「吾輩は猫である」に似てる。笑いどころもあるし、社会批判チックなところもあるし。「猫」物に飢えてた私としては満足。
にしても、貴族ヤバすぎ。やりたい放題すぎて読むのに手が止まる箇所もあった。あの時代に生まれなくてほんとよかった…
教育の重要性も感じた。小さい頃からの教育は洗脳にもなり得るよね。自分にも子どもがいるので、ちゃんと考えさせる教育をしようと決意。
あとラスト。マーリンってずっと小物扱いだったけど、ちゃんと魔法使いじゃん…19世紀まで眠らせるとかそんな魔法使えるんじゃ、一流だよ… -
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言わずと知れたマーク・トウェインの代表的作品でありアメリカ文学の古典的超名作である。今更ながら読む。
ポリー伯母さんやドビンズ先生はいまなら幼児虐待全開なのだが、米国版カツオであるトムのあの手この手の破天荒な冒険活劇が面白い。かと思えば第4章冒頭のような詩的で美しい描写もあれば第33章の鍾乳石から滴る滴の荘厳な描写やほか妙に真理めいた文章も散りばめられ物語としてだけではなく文学作品としても秀でている。インジャン・ジョーが登場してから以降の展開はハラハラドキドキのまさにディズニーやハリウッド級の面白さだ。
アニメ版も作られたため児童向けのイメージが強い作品だが、おませなトムとベッキーの恋物語やインジャン・ジョーの残酷な死に様はPTA「非」推薦の児童向け良書かもしれない。兎にも角にもチビッ子がトムと同じことをすると確実に親のカミナリが落ちるだろう。
あとがきを読むと『ハックルベリー・フィンの冒険』の冒険もほうの評価も高いということで、今度はこちらも読んでみようと思う。 -
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トム・ソーヤーの日常は冒険だ。遊び方がワイルドでたくましい。やんちゃなイメージはあったけど、予想以上に目立ちたがり屋で、女の子に対して積極的な肉食男子で笑ってしまった。何歳の設定か分からないけど、ませてるな~。でもちゃんと良心は備えているし、ひねくれたところがないので好感がもてる。
友達のジョーもやんちゃだが、ハックは全然違うタイプ。特に終盤のハックの台詞で、彼がトムとは違う価値観を持っているのが分かる。単純に恵まれない浮浪児という感じではなく、作中の「浪漫的浮浪者」というのがしっくりくる。このトムとハックが仲良しというのが微笑ましい。「ハックルベリー・フィンの冒険」も読みたい。 -
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ネタバレこの本に登場する人物は2人。1人の青年と1人の老人。物語は、人間について老人が自身の考えを語り、それに対して青年が疑問をぶつけていく形式で進行していく。
著者マーク・トウェインの死後、本書を読んだ彼の妻がひどく泣いたというエピソードからも理解できるように、本書の内容はそう簡単に受け入れられるものではない。
以下、内容をあとから想起するため、岩波書店HPから要約文を引用する。
「人生に幻滅している老人は,青年に向かって,人間の自由意志を否定し,人間は完全に環境に支配されながら自己中心の欲望で動く機械にすぎないことを論証する」
老人は「人間機械論」を唱え、人間は所詮外部から受けた影響をもとに行動する機械でしかないと説く。このような、人間の自由意志を否定する論調は馴染みのないものであり、現代人からは大きな反感を買うことが容易に想像できるが、それでも本書が長く読み続けられている理由は、この主張が人間の一側面を鮮やかに描き出しているからであろう。個人的には、この考え方は受け入れられないが、一方で完全に無視することもできない。
ただ、あえてこの主張に反論すると、これは「反証不可能」な主張である可能性が高い。つまり、人間の行動を理解する際、それがどんな行動であろうと「その原因は外部環境から受けた影響にある」と言ってしまうと、とたんに誰も反証ができなくなってしまう。なぜなら、外部環境を受けない人間などいないのだから。一般的に、反証不可能な知識はその後の議論につながらず、相対的な価値が低いと言われるため、反論をすることは可能である。
ただしかし、やはり人間が外部の影響を多分に受ける存在であるという主張もまた真理なのだろう。問題は、影響を受けながらも、自身の人生の指針を定め、そこに向かって努力を続けることができるか。本書の中で、老人が「せっせと君たちの理想を向上させるように努めることさ。そしてみずからがまず満足すると同時にだな、そうすれば、必ず君たちの隣人、そしてまた社会をも益するはずだから、そうした行為に確信をもって最大の喜びが感じられるところまで、いまも言った理想をますます高く推し進めて行くことだな。」(p.105)と語っているように、どれだけ理想を追求できるかが問題であると思う。自分は外部の環境からの影響を多分に受けるということを念頭に置きつつ、その環境すらも好きなように変えていけるような、緩やかな意志を持って生きたいものだ。 -
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19世紀のアメリカ、人情味にあふれているが、そこには人種差別や犯罪や暴力が当たり前のようにあった。
そんな古き良き、そして残酷でもあった時代が、ミシシッピ川の豊かな情景と共に少年の目線で生々しく、時に子供らしいユーモアも交えながら描かれている。
それにしてもハック・フィンはなんてたくましいことか!
様々な知恵(時に悪知恵)を絞って、何としても生き抜こうとするその生命力の強さは今時の子供達にはないものだろう。
そんなハックだけれど、切羽詰まった場面だとやはり子供らしさが垣間見えるところがある。
特に、気まずいところを大人に見られたときに必死で言い訳を考えだして相手を騙そうとするところは、彼の冷や汗がこちらにも伝わってきそうな感じ。こんな無理やりな言い訳、どう見てもすぐバレそうな嘘をついているのに、それでも大人達はコロッとだまされてしまうし(笑)単純な人が多かったのね。。。
千葉氏の翻訳はとても読みやすい。子供向けなので差別的な用語も抑えられている。ハックの一人称で語られる文章にしては若干お上品な感じかなぁとは思うものの、初めて読む子供達にはちょうどいい感じかもしれない。 -
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【ハックルベリー・フィンの冒険 上・下】
マーク・トウェイン作、西田実訳、岩波文庫、1977年
面白かった。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の主人公ホールデンが「20世紀のハックルベリー・フィン」と呼ばれると知って、初めてちゃんと読んでみたが、面白かった。
作者マーク・トウェインは1835年生まれで、日本で言えば「幕末明治の時代」に生きた人。
日本で若い志士たちが「黒船襲来」「尊皇攘夷」と立ちまわっていた時代のアメリカで、トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンといった少年たちが見る社会と自然を余すことなく描いた作家。
本書は浮浪児で自然を愛する主人公ハックフィンは暴力的で怠惰な父親から逃げ、逃亡黒人奴隷のジムと共にミシシッピ川を筏で冒険をする、という話。
刊行は1855年。6年後に奴隷制度の是非をめぐりのアメリカでは南北戦争が起きる。
アーネスト・ヘミングウェイが以下のように書いている。
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あらゆる現代アメリカ文学は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊に由来する。……すべてのアメリカの作家が、この作品に由来する。この作品以前に、アメリカ文学とアメリカの作家は存在しなかった。この作品以降に、これに匹敵する作品は存在しない。
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読み終えたときに、子どもの時にみた映画「スタンド・バイ・ミー」を思い出したのも、そんなに外れていない気がする。(死体が鍵だったり)
そして、「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」で柴田元幸が、「ハックはまだ下半身が目覚めていない。ホールデンは目覚めかけていてそれをすごく怖がっている。そこの違いは大きいですね。」と語っているのも1776年に独立したアメリカをなにか象徴する気がした。
2017年の今年は、
Change! を唱えた初の黒人大統領に代わり
Make America Great Again! をスローガンにする70歳の実業家が国民により大統領に選ばれた。
#優読書 -
Posted by ブクログ
難しい。難しいけど面白かった。最近なぜか古典を読みたくなって前から名言などでよく名前を見かけて気になっていたマークトウェインの本を読んだ。全般に渡ってペシミズム(悲観主義)で全面的に賛同するというわけではないが、完全に否定することは出来ないなという感じ。確かに自分も何も考えようとしなくても勝手に何か考えついていつのまにかその考えが頭を支配している。ただでも100%そうかと言われると…ンンンとなってしまう。この辺りはまた時間を置いて改めて読んでみたときの為にとっておきたい。とにかく今は読み終えて面白かった。というのとマークトウェインってどんな顔してるんやろということとハックルベリーフィンの冒険も読んでみようということ。100年前に書かれたとは思えないほど現代的な文章、訳し方によるのかもやけど。