外山滋比古のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
この人の日本語が好きだ。段落の切り方も言葉の選び方も本当に見事だと思う。この人が自分の話を書くなんて本当に珍しい。そう思いながらこの本を気持ちよく読んだ。
歯切れのよさ、日本語としての出来のよさ。ここがすごい。日本語は主語を省略しても文章が作れる。それを最大限に利用しながら、あやふやなところがない。まったくもって隙がない。
その上、なんだか懐かしいような、しかし自分の知っているのより少し前の話である。そこも嬉しい。その時代を知らずに日本を考えることの出来ない時代の話だ。
私は外山さんを日本語の先生だと思っている。英語ではなくて。この人の日本語ほど日本を知り尽くしている文体はない。そう思う。文章 -
Posted by ブクログ
どういう読み方が、本当の読みと言えるものであるか、
ものの読み方やものを読むということ自体に目を向けた本
著者は
一般の読みについて、二通りの読み方があることに気づく
内容が理解できる文章の読み(既知の読み方)と、
書かれている内容がよく理解出来ない文章の読み(未知の読み方)
同じ読みといっても、両者はまったく別ものであると言ってよいほど異なっているという
知っていることを読むこととを、アルファ読みと命名し、
未経験のことを読むことをベータ読みとし、著者は考察していくー
とにかく著者の多岐に渡る考察、深く広い視点が開示される
勉強になった
-
Posted by ブクログ
乱読とは、1つのジャンルに固執するのではなく、様々なジャンルの本を「風のごとく」読むとこと。
精読や速読とは違う、別の本との向き合い方を教えてくれた。
どんどん乱読せよ。ゆっくり舐めるような、辞書を引いたりノートにとったりするような丁寧な読書をせず、風のごとく読んでいけ。忘れたなら忘れるに任せろ。心に刻まれないことをいくら記録しておいても何の足しにもならない。
頭に知識を詰め込んでも思考力は上がらない。頭に知識が詰め込まれただけのメタボリックの状態になってしまい、かえって不健康になる。体のメタボリックは散歩で解消できるが、知識のメタボリックは忘却によって解消できる。
忘れることによって -
Posted by ブクログ
外山滋比古先生の「考え方」についての抜粋集。考え方というより「とらえ方」かな、と私は思う。
「本は読むだけじゃダメ」「関心のあることだけに頭を使ってはダメ」「かといって常に考えてばかりでもダメ」「雑談を無駄だと思ってはダメ」
外山先生は「ダメ」という言葉を使うことなく指摘、ああそうかと思わせてくれるので読んでいて心地いい。
大人世代は「もう既にやったことがある」行動が多いはず。結局それは間違ってなんかなくてむしろ正解で「あともう少しだけ」視点をずらせば、時間をおけば、思いを変えれば、これまでの人生は大正解になっただろうなと思える内容。抜粋集として目を通すとあらためて「そうだよね」と身につ -
Posted by ブクログ
1. 「精読」の呪縛からの解放
・現代の教育は「精読(一字一句を正確に読み解くこと)」を重視しすぎている。しかし、教科書的な精読は、他人の思考をなぞるだけの受動的な作業になりがちである。
・著者は、精読を「ラインの読書」と呼び、それに対して未知の領域へ飛び込む読書を推奨する。
・内容をすべて理解しようとせず、あえて「わからない」部分を残しておくことが、のちの知的発見の種となる。
2. 「乱読」がもたらすセレンディピティ
・「乱読」とは、専門分野に固執せず、脈絡のないジャンルの本を次々と読み漁ることである。
・一見無関係に見える知識同士が、頭の中で予期せぬ形で衝突・結合したとき、新しいアイデア