早見和真のレビュー一覧
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四国・松山の名門高校に通う二人の青年の「友情と裏切り」の物語。
故郷、宇和島も出てくる。
27歳の若さで代議士となった男は、周囲を魅了する輝きを放っていた。秘書となったもう一人の男は、彼を若き官房長官へと押し上げた。総理への階段を駆け上がるカリスマ政治家。
「この男が、もしも誰かの操り人形だったら?」
最初のインタビューでそう感じた女性記者は、隠された過去に迫る。
マトリョーシカ (大きな人形の中に一回り小さな人形が次々と入れ子状に収められた、ロシアの代表的な木製工芸品(入れ子人形)のこと)が空洞の入れ子になっている人形 中が空洞だから幾つもの仮面をかぶるのか あるいは空洞だから,中に入り込んだ誰かに操れるのか 最後に笑うのは誰なのか その笑いに感情はあるのか中身のないニセモノは、いつかホンモノになれるのだろうか。
すごく引き込まれて楽しかったのに最後がっかりだな…よくわからなかった終わりかたでした。
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赤裸々としか言いようがない内容。
ジャニーさんとのこと、母親メリーさんのこと。女帝とはまさにメリーさんのことだな。
それにしても、NHKのマスゴミたるゆえん。トップニュースや特集組んで大々的に報道したNHKトイレでの加害疑惑は、当時はジャニーさんは海外にいたことが裁判で証明されて加害は無理だったとなったのに、訂正報道はない。NGリストもジャニーズ事務所は一切関わってなかったことが判明したのに、それも報道なし。
文春もテキトーなことばかり。
結局、証拠は今でもまったくない。時効来てない人もいるのに警察へ訴える人もいないまま。今もこれからも疑惑のまま。
落ち着いたら、せめてまったく関係ないのにたまたま補償会社の代表になってしまった東山さんは戻れればいいのに。 -
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この本には多くの登場人物のそれぞれの人生が描かれている。同じ人生を歩んでいる人は1人もいなく、それぞれが違う悩みに葛藤しながら毎日を歩んでいる物語であった。特に、新橋ランナウェイの主人公には個人的に同じものを感じ励まされている気分になった。また、1つ1つの短篇が繋がりのないように思えたが最後まで読むと繋がっていた。「お前はやりたいようにやれ。お前の人生だけは誰がなんと言おうとお前が主役だ。それだけは忘れんな。」という言葉は胸に深く刻まれた。今、同じような生活を送っている人物にもそれぞれの悩みがあり、葛藤があり向き合いながら生活を送っている。自分だけが悩みがあり葛藤している訳では無いと励まされる1冊であった。孤独感に追われた時はまた読み直したいと感じた1冊でした。
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正直言って何が本当のことかは分からないけれど、シュリーさんが誠実に語ろうとしていることは感じることができた。出版することで再び渦中に立たされる懸念を抑えてインタビューに応じたのは勇気があることだ。
知らなかったなんてありえない、と考える人も多くいるが、そう有って欲しくないことをそうじゃないと思い続けると、本当に本人にはそうじゃなくなってしまうことはよくある事ではないだろうか。心が壊れてしまう瀬戸際で多くの人が自分を守る為のごく普通の対応のような気がする。もちろんはた目から見ればそれは嘘だ。しかし、当事者からすればそれは切実な真実なのだと思う。そう考えるとあのメリーさんの奇っ怪な言動は少し理解ができるようになった。 -
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ネタバレ早見和真『笑うマトリョーシカ』は、「人はどこまで他者を操り、また操られているのか」という問いを、政治という舞台で極限まで突き詰めた心理ミステリーだ。若き官房長官・清家一郎は、誰もが魅了される理想的な政治家として描かれるが、女性記者・道上の違和感を起点に、その輝きの裏側が少しずつ剥がれていく。
物語は青春小説的な前半から、第三部以降で一気に加速し、視点が反転するたびに「黒幕はこの人物だ」と思わされ、そして裏切られる。その構造はまさに万華鏡で、読む側は作者の手のひらで何度も転がされる。母・浩子、鈴木、美和子(亜里沙)と歴代の“ブレーン”が清家を操ってきたように見えながら、エピローグで浮かび上がるのは、実は清家自身が彼らを利用していたという恐ろしい真実だ。
外側と内側で同じ姿をしながら表情の異なるマトリョーシカの描写は、そのまま清家という人間を象徴しているように思える。嫉妬が束縛と憎しみを生み、世界を狂わせるという作中の言葉どおり、この物語は人間心理の暗い穴を覗き込ませる。考察すればするほど背筋が冷える、静かなホラーとして強烈に印象に残る一冊だった。 -
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小説の編集者と小説家の関係がわかりやすい。
小説家だけで、小説は売れない。「小説家は一人では完成しない。」編集者はその小説を客観的に評価して、売り出すことで成り立つ。
「編集者の役割の一つって、作家さんや漫画家さんを勘違いさせることじゃないか」と言い切る。
そのために、ホストと同じで、ホストしている間は「あなたが世界一価値ある女性」だということを訴えてきた。雑誌『編集王』の時代から、誰も出版の未来について甘い夢を見ていない。
吉田豊隆は、小説家で、デビュー作で大きな賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばず。清掃のアルバイトをしながら、世間に忘れ去られかけている「小説家」である。物語を書くことへの執念と「本当に自分には才能があるのか」という恐怖の間で揺れ動いる。
小柳俊太郎は、 大手出版社「鳳雛社」の文芸編集者。幼馴染である吉田豊隆の才能を誰よりも信じている。出版業界の「売れればいい」という風潮や、数字至上主義に強い嫌悪感を抱いている。吉田豊隆を再び「小説王」の座に押し上げるため、自身のキャリアを賭けて奔走する。
二人は、幼馴染という強固な絆で結ばれている。単なるビジネスパートナーではなく、少年時代に共有した「物語への憧れ」が原動力だ。編集者の小柳俊太郎が豊隆に放つ「お前は書け。俺が売ってやる」という強い言葉が、二人の関係性を象徴している。
「才能とは、それを信じる他者がいて初めて社会的な力を持つ」ということである。豊隆が一人で傑作を書いても、俊太郎という「最初の読者」であり「最強の味方」の編集者がいなければ、それはただの紙屑に過ぎない。小説家になりたいという文学青年がいるが、編集者になりたいというヤツはあまりいない。小説家になるためには、物語を書くよりも、編集者を見つけることが重要だ。
小説家という孤独な仕事を、社会に連れていく編集者が何よりも大切で、「誰かと共に何かを成し遂げること」の泥臭さが、前面に出ていて、おもしろい。 -
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好きな翻訳家さんのブログに出てきたので手に取りました。
ジャニーズ関連の事柄に疎く、性被害のニュースは知っていたけど、藤島ジュリーさんがどういう立ち位置の方かわからないような状態で読み始めました。
大きな柱となるテーマは母子関係、「家業」と向き合わざるを得ない業であると読みました。
重いテーマではあるけれど、世間を席巻したいろいろなグループの成り立ちや裏話が織り込まれていることで、同じ時代を生きてきた世代の娯楽的な読み物として楽しめる部分もあります。
構成の中心を対談形式にして本人の言葉を逡巡や口癖も含めて書き起こしているのは、これまでパブリックイメージが一人歩きしてきたことに対抗し、より実像を丁寧に伝え直す狙いがあるように思いました。
著者が一方的に情報を引き出すのではなく、対談の中で対象者と関係性を築きながら、徐々に本核に切り込んでいく流れが臨場感を持って伝わってきて、互いが死守したいライン、踏み込めるラインを意識しながら攻防していく様にスリルを感じました。
補償は継続中で物語はまだ動いている最中、いつか後日談も読めたら嬉しいです。