北杜夫のレビュー一覧
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北杜夫(1927-2011)、2012年、亡くなった翌年刊行のエッセイ集。
1976-77年に刊行された『北杜夫全集』(全15巻)の付録の月報がまとめて収録されている。15回、各巻の作品にまつわる思い出が披露されている。目玉はこれ。
ほかに、それまでの単行本に積み残したエッセイが30篇。とくにインパクトがあったのは「不可解だった本」という一篇。子どもの頃、東京青山の実家、台所を出た外、赤レンガの塀にブリキの屋根がかけてあって、その下に焼け焦げた洋書が積まれてあった。その幅7m。それは、父斎藤茂吉がドイツ留学時代に買い集めた書籍の群(なにしろ第一次大戦後ドイツは大インフレだった)。しかし、大震災の翌年に実家が失火、家の一部を焼き、その残骸だったらしい。半焼けの洋書の山が目に浮かぶ。(茂吉は本の虫だった。1階の広い書斎も、2階の2間も本で埋め尽くされていた。しかし、親しい弟子以外にはそこを見せなかった。写真も撮らせなかった。) -
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森見登美彦氏の「夜は短し歩けよ乙女」や吉田修一氏の「横道世之介」のような痛快系の本。ではあるが、心に残る言葉が出てくる。
・喜劇と悲劇、滑稽と悲惨が極めて接近しているか、或いは表裏だということである。
・まず生活の基礎を築いたのち、ゆっくりとその名著とやらを書いてください
・本というものは、一見役立たずのように見えようとも、その中に自分と無関係でないと思われる一行があれば本棚に並べておく価値があるものだ。
・かつて高校時代に自分がけっこう人に好かれたことすらいけないことのように思いこみ、心の中ではらたらと全人類から嫌われ者の大悪人になりたがり、そうでなければ創造というものはできっこないと、一人でうめいたり、うなずいたり、力みかえったりしたものだ。 -
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『青春記』(1968)と『航海記』(1960)の間を埋める。でも、1993年(66歳)の出版だから、著者の躁鬱も相当進んでいる。
26歳で大学卒業、医師免許をとって、大学病院に医局員として勤務。なんのためかと言えば、勤めながら博士論文を書きあげ、ドクターをもったドクターになるため。でも無給。一種の徒弟奉公。東京の病院勤務だけかと思ったら、山梨の病院にも1年間の出向。
時代は1950年代後半。精神医学ではやっと薬物治療が登場しつつあった頃。電気ショックやインシュリンショックも行なわれていた。それに精神分析もまだ幅をきかせていた。医師として北杜夫がそうした状況をどう見ていたか、それも興味深い。
個々の文章はひじょうに論理的。いいことも言っているし、格言や警句にしたいものもある。ところがそれらをつなげると、?! でも、俯瞰すると、不思議なことに、全体が魅力的に輝いて見える。もちろん、登場人物たちがみな個性的で魅力的なのは言うまでもない。
文庫の解説を書いているのは、医局の同僚のなだいなだ。彼の「正常な」文章が締めくくる。読後感がすこぶるいいのはそのせいかも。 -
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1960年、33歳、「夜と霧の隅で」で芥川賞を受賞する直前の出版。この『航海記』で大ブレーク。文章に勢いがあるし、ユーモアにキレもある。その年のベストセラー第3位になったのもうなずける。躁鬱の気配がさほどないのもいい。
1958年の11月から半年間、水産庁の調査船に船医として乗り込み、インド洋からヨーロッパを回る。船上の人間観察がおもしろい。荒れた時の海の描写はさすが。
悪知恵をつける友人たち、AとHとMが何度か出てくる。Aは心理学者の相場均、Hは精神科の医師の堀内秀(なだいなだ)、ということまではわかるが、さて、ニューヨーク帰りの医師Mはだれ?
立ち寄ったパリでは、親友Tのアパートに投宿。Tの奥さんを「白人の女にくらべればまったくの小娘で、防寒のためにエスキモーみたいな珍妙な頭巾をかぶっている」と書き、さらには「チョコチョコ店頭の雑踏の中を走りまわっているさまは、日本人が見ても異様である」とまで。あんまりではないか。Tは辻邦生、奥さんは美術史家の辻佐保子。
本書を世に送り出した編集者は中央公論社の宮脇俊三だった。旅行記の産婆役としてこれ以上の人はいないかもしれない。 -
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昔読んだことがあると思ったのだが、内容を全く覚えていなかった。それだけに新鮮に読むことができた訳であるが。
どくとるマンボウシリーズなので、いつものユーモアあふれるエッセイを想像したのだが、本作はちょっと雰囲気が異なる。
いや、最初の方はそんな趣で、医局にはこんなにも変人が多いのかと驚いたところである。
しかし、山梨県の精神病院に赴任した後の話になると、俄然内容に重みを増してきた。精神病者の症状にも驚くが、彼ら彼女らに対して医師や看護師も真摯に対応するのだが、一筋縄ではいかない。なかなか大変な仕事である。
現在の大部分の精神病院の状況は違っていると思いたいのだがどうなのだろう。それにしても、なぜ人はこうまで壊れてしまうのだろうか。
北杜夫氏は自身が躁うつ病であることを喧伝していたが、それは世間の人に精神病者に対する偏見を除きたかったからということを初めて知る。