司馬遼太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
やっとこやっとこ読み終えました。
最近、韓流の歴史ドラマをよく観るようになったので、かろうじて理解できるかなという感じです。
日本と朝鮮半島との関係は、それはそれは、語れば長い歴史になるわけで、この「街道をゆく」のための旅を司馬遼太郎さんは、1971年になさっています。
日韓国交正常化6年後のことなのですね。今とは、当然、それぞれの人が持つ感情も違うわけですが、司馬さんは、そんな近い時代の話を追おうとしたわけではなく、
もっともっと前の時代の、古の人たちの交流史を感じられたかったのだと思います。
それにしても・・・話を追うのが大変でした。
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Posted by ブクログ
【内容】
土佐二十二万石の大領を率いる長曾我部盛親は、関ヶ原の戦いに敗れ、一介の牢人の身に落ちた。
恥多い謫居の中で、戦陣への野望を密かに育くみ、再起を賭けて、遺臣たちと共に大坂夏ノ陣に立ち上がったが・・・。
大きな器量を持ちながら、乱世の動きにとり残された悲運の武将を、鮮やかに描き出した長編小説。
(ブックカヴァーより)
【感想】
1984年に発売された作品です。
長曾我部家というと、盛親の父親・長曾我部元親が、四国を統一した覇者として有名ですが、彼が関ヶ原の合戦直前に亡くなり、東軍につくか、西軍につくか、政治的に動かなければならない最も大事な時期に、後を継いだばかりの盛親が、舵取りどころではなかったという不運があります。
ただ、実際には、京都にいた盛親には、家康有利ということは分かっており、そのため、当初は、東軍につこうとしたが、使者が西軍が固める関所を突破出来なかったため、やむを得ず西軍についたということを考えると、盛親も凡将ではなかったことが分かります。
作品中では、英雄たる者の条件として、野心、欲望に執着することが挙げられており、盛親にはそれが無いがために英雄になれない、とされる一方で、その真価を発揮するような場面(戦場)にはまだ遭遇していないとも書かれています。
関ヶ原後、徐々に飢えていく長曾我部の旧臣達を救う(そして、彼らの想いに応えるためにも)、天下が乱れたら再び戦わなければならないということが確定している部分は、盛親の持つ優しさが表れていますが、牢人生活を続ける中で、野心を高めていき、どう生き、どう死するべきか、見定めてゆく過程、そして、大坂城で、他の牢人達と話すことで、純粋に戦で、目覚しい活躍しようとする。
そして、事実、(わずかとはいえ)目覚しい活躍を見せる。
そうした意味では、武将としての盛親の面目はたったのかもしれません。
ですが、盛親に近い人々(雲兵衛や林豪)が見抜いたように、元は武将向きの人間ではない。
大名家に生まれさえしなければ、僧にでもなった方が良かったような好人物。ゆえに、大坂の戦後は、無事、脱出し、静かな余生を送ったと思いたい、として作品は終わります。
個人的に感動したのは、郎党を養うために、心ならずも藤堂家に仕えるようになった盛親の傅人子・桑名弥次兵衛が、旧主・盛親の元に戻って共に戦いたいと願いながらも、食べていくために叶わず、遠くから敵将として活躍する盛親を見て涙し、最終的に長曾我部と相見えた際、自殺とも言える最期を遂げるシーン。 -
Posted by ブクログ
幕末の医者たちの話。主人公たちはみんな医者だし、基本的に物語は彼らの行動に沿って展開されるんやけど、結局のところ人物は点景として一枚絵に添えられているだけ、という印象を受ける。たぶんそれで間違いない。もちろんその「一枚絵」は「明治維新」という時代なんだけど、言葉としてはこれよりも「幕末」のほうが正しい。主人公たちが幕府に寄っていたから、というわけでなく、司馬が作品で意図したのは新時代の幕開けではなくて、旧秩序の崩壊であったに違いないから。
作中で語られるこの時代の医者、特に蘭医というのをふたつの側面から切ると、まず身分制度の埒外にいる。それから、蘭学を通していちはやく西洋思想に触れている。このふたつの側面をもって、江戸時代の秩序とその崩壊への過程を考察している。真の意味での時代の変容が外部からの圧力ではなく、内部に白熱する方向性を失った鬱屈によるものだとすれば、時代を読み解こうとするのにこの選択は素晴らしいとしか言えん。軍事の面を筆頭に司馬史観が疑われることは多いけれど、こういう洞察を見ると司馬遼太郎はやっぱり歴史の脚本家、あるいは俯瞰する人、としての天分を持っていたとしか思えへん。
ということで、例によって英雄譚ではなく時代の点描なんやけど、十分におもろい。人物によるスパイスがよく効いているというのももちろんあるんやけど、恬淡とした人々の向こう側にある悲劇性が滲み出るように感じられるのが良い。