マーク・トウェインのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
人間は外部からの影響でしか何かを生み出すことができないという刺激的かつ挑戦的な論が展開され、非常に興味深かった。
特に、善行の話は凄く面白かった。人が善行するとき、その人は外からの目線や、自分の良心に耐えられないなど結局は自分自身を第一に考えているというのは凄く納得してしまった。
人間は機械だとするこの論は一見酷いものだと思うかもしれないが、勇気づけられる人もいるのではないかと思った。とある選択をずっと後悔して悩んでいる人や、自分の勇気の無さに嘆いている人などには救いとなるような気がする。ともかく、これが良い悪いではなく、一つの考えとして吸収できて良かった。 -
Posted by ブクログ
トウェインの晩年のペシミズムの代表作。
サタンと名乗る美少年(彼は天使だという)が村に現れ、人間の文明の軌跡やその愚かさを嘲笑い明らかにする。
善悪とはという問いを起点に、
幸せとは、運命とは、人間とは何なのかという問いに繋がっていく。
サタンが魅せる人間の愚かさのいくつかの描写や緊迫感が見事で、物語に引き込まれた。
いろんな問いがある中で一番刺さったのは、サタンが良心を語るシーン。
人間は良心なんてもので善を選択しているつもりになっているが、カインとアベルから始まり人間の歴史は戦争と殺戮の歴史じゃないか。
ほとんど間違った選択をしている中で正義を振り翳して生きていて、それで得をしているのは一握りの奴らだけ。
良心がなければ善も悪もない。良心なんてクソ食らえだ。
ハックほど切実ではないものの、俯瞰的に捉えられた良心の概念が顕になって、トウェインが人生を通して向き合ってきた題目なのが窺えて面白い。
最終章にあった人間とは思惟、夢なんだというところが完全に意図を汲み取れず、、人間とは何かの方も読んでみたい。
-
Posted by ブクログ
1885年発行。口語体で書かれたはじめての小説。ヘミングウェイがあらゆるアメリカ文学は本作に由来すると言ったことでも有名。
前作『トム・ソーヤーの冒険』(以後『トム・ソーヤー』)で大金を得て、養子となったハックルベリ・フィン(以後ハック)が窮屈な暮らしから脱出し、逃亡奴隷のジムとともに自由を求めてミシシッピ川を下る冒険に出る。
前作『トム・ソーヤー』が、少年と退屈との戦いを描いた無邪気な物語であるのに対し、本作では子どもの目線で描きつつも、アメリカ南部の社会を皮肉を交えて痛烈に批判している。
明るい『トム・ソーヤー』の続きを期待してしまったために、背後に流れる暗い影に一度は本を閉じてしまっていたが、本作を黒人奴隷目線でリライトした小説『ジェイムズ』が刊行されたのを機に、最後まで読んだ。(この『ジェイムズ』が問題で、この小説を読んでしまうと本作の見方が大きく変わってしまう。もはや切り離せないので、本作の考察は『ジェイムズ』の感想にまとめた)
後半の皮肉や社会風刺はこれぞマーク・トウェイン!実に痛快で楽しく読んだ。それでも読後に振り返ると寂しさが残る。ハックはとても残酷な世界で暮らしている。この地獄巡りのような旅で唯一救われるのは、ハックがさっぱりとした性格だったことだ。重いテーマを軽口で描き切ったところに、この物語の物凄さを感じる。 -
Posted by ブクログ
「人間とは機械にすぎず、ただインプットされた情報を手順通りにアウトプットするだけ そこに自由意思や創造性などかけらもない」身も蓋もない結論だけど、嫌悪感はないし腑に落ちる所が多かった
生まれながらの性向は変えられやしないという主張は、個人的にはある程度の幅でなら自分で操作出来ないかなと思う
例えば武士道って、「あえて死ぬってのがロックなんだよ!」「耐えて忍んで最高にcoolだぜ!」みたいな後天的な精神修養で成り立つものじゃないだろうか
それもトウェインに言わせれば、島国の特集な時代・身分制度の元での集団マインドコントロールの結果とか言われちゃうかな? -
Posted by ブクログ
■評価
★★★★☆
■感想
◯人間とは機械であると主張する老人と、それを否定しようとする青年の対話。
◯「自己の精神を満足させることが、行動原理の全て」とする考え方は、かなり納得感があった。
◯サイコパスの考え方は、実は本質的なのかもと考えさせられる作品だった。
◯鉄を精錬・加工していくアナロジー(鋼鉄・銑鉄・鋼で、不要な成分を除いて性質を向上させていく)は、非常にわかりやすく、面白く読無事ができた。
◯金の延べ棒に水蒸気を吹きつけても変化しないけど、気化水銀を吹きかけると溶け出てしまう話や、鉄の精錬の話のアナロジーも面白い。外部からの影響力でいかに左右されるかというのと、それを受けうる気質があるかというたとえとして使われている。 -
Posted by ブクログ
『トムソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』で知られるマーク・トウェインのタイム・スリップ小説。
イギリスのウォリック城を見学していた”私”が、奇妙な男に出会うところから物語が始まります。その男の話す内容は、アーサー王と円卓の騎士について、まるでその時代にいたかのような口ぶりです。驚きから我に帰るといつの間にか男の姿はなく、夕刻に宿泊先のホテルにいると、男が部屋に訪ねてきて自分の来歴を語りだしました。
男の父は鍛冶屋、叔父は蹄鉄工で、2人の元で手先の腕を磨き、軍需工場に勤めてからは、当時考えられるあらゆる技術を身に付けて現場監督の親玉にまでなります。しかし、手下と喧嘩して鉄梃で殴られて気を失ってしまい、目覚めるとそこは1300年以上の昔、528年のアーサー王在位の宮廷でした…
この物語、前半のマーリンとの魔法比べとその後に地位を固めてしばらくの間がとても面白い。持ち前の技術力の高さと豊富な知識や学力で、次々と改革をして行く様を、風刺の効いたギャグで笑いを誘います。
中盤は、アーサー王と2人で身分を伏せた隠密行動で、民衆の不満を垣間見る旅に出ます。しかし、奴隷制や教会への不満、選挙や共和政治など、風刺を散りばめて語っているのは、ちょっと欲張りすぎかなと思いました。そのせいで全体が560ページもある長篇になってしまっているのが残念。言いたいことはわかるけど、もう少しコンパクトにして欲しかった。
終盤は、ある経済政策がもとで内戦状態になり、力を持った教会の騎士たちとの戦いで、著者が生きていた19世紀の技術力と兵器による圧倒的(一方的)な戦いが繰り広げられますが、ちょっと残酷な気もしました。
ラストは”私”に手記を手渡すくらいなので、当然、元の時代に帰ってくる方法があるのですが、それは読んだ人だけのお楽しみ。
それにしても、タイムパラドックスもなんのそののやりたい放題な描きっぷりは、ある意味で著者の晩年に訪れる精神状態を垣間見ているようで興味深かったです。 -
Posted by ブクログ
老人と青年の対話調で綴られた、「人間とは外からの力に反応して作用するだけの機械である」という主張を説明する内容だった。
言い換えると、「すべて人間は、自らの経験学習と気質に従って、自らの精神的満足を充足するための選択をする」ということが主旨だった。
そのため、自由意志などや自己犠牲などは存在せず、一見すると当人にとって損な善行や苦行も、結局は「そうしなければ別の精神的な不満足によって耐えられない」という天秤で選択された行いになる。
相手を小馬鹿にしたような語り口調と、説得に際し用いられる古い事例は少し読みづらいが、一貫した主張は明確に読み取ることができる。 -
Posted by ブクログ
岩波少年文庫版が石井桃子さんの訳だったということを今回はじめて知りました。
柴田元幸訳で『ハックルベリー・フィンの冒けん』を先に読んでいるので、当然トムも柴田先生の訳で読みたかったのですが…やっぱり気になる石井桃子訳。現代のアメリカ文学の翻訳を牽引する柴田先生の訳と比べても遜色のない、素晴らしい訳でした。
ただ、ハックの訛りがいささかキツすぎるかも…
ただ、トムから見たハックのイメージかなと、石井桃子さんに敬意を。
でも確か、柴田先生がハックを訳す時、
ジムに「おら」なんていわせないでくれよと、翻訳仲間から言われたというエピソードがあったはず。
それにしてもまあなんとおもしろいんでしょうか!
まえがきからワクワクで、書き出しの、まるで戯曲のような始まりに、わぁ、始まったぁ!とぐいぐい引き込まれました。
表紙にもなっている、有名なシーン。
トムがポリーおばさんから罰として塀の漆喰塗りをさせられているんだけど、いつしか友人たちがこぞってやりたがる、
"人間の行動の大きな法則を発見" した漆喰塗り…
"何かを欲しがらせようと思えば、その物を、なかなか手にはいらないようにすればいい"
ほんとに天才的な悪知恵ぶりに感心してしまいます。
こんなエピソードが毎日あふれんばかりに繰返される。少年たちにとって一日は長い!
驚いたのはトムとハック、かなり危険な殺人事件の目撃者になってしまう。でも性根の良いこの子たちは、すっかり気持ちが落ち込んで…
そんな時にお母さんに生クリームを盗んだと無実の罪を着せられた心の友ジョーと、別にこのままでもいいんだけどなんとなく付いてきたハックの3人は家出して海賊ごっこ…
そういえば、リンドグレーンのカッレくんたちも、けっこう危険な目にあっていた。子どもたちのお話だからって甘くはないのだ。
ベッキーとの恋の駆け引きも最高です。
トムって、ちゃあんと本を読んでいる子。意外と知的。遊びにだって本に書かれたそのままのセリフを皆に求めます。ロビン・フッドごっこなんて最高。
物語の後半で伏線回収されていく例の殺人事件、インジャン・ジョーと金貨!
息つく間もなく読んでしまいます。
子どもたちを尊重するこの村の大人たち、本当にリスペクト。
そしてなんと言っても、どんないたずらに悩まされようとも、亡き妹の忘れ形見トムを愛情たっぷりに育てるポリーおばさんの存在が重要。
ハチャメチャな冒険劇ですが、しっかりと愛のある物語だから、魅力的で世界中で読み継がれているのでしょうねー。
ほんとに楽しかった。
柴田訳がこれもまたかっこよくて、大人こそトム・ソーヤーの冒険を読まねばと思わされます。
ハックの名言「おらあ、『みんな』じゃねぇし、」に感銘し、次に読むのはもちろん
『ハックルベリー・フィンの冒険』 -
Posted by ブクログ
「トムソーヤの冒険」「ハックルベリーフィンの冒険」等、一度は聞いたことがある様な少年向けの冒険譚の著者、マーク・トウェイン。
その彼が「匿名」で残したとされる「人間とは何か?」が漫画化された本です。
『人間とは機械である。』
ある青年は人間には自由意志が存在すると主張し、ある老人は人間は機械であると主張する。それらの問答を通して、人間とは何なのかを考えていく物語です。
人間が持つ意志やそれに基づいた行動とは、それまでの環境や経験から蓄積されたものから導き出された自動的な行動であり、自己欲求を満たす為だけに弾き出された主衝動である、と本著では語られている。
それはつまり、人間は全て考えてから行動する生き物ではなく、過去の蓄積したデータを基に最適解を自動的に導き出す、機械だと述べている。
内容の哲学感の強さにも驚きだが、原作が書かれたのは今から100年以上前ということも驚きだった。
そして、本著は『人間とはどうあるべきか』を、AI化していく未来の人間に当てたメッセージの様に感じた。