外山滋比古のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1. 「精読」の呪縛からの解放
・現代の教育は「精読(一字一句を正確に読み解くこと)」を重視しすぎている。しかし、教科書的な精読は、他人の思考をなぞるだけの受動的な作業になりがちである。
・著者は、精読を「ラインの読書」と呼び、それに対して未知の領域へ飛び込む読書を推奨する。
・内容をすべて理解しようとせず、あえて「わからない」部分を残しておくことが、のちの知的発見の種となる。
2. 「乱読」がもたらすセレンディピティ
・「乱読」とは、専門分野に固執せず、脈絡のないジャンルの本を次々と読み漁ることである。
・一見無関係に見える知識同士が、頭の中で予期せぬ形で衝突・結合したとき、新しいアイデア -
Posted by ブクログ
読書、大いに結構だが、生きる力に結びつかなくてはいけない。新しい文化を創り出す志を失った教養は、不毛である。
本当にそうかなと考えてみました。
例えば、無礼な人が企業にとってマイナスになるという知識があったとして、それはそうだろうと思いはするが、そこで終わってしまう。それではあまり意味がない(不毛な)ように思います。
しかし、無礼な人が企業にとって1万2000ドルの損失になるというデータ(知識)があると、それはいけない!となりそうな気がする。それで行動を起こす、新しい文化を作り出すことになれば、意味があるということなのかなという結論になりました。
同じ知識でも使い方次第ということなので -
Posted by ブクログ
本著は目に見えない「空気」という感覚での教育の重要性を説く良書である。空気を読む、空気の流れを読む等、私たちは多くの空気という目に見えない概念と存在を交差して見て感じ行動している。本著の言うとこの空気とは、品位や文化と説く。一見、同調圧力を含む内容かと思うが、読み深めてみるとその実は、集団の意思ではなく、個の意思や人間性を丁寧に育てて一人前の人間に育て上げるという答えに至る。
さて、本著の指す「空気の教育」とは誰がするものなのか。それは、親であり、育ての親であり、教育者であり、環境や風土、その地域に根付く文化が大きく影響すると説く。その通りである。日本内でも世界でも地理的な影響を受けることは証