北杜夫のレビュー一覧
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森見登美彦氏の「夜は短し歩けよ乙女」や吉田修一氏の「横道世之介」のような痛快系の本。ではあるが、心に残る言葉が出てくる。
・喜劇と悲劇、滑稽と悲惨が極めて接近しているか、或いは表裏だということである。
・まず生活の基礎を築いたのち、ゆっくりとその名著とやらを書いてください
・本というものは、一見役立たずのように見えようとも、その中に自分と無関係でないと思われる一行があれば本棚に並べておく価値があるものだ。
・かつて高校時代に自分がけっこう人に好かれたことすらいけないことのように思いこみ、心の中ではらたらと全人類から嫌われ者の大悪人になりたがり、そうでなければ創造というものはできっこないと、一人 -
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『青春記』(1968)と『航海記』(1960)の間を埋める。でも、1993年(66歳)の出版だから、著者の躁鬱も相当進んでいる。
26歳で大学卒業、医師免許をとって、大学病院に医局員として勤務。なんのためかと言えば、勤めながら博士論文を書きあげ、ドクターをもったドクターになるため。でも無給。一種の徒弟奉公。東京の病院勤務だけかと思ったら、山梨の病院にも1年間の出向。
時代は1950年代後半。精神医学ではやっと薬物治療が登場しつつあった頃。電気ショックやインシュリンショックも行なわれていた。それに精神分析もまだ幅をきかせていた。医師として北杜夫がそうした状況をどう見ていたか、それも興味深い。
個 -
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1960年、33歳、「夜と霧の隅で」で芥川賞を受賞する直前の出版。この『航海記』で大ブレーク。文章に勢いがあるし、ユーモアにキレもある。その年のベストセラー第3位になったのもうなずける。躁鬱の気配がさほどないのもいい。
1958年の11月から半年間、水産庁の調査船に船医として乗り込み、インド洋からヨーロッパを回る。船上の人間観察がおもしろい。荒れた時の海の描写はさすが。
悪知恵をつける友人たち、AとHとMが何度か出てくる。Aは心理学者の相場均、Hは精神科の医師の堀内秀(なだいなだ)、ということまではわかるが、さて、ニューヨーク帰りの医師Mはだれ?
立ち寄ったパリでは、親友Tのアパートに投宿。 -
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昔読んだことがあると思ったのだが、内容を全く覚えていなかった。それだけに新鮮に読むことができた訳であるが。
どくとるマンボウシリーズなので、いつものユーモアあふれるエッセイを想像したのだが、本作はちょっと雰囲気が異なる。
いや、最初の方はそんな趣で、医局にはこんなにも変人が多いのかと驚いたところである。
しかし、山梨県の精神病院に赴任した後の話になると、俄然内容に重みを増してきた。精神病者の症状にも驚くが、彼ら彼女らに対して医師や看護師も真摯に対応するのだが、一筋縄ではいかない。なかなか大変な仕事である。
現在の大部分の精神病院の状況は違っていると思いたいのだがどうなのだろう。それにしても、な -
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誕生日プレゼントに「私が手に取らなさそうな本」をリクエストした私に、友人が贈ってくれた本です。率直に面白かった…!それに表紙や冒頭の印象では、確かに私が選んで読むことは無かったような気がします。本をおすすめしてもらうの、すごく良いですね。
内容は愉快なお医者さんが独特の視点で書いた旅の記録です。諸外国を巡る船の旅というと、目眩く冒険や人生を変えるような出会いや旅を終えて生まれ変わった自分を期待したくなるけれど、そんなフィクションはこの本には登場しません。
旅の船内や旅先での出会いは、あくまで素朴なものであるにも関わらず、斜に構えた態度をとったり訝しんだり全く関係ないことを空想したりする著者の振 -
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恐ろしいほど狂気に満ちた作品だった。
ナチスドイツがさいしょに虐殺したのはポーランド人でもユダヤ人でもなく、同胞ドイツの精神病患者たちだった、という事実。それを当たり前だと賛同していた精神科医師たちが多くいたと言う事実。
狂気の沙汰にあふれた時代を舞台に、患者を救うため一か八かの博打に打って出た医師ケルセンブロック。しかしそれすら、使命感によって自己正当化された狂気の一端である。
精神科医でもある作者のリアリティ溢れる表現と、鮮明な描写、鬼気迫る行動で、気持ち悪い汗が止まらない。
蒸し暑さが増す部屋で読むべき作品ではなかったな。
正気と狂気の境目はいったいどこなのか?考えさせられる。