マーク・トウェインのレビュー一覧
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ネタバレ柴田元幸さんが、出来るだけ原著に忠実に、ハックの声を再現した翻訳で、ひらがなが多く最初は読むのに苦労しましたが、後半からハックの魅力全開で、どんどん読めました。
小説の舞台の時代も生活も人々の考え方も今とあまりにも違いすぎて、良心に従うことが必ずしも自分のやりたいことと一致しない現実に苦しむハックの姿は心が痛みました。しかし、困った事になると、次から次へとよくもこれだけ出てくると感心してしまうほどの言い訳や嘘八百が傑作で、何度も大笑いしました。また、黒人奴隷のジムが教えてくれる悪いことのしるしやおまじないなどもたくさん出てきて、一体ジムは何歳なのか、と思いました。ハックが女の子のフリをしていたのを見抜いたおばさんが確かめるためハックにいろいろやらせてみるのも楽しかった。
そしてハックとジムの名コンビぶりがなかなかよくて、ミシシッピ川を下るいかだの風景がずーっと読者の頭のはに流れるくらいになったところで、ハックが、自分は地獄に行こう、と決めるシーンはこの小説の白眉。ハック最高!とおもわずガッツポーズが出る。
トム・ソーヤのこだわりに付き合うハックとジムは本当にえらい。ラストで明かされる秘密もふくめて、読んでよかった!と思う作品でした。
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Posted by ブクログ
あいかわらず、引っかかりがなくスルスルと入ってくる訳文だ。
難しい漢字が全てひらがなになっている。これは原作の文章の雰囲気を日本語的表現で反映しようとしたためとのことだが、ちょっと読みにくい(原作のスペルミスだらけの英語を読むときのネイティブも、同じように感じるのだろうか)。
ハックの大冒険の物語の詳細よりも、印象深く残っているのは風景の描写だ。筏で迎える川の夜明け、あらし、夜更けの航行の様子は、どれも目の前でハックの目線で見ているような気になった。どんな豪華な食べ物も衣服も、自由と空と川と森の美しさには勝てないのだろう、ハックにとっては。 -
Posted by ブクログ
なんてこってしょ!
ハックとトムの物語が、こんなに魅力溢れる本だったとは知らなかった!
子どもの頃から何かのおりに、トム・ソーヤーや、ハックルベリー・フィンの名は聞いていて、そうか、男の子のロマンなのかな?くらいにしか思っていなかったし、2人が友だち?悪友?だったって事も知らなかった。
柴田元幸さんの肝入りの翻訳というのと、この素敵な装丁に惹かれて読んだのだけど、とんでもない冒険しちまったよ!ってな感じ。
ハックは、現代ならば、DV親父の下で暮らす貧困児童。
でも、彼らの時代はそんな言葉はなく、ハックの自由さに驚くばかり。
父親がダメなこともよくわかってるし、関わりたくないのだけど、善良な叔母さんたちに躾られるのも真平ごめん!
そして、巧みな、男の子らしい計画によって、島を抜け出し、いかだに乗って自由な旅に出る。でも、図らずも自分の叔母さんのニガーと出会い、叔母さんのニガーを盗むなんて、いけない事だと思いながらも、ニガーのジムを大切な友人として2人で自由へと冒険して行く。
フィンの目的はただの冒険と自由でなく、とりあえずはジムを自由にしてやる事に変わってゆき、ユーモアたっぷり、冒険たっぷり、いろんな大人たちに巻き込まれながらミシシッピ川を下ってゆく…
おかしな公爵だか王だかというペテン師と旅しても、ハックは誰よりも分別があり、知らずに身についた信仰もあり、本当に素敵な男の子の振る舞いをしてゆく。ジムのハックへの愛も素晴らしい。子どもの冒険を守るべく大人の存在として、愛のかたまりみたいだ。
そして、トムが現れる!トムがやって来てからのこの子たちのほんとにバカみたいな男の子の様子が、お腹を抱えるほどおかしくておかしくて…
でも、時々本当に切ない。
奴隷制度廃止運動が起こり始めたアメリカの社会を子どもの目を通して描かれている。白人たちはそれぞれにニガーを所有しているけれど、本当に奴隷として扱っているかというと、まるで家族のように暮らしていたりする。
ニガーたちの身分の低さが悲しいのだけど、ちゃんと愛も描かれていて、子どもの文学って素晴らしいなと思わせる。
どういう意図でマーク・トウェインがこの物語を書いたかは、柴田元幸さんが解説で詳しく書いている。ニガーという言葉に対しても。
そういう背景はともかく、本当にこのフィンの冒険を読めば、全て体感できる気がする。何が正しくて、何が悲しいのか。そして自由の身でありたいハックルベリー・フィンだけど、ちゃんと素晴らしい大人が周りにいて、行きて帰りし物語、子どもが読むにふさわしい物語だと私なんかは安心してしまった。
また、アメリカの男の子たちの無邪気なおバカさの原点も見た気がするかなー。私、ハリウッド映画が大の苦手なんだけどw -
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【ハックルベリー・フィンの冒険 上・下】
マーク・トウェイン作、西田実訳、岩波文庫、1977年
面白かった。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の主人公ホールデンが「20世紀のハックルベリー・フィン」と呼ばれると知って、初めてちゃんと読んでみたが、面白かった。
作者マーク・トウェインは1835年生まれで、日本で言えば「幕末明治の時代」に生きた人。
日本で若い志士たちが「黒船襲来」「尊皇攘夷」と立ちまわっていた時代のアメリカで、トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンといった少年たちが見る社会と自然を余すことなく描いた作家。
本書は浮浪児で自然を愛する主人公ハックフィンは暴力的で怠惰な父親から逃げ、逃亡黒人奴隷のジムと共にミシシッピ川を筏で冒険をする、という話。
刊行は1855年。6年後に奴隷制度の是非をめぐりのアメリカでは南北戦争が起きる。
アーネスト・ヘミングウェイが以下のように書いている。
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あらゆる現代アメリカ文学は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊に由来する。……すべてのアメリカの作家が、この作品に由来する。この作品以前に、アメリカ文学とアメリカの作家は存在しなかった。この作品以降に、これに匹敵する作品は存在しない。
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読み終えたときに、子どもの時にみた映画「スタンド・バイ・ミー」を思い出したのも、そんなに外れていない気がする。(死体が鍵だったり)
そして、「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」で柴田元幸が、「ハックはまだ下半身が目覚めていない。ホールデンは目覚めかけていてそれをすごく怖がっている。そこの違いは大きいですね。」と語っているのも1776年に独立したアメリカをなにか象徴する気がした。
2017年の今年は、
Change! を唱えた初の黒人大統領に代わり
Make America Great Again! をスローガンにする70歳の実業家が国民により大統領に選ばれた。
#優読書 -
Posted by ブクログ
日本では「ハックの冒険」より「トムソーヤーの冒険」の方が有名ではないだろうか? にもかかわらず,オールタイムベストの類に選ばれているのは,かならず「ハックの冒険」の方である.この認知度(日本での)と評価のずれは,一体何なのだろう? とかねてから不思議に思っていたのだが,そこに鳴り物入りで柴田元幸訳の本書が登場したので,読んでみた.
ハックはまともに教育も受けていない,なかば浮浪児であるが,そのハックが自分で書いたという設定が絶妙で,ハックのたどたどしい文章を通じて,彼の冒険の数々が生き生きと浮かび上がる,また冒険の道連れとなった逃亡奴隷のジムも当然ながら無学で,この二人が様々なトラブルに巻き込まれる道中が,そしてそれに対する二人の心からの反応が,彼らの周りの一見立派な世の中の矛盾を浮き彫りにする.
あとがきによればヘミングウェイは最後の10章分は読まなくていいと言ったというが,まあ,ここは必要でしょう.
で,最後になったが,何よりも翻訳が素晴らしい.本書の魅力はハックが書いたという設定の,誤字だらけで平易な単語しか使っていない文章にある.それを平仮名ばかりで「読みにくいの一歩手前」で訳した翻訳者の力量は,本当にすごいと思う. -
Posted by ブクログ
他の人の訳で中学時代に読んだ気がするが、柴田元幸氏の翻訳で読んでみたいと思い、再読。
トムの勇気や機転は本当にすごいんだけど、ガキ大将っぷりは鼻についてしまう。スクールカースト上位だよな、こいつ、とか思ってしまう。私が捻くれているのか。しかし柴田先生もあとがきで同様に「トムは大人になったら地元のお偉いさんになって『私も子供の頃はやんちゃしたもんですよ、ガハハ』って言ってそう」的なことを書いており、激しく同意。
やっぱりトムよりもハックの言葉が心にしみる。「手に入れるのに苦労しないものなんて、持つ気しねえから」。こっちはきっと、お偉いさんになって昔を笑ったりはしない。 -
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王さまと公爵の詐欺師ふたり組がまあ、面の皮が厚いのなんの(笑)。そして、巻いても巻いてもつきまとってくる。ついにジムを勝手に農家に売り飛ばされてしまい、ハックがふたり組にさとられないよう、遠回りしてその家に乗り込むと、なんとそこは……ということで、最後はもうトウェインさんがベタなくらいにどんどんたたみかけてきます。
読み終えて、あーおもしろかった! 読めてよかった! というのが一番の感想。
そして、トム・ソーヤーがめんどくさいやつだという意外な感想を抱いたんだけど、けっきょくのところトムは、純粋に子どもの世界に生きているからなんだよね。
ジムは、逃亡奴隷として命がけで逃げてる。ハックは暴力的な父から、こちらも命がけの知恵比べで逃げ延び、そのまま川をくだっている。どちらも生きることをかけて結果的に冒険しているんだけど、トムだけは冒険を求めて、話をわざとややこしくしながら、結果的に命がけになってる(よかったね、トム)。そこらへんのギャップの描き方がすごい。
けれど、ハックはそんなトムに対して「お前は何もわかってない、世の中ってのはそんなに甘い物ではない」なんてすれっからしの態度をとったりはせず、ひたすらこの無邪気でやっかいな友だちを崇拝している。ここらへんがナイーブで、なんともいえないハックのよさだなあ。
なんかこれまでハックルベリー・フィンは「屈託のない野生児」というイメージがあったけど、実際に読んでみるととてもそれではすませられない複雑さがあるなあと思った。
そして、同じくトムの茶番にちゃんとつきあい、トムの看病をしたせいで自分がつかまっても文句もいわないジム。でもなんでもかんでも黙って耐え忍ぶわけではなく、生き別れになるかどうかという場面でハックが自分に冗談をしかけてからかったときには、真正面から目を見つめて怒りをぶつけた。諸処に、そんなジムのピュアな心が感じられて、じーんとした。 -
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かつて既訳(昨年までの。柴田訳は読んでいません)をいくつかちら見したけれど、どれも謎の方言にはばまれて読みつづける気にならず、それならと原書で読み始めたものの、ジムとハックが何度か嵐やなんかで別れ別れになったりまた合流したりをくりかえすあたりで、迷子になって沈没していた(笑)。だからこの新訳が出てくれてすごくうれしかった!
いやー、なんと読みやすいこと。そしておもしろいこと。
じつは、原作もたしかにジムの黒人なまり、ハックのミズーリなまりで書かれてはいるけど、それはけっして読みにくいものではない。(日本語の本で、そのなかに関西弁の人が出てきたりする状況を想像すればわかると思う。)ところが翻訳文のなかに東北弁「ぽい」なまりが頻出すると、どうにも読みにくく感じて、内容が頭に入ってこなくなってしまうのだ。だから、そこはあえてばっさり切り捨てて、物語のおもしろさを最大限に伝えるというこの新訳を言祝ぎたいです。
たまに嵐や難破船に遭遇しながらも、比較的順調にミシシッピ川をくだってきたふたりだが、霧にはばまれて、自由州への上陸チャンスをのがしてしまう。ではもう少しくだってから、フェリーをさがして……と思っていた矢先に、世にもやっかいな詐欺師ふたり組に遭遇。さあどうなる、というところで下巻へ。 -
Posted by ブクログ
人間と獣は違う。いろいろな点で違う、ゆえに人間は獣よりも優れている、というのはよくある一般的な話。
この本では、人間と獣は違う、人間には良心がある、だから獣よりも劣っている、という。
人間は良心のためならなんだってする。戦争、殺人、強盗、拷問、残忍なことなんでも。ありもしない道徳をもちだして。
獣は残忍なことをしない。本能で、無心でやった結果、仲間に危害を加えていることはある。でも誰かを傷つけて喜ぶなんてことは絶対にしない。
手塚治虫の漫画ブッダの中のナラダッタという人間を救うために、動物の命を犠牲にしてしまいその罰を受け、生きながら獣として生きた人物を思いだした。獣として、人間としての良心を持つことなく、自然の流れの中に身を任せ、すべてをあるがままに生き、心美しく、天命を果たしたというエピソード。
人間である以上、この物語の中でいう良心はつきまとう。
“人間とは何か”で語られたように、良心をより高みのある理想に近づけるよう努める。
これが僕らが正しく生きるみちなんだろうか?
また世界の流れが大きく変わりそうな今だからこそ心に留めておきたいと思った話。人間なんて羊と同じだという話。
人間はいつも少数者に支配される。声の大きな一握りの人間に。正しいこともあれば間違っていることもある。でもそんなことはどうでもよくて、とにかく大衆はそれについていく。例えば戦争。だれかが戦争をやると言いだす。最初は懸命になって考えて反対を唱える。でも長くは続かない。やがて聴くものはいなくなり、人気も落ち、奇妙なことに滬んどはそういったものを迫害し始める。そうするともう全員が戦争だという。あとは嘘をでっち上げ、戦争は正義になる。
今だからこそ、心に留めておきたい。