内田康夫のレビュー一覧
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備忘録 毎日新聞2019年11月22日
元特攻90代兄弟が「最後の証言」 時代に迎合を悔恨「なぜ死ぬ覚悟で戦争に反対しなかったか」
太平洋戦争中に学徒出陣し、特攻隊員になった兄弟が9日、東京都新宿区の早稲田大で講演した。岩井忠正さん(99)と忠熊さん(97)。今はそれぞれ東京、滋賀と離れて暮らすが、どうしても若い世代に「最後の言葉」を伝えたいと顔をそろえた。これまでそれぞれ講演する機会はあったが、兄弟そろって話すのは最初で最後かもしれない。2人が伝えたかったメッセージとは――。
「2人とも生きては帰れないだろう」。入隊前、兄弟で先祖の墓参りに行ったとき、道中の汽車でそんな会話を交わしたという。実際に軍隊生活は死と隣り合わせだった。忠熊さんは海軍徴用船に乗船中に米軍に攻撃され、海に放り出されて約3時間漂流した。忠正さんも「伏龍」の訓練で海底に潜水する際に酸欠で気を失った。
辛くも2人は生き残ったが、多くの若者が特攻隊員として命を散らし、遺書が残されている。「遺書には勇ましい言葉が書いてある。『私は喜んで死ぬ』と書いてあるのを読んで感激する人もいるはずです。だけど、私は、待ってくださいと言いたい」。忠正さんは会場にこう呼びかけた。
この話をしようと思ったのは娘の直子さん(60)との会話がきっかけだった。直子さんは特攻隊の記録を展示する記念館で隊員の遺書を読んだ際、「あの方たちは教育を受けてああいう気持ちで死んでいったんだ」と思ったという。それを聞いて忠正さんは、当時検閲があったことや、家族を悲しませまいと自分を奮い立たせる隊員の心境を話して聞かせたという。すると、その「実態」を講演で話すべきだと直子さんから促されたという。
忠正さんは、命を落とした隊員の無念を代弁するように語気を強めて会場に訴えた。「本当は死にたくない。でも(死ぬのが)嫌なのに殺されたと聞いたら家族も悲しむから、喜んで死んだと思ってもらおうと。もう一つは自分を励まさなきゃやれない。決して犬死にじゃないと自分を奮い立たせて慰める気持ちの表れなんです。そういうことを理解してやらないといけない。つらいんですよ、本人は……」
忠正さん自身、当時、内心は戦争には批判的だった。海軍で上官から毎日のように暴力を振るわれ逃げ出したい一心で特攻隊員に志願した。「もし遺書を書くとすれば自分も同じことを書いていた」と打ち明けた。
最後に、若者に何を伝えたいかと司会者に聞かれた2人の口から出てきたのは後悔の言葉だった。忠正さんは「この戦争は間違っているとうすうすながら分かっていたにもかかわらず、沈黙して特攻隊員にまでなった。死ぬ覚悟をしてるのに、なぜ死ぬ覚悟でこの戦争に反対しなかったのか。時代に迎合してしまった。私のまねをしちゃいけないよ、と今の若い人に伝えたい」。忠熊さんも「戦争を二度と繰り返さないためにはどうしたらいいのか、特に青年、学生がどうするかによって未来が変わる。そのためには歴史に学んでほしい」と。 -
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「ぼくが探偵だった夏」
光彦、小5。
アウトデラックスで強いクセを放った中村俊介も記憶に新しい浅見光彦シリーズ。本書は、光彦小5の話。子供らしくスリルに興味を見出し、好奇心丸出しで冒険気分で森に繰り出す光彦。女の子とつんつんどんどんな光彦、でも、気持ちは素直な光彦である。そんな光彦の最初の事件簿。
読みどころはたくさんある。まずは、浅見家全員集合となっているところだろう。シリーズファンならば当たり前かもしれないが、お手伝いさんまで含めたメンツが揃っているものがあるとは知らなかった。ルポライター兼小説家志望のぼんくら息子の内田氏、若き頃の信濃のコロンボ・竹村岩男も登場する点もポイント。若き光彦に影響を与えたのは間違いないな、と読めば分かる。
子供らしい光彦も良い。兄に比べられたり、父とちょっと距離があったり、母の頑固さに辟易したりする。また、衣理との初めての出会いも初々しく子供らしい。「ぼっちゃん」音読事件こそ、光彦の初の事件簿ではないだろうか。そんな衣理と距離が縮まっていくのも、良い夏の思い出となるのだ。そもそも、軽井沢の山の友達である峰男は、衣理を可愛い女の子として光彦を紹介するのだ。この頃から、光彦のなんか良い感じで可愛い女子と巡り合う運命が始まっていたわけだ。
ちなみに、衣理と気まずくなった(というか光彦が一方的に勘違いしただけ)事件には、光彦の面白設定が関わっている。それは空想癖だ。時々頭の中が空っぽになってしまうのだ。この空想癖は、青年になっていく中で、果たして無くなっていったのか。大変気になる。シリーズを読み始めたい人にはオススメである。