外山滋比古のレビュー一覧
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購入者:今倉
貸出:清水(2008.11.17)返却(2008.12.8)
言葉は時代によって多様に変化している。言葉が乱れていると言われる時代だが、それも文化なのだと思う。手紙を書いたり、本を読むという機会はあまりないが、FK文庫によって「読書する」という機会は非常に増えた。少しずつでも「本」をこれからも読んでいこうと思った。
貸出:今倉(2008.11.17)返却(2008.12.30)
堅苦い本かなと思って購入しましたが、実はことばの教養にまつわるエッセイで意外に面白かったです。特に“読書の愉しみ”の章は共感しました。私も昔は少し背伸びして大人っぽい本をたくさん読むのが好きだったので、もし子供を読書好きに育てるとしたら「読め読め」言わず、「別に読まなくてもいいよ」といって逆教育したら成功するかも…なんて…思いました、少し。読書は強要ではことばの教養にはならない、楽しんでこそ正しく身に付くものだと改めて感じました。 -
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著者は、有名な「思考の整理学」を書いた書いた人で、その続編とも
いえる内容になっています。(思考の整理学については、読んだ事があるのですが
書評は改めて読みなおした後で行います。)
アイデアとは、酒と同じで熟成が必要だ。そして熟成は一晩寝る事で完成する事も
ある。また、他業種・他専攻の人達との雑談はアイデの厳選であり、アイデアとは
その一瞬にメモを取らないと彼方へ逃げてしまう。というような内容になっています。
また、本書の中で述べられている実践できる創造思考を鍛えるトレーニングは、
1.他業種との交流、同業種との交流:専門的内容から雑談まで
2.散歩は、「考える」場所として最適である。散歩しろ。
3.メモは必ず持ち歩いて、すぐにメモる!
4.読書は、おもしろければ途中で止めてもいい。残りは自分で思考する。
5.知識を得たら、まとめろ!
以上の5つです。この中で、実践していないのは、1,2,4ですね。個人的に。
1はしてみたいと思い、先週「院飲み」を企画して実行しましたが、なかなか
全体としては成果が上がらなかったです。(まぁ、飲んでいたし)個人的には、
研究方法を詳しく聞けたので、よかったですけどね。2に関しては、家が田舎なので
散歩には適していると思うのですが・・・・。なかなか。4に関しては、無理です(笑)
本書もそうですが、「思考の整理学」もかなり知的な刺激を受ける事間違いないので、
とてもお薦めです。 -
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ニューヨークのとある大学の卒業式で読まれたスピーチ。最初の出だしは、よく分からず、何を伝えようとしているのか…と思ったけど、読み進めると「やさしさ」をもつことの大切さを伝えてくれていました。「やさしい人になる」言葉では簡単だけど、行動に移すのは難しくて…それよりも目の前の目標、野心いろんなものに囚われて後回しにしてしまう。でも、後回しにしちゃだめなんだな。
「人生で振り返って後悔したこと」「人生で1番温かい気持ちで最も好ましい人として覚えているのは誰?」って考えたら、自分が優しくできなかった瞬間だったり、優しくしてもらった瞬間だったりするなあ。優しさは、人生で軸になるくらい大切にしないといけないことなんだなあ。 -
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傷のあるリンゴとはなんだろうな。まずは、そういう洞察を持ってから望むことになる。
忙しいほど暇があり、暇な人ほど忙しい。サラリーマンの多くは多忙だが、仕事ができるからではなく、仕事がノロいから多忙になっていると説く。忙しくて元気なサラリーマンは幸せだ。暇になれば、仕事もノロノロ、結果、仕事はできない。よって仕事がなくなり、一気に老いる。ある意味で、忙しいというのは、ありがたいことでもある。それを、ものすごいスピードでこなすことで、暇に見えるくらいがちょうどいいと。確かに、ニューヨークは、それくらい仕事の量を一気にこなし、木曜日の夜から、週末モード。金曜日は午前中くらいまである種適当にこなして、週末に向けて飲みにくくらいのイメージだ。そう出ないと、持たないくらい厳しい環境だった。過労はいけないが、多忙は元気の源である。
傷のあるリンゴは美味しい、完璧に見えるよりも、やっぱりどこかで傷がある方が愛着が湧いたりする。完璧でない部分が良いということ、人間はそういう風にできている。
赤信号みんなで渡れば怖くない。この名言は、転籍苔を生ぜず、a rolling stone gehrters no moss
の二つの意味は、英国流のコロコロ場所を変えてはお金はたまらないということと、活動的であれば余計なものはつかないという米国流。つまり、考え方は、マジョリティによって変えられてしまう。力とはマジョリティにあるが、マイノリティはどうすればいいか問題提起している。この本からもはや何十年もたって、いまマイノリティを保護する時代になった。大事に大事にすることがマジョリティの大事な仕事になった。素晴らしい人間とはこういう像だというのはまさに指摘されていた通りの状態になってきていて、さらにそれを助長する形で日本メーカーの訴訟になったんだろう。女性の会を開催したら、男性社員が差別で訴えたという話だ。男性が働いている間に、お菓子を食べながらだべっているのは不公平という理屈なんだろうけれど、もはやマイノリティとは何かという点が男女ではないことは明らかだ。
小学校受験に受かって浮かれている親に、そういう子は手を抜き結果的に成績が落ちていく。それはそれで厳しい現実だが、勝ったものの喜びに冷水を投げかける園長先生もどうか、という話。自分自身がストリートスマート系で育ったから、つまり受験を小さいときにしていないから、かもしれないが、おそらくそういうお受験してあと気を抜いた人たち、選別に晒されていない人たちに負ける可能性はほとんどない。一部、お金持ちであるという背後の理由から、パフォーマンスをあげる人間もいるしそのパフォーマンスは、一般的な努力では勝てないことが多いのも事実。このバランスこそが人生だろう。
含蓄のある昭和の知の巨人は、このAIの世の中を見据えていただろうか。勝っても、弱者のことを思え。よく学び、よく遊べ。仕事ばっかりの人は、がっくりきて体調を崩すとも記されているが、いまのタイミングでみると、確かに遊びがない、というよりも第二、第三の自分の居場所がないといけないということなんだろうと思う。 -
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本書を読んで最も印象に残ったのは、「忘れることは決して悪いことではない」という考え方だった。
自分自身、せっかく本を読んだのだから、できるだけ多くの知識を身につけたい。そして、読んだ本について自分の言葉で語れるくらいには、その内容を覚えていたいという思いが常々あった。そのため、読んだ内容を忘れてしまうことをどこかもったいないことのように感じていた。
しかし本書では、得た知識を一度忘れ、自分の中で解体し、咀嚼することで、初めて自分自身の思考に役立つものへと変わっていくと説かれている。知識を増やすことはもちろん大切だが、その知識に囚われるあまり、自分の考えが埋もれてしまうこともあるのかもしれない。忘れることで生まれた余白が、新しい発想や自分なりの考えにつながっていくのだろう。
一方で、「ノートするのは欲張り」という考えについては、少し違う考えを持った。私にとって読書メモは、単に内容を忘れないためのものではない。その本を読んだときに何を感じ、何を考えたのか、そのときの自分の思考に再び触れるためのものでもある。だからこそ、これからも読書メモは残していきたい。
「せっかく読んだのだから覚えておかなければ」と考えると、読書はいつの間にか知識を蓄えるための作業になってしまう。けれど、忘れてもいい。本当に大切なものは自分の中に残っていく。そう考えられれば、もっと気軽に、自由に本を楽しめるのではないだろうか。
忘れることを恐れず、本書に倣って、これからはそよ風のように本を読んでいきたい。