塩野七生のレビュー一覧
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中世ヨーロッパに生まれ、神聖ローマ帝国皇帝として13世紀にかけて中央集権国家を築き、政治の面で神からの解放を進めたフリードリッヒ二世の生涯を塩野先生が書いています。
大きな目標を成し遂げるときは、合理的・現実的な選択の積み重ねで実現していくというのが王道の手段というのは、いつの時代も変わらないのかな、と思いました。
一番印象に残った文章
「法律は、施行しだいで良き法にもなれば悪法にもなる。それを常に意識しているのが統治者の責務の第一になるが、忠実に実施することこそが法の番人の責務と信じて疑わない人々から見れば、これさえも既成の秩序の破壊に映るのだった。」
これとセットで、異端裁判所の話が心に残る。
自分たちのしていることが正しいと信じて疑わない、と偏ることがいかに怖いかは、新型コロナで社会がギスギスしている今だからこそ強く感じる。
(結局、人の心っていつの時代も変わらないんだね)
自分の考えや信念を信じることは大切だけど、もう一人の自分がいかに客観的に自分の偏りを見られるかも大切だと感じた。 -
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「鷹に始まり、鷹に終わった」
そんな空気感いっぱいの読後感!
ここまで封建社会の真っただ中で、「人の気持ち」と戦った「王様」はいなかったんだろうな、そう思います。
現代社会とは、すさまじく「常識」が違う。
今生きる私の目線だけで、一概にフリードリッヒ二世を見ることはなかなかできないし、人権無視した目を覆いたいような事も実際はやっている。それを含めて、当時は生活や政治の一つだった。
それを踏まえても、人類歴史の多くの部分を一段階上げる施策をしようとした一人の人間だったんだと、思う。
なかなか出来ることじゃないなー、と思う。
「マグナカルタ」に埋もれてしまったが、「メルフィ憲章」は、歴史上の大偉業。
キリスト教という権威に挑戦した、王様だった。
勝者とか敗者ではなく。
改革者、の話だった。
為政者になった人に、「文化、教養」などがその人自身に伴っていると、政治が進むことが凄くある。
平時でも乱世でも。
教養が必要なのは、その影響力を持つことになる為政者が。
歴史を一歩すすめる、そんな栄養に成り得るからなんだと。
フリードリッヒ二世を見て、改めて感じた雑感になりました!
人として、魅力あります。 -
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フリードリッヒ2世は、長じて<神聖ローマ皇帝>となって行くのだが、結局は当時のイタリアに在っても少し独特であったシチリア王国の中、残念ながら両親が早くに他界してしまったために「独立独歩」で育つ。そうした中で「時代の遥か先を往く」というような、当時は独特とされた考え方を育み、それを実践して行くことになるのであろう。
「中世」とは、「祈る人」、「闘う人」、「働く人」が在って、“領主”である「祈る人」や「闘う人」に“領民”である「働く人」が納税する仕組みだった。その納税等が恣意的に行われがちであった中、フリードリッヒ2世は「法治主義」というような概念を打ち出し、自らの権威が及び易いシチリア王国の版図では、後の時代の君主制国家に見受けられるような仕組みを整備していたのだった。
圧巻なのは、軍勢を率いて出動することはしたものの、交戦らしい交戦に及ぶことなく、イスラム勢力を代表するスルタンとの交渉で、イェルサレムでのキリスト教徒の権益を勝ち取ってしまったという<第6次十字軍>の経過だ。
多様な文化が渦巻いたシチリア王国の中で、非常に多くのモノを吸収して育ったフリードリッヒ2世…「何百年か生まれるのが早かった?」というような人物であったのかもしれない。
本作はそういうユニークな人物と出くわすことが出来る、なかなかに興味深いモノである。「1200年代の前半」と言えば、日本史では鎌倉時代と「かなり古い」という時期ではあるが、意外に「現代に向けて示唆に富む?」というようにも思える。 -
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「ストゥポール・ムンディ」(世界の驚異)と同時代の人達に畏敬され、公式にはラテン語で「フリデリクス 神の恩寵によって ローマ皇帝アウグストゥス イェルサレムとシチリアの王」と称したというフリードリッヒ2世という人物…なかなかに興味深い訳だが、本作はその人物の生涯を概ね編年式に追いながら語る物語だ。
本作は、“主人公”であるフリードリッヒ2世等の史上の人物達をモデルにした劇中人物達が勇躍し、苦悩し、歓び、怒るというような「小説」ではなく所謂「史伝」という読物である。或いは、日本国内ではやや馴染みが薄いかもしれない欧州諸国の歴史を題材としながら、非常に読み易い感じだ。実は同じ著者の他作品も過去に読んでみた経過が在ったと思う。
俗に言う、欧州の「中世」というようなモノがどういうものなのか?その時代に「忘れられてしまった?」というような概念を実現しようとしていたかのような、皇帝としての行動を説くことで、寧ろ「中世」なるモノの姿が形を帯びるというような感だ。なかなかに興味深い。 -
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ネタバレエデッサ陥落、第二次十字軍、イェルサレム陥落を描いた第二巻。
読んでいて感じるのは、リーダー層の人材が何よりも大事ということ。
常に戦力不足に悩まされながら、城砦とそれを守る病院騎士団や聖堂騎士団、アマルフィ・ヴェネツィア、ピサ、ジェノヴァによる制海力と物資調達力により領土を保っていた十字軍キリスト教国家。
それが十字軍も第二世代になり、そして第三世代となると責任感と経験を備えたリーダーが少なり、弱体化していく。
そのような中、ボードワン四世が身体が崩れ落ちていくという癩病に侵されながら13歳で王に即位し、24歳で燃えつきるまで孤軍奮闘する様子には心を動かされる。
一方でバラバラだったイスラム世界はヌラディン、そしてそれを継ぐサラディンという優れたリーダーが誕生し、バグダッドからダマスカスを経てカイロまでを支配下に置く。
そして1187年。88年ぶりにイェルサレムがイスラム教の支配下に戻る。
1089年にキリスト教の支配下に入った時はイスラム教徒は殺戮されたか奴隷とされたが、1187年には殺戮は起こらず、キリスト教の聖墳墓教会も残されたのが印象的。
イスラム教導師の提言に耳をかさなかったサラディンが強く、先を読む力のあるリーダーだったということだろう。 -
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☆☆☆2020年1月レビュー☆☆☆
フリードリヒ2世は、高校で世界史を勉強した人でもなじみの少ない名前ではないだろうか?
僕も塩野氏の作品に出会う前はほとんど知らなった。
「最初のルネサンス人」と言ったら、興味をそそられるだろうか? 暗黒の中世と言われたヨーロッパにあって、「政教分離」という、今では常識となっている考えを推進した皇帝、と言えるだろうか?
日本で政教分離を推進したといえば織田信長だが、行動力の面でも信長に近い気がする。性格の激しさという点では少し違うかもしれないが・・・。
上巻では、孤独な少年時代から、インノケンティスウス3世の庇護を得てドイツに向かう場面、そして戴冠と、若さと勢いが感じられる内容。彼は10代にして、中世のもつおかしさ、教会が絶対的な権力で世俗に口出しすることに違和感を感じていたようだ。シチリアの風土だけでなく、彼の才能による部分が大きいと思う。
歴史好きなら絶対に外せない一冊。 -
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本書の時代は日本では鎌倉時代か。この時代にヨーロッパでこんなダイナミックな動きが進行していたとは全く知らなかった。いや面白い、中世ヨーロッパにこのような君主がいたとは。
歴史上の人物を、現代人に理解できるような文章で魅力的に紹介することが著者の得意とするところなのだろう。
小生は「ローマ人の物語」を読むのが楽しく、あの大部冊を繰り返し愛読した。
本書の主人公は「カエサル」の次くらいにいい男である。著者は惚れた男を描くと文章が光る。
「フリードリッヒ二世」、世界史で名前くらいは出てきていただろうか。日本では業績なぞ全く知られていないのではないだろうか。この時代に法による支配を打ち出し「憲章」を制定するとは。もっと取り上げられても良い君主だと思った。下巻も楽しみである。 -
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ネタバレ久々に塩野七生を読みたくなって、手に取った1冊。中世ルネッサンス期近辺のヨーロッパ(主としてイタリア半島の都市国家)を舞台に、愛に翻弄され、愛を持って翻弄した女性たちの物語である。
恋愛沙汰ってのは、もうどうしようもない。惚れた腫れたの話になると理性やら理屈は吹っ飛びがち。それでもまあ、渦中の人たちは仕方ないとして、そこに、関係ない人が善意や損得勘定やもろもろから下手に関わると、大概ろくでもない(あるいは実にくだらない)結果に終わる。
部活やサークル活動、SNSやら、社内恋愛であれば、まぁまぁくだらなくても取り返しもつきやすい。芸能界やらであれば話題になっても1年もたてば禊もすむ。
ところが、歴史を動かしたり、国家存亡の危機になったりするから、恋愛沙汰もあなどれない。
額田王をめぐる兄弟の話
傾国の美女楊貴妃…
史上エラいことになってしまった恋愛沙汰って結構転がってる。
この本に出てくる話は史実のはざまに埋もれてしまったような、西洋史裏話(ゴジップ)みたいなものなのだが、塩野マジックにかかると、なんとも味わいのある物語になるねんなぁ。ちょっとした落とし噺風もあり、ホラーもあり、王道の大河恋愛風もあり。
1970年代に初刊行された本だからずいぶん古い本、ひょっとしたら最近の人にとっては古典であってもエエような本かも知れないが、今読んでも古さをあまり感じないのは、歴史を扱っているからや、俺がじじいだから…だけではないと思う。
人類不変の一大テーマを扱っていることと、塩野七生の筆の冴えが不変であることもきっと大きいんだと思う。 -
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情報とは、その重要性を認識した人にしか、正しく伝わらないもの。
これは、哲学者カントの感覚と認識の区別に通ずるのではないか。
カエサルはそのことを早くも喝破していたのではないか。
フリードリッヒ二世の柔軟性。
自身の側近に敵方のイスラム教徒も複数いた。
生まれは高貴だが育った環境が素養を育んだのか。合理的で近代的な人間だった。
十字軍の歴史にも
チンギスカンが開祖のモンゴル帝国が侵入してくる。歴史は有機的につながっていることの良い例。
宗教強騎士団最後の闘いは圧巻。
滅びの美学。
実質的な宗教戦争は十字軍で終わる。以後は、領土争いに宗教で色付けをしたもの。
最後の宗教戦争、それが十字軍。 -
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「 戦争は、人類にとって最大の悪業である。にもかかわらず、人類は、この悪から抜け出すことができないでいる。
ならば、戦争を、勝ったか負けたかで評価するのではなく、この悪を冒した後にどれだけの歳月の平和がつづいたか、で評価されてもよいのではないか。
また、
平和とは、人類が戦争という悪から抜け出せない以上、未来永劫つづく平和というのもありえず、短期間ではあっても一つ一つの平和を積み重ねていくことでしか、達成されないと考えるほうが現実的ではないだろうか。」
塩野七生氏の歴史物著書では、
このような鋭い指摘にもあるように、
リアリズムが物事の見方に通念として流れている。
それこそが
机上の空論でもない、リアルに歴史が現実問題として目の前に迫ってくるような、面白さになるのだろう。 -
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200年間にわたる十字軍国家時代の第二幕の幕開け。
「神がそれを望んでおられる」という号令のもとイェルサレム奪還を成し遂げたヨーロッパ諸国のキリスト教団達。
その名を連ねるのはタンクレディなどの卓越した人材達。
だが、イェルサレム奪還後、
第一次十字軍に名を連らねるような人材がキリスト教側にはいなくなってしまった。
「人材とは、なぜかある時期に、一方にだけ集中して輩出してくるものであるらしい。だがこの現象もしばらくすると止まり、今度は別のほうに集中して輩出してくる。なぜ双方とも同時期に人材は輩出しないのか、という疑問に明快に答えてくれた、哲学者も歴史家もいない。」
たしかに、
古代ローマ時代には、
ハンニバルによって内部からズタズタにされたローマ側には、正面きってハンニバルに太刀打ちできる人材はいなかった。
そのあと、スキピオアフリカヌスが台頭してきたことで、初めて退けることができたが。
イェルサレム奪還後は、
イスラム国家側に人材が輩出していく番であった。
イスラム国家の統一が、サラディンによって初めてなされることになる。
統一を欠いたイスラム国家が統一されたこと、そしてまたサラディンが稀代の戦略家であったことが、イェルサレムがまたもイスラム側に奪還されることへ歴史を動かす。
なぜサラディンは、
イェルサレムを奪還できたのか? その卓越性の大元は何にあるのだろうか?
そのサラディンは、
30歳まで人の眼を引かずに学問と教養を深めていたのだ。
そんなサラディンのことを、当時スンニ派のトップであったヌラディンはサラディンのことを舐めきっていた。
そして、強運だった。
都合の良い時に、都合の悪い人が死んでいった。
そして、教養から身につけたのであろう。今までのイスラム人達が考えなかった戦略でイェルサレム奪還を果たした。
無血開城で。
その際の、イベリンとサラディンの会談は騎士道精神にあふれた素晴らしいエピソードだ。
十字軍とはなんなのか。
その核心に迫ることができる。
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キリスト教の聖地がイスラム諸国の手に落ちてからから400年ちょっと、本書は法王の聖戦への呼びかけに参集した俗にいう第一回十字軍がエルサレム奪還を試みる遠征記になっている。
冒頭から目から鱗がポロポロ落ちる事実の連続であった。急激に発展を遂げるイスラム諸国の度重なる侵略で中東の領地を失い、衰退を辿るビザンチン帝国は教理の違いなど構わずカトリック教会に泣きつく。これを引き金に法王は東ヨーロッパにカトリック教会の影響力を強めようと、ヨーロッパ諸国の君主の上に立ち、指導できる力を示すために十字軍の編成を唱える。十字軍編成には極めて利己的な思惑があったとは・・・。聖戦やらイスラムの圧政に苦しむ人々の解放はすべて建前。宗教はいつの時代も利用されるものだと痛感する。
招集に応じた騎士たちの第一印象は、エルサレムにたどり着くどころかまともに小アジアにたどり着けるか不安をを感じさえるドイツ、フランス、イタリアの寄せ集め騎士部隊だった。第一ランデブーポイントのコンスタンティノープルまでの足並みはバラバラで各諸国手を取り合って進軍することは無かった。しかしエルサレムに近づくにつれてあれだけまとまりがなく行動していた騎士団の団結力が固まり、個々の人間的な成長、指導者としての頭角を現すのを垣間見ることができたのは感動を覚えざる得ない。
遠征自体は想像を絶する過酷さが伺えた。未知なる土地を不衛生極まりない生活環境のもと行進し、食料は基本略奪という名の現地調達のため餓死とは常に隣り合わせ。乗ってきた馬を食料にする騎士もいたそうな(人肉も・・・)兵力の補給も行えず、アウェーでの戦場にも関わらず数多の攻城戦を経てエルサレムまでたどり着き、十字軍国家の成立ができたのは軌跡と言わざるを得ない。
エルサレムを遠くから見下ろす、歓喜で震える十字軍の兵士たち一枚の挿絵が感慨深い。ギュスターヴ・ドレの「Enthusiasm of Crusaders at the First View of Jerusalem」という名の絵らしいのだが感動に震えて、涙する騎士一同の描写が細やかに描かれ、本書を読んだことで十字軍のついに来たという思いがより強く伝わった。
エルサレムを目指した諸侯が聖地を目の前した時と同等の感動、達成感で胸を満たすべく、自分も目標に向かって全力でぶつかって行きたいと強く思う一冊。