朝吹真理子のレビュー一覧
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思ってたんと違った‥
というのがまず第一印象。
タイトルから「生」の話だと思っていた。
それぞれ病気や障害、特性などを抱えながら「私の身体を生きる」というような内容だと思っていたし、そういう内容が読みたかった。
‥それはそれとして、読み進めると
こんなに明け透けに自分の体験や性被害や性癖や生き方を世間に曝け出して大丈夫なのか?と心配になるような内容が多くて驚いた。
そして、みんな色々な事を抱え、考え生きているんだな‥と改めて考えさせられた。
普通に見えるあの人も、幸せそうだと感じるあの人も本当は色々な事情を抱えているのかもしれないと。
「性」に対する考え方・感じ方・捉え方も本当に様々で -
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2011年第144回芥川龍之介賞
“きことわ”は、貴子(きこ)と永遠子(とわこ)
の二人の女性の名前から
きこが、小学3年生の8歳
とわが、高一の15歳 まで
二人は葉山の別荘で共に夏を過ごしていた
そして、25年後別荘の解体で久しぶりに再会
ふたりの思い出、記憶違いを会っていなかった時間を埋めるように文章が流れていく
目は文字を文章を追っているのに
自分の幼児期の記憶が溢れてくる
しかも私は嫌な方の思い出ばかり
きことわは決してそんな流れではないので
私の心情がそんな状態だったのだと思うのです
偶然にも最近友人と年甲斐もなく 8歳くらいの時の家庭の思い出を愚痴りあったからかもしれない -
Posted by ブクログ
ネタバレ「永久子は夢を見る。貴子は夢を見ない」という出出しが凄く魅力的で、その後の展開に大きな布石と仕掛けがなされていたのが素晴らしいと感じました。
記憶というあまりにも不確かなものを、ひととき共に過ごした二人の女性が共有し合う様子をそばで見させて貰った様な感覚を持ちました。
初めは永久子側が夢と現実の境界が曖昧なのを貴子の記憶が補正する話かと思っていましたが、物語中盤で、非現実的なことが起こるのが貴子であったり、いるはずのない永久子を服装まで言い当てたりと、貴子が夢を見ないのは、見ている自覚がないだけなのかもしれない、という展開になって驚くと共に、自分の読解力が追いつかず混乱させられました。
通しで -
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綺麗な作品だなと思った。幼い頃の夏、限られた日数を共に過ごした永遠子と貴子の二人が、その夏の思い出の残る家を解体することをきっかけに再会するという大きなストーリーの中で、それぞれの今と記憶の中の心情や会話が織り重なって、まさに人が記憶を呼び起こす時の思考のちぐはぐさ、過去の感情と今の心の声が重なるような感じが表現されているなと思った(人によって少し記憶がずれているのもリアルだなと)。幼い頃の夏の思い出というのは大人になっても残り続けるもので、私も一時帰国で訪れた旅館の近所のお祭りでとった金魚を旅館に預けたことや(思い返すとだいぶ迷惑だな)、今は亡き母方の祖父とカードキャプターさくらの劇場版を見
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Posted by ブクログ
単なる夢日記ではつまらない、ということで一ひねりした企画もの。
細野晴臣が見た夢37編と、その中から10編を基に朝吹真理子、リリー・フランキー、塙宜之の3名が短編を創作している。
遊び心を楽しむ本なのでしょうが、土台が夢なので支離滅裂でエログロも混ざって気色悪い面もある。
物理学者のファインマンさんも、確か見た夢を記録していた時期があったはず。
皆同じことを考え、実行しているのですね。
私も目が覚めた時に見ていた夢をどこまで思い出せるか挑戦することがある。
同じような設定の夢をよく見ていると感じる。
以前の夢と同じ場所で同じように困った状況に追い込まれたりする。
たいてい予期せぬことが起こ -
Posted by ブクログ
さらさらした文章
朝吹真理子さんの本を読むのは初めて。松濤美術館の同じ企画展を同じ日に見ていたり、わたしが根津美術館に行った日に、朝吹真理子さんが日経の日曜版に根津美術館周辺エリアに関するエッセイを書いていたり、何かと縁があるように思えて気になっていた。
場所と記憶の関係について、わたしも幼い時期に住んだ社宅を頭の中でありありと思い描けるのに、もうとっくに取り壊されて低層高級マンションになっていることを不思議に思ったことを思い出しながら読んだ。
なんでもないことがさらさらと重厚に描かれている。
不思議な描写の部分を咀嚼しきれなかった。
鉄線柄の浴衣いいなあ。 -
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Posted by ブクログ
芥川賞作品ということで手に取る。大学在学中の作品のようで20代でこのような文章を綴れる語彙力と描写力にこの方がまだ短い人生の中で一体どれだけの本を読んだのだろうと感嘆していました。幼い頃毎夏葉山の別荘で過ごした「きことわ」のそれぞれの記憶が25年を経て同じ別荘で鮮明によみがえる様がこれでもかと綴られる。記憶というのは五感に刻まれ深い場所にあっても何かの刺激と共に再び目の前にひっぱりだされるもの。同じ風景を見ていても人により記憶されるものは違う。一時濃密な時間を過ごした相手と何十年先に再会すると私ならどうなるだろうと考えて余韻を楽しみました。
因みに話の中に現在の北極星はこぐま座だがずっと後の北