【感想・ネタバレ】乱読のセレンディピティのレビュー

あらすじ

一般に、乱読は速読である。それを粗雑な読みのように考えるのは偏見である。ゆっくり読んだのではとり逃すものを、風のように速く読むものが、案外、得るところが大きいということもあろう。乱読の効用である。本の数が少なく、貴重で手に入りにくかった時代に、精読が称揚されるのは自然で妥当である。しかし、いまは違う。本はあふれるように多いのに、読む時間が少ない。そういう状況においてこそ、乱読の価値を見出さなくてはならない。本が読まれなくなった、本ばなれがすすんでいるといわれる近年、乱読のよさに気づくこと自体が、セレンディピティであると言ってもよい。積極的な乱読は、従来の読書ではまれにしか見られなかったセレンディピティがかなり多くおこるのではないか。それが、この本の考えである。乱読によって思いがけないものを発見する能力〈セレンディピティ〉が起こることを教えてくれる。 「本は身ゼニを切って買うべし」「知識と思考」など、「知の巨人」が思考を養い人生が変わる読み方を伝授 !

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Posted by ブクログ

本なのに、読書が必ずも正しく素晴らしいものではないと仰る。
本は知識はつくものの、思考は欠ける。知識バカやら専門バカを

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

昔は小説とか自分の分野の本ばかり読んでいたけど、最近はわりと乱読になりつつある。高校受験準備のとき、グライダー人間と飛行機人間の国語の問題があって、内容が深く刺さったのを覚えている。その著者に、乱読を通じて出会えて感動。思考の整理学も今度ぜひ読みたい。
色んな分野の本を読んだり、色んな場所に出かけたりして、結局「自分の分野だと◯◯!」って考えてしまうけど、良いことだったのかな、と自分を肯定できた。これからも色んな本に手を伸ばしていきたい。
仕事中、比較的歩く時間が多くて、色々考えごとをしながらいつも歩いている。意外といい時間なのかもしれない。
知識を詰め込みがちだけど、適度に運動しながら睡眠をとって忘れることは忘れて、脳が「フン詰まり」状態にならないようにしたいな。
朝型生活にもしたいけどなかなか難しい…。がんばろう。

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2026年07月28日

Posted by ブクログ

副題に読書術と書いてあって、やけに身構えてなかなかの期間積読していたけれど、早く読めばよかった。
その読書術自体に言及しているのは内容の体感半分くらいで、乱読にやって「セレンディピティ」、どのようにしてひらめき・創造するかということだった。ちゃんと学ぶために読書をしなくて良い、むしろ乱読することで新しいものがひらめくヒントになる。
あえて崩して書いていると見れるから、こっちも肩肘張らずに読めて楽しかった。

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2026年04月17日

Posted by ブクログ

タイトルのとおり、乱読を勧める本。
セレンディピティ(思いがけないことを発見する能力)とあるように、本との偶然の出会いの数を増やすことで、知識ではない思考力を高めよう、という内容。
精読するよりある程度のスピードで風のようにテンポ良く読んだ方が理解が捗る、とか、散歩・朝活すると思考力が高まるなど、あらためて言語化されることで再認識できた。
この手の本は、読書という行為自体は非常に有益である、という前提で進むことが多いが、本書は読書自体にたいして否定的な意見も多く書かれていておもしろかった。

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2025年08月14日

Posted by ブクログ

【文にキレ味がある!短いところが良い!!】
思いがけない発見に出合うには、風のように速く広く読み、自分の意見を書きこみながら読めばいい。浮かんだ考えは、その場で書きとめて見返し、仕事と生活に徹底的に活かす。

外山さんは『本は風のように読むのがよい』と述べる。遅く読むと、『ことばに底流する意味の流れをとめてしまい』、本がわかりにくくなる。乱読した本は、全体としてはおもしろくなくても、『部分的に化学反応をおこして熱くなる』。

『俳優が勝手に動きまわっても映画にならない。監督の役割は二次的である』。SEも同じかもしれない。プログラマが俳優なら、SEは監督にあたる。一次的創造と二次的創造は、仕事のメモに残しておきたい言葉だ。

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2026年11月01日

Posted by ブクログ

『忘却の美学』の章が好き。

「記憶はいつまでももとのままであるのではなく、忘却によって、少しずつ変化する。しかも、よりよく変化する。」
「忘却をくぐってきた記憶、つまり、回想はつねに甘美である。甘美でないものは消える。」

戦後に俳句の流行があったのに、目ざましい作品が少ないように思われるのは、この忘却作用を拒んでいるためではないか、という話。
旅行して、その場で句を作るとそれは回想ではない『生の印象』であるから、句にするには無理がある。
その話の中で出た、『昔の人が、「大工は生木で家を建てない」と言った。』というくだりが、この話を理解するのにとても丁度良い言葉で、驚いた!
なんて説明が上手なんだ。

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2026年10月31日

Posted by ブクログ

本書を読んで、一番変わったのは読書への向き合い方だった。

これまでの私は、歴史書は歴史を学ぶため、新書は知識を得るためというように、目的を持って本を選んでいた。

乱読の第一歩として、本屋で偶然目に留まった本も手に取ってみたい。

セレンディピティは求めるものではなく、偶然が起こりやすい環境に身を置いた結果として訪れるものなのかもしれない。

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2026年07月16日

Posted by ブクログ

乱読はよくするので、著者の言う乱読のセレンディピティには激しく同意である。
今の学校教育は知らないが、日本の学校では読む練習というのをちゃんとしてこなかった。著者が言うアルファー読み(内容についてあらかじめ知識を持っているときの読み方)ばかりなされてきたので、ベーター読み(内容、意味のわからない文章の読み方)ができない。これにも納得である。それゆえ、モノが読めるようにはならないのである。
著者が勧めている乱読の一つに、新聞を隅から隅まで読むというのがある。今まで興味のある箇所しか読んでいなかったが、端から端までさまざまなジャンルの記事を読もうと思う。時間がなければ見出しのみ読んで、実践してみようと思う。
また、ゆっくり読むのは良くないという。ある程度のスピードを持って読むことで理解できることもあるようだ。難解な文章などゆっくりと読んでいたが、これも実践してみようと思う。

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2026年06月19日

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思考の整理学に似た、知識ばかりを詰め込むことが必ずしもよくないことを教えてくれる本。
専門バカにならないためにも色々な本を乱読して、アイデアの組み合わせを促進していきたい。

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2026年05月11日

Posted by ブクログ

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「散歩のような、軽やかな読書」

だなんて、なんて素敵なんでしょう…
思いがけない発見=セレンディピティを大切に、
風のように軽やかに本を読みたい…!

仕事ができる人は、忙しいはずなのに
すぐ旅行するしジョギングするし
バーベキューをする(ドドド偏見)。 
とにかくいろんなところに顔を出している、
気がする。

セレピ偏差値が高い。

読書も似ているのかも。
何かを得ようと身構えず、
専門にとらわれず、様々なジャンルの本を渡り歩く。
すると、狙っていなかった1行に、
不意打ちのように心を揺さぶられる。

外山先生いわく、
そんな乱読のセレンディピティが
知識ではなく生きる力を
身につけるための読書につながるそう。

失敗をおそれず、とにかく読むのだ…!

「知識を詰め込む読書」にはとことん批判的でキレッキレ。

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『知識が適量を超えるようなことがあると、思考のはたらき作用を妨害し、よくものを知っているバカがあらわれたりする。』

『生きる力とは結びつかない、知識のための知識を不当によろこぶ勘違いである。知識メタボリック症候群にかかっていては、健全な生き方をしていくことは叶わない。』



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2026年05月03日

Posted by ブクログ

読んだ本はなるべく覚えている方がいいと思っていた。
風のように読んで、どんどん忘れるほうが、自分の頭で考えられるようになるみたい。
忘れるために寝て、忘れるために散歩する。
そうすると自分の考えが浮かんでくる。
とにかく自分の頭で考えるということが大事だということが書いてあった。
忘れることを恐れず、気になった本を風のようにどんどん読んでいこうと思う。

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2026年03月07日

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著者の主張を全て鵜呑みにせず、自分なりに上手く咀嚼して身につけたい考え方である。否定的なことも書いてあるがマイナスに捉える必要はない。

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2025年09月29日

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この人にとっての乱読の功罪について書かれてる。
読書が趣味の人にとって、なぜ読むのか、どう読むのかは他の人がどう捉えて言うつもりなのか、気になるところなので面白かった。
でも…セレンディピティって、わかりにくくない?ぴったりな日本語でこの言葉を表現してほしかったな。横文字じゃなくて。どうしてもアフリカのセレンゲティが頭に浮かぶんよ…。

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2025年04月29日

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本が新しいことを教えてくれると思って、本を読み漁っていた時に出会ったと本。

知的メタボリックという言葉には思い当たる節があり、とても気づきを与える本だった。

乱読いいかもしれない。

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2025年03月15日

Posted by ブクログ

『セレンディピティ(serendipity)』
思いがけないことを発見する能力。とくに科学分野で失敗が思わぬ大発見につながったときに使われる。


本書は以前読んだ『思考の整理学』の読書版と謳われており、外山滋比古氏自身が読書をすることで学んだ心得や気付きについて、全16章に渡って語られている。
謂わば、知の巨人による『読書の虎の巻』と言ったところか。

僕は外山滋比古氏の本好きなんですよね。
真理を紐解いて語っていくような、いつまでも聞いていたくなる格言めいたものが沢山ある。


『風のごとく、さわやかに読んでこそ、本はおもしろい意味をうち明ける。』

これからも身ゼニを切って、乱読していきたいと思います。
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東大・京大で5年連続販売冊数第1位の大ベストセラー
『思考の整理学』の読書版 !

「一般に、乱読は速読である。それを粗雑な読みのように考えるのは偏見である。
ゆっくり読んだのではとり逃すものを、風のように速く読むものが、案外、得るところが大きい」という著者は、
乱読によって思いがけないものを発見する能力〈セレンディピティ〉が起こることを教えてくれる。
「本は身ゼニを切って買うべし」「知識と思考」など、「知の巨人」が思考を養い人生が変わる読み方を伝授 !

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2025年02月09日

Posted by ブクログ

2024/06/01読破 

一言 忘却すること。そして新しい知識を入れること。

感想 難しい言葉もありましたが、読者に読みやすいように配慮されていると感じました。非常に読みやすい6月の良いスタートを切れました。

下記は印象に残った点
p41
子供常に意味コンプレックスに苦しめられる読めても読めないことが極めて多い。それをおかしいとも思わない。文字を読むことができるが、意味がよくわからなくて読めない。

p137
エディターシップ
編集者は料理人と一緒である。第一次創造は創造を作ること、第二次創造は付加価値をつけること。
組織においては、第一次はプレイヤー第二次は監督

p213
忘却は寝ている間に行われる。よって、朝、活動すべし

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2024年06月01日

Posted by ブクログ

乱読により思いがけないことを発見する事に改めて気づかされた。
乱読だけでなく誰かと話すこともそうだし、色んな物に触れることにアイディアが生まれるんだなと思った。
そして散歩はやはり重要。
知的メタボリックシンドロームという面白い言葉にも出会えました。

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2024年05月09日

Posted by ブクログ

乱読、言葉の印象が変わる
日本語はアイランド・ファーム
 言葉の論理が点的 文脈を読み解ける言外の背景までは読み手の素養の中にある。俳句が日本語の論理をもっともあらわれた様式。論理的では無い日本人というレッテルが霧消した。
乱読して、良く寝て忘れて、散歩して、ひらめきを得る。 励まされる本。

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2024年04月14日

Posted by ブクログ

読書は、貪るように手当たり次第に風のように行うことで、セレンディピティが発揮される場合がある。(自己的まとめ)

ジャンルや趣向に囚われることなく、失敗を恐れず好奇心に導かれて放浪することで、出会えるなにか。これが二次的創造。それが読書の(人生の)醍醐味。
でも読んで知ったつもりになってふんぞり返るだけでは無能(読書メタボ型近視)で、それを生きる力に結びつけることが重要。さらにはインプットにとどまらず、作品の生命に影響を与えるアクティブな読者になることを目指すべし。これが本当のアウトプットか。

忘却の肯定にも勇気をもらったし、散歩と朝の効用も著者の実感から。

乱読はまさに僕がやってることだけど、それが僕の場合セレンディピティにつながってるかは自信がないけれど、乱読の背中を押してくれたことがすでに励み。
あとは僕がどう作品に影響を与えられるか、だ。

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2023年08月17日

Posted by ブクログ

前に読んだ同著者の『思考の整理学』がものすごくよかったので、本作をポチりました。
書いてあることは、『思考の整理学』とよく似ていて、外山さんの大事にしている考え方が再認識できました。

外山さんの本を読むと、散歩したくなるし、よく寝なきゃと思って、すぐ実践してしまいます。本書を読み終わって、数日経過しましたが、夜更かししなくなり、昼休みに散歩するようになりました(いつまで続くかわかりませんが…)。

仕事がたくさんあって、どこから手をつけていいのがわからなくなった時は、一旦離れて歩いてみる。その夜は、遅くまで起きてないで、すぐ寝てみる。
すると、外山さんのいうように、知らないうちに、仕事の優先順位が整理できていたり、いいアイデアが浮かんできたり、しているような気がします。

「乱読」という言葉に惹かれて買ったはずの本がきっかけで、気づいたら生活改善されている。これもひとつのセレンディピティというやつでしょうか。

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2026年10月08日

Posted by ブクログ

セレンディピティとは思いがけない発見のこと。まずタイトルがいい。乱読ということに思い当たる節があり、この本を手に取った。

例えば書店へ行っても自分の得意なジャンルの書棚ばかり訪れてしまうし、サブスクリプションサービスでも自分が好きそうな本ばかりレコメンドされてしまう。そうしてエコーチェンバーが加速し、悪い意味で知識や経験が尖り先細りしてしまう。それは読書にも言えることだ。

今月は実際、まったくもって専門外の『スガモプリズン』という作品を読み、自分の中の新たな扉を開くことができた。 乱読の一環として読めば、感化されすぎることもないし、そうならないスピード感で読み切ってしまうよさもある。すべてを記憶・理解しようと気負うのではなく、こうして心に残った部分だけを意図して残しておくという一連の作業さえしてしまえれば、「読書体験」自体にこだわる必要はないのだなと脱力できる。読書なんて、ただの娯楽だもの。

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2026年07月05日

Posted by ブクログ

知的メタボリックシンドロームという言葉に共感した。なんでも調べたら分かる時代に、知識ばかり増えていってしまい、思考が追いつかない。そんな世の中を2016年から予測していたと思うような言葉だった。なんでも覚えようとせず、目に入ったもののをいい加減な状態で置いておいて良いという開き直った姿勢に励まされた。

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2026年05月07日

Posted by ブクログ

継続して同じ著者の作品を読みました。こちらの言葉の中で印象的だったのは、「風のようにさらっと読む」という言葉です。自分も理想の本に出会えるように乱読を続けていきたいと思います。

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2026年04月30日

Posted by ブクログ

セレンディピティを思いがけない出会いや発見と定義し、これを生み出すことが頭でっかちでない人間活動と説く。
セレンディピティは失敗や間違いから生まれることも多いので、いろいろな人や思想、そして読書に触れることが大事。

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2026年04月24日

Posted by ブクログ

乱読とは、1つのジャンルに固執するのではなく、様々なジャンルの本を「風のごとく」読むとこと。

精読や速読とは違う、別の本との向き合い方を教えてくれた。

どんどん乱読せよ。ゆっくり舐めるような、辞書を引いたりノートにとったりするような丁寧な読書をせず、風のごとく読んでいけ。忘れたなら忘れるに任せろ。心に刻まれないことをいくら記録しておいても何の足しにもならない。

頭に知識を詰め込んでも思考力は上がらない。頭に知識が詰め込まれただけのメタボリックの状態になってしまい、かえって不健康になる。体のメタボリックは散歩で解消できるが、知識のメタボリックは忘却によって解消できる。

忘れることによって、知識のできない思考を活発にするこれまできらわれてきた忘却に対して、こういう創造的忘却は新忘却と呼ぶことができる。

…そんな本。

忘却を悪とせず、「忘れたらその程度の内容だった」と割り切って、気にせず本を読んでいこうと思った。

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2026年03月10日

Posted by ブクログ

1. 「精読」の呪縛からの解放
・現代の教育は「精読(一字一句を正確に読み解くこと)」を重視しすぎている。しかし、教科書的な精読は、他人の思考をなぞるだけの受動的な作業になりがちである。
・著者は、精読を「ラインの読書」と呼び、それに対して未知の領域へ飛び込む読書を推奨する。
・内容をすべて理解しようとせず、あえて「わからない」部分を残しておくことが、のちの知的発見の種となる。

2. 「乱読」がもたらすセレンディピティ
・「乱読」とは、専門分野に固執せず、脈絡のないジャンルの本を次々と読み漁ることである。
・一見無関係に見える知識同士が、頭の中で予期せぬ形で衝突・結合したとき、新しいアイデアや発見(セレンディピティ)が生まれる。
・目的意識を強く持ちすぎると、その枠内の情報しか目に入らなくなる。無目的、あるいは多角的な読書こそが、知の創造性を高める。

3. 「忘却」のポジティブな意義
・読んだ内容をすべて覚えようとするのは、頭を「倉庫」にする行為であり、思考の鮮度を奪う。
・重要なのは、読み飛ばし、忘れることである。本当に価値のある情報や、自分の関心に深く刺さったものだけが、忘却のフィルターを抜けて潜在意識に残る。
・頭の中に「余白」を作ることで、初めて新しい思考が入り込むスペースが生まれる。

4. 知的創造のための「発酵」
・得た知識は、すぐにアウトプットするのではなく、寝かせて「発酵」させるプロセスが必要である。
・乱読によって放り込まれた異質な情報が、時間の経過とともに自分自身の血肉となり、独創的な見識へと変貌する。
・セレンディピティは、準備された心(乱読によって耕された土壌)にのみ訪れる。

5. 現代社会における読み方の姿勢
・情報の消費スピードが速い現代こそ、効率を求めない「乱読」のゆとりが重要である。
・既存の正解を探す読書ではなく、自分だけの新しい問いを見つけるための読書へとシフトすることを説いている。

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2026年02月02日

Posted by ブクログ

本が手に入らなかった昔と違い、今は本が溢れている
→良い本ばかりであるわけがないから、悪書が増えているはず
→それを舐めるように読むのはリスク大。風のように読んでも、大事なことは自然と頭に残り、断片と断片がセレンディピティを起こす
→そうしてたくさん読んで得た知識は、溜め込みすぎると病む
→睡眠による忘却能力で朝は頭が整理されるから朝は良いアイデアが生まれる
→朝に散歩しながら考えると、さらに効果大

まあ雑にあらすじを書くと、こんな内容。
でもこの本は、内容よりも、文体を楽しむ本だと思う。
というのも、この人の文体そのものが、乱読に最適なのだ。
短く整理された文章が、テンポよく並ぶ。複文が少なく、短文を畳み掛けて論理を構築していて小気味良い。
新書=論説の体裁ではあるが、エッセイのような感覚。

散歩しながらアイデアを思いつくのは僕も経験があるな。ある程度まとまった時間歩いていると、余計な思考が消えて、ふと「あ、今なんかよぎった、なに考えたっけ今?」となる瞬間がある。
精神科医の名越康文先生が、お寺に回廊があるのは庭を眺めるためじゃなくて、歩きながら考え、歩きながら出会った先達と話し教えを乞うためだと、昔「辺境ラジオ」で言っていたことを思い出した。

と、こんなふうに、風のように読んだ本の断片と、忘却の試練を乗り越えた過去の記憶とが、セレンディピティによって混ざり合い、自分にしかできない、しかも自分でも制御できない新たな思考を生み出す。ひとつの書を細かく読むより、たくさんの書を斜め読みする方が、人間の脳の機能に合ってるよ、ってことかな。

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2025年04月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

●乱読
たくさん読みたい本があるが、その時間もなかなかとれなく、どうしたものか、参考になるものはないかと、読書に関する本を探していたところに出会った本。
何でもかんでも一言一句最初から最後まで読み切ることが読書ではないと改めて認識。読書を真面目にたくさんしているとバカになるということが、とても腑に落ちた。自分の頭を使って、イメージを持ちながら考え、想像する。それがよい読書。いわゆる乱読でいいんだと、認識することができた


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2025年01月13日

Posted by ブクログ

座談会(それに合わせて散歩と雑談の効能)、古典の誕生(作者ではなく読者が作っていく)、朝の良さに関して参考になった。

乱読というテーマに一貫しているわけではないので話がとっ散らかっている印象は受ける。セレンディピティ(思わぬ発見)がメインテーマと考えると様々な場面で発見することはあるものだと思う。よく言われる、机上であれこれアイデアを考えても何にも出ない、少し気晴らしに外に出て歩いていたら解決の糸口が見えたみたいなこと。

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2024年07月17日

Posted by ブクログ

乱読というのが、様々な本を読み漁るという意味合いで考えてこの本を手に取ったが、思ったよか違う内容であった。

本の読むスピードから始まり、読み方、古典、日本語など、一つのトピックスから様々な視点を含め、自分の経験を基に読書というものについて書かれている。
思った内容とは違ったが面白い内容であった。

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2023年12月05日

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