外山滋比古のレビュー一覧
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購入済み
この年になって、初めてじっくりと外山滋比古さんの著作を読みました。外山さんが亡くなったとの報道がきっかけでした。数冊今読みかけの本ががあります。多少時代が感じられる記述もありますが、中身そのものに影響はありません。考えるヒントがあちらこちらにあり、まさしく目から鱗が落ちる思いです。若い頃にもっと読んどけばよかったなとも思います。特に文法の第4人称第5人称の発想にはいままで思いも及ばなかった事柄なので、文法に関する考えを再構築しようと思っています。
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【伝達の整理学を読んで】
言わずと知れた名著「思考の整理学」を著した外山滋比古先生による一冊。
コトバには、「読む・書く・話す・聞く」の4つの側面があり、外山先生はこれを「大きなコトバ」と表現します。
この中でも日本は「読む・書く」という「小さなコトバ」に重点を置いて教育してきたということです。
この本では、コトバにまつわる事柄を切り取り、コトバ全体を捉えようと試みることを行っています。
ここで、田村の感性に突き刺さったモモタロウの真実をご紹介します!
結論から言うと、モモタロウというのは優生学がなかった時代に遺伝ということを考えた話だというのです。
となりになっているモモではなく、流れもののモモを求めて川に行く。流れてきたモモから生まれたモモタロウは健康優良児に育つ。
近親結婚が当たり前の時代に、不幸な子どもが生まれないための知恵を暗示していたのだとか。
さらに、モモタロウはサル、キジ、イヌという仲の悪い3部族をきびだんごという平和的手段で解決し、鬼退治という大目標を掲げることで団結させるという知恵も教えてくれます。
以上が、モモタロウに関して述べられていたことの要約ですが、個人的に面白かったのはここからです。
むかしばなしには「むかし、むかし、あるところに」という枕詞があります。
外山節によると、あれは三人称を超えた第四、第五人称なのだそう。
「あるところに(第四人称)」で当事者とは離れてものごとを捉える視点を、「むかし、むかし(第五人称)」で時空を超えた歴史的な視点を与えてくれます。これによって、日本人は知恵を代々伝達する術を手に入れたんですね。
伝達の手段としてコトバをいかに活用するのか?とても感性くすぐるエモい本でした!笑 -
Posted by ブクログ
2019/7/28
外山滋比古さんの本は本当に面白くて、その考え方はとても参考になるものが多いです。
この本では、教師としての外山滋比古さんの経験をもとにして1983年に書かれたものを、2011年版に色々と古くなったものは除きながら再編集したものだそうです。学校での教育に関すること、教師としてのあり方や心がけていくこと、保護者の変化について現代の社会の変化にも触れながら、どうして保護者にも変化が起きているのだろうということを考えるきっかけを与えてくれているように感じます。
書かれた時期が古いので、若干、今の時代の感覚では合わないんじゃないかなと思うところもありましたが、話の大筋の観念はやはりブレないし、現代にもかなり通じるもの、むしろ現代だからこそ考えていかなきゃいけないことのヒントがあるように思います。 -
Posted by ブクログ
世の中のありとあらゆる伝達、伝えることに焦点を当てて書かれた本。外山滋比古さんの本は本当に勉強になるし新しく気づかされることが多くてためになるなとおもいます。
特に、情報や言葉の受け手と送り手に関すること。日本人は基本的に送り手優位な部分が目立っていたが時代とともにそうでも無くなってきていること。そうしたことについて、手紙、ハガキ、出版、放送、教育、言語などの細部にまで考えを巡らせて、検証してくれている。
古典に関する内容のところでも、厳密に言うと古典は受け手によって常に変化し続けて現代に至っているので史実を忠実に伝えるなどと言うことはあり得ない的な内容の部分に共感した。
また、伝達をする側だけで無く、受け手ももっと知識を身につけていかないとすぐに送り手優位に変わっていってしまうし、現にそういう状況でずっときている分野もあるので、勉強が必要なのだなと感じる。
ももたろうのくだりも、そうなんだーで流すのは簡単だが、その時代背景や物語の背景に込められた送り手の意図をしっかりと汲み取って伝えるのとそうでないのとでは大きく意味が異なってしまうのを実感できた。 -
購入済み
疲れてる時に読みたい
気負わずに読めて、でも時々ハッとする所のある、大好きなエッセイ集です。
誰しも思い当たることがあるでしょう。読後、心がじわっと暖かくなります。 -
Posted by ブクログ
日本語や読書に関するエッセイ。
タイトルと著者名を見て即買い。
昭和57年と63年に出された著書から、選りすぐったエッセイを
再編集した一冊。
内容によっては今の時代と合っていないものも多少あるけれど、
ほとんどのエッセイは今もその輝きを失っていない。
第一章「心を伝える」の中の「手紙のある生活」では、就職した
時に高校の同級生宛に書いた手紙をことを思い出し、「思います」
では、常日頃思っていることを言い当ててくれたし、試験直前の
大変なときに限って普段は目もくれない本棚の本を読み耽って
しまうという第三章「読書の愉しみ」には、身に覚えがある!と
手を打ってしまった。
もちろん、こうした共感できる部分も多くあったけれど、その他にも
思わず唸ったくだりが随所に。
いちばん印象に残ったのは、第四章「読書のヒント」の中で
触れた読書ばなれのくだり。長いけど、そのまま引用しよう。
"子どもの読書ばなれは大人の読書ばなれを反映している。
子どもは親の鏡である。
それに、大人が子どもからバカにされているうちは、いくら
大人が読書を子どもにすすめてみても効果はあがらない。
教育はある程度の権威を前提とする。権威とは権力をふるって
威張ることではない。尊敬に値いすると思われる存在には
いくらそっとしていてもおのずから権威がそなわる。
すこしくらいのみ込みにくいことでも、権威をもった人から
言われると我慢してのみ込む。入れてかんでみると案外
おいしい、おもしろくなってくるということになる。子どもから
尊敬される教育者や大人がすくなくなったことが、読書
ばなれを食い止めるための努力を実らせないでいる。" -
Posted by ブクログ
"外山さんの本は3冊目になるかな。考えること、思考すること、その方法のヒントを集めたコラム。
この本でもふれているが、外山さんは、比喩がすばらしい。抜群という表現があっている気がするが、自分ごときが偉そうにこんなコメントをするのは気が引ける。
グライダー効果 とか、 酒造り と カクテル など、ぼんくらな私にも「なるほど~」と頭に入ってくる。
私は、比喩がうまくできる人になりたい。そうなるには、物事を俯瞰して把握していることと、その仕組みなりシステムなりを的確に言い換えるものを多くしっていないとできない。
人生経験を積み重ねる中で、身につけたいと思った。" -
Posted by ブクログ
前回読んだときに何も感想を書いていなかったようなので、再読した今回、感想をメモしておきます。
外山さんの本は、どれも読みやすいのがいいですね。文体がそれほど難しくなく、主張もはっきりしています。今回は、文章を書くということについて、いろいろ思いを語っています。
現代人も、筆や万年筆はあまり使わなくなりましたが、パソコンやスマホで、相当文章を入力しているのは間違いありません。ある意味では、昔の人よりも、文字を書いている(入力している)かも知れません。
しかし、文章を書くための道具が変わったように、文章を書く心持ちもずいぶん変わってしまったように感じました。
前半、第4章までは、文章を書くための秘訣や心得が書かれています。特に、第四章はテクニック的に参考になることが多く書かれています。
後半の第5章、6章は手紙について。これを読むと、現代人の書く文章がいかに変わってしまったか、実感することができると思います。
私自身もそうですが、別に文章を書くことを生業としていない人でも、参考になることが多いと思います。特に、今は年賀状をしたためている人も多いでしょうから、ちょっと読んでおくことをお薦めします。(2014/12/30) -
Posted by ブクログ
著者のミリオンセラーである「思考の整理学」という本を以前読んだことがあって、それがすごく刺激的だったのを覚えている。この本は、東大や京大の学生たちに人気のあった本だ。
で、この本も個人的には心にグサッときて、ちょっとやられてしまっている。
最初は、知識と思考は別ものという考えを展開していて(αブロガーのちきりんさんと似てる)、そこから日本人の陥っている現状の問題に触れながら、最後のほうでは自分のこれまでの生き方の話で終わる。
日本人の典型的な優等生は読むといいかもしれない。すごく逆説なことが書かれている。
知識は思考と違って答えが出てしまっている。
知識は暗記力があれば習得できる。
知識があれば答えを出すことがたやすい反面、自分で思考する力は必要ない。必要とするのは暗記力だけ。
日本が今、経済的に瀕しているのは、新しい知識(技術)がなくなっていることだ。今までの知識を使うだけであれば中国やインドで日本よりも低いコストで同じ仕事ができる。大切なことは自分の頭で思考すること、自分の頭で解決する方法。日本はオリジナリティがないが模倣が得意とよく言われてきた。その模倣する力も新しいオリジナルの知識(技術)がないと飽和状態(電化製品で言えば別に必要のない機能が増えている)になっている。
あと、本はあまり読まない方がいい。ということを強調されている。自分で考える力が衰えるからだ。とはいえもう手遅れ。本がないと生きていけない体質になってしまっている(笑)。我流というのは僕の今までの考え方からすると正統な感じがしなかったけれど(形から入るのが好きな為。方法論は関係なく要はやる気がでるならやり方は問わない)、たしかに自力でやりぬくパワーは培われそうだ。
たくさんいいことが書いてあるので長くなってしまった(笑)
“つまり、日本の中において「借りる」に限界がきたのである。このへんで自前の仕事がどこまでできるか、ということを真剣に考えなければいけないのに、依然として、どこかにいい技術があれば、それを導入する(借りる)ということばかり考えている。よそから借りないで自前でやるには、そうとうな苦労を要する。”
“スポーツのいいところは、決められたルールの中での勝負なので、負けても、次に頑張れば取り返しがつく点だ。負けるというマイナス経験をすることで、人間として強くなり、苦境を乗り越えたときの喜びを味わうこともできる。ミス、失敗、不幸、災難といったマイナスの経験を、なるべく早いうちにしておいたほうが、長い人生にとっては有益である。年をとってからの災難は、悲惨で、いい結果になることがすくない。”
“自分の力に見合うかどうかにかまわず、自分が希望するところに挑戦するのだ。落ちるかもしれない。落ちたら、また挑戦…をくりかえしていくうちに、失敗を恐れない度胸がついていく。負けることにもめげない精神力がつちかわれる。その後の人生で、さまざまなトラブルがおこったときにも、それによって平然と乗り越えていくことができるようになる。”