マーク・トウェインのレビュー一覧
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人間と獣は違う。いろいろな点で違う、ゆえに人間は獣よりも優れている、というのはよくある一般的な話。
この本では、人間と獣は違う、人間には良心がある、だから獣よりも劣っている、という。
人間は良心のためならなんだってする。戦争、殺人、強盗、拷問、残忍なことなんでも。ありもしない道徳をもちだして。
獣は残忍なことをしない。本能で、無心でやった結果、仲間に危害を加えていることはある。でも誰かを傷つけて喜ぶなんてことは絶対にしない。
手塚治虫の漫画ブッダの中のナラダッタという人間を救うために、動物の命を犠牲にしてしまいその罰を受け、生きながら獣として生きた人物を思いだした。獣として、人間としての良心を持つことなく、自然の流れの中に身を任せ、すべてをあるがままに生き、心美しく、天命を果たしたというエピソード。
人間である以上、この物語の中でいう良心はつきまとう。
“人間とは何か”で語られたように、良心をより高みのある理想に近づけるよう努める。
これが僕らが正しく生きるみちなんだろうか?
また世界の流れが大きく変わりそうな今だからこそ心に留めておきたいと思った話。人間なんて羊と同じだという話。
人間はいつも少数者に支配される。声の大きな一握りの人間に。正しいこともあれば間違っていることもある。でもそんなことはどうでもよくて、とにかく大衆はそれについていく。例えば戦争。だれかが戦争をやると言いだす。最初は懸命になって考えて反対を唱える。でも長くは続かない。やがて聴くものはいなくなり、人気も落ち、奇妙なことに滬んどはそういったものを迫害し始める。そうするともう全員が戦争だという。あとは嘘をでっち上げ、戦争は正義になる。
今だからこそ、心に留めておきたい。 -
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ネタバレ人間は教育をはじめとする外因からできた機械にすぎない
すべての行動は自己是認を求める。他者への思慮も、自己犠牲も、自分が納得するかどうかが最大の基準となる。
晩年のトウェインがペシミスティックな面を露わにした作品、との解釈が多い。同意であるが、それ以上の解釈の可能性を見出したい。青年の台詞を書いたのもトウェインであるなら、老人がどんなに説得にかかっても何とか食いつこうとする姿勢を見せるのはなぜだろう。
機械にすぎない人間がここまで「進歩」してきたのはなぜだろう。歴史は繰り返す、しかしそれは螺旋階段だと聞いたことがある。
キーは「想像力」と「創造力」に在るかもしれない。
せっかくならば、良い素材をインプットし人類の進歩に寄与していけるようなアウトプットをする機械でありたい。
自分の幸せが中心にあってもいい。 -
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面白い、なんてものではない。マークトウェインすげー!であります。
30年ぐらい前に父が読み聞かせしてくれた本の一つ。内容は忘れたけれどトム・ソーヤよりも面白かったという記憶ははっきり持っています。今回子供たちへの読み聞かせに取り寄せてみたら、分厚くて字が小さくてびっくりしました。先に再読したトム・ソーヤの冒険ではトムが利発でハックのそういうところは目立たないこともあり、こちらはもっと牧歌的だったかと少し勘違いしていましたが、とんでもない!アウトドア的なサバイバルに社会的なサバイバルの要素も加わりぎりぎりの物語です。
物語の構造としてはロードムービーです(。まだ下巻末まで読んでませんので、少なくとも下巻始めまでは)。ハックと逃亡奴隷のジムが筏でミッシシッピー川を下りながら様々な人や事件に遭遇します。たぶんどのエピソードも完全な創作というより、似たようなことがマークトウェインの身辺で実際にあったんだろうと思いながら読みました。家が流れてきて中に死体がころがっていたとか、うまいこと言って金を集めるペテン師とか、殺し合いをしてる二つの家系とかきっとこの頃にはあったんだろうなと思います。子供たちにとっては、いや僕にとっても人種差別や奴隷制度やリンチやペテンが驚きでした。現代はもはやオバマ大統領の時代ですからね。(世界にまだ人種差別が残っていることは子供に伝えておきました。)
文体はハックの語りなので崩れた口語だし、ユーモアや冒険が物語を牽引するので、読んでみるととても読みやすいです。子供たちも難なくついてこられます。しかし、マークトウェインは「トム・ソーヤの冒険」よりも真面目に書いてるという印象を僕は持ちました。トム・ソーヤではごてごてしたレトリックが利いていました。こちらはハックの語りで、基本的に必死で生き延びてるところがあるのでそんな贅沢なおふざけの余裕も趣味もありません。ハックには本人が大真面目だからこそのユーモアがあります。
本書の何がすごいかと言うと、1885年に初版が出たという超古典なのに、訳だって40年前なのに、古すぎてわからないとか楽しめないという部分がほとんどないということです。シェイクスピアと聖書の引用だけぴんと来ませんでしたが、それだって古いからというより僕に教養があれば楽しめるはずのところですからね。訳も古すぎたり不自然ということはありません。よその古い名作の中にはこれは訳し直した方がよいのでは、というものもありますが、本書は全然大丈夫です。
「
PERSONS attempting to find a motive in this narrative will be prosecuted; persons attempting to find a moral in it will be banished; persons attempting to find a plot in it will be shot.
この物語に主題を見出さんとする者は告訴さるべし。そこに教訓を見出さんとする者は追放さるべし。そこに筋書を見出さんとする者は射殺さるべし
」
と前書きにあります。本書の良いところは、主題や教訓や筋書を意図して作られた作り物ではないというところにあるんでしょうか。 -
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ネタバレ個人的に何度も読み直したいと思った本。
例えばです。
私の身の回りにはもう亡くなった人も含め、何人か認知症を患っていました。
そのとき、「日常生活でできなくなってしまったこと」が数多くある中でさえ、人を選んで攻撃をする姿を幾人も目にしました。
大体、人により、(八つ当たりなど)攻撃する対象は限られてるのですよね。弱者に向かう。もちろん当人が一番の弱者なわけですが、当人が元気だった頃の認識で弱者と思われる人間が攻撃対象になる。強い人間にはあまり向かわない。
わたし、何となく見ていたり、その対象になったりして、
「あぁ、自分に対する弱者強者を見分ける力って、結構人間の根源的な能力なんだなぁ。」なんて思っている。
そこで、いかにうまく取り繕おうとして、勉強したり訓練したりしたところで、
そんな努力なかったかのように身包みはがされる。
それが、人間の性質なんであろうとすると、
自分の性質は、決して素晴らしいものとは言えない。本当に。
今までひたかくしにしているものが、いつしか決壊して漏れ出る可能性を考えると、
自分の性質ってやつについてよく考える。
まだよく見えていない部分も多いのだけど、
せめて「そんなにひどくない」くらいだったらありがたいのですが…。 -
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ネタバレ私は純粋に、冒険小説としてこの物語を楽しみました。各章ごとに続きが早く読みたくなるように物語が展開されており、ハックと同じようにハラハラドキドキしていました。しかし、冒頭で著者のマーク・トゥウェインが述べているように、この本の主題は単なるハックの大冒険ではありません。一連の物語を通して、著者はものすごく深いメッセージを読者に送っていたのです。最近の小説でも、物語を通して何かメッセージを発信することはよくありますが、大抵の場合はメッセージの方が物語よりも意識されすぎているか、メッセージが高度すぎて物語の面白みが欠けるかのどちらかになってしまっているように思います。この本のすごいところは、メッセージと物語のバランスがとてもよく、メッセージを読み取れなくても冒険小説として楽しめるし、メッセージを読み取れればその物語へのメッセージの見事な浸透具合に感動させられるはずです。最近ではあまりみることのできない、著者のメッセージと物語の秀逸な融合を「ハックルベリ・フィンの冒険」で味わえます。
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ハック・フィンとの冒険が終わってしまった。
これが、この本を読み終わったときの最初の感情だった。
この本は、たくさんのものが詰まっている。
黒人奴隷、キリスト教的道徳観、詐欺、集団リンチ等々。
そういう点は非常に興味深く映る。
ただ、なにより主人公ハック・フィンが魅力的なのだ。
自由を求めて、故郷も財産も捨て冒険に出るハック。ハックは人を助けるときや物を盗むとき、それは善いことなのか、正しいことなのか、いつだって一生懸命悩み、考える。賢いわけでも格好いいわけでもない。だが、たまらなく愛しいのだ。
著者は冒頭にこう記している。
「この物語に主題を見つけようとする者は、告訴されるであろう。教訓を見つけようとする者は、追放されるであろう。…」
この本は、時代背景や倫理観等の描写から多くの評価を受けている。
しかし、この作品で第一に楽しむべきは、ハック・フィンとの冒険そのものなのだと思う。 -
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齊藤ジョニーというミュージシャンがいる。彼のファーストアルバムの1曲目が「ハックルベリー」というタイトルで、これを聴いていたら無性に読みたくなった。歌詞の中に「世界のすべてが君の恋人だった」というフレーズが出てくる。この本を読んだ人なら、みんなハックのことが好きになる。だからこの歌詞に共感し、グッときたのであった。
<ハックは宇宙的存在>
この本の素晴らしさは、ハックルベリー・フィンのキャラクターの描かれ方にある。何ものにも染まっていない純粋無垢なものの見方、善悪のジャッジさえも意味をもたない透き通った心は、仏教的に言えば仏陀の境地であり、空がそこにある。目の前に現れるものをただありのままに見て、そのまますべてを受け止める。心が揺れ動き葛藤する場面もあるにはあるが、自分の利益や虚栄のためではない。彼の葛藤は周囲の人を思うことやキリスト教の教えからくるものであり、そこには微塵のエゴもない。読者がハックを好きになるのは、人間が誰しも生まれる前は親しみがあった、全一性や慈悲、すべてを愛することなどを、彼が従えているからだ。
<ハックの感受性>
とても素直なハック。章をひかえ忘れたが、「悲しみにくれる黒っぽい服を着た女性のクレヨン画ばかりを描いていたエミリンという娘が15歳で亡くなった」という話を聞いたときの心の声(引用参照P187)が印象的だ。死を良いものでも悪いものでもなく、ニュートラルに扱っている。
さらにこの物語ではミシシッピ川の描写の美しさが評価されることが多い。訳者の西田実さんもあとがきで触れているが、最も素晴らしいのは第十九章の頭のところ。夜中から夜明けまで筏で川を下っているハックが、見ている風景を描写したものだ。その前の第十八章の最後で、おそらく多くの人がいちばん心を捕まれるハックのかっこいいセリフ(引用参照P212)を読んだ後だから、その描写により一層引き込まれてしまう。
下巻は物語が急展開し、オモシロおかしく読める良さがあるわけが、私はハックのまなざしが繊細に詳しく描かれる上巻が好きだ。 -
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ハックの精神的成長を描いた作品。
黒人奴隷ジムの逃亡幇助をめぐる、
人間的かつ道徳的な「健全な判断を下せる心」と
奴隷制度を容認する南部社会が生んだ「歪んだ良心」との葛藤が素晴らしい。
原子力発電の推進を援護する方々に、ハックが持っているような「人間として何が正しいか」という意識を持ってもらいたい。
まあ表向きにはハックの成長がこの小説のテーマみたいになってるけど、(おそらくそれはトウェインが講演旅行の下準備のノートブックでの言葉がそうさせている。すなわちトウェインは、道徳的危機に際して、へたな修練を積んだ良心などというものよりも健全な判断を下せる心が、より安全に人を導いてくれるという考えを持っていて、『ハックルベリーフィンの冒険』でそれを描いたと言っている。)おそらくは「歪んだ良心」だらけの社会で、いかにして「自由」をつかむか、という自由への模索と、文明への懐疑がテーマである。
トウェインは主人公ハックの成長から、孤独という状態から孤高というフェーズがその答えであると見出したように私は考える。 -
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ネタバレ最初に出てくるので、ネタバレではないと信じてタイトルの答えを書くと、淡々と「人間は機械である」を説く内容。哲学だけど、会話調でとても読みやすい。
自分の思考は、自分のものではなく、すべてが環境や気質に依存したもの。他人のためではなく、全ての行為は自分のため。漠然と思っていたことではあるけど、なるほどなぁ。自動機械は「運命」といってもいいかもしれない。震災の時に偽善活動が流行って、折り鶴やら好き勝手な支援品送りつけやらをする人が多発していて、僕も「自分の痛みを伴ってこそ」と募金をしていたけども、結局のところ僕は僕が満足したいだけだった、そうだったんだ。結局のところ、内なる主人を満足させるために動かされてたんだ、そうだったんだ。
影響を恐れて発刊を控えていたというけど、実際の所この話は思考実験であって、現実の思想や生き方にそれほど影響が強く出るとも思えない。ただ、すべての行動の意味(本当の価値)は当人の満足にあるんだという考え方は、興味深い。 -
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ネタバレアメリカ文学を代表する、マーク・トウェインの名作。
岩波文庫の上下二巻。
世界中の少年たちの憧れ、『トム・ソーヤーの冒険』の続編です。
前作の最後で財宝を見つけたうえ、富豪未亡人の養子となったハックルベリー・フィンは、しきたりだらけの文明的生活にやはり馴染めず、ろくでなしの親父の登場とたかりもあり、自由を求めて家出。
それをトムが連れ戻そうとして前作は終わりますが、本作品はまさにそこからストーリーが始まります。
再度の家出で逃亡奴隷のジムと一緒に筏でミシシッピ川を下り、目指すは自由の町ケーロ。
富裕な大地主のグレンジャーフォード家に保護されたかと思えば、敵対するシェパードソン家との抗争に巻き込まれたり、途中で出くわしたペテン師の公爵やら王様やらに振り回されたりと、破天荒な旅を続けます。
本作品の焦点は、相棒ジムの逃亡を助けることに対するハックの葛藤。
奴隷制度が残る時代に、虐待を受ける奴隷への同情と、逃亡奴隷を助ける罪悪感との板挟みに苦しみます。
そしてハックといえば、やはり外すわけにはいかないトム・ソーヤーの再登場!w
悪ガキ二人の悪戯が、やがてストーリーをクライマックスへと進めます。
アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウェイが、エッセイ『アフリカの緑の丘』でこう評しています。
「あらゆる現代アメリカ文学は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊から始まる」
『トム・ソーヤーの冒険』は楽しい物語ですが、この『ハックルベリー・フィンの冒険』は奴隷制度や人種差別、南部の無法状態などに触れており、現代でも論争をが続けられているアメリカ文学の大作です。
ミシシッピ川の雄大な情景が、読んでいて目に浮かびます。
ニン、トン♪ -
Posted by ブクログ
傍からみたら最低限の教育も受けていないガサツでしかない浮浪少年ハック。だけれど、その内には勇気と誠実さと、ありのままの自然を愛する豊かな感受性が隠されている。
これらのことが第三者の視点からでなく、すべてハックの行動や独白から読むものに伝わるようになっている。
これが実に見事で、まるで本当に独りの少年が語っているかのようなリアリティがある。
物語の展開を云々することは容易だが、この作品の本質は"冒険"にはなく、あくまで一人の孤独な少年の内面を描き出すことにあると思う。
結末はいかにも創作だが、実はこれはハックの願望を具現化した妄想であるとしてもなんら矛盾しないように思う。
とにかく、少年の心理をここまで鮮明に描き出している作品はなかなかないと思う。素晴らしい作品です。