外山滋比古のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2026年の今、新版でこの本を出そうと思った、ちくま文庫の方はすごいなと思う。
外山滋比古の教育論は、今の時代からすると「ん?」と思う所がないわけではない。
まぁ、授業参観で親同士の会話のうるささを指摘して、抗議文が来る、といった意味の「ん?」ではないけれど(笑)
でも、この一冊に漂う空気、「薫陶」というキーワードは、なんだか心に重く残った。
コスパだとかタイパだとか言っている時代の中で、いやいや、空気で人を育てるんですよ、と言い切れたらいいのに。
それは、「右に倣え」をしなさいという意味ではない。
KYという言葉は、別に「人に合わせよ」という意味ではないと思う。
聞こうとする姿勢、知ろうとする姿勢、そこにズレが生じることに不調和が生じるような気がする。
自分を律することもまた、場がどんな振る舞いを求めているかを、知ろうとすることから始まる。
それは無言のコミュニケーションであって、それが自然と行き交う時に、居心地の良さを感じる。 -
Posted by ブクログ
乱読はよくするので、著者の言う乱読のセレンディピティには激しく同意である。
今の学校教育は知らないが、日本の学校では読む練習というのをちゃんとしてこなかった。著者が言うアルファー読み(内容についてあらかじめ知識を持っているときの読み方)ばかりなされてきたので、ベーター読み(内容、意味のわからない文章の読み方)ができない。これにも納得である。それゆえ、モノが読めるようにはならないのである。
著者が勧めている乱読の一つに、新聞を隅から隅まで読むというのがある。今まで興味のある箇所しか読んでいなかったが、端から端までさまざまなジャンルの記事を読もうと思う。時間がなければ見出しのみ読んで、実践してみようと思う。
また、ゆっくり読むのは良くないという。ある程度のスピードを持って読むことで理解できることもあるようだ。難解な文章などゆっくりと読んでいたが、これも実践してみようと思う。 -
購入済み
東大生や京大生から根強い支持があるという本。
読む前に持っていたイメージと異なり、小難しい言葉を並べ立てているわけでもなく、意外と読みやすかった。
さすがにかなり昔の本だけあって、理屈よりも経験則や気合に依った方法論が多い。
ただ、その内容が的を射ていることが多いからこそ、長い年月読みつがれているのだろう。 -
Posted by ブクログ
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「散歩のような、軽やかな読書」
だなんて、なんて素敵なんでしょう…
思いがけない発見=セレンディピティを大切に、
風のように軽やかに本を読みたい…!
仕事ができる人は、忙しいはずなのに
すぐ旅行するしジョギングするし
バーベキューをする(ドドド偏見)。
とにかくいろんなところに顔を出している、
気がする。
セレピ偏差値が高い。
読書も似ているのかも。
何かを得ようと身構えず、
専門にとらわれず、様々なジャンルの本を渡り歩く。
すると、狙っていなかった1行に、
不意打ちのように心を揺さぶられる。
外山先生いわく、
そんな乱読のセレンディピティが
知識ではなく生きる力を
身につけるための読書につながるそう。
失敗をおそれず、とにかく読むのだ…!
「知識を詰め込む読書」にはとことん批判的でキレッキレ。
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『知識が適量を超えるようなことがあると、思考のはたらき作用を妨害し、よくものを知っているバカがあらわれたりする。』
『生きる力とは結びつかない、知識のための知識を不当によろこぶ勘違いである。知識メタボリック症候群にかかっていては、健全な生き方をしていくことは叶わない。』
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Posted by ブクログ
小説好きとしてはちょっと耳が痛い内容も多かった。
「アルファ読み(読むだけ)」と「ベータ読み(考えて読む)」というのは読み方の違いを著者なりに区別した言葉なのだが、
文学は橋渡しにはなるけど、それだけではベータ読みは身につかないという。
小説以外に興味を持つことも多くはなったが、やはり小説に惹かれることの方は圧倒的に多い。
読む力云々はどうでもよく、
単純に物語を楽しみたいだけであるなら、
ベータ読みなどできなくても良いとは思う。
が、知識があるが故に楽しめる内容というものはあるわけで…
物語を十二分に味わいつくすためには、
文学以外を読むことも大事なのではないか。
アルファ読みの精度を上げるために、ベータ読みで情報を理解し、思考する。
本末転倒な気もするが、今でも十分楽しい読書がより楽しくなるかもと想像すると、試してみたくなる。
そう思ってしまうのが、本好きの性分なのかもしれない。
異なる分野の人と話すことで新しい発想が生まれる「乱談」の話も面白かった。同じ世界に閉じこもると視野が狭くなるのは確かだと思う。
繰り返しが多くて少し冗長に感じる部分はあったけど、全体としては納得感のある一冊。
読むことそのものだけじゃなく、「どう読むか」「どう活かすか」を考えさせられた。
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Posted by ブクログ
1. 乱読のすすめ:忘却が生む創造性
-従来の読書は「精読」や「熟読」が尊ばれ、内容を正しく理解し記憶することが重視されてきた。しかし、著者はこれを通俗的な教育の弊害とし、「乱読」の価値を強調する。
-乱読とは、目的を定めず、多種多様なジャンルの本を脈絡なく読むことである。これにより、一見無関係な知識同士が頭の中で衝突し、新しいアイデアが生まれる土壌が作られる。
-読書において重要なのは「覚えること」ではなく「忘れること」である。忘却によって知識が濾過され、純化されたエッセンスだけが潜在意識に残る。これが思わぬ局面で結びつくことこそが、セレンディピティの正体である。
2. 乱談の効用:対話による知の触発
-一人で思考に耽る「沈思黙考」よりも、他者とのとりとめのないおしゃべり、すなわち「乱談」にこそ知的な発見が潜んでいる。
-乱談は、あらかじめ結論を用意した「議論」とは異なる。予定調和を排した自由な会話の中で、自分の口から出た言葉が自分自身を驚かせるような、動的な思考のプロセスが活性化される。
-異質な他者との接触が、自己の固定観念を揺さぶり、思考の「風通し」を良くする。知的刺激は、静止した知識からではなく、動いている言葉のやり取りから発生する。
3. 「思考の整理学」の深化とセレンディピティ
-著者の代表作『思考の整理学』で説かれた「グライダー型(受動的)」から「飛行機型(能動的)」への脱却というテーマが、本書ではさらに一歩進められている。
-セレンディピティ(素敵な偶然の発見)を引き寄せるには、執着を捨て、心に余裕や「遊び」を持たせることが不可欠である。
-「セカンド・アイ(第二の目)」の重要性。対象を正面から凝視するのではなく、周辺視野でぼんやりと眺めるような姿勢が、隠れた本質を見抜くことにつながる。
4. 結語:未知なるものへの開放
-現代社会は情報の効率性や正解を求めすぎる傾向にあるが、それは創造性を枯渇させる。
-知的成熟とは、知識を増やすことではなく、既知の枠組みを超えて「未知なるもの」に面白みを感じ、偶然を味方につける能力を養うことである。
-乱読と乱談を繰り返すことで、知性は開かれたものとなり、人生における豊かな発見のチャンスを最大化できる。