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一般に、乱読は速読である。それを粗雑な読みのように考えるのは偏見である。ゆっくり読んだのではとり逃すものを、風のように速く読むものが、案外、得るところが大きいということもあろう。乱読の効用である。本の数が少なく、貴重で手に入りにくかった時代に、精読が称揚されるのは自然で妥当である。しかし、いまは違う。本はあふれるように多いのに、読む時間が少ない。そういう状況においてこそ、乱読の価値を見出さなくてはならない。本が読まれなくなった、本ばなれがすすんでいるといわれる近年、乱読のよさに気づくこと自体が、セレンディピティであると言ってもよい。積極的な乱読は、従来の読書ではまれにしか見られなかったセレンディピティがかなり多くおこるのではないか。それが、この本の考えである。乱読によって思いがけないものを発見する能力〈セレンディピティ〉が起こることを教えてくれる。 「本は身ゼニを切って買うべし」「知識と思考」など、「知の巨人」が思考を養い人生が変わる読み方を伝授 !
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Posted by ブクログ
昔は小説とか自分の分野の本ばかり読んでいたけど、最近はわりと乱読になりつつある。高校受験準備のとき、グライダー人間と飛行機人間の国語の問題があって、内容が深く刺さったのを覚えている。その著者に、乱読を通じて出会えて感動。思考の整理学も今度ぜひ読みたい。
色んな分野の本を読んだり、色んな場所に出かけたりして、結局「自分の分野だと◯◯!」って考えてしまうけど、良いことだったのかな、と自分を肯定できた。これからも色んな本に手を伸ばしていきたい。
仕事中、比較的歩く時間が多くて、色々考えごとをしながらいつも歩いている。意外といい時間なのかもしれない。
知識を詰め込みがちだけど、適度に運動しながら睡眠をとって忘れることは忘れて、脳が「フン詰まり」状態にならないようにしたいな。
朝型生活にもしたいけどなかなか難しい…。がんばろう。
Posted by ブクログ
いろんな本を乱読:めちゃくちゃに読んでいると、セレンディピティ:思いがけない発見があるという教えです。
気の向いた本を、手当たりしだいに読むのは、たのしいが、それだけでなく、おもしろい発見もある
知的刺激ということからすれば乱読にまさるものは少ないようである
妙に力を入れるのではなく、風のように読むのが面白い
乱読はおもしろい
気になったのは以下です。
・自分のことを振り返ってみても、人から本をもらうのは、ありがたさ五分、めいわく五分ということが多い
・人と交わるには遠くの人がいい
・本は買って読むべきである、もらった本はありがたくない
・自分の目で選んで、自分のカネで買ってきた本は、自分にとって、タダで借り出してきた本より、ずっと重い意味をもっている。
・あわただしく読んで、あわただしくまとめたような書評が正鵠を射るということはまずありえないだろう
・手当たり次第、本を買って、読む。読めないものは投げ出す。身ゼニを切って買ったものだ。どうしようと、自由である。
・本の少ない昔は考えにくいことだが、本があふれるいまの時代、もっともおもしろい読書法は乱読である
・わかりにくい翻訳書が読みやすい啓蒙書以上に人気があったのは、よくわからないからである。おもしろくないからである。翻訳者自身もはっきりわかっているかどうか疑わしい翻訳である。
・かくされているから好奇心をそそられる。白日のもとにさらしてみれば、目をすむけたくなる。危ないのがおもしろい。安全、健全なものは退屈に決まっている。
・義務感がいけない。押し付けられているのがいけない。
・おもしろい本とためになる本があれば、たいてい、おもしろい本が悪書、ためになる本は良書となる。
・日本語では音読できても意味の分からないことはいくらでもある
・悪文、難解文をそれとも知らずに読む社会にすぐれた読書文化ができるわけがない
・わからない本を何度も何度も読んでいれば、本当にわかるようになるのか。わかる、のではなく、わかったような気がするのである。とにかく、何度も読めるのは、どこかおもしろいからである。
・実際に何度も繰り返して読む本が5冊や7冊もあれば、りっぱである。
・本は読み捨てでかまわない。本を読んだら、忘れるにまかせる
・知識はすべて借りものである。頭のはたらきによる思考は自力による
・本を読んでものを知り、賢くなったように見えても、本当の人間力がそなわっていないことが多い。
・年を取る前に、知的無能になってしまうのは、独創力に欠けているためである。知識は化石みたいなもの。それに対して思考は生きている。
・書くことばよりも話すことばの方が、大きな意味をもっていることが納得される
・速く読むのは雑になりやすい。きめ細かいところは読み取ることができない
・外国語を読むのは難業である。読むとはいうが、速度がのろくて、読むというより解読といった方が当たる。
・やみくもに速いのはいけないが、熟読吟味はよろしい、のろのろしていては生きた意味をくみとることはおぼつかない。本は風のごとく読むのがよい。
・われわれは、だれしも、自分はものが読める、読書の能力がると思っているが、多くは思い込みで、本当に読める人はごく少ない。
・読む側があらかじめ知識をもっているときの読み方、これをアルファ読みと呼ぶことにする
・内容、意味は解らない文章の読み方で、これをベータ読みと呼ぶことにする。 すべての読みはこの2つのどちらかになる。
・乱読ができのは、ベータ読みのできる人である。アルファ読みだけでは乱読はできても、解読はできない。
・とにかく小さな分野の中にこもらないことだ。
・いろいろなジャンルの本を興味にまかせて読んでいく。ひとつの専門にたてこもっていると、専門バカになるおそれがあるけれど、乱読なら、そうはならない。
・それどころか、専門主義、些末主義が見落とししてきた大きな宝をとらえることが可能である。
・全部読み通す必要はない。
・失敗を恐れない―それが乱読に必要な覚悟である
・セレンディピティ:思いがけないことを発見する能力。思わぬ失敗が大発見につながった時に使われる。ケガの功名。
・乱読本は読むものに、化学的影響を与える。全体としてはおもしろくなくても、部分的に化学反応をおこして熱くなる、発見のチャンスがある
・昔からケガの功名というが、セレンディピティは失敗、間違いの功名である。
・寺田寅彦は、頭のよい科学者と頭のよくない科学者を、足の速い旅人とのろい旅人に擬してそれぞれの特質を明らかにしている
頭のいい人は富士山のふもとまで来ると満足して帰ってしまうが、
頭のよくない人はとにかく登る。登ってみないとわからないことを発見することができる。
足の速い人はひたすら先へ進むことのみを考えて脇目もふらない
足ののろい人はあとからゆっくりやってきて、俊足の見逃した花を見つける
・乱読のよいところは、速く読むことである。専門、あるいは知識を得るための読書は知らず知らずのうちに、遅読になりやすい
・読み飛ばしたって、心にひびくところは消えたりしない、ということがわかって、ノートをとりながらの読書はやめた。
・あてもなく、いろいろな本を読んだ。
・突如、編集は料理に似た加工であるというアイデアがひらめいた。そうだ、思わず声をあげた。料理人も編集に近いことをしているのではないかと思ったのである。
・文学史をいろいろ読んでいると、おかしいことに気づく
・どうして同時代のテクスト、稿本が残らなかったのか。
・すべての稿本が亡くなってしまったのは、火災などによるものではなく、もっと怖ろしい破壊力を持つ価値の革命があったと想像する方が合理的である。
・鎌倉期においてそういう革命がおこり、それまでのテクストをすべて葬り去った。その代わりに新しいバージョン、テクストが生まれ、それが現在まで生きてきた。そう考えることも、可能だる。
・30年くらいたつと、文化的状況が一変する。1世代、30年たつと、知的風土がほぼ完全に刷新される
・いくら知識がふえても、どんどんわすれていけば、過剰になる心配はない
・美しい回想は記憶と忘却のはたらきによるというのが新しい忘却の美学である。
目次
文庫版のためのまえがき
1 本はやらない
2 悪書が良書を駆逐する?
3 読書百遍神話
4 読むべし、読まれるべし
5 風のごとく
6 乱読の意義
7 セレンディピティ
8 『修辞的残像』まで
9 読者の存在
10 エディターシップ
11 母国語発見
12 古典の誕生
13 乱談の活力
14 忘却の美学
15 散歩開眼
16 朝の思想
あとがき
ISBN:9784594075583
出版社:扶桑社
判型:文庫
ページ数:232ページ
定価:580円(本体)
発行年月日:2016年10月
発売日:2016年10月10日初版第1刷
発売日:2018年11月30日初版第9刷
Posted by ブクログ
乱読はよくするので、著者の言う乱読のセレンディピティには激しく同意である。
今の学校教育は知らないが、日本の学校では読む練習というのをちゃんとしてこなかった。著者が言うアルファー読み(内容についてあらかじめ知識を持っているときの読み方)ばかりなされてきたので、ベーター読み(内容、意味のわからない文章の読み方)ができない。これにも納得である。それゆえ、モノが読めるようにはならないのである。
著者が勧めている乱読の一つに、新聞を隅から隅まで読むというのがある。今まで興味のある箇所しか読んでいなかったが、端から端までさまざまなジャンルの記事を読もうと思う。時間がなければ見出しのみ読んで、実践してみようと思う。
また、ゆっくり読むのは良くないという。ある程度のスピードを持って読むことで理解できることもあるようだ。難解な文章などゆっくりと読んでいたが、これも実践してみようと思う。
Posted by ブクログ
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「散歩のような、軽やかな読書」
だなんて、なんて素敵なんでしょう…
思いがけない発見=セレンディピティを大切に、
風のように軽やかに本を読みたい…!
仕事ができる人は、忙しいはずなのに
すぐ旅行するしジョギングするし
バーベキューをする(ドドド偏見)。
とにかくいろんなところに顔を出している、
気がする。
セレピ偏差値が高い。
読書も似ているのかも。
何かを得ようと身構えず、
専門にとらわれず、様々なジャンルの本を渡り歩く。
すると、狙っていなかった1行に、
不意打ちのように心を揺さぶられる。
外山先生いわく、
そんな乱読のセレンディピティが
知識ではなく生きる力を
身につけるための読書につながるそう。
失敗をおそれず、とにかく読むのだ…!
「知識を詰め込む読書」にはとことん批判的でキレッキレ。
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『知識が適量を超えるようなことがあると、思考のはたらき作用を妨害し、よくものを知っているバカがあらわれたりする。』
『生きる力とは結びつかない、知識のための知識を不当によろこぶ勘違いである。知識メタボリック症候群にかかっていては、健全な生き方をしていくことは叶わない。』
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