北杜夫のレビュー一覧
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頭から順に読んでいくと文芸というか文学というか
解説に云う「透明な論理と香気を帯びた抒情」というふぜい
つまり「お話」のない小説でない文章で
心境を情景描写に仮託しているようなそれである
仮託とかいうことばを使う時点でそんなかんじお察し
最後に収められている表題作は他と違って「お話」が明瞭な小説として読める
こういうのだと読み下しやすい
またこのお話からみればその他の作品にある作者が描こうとしていたものも
なんとなく理屈づけられて見えるような気がしないでもない
つまり小説すなわち筋書きのあるお話でないものは
筋書きでいちおう方向が示されているものに比べてどうとでもとれるのではないか
どの作者が書いたのかより不明瞭で
詩歌のように短くなるほど表現技術の高低も素人に判別困難になる
絵画でも音楽でも万人が評価するものが優れている証だとは思わないが
評価できるひとにしか評価できないものは
どうとでもとれるようにみえるものに多いようにみえるのが素人の感想
文章は手段であり目的のあるものではない
作品は目的を形にしたもので作者にせよ誰にせよ
ひとのこころを動かすべく作られたものだが
その機能が目的を果たしているかを判断するのは使用者の規格に適合するかで
作者のもとにはないと言える
この本については
表題作は小説として無難に良く文句ないが
その他は
例えば高校向け国語の教科書に採用されるかどうかという「規格」で評価するなら
ややいやはっきり落ちるといえると思う -
Posted by ブクログ
北杜生さんの訃報に接し、少し前に買っていたのを読みだした。
この「どくとるマンボウ」シリーズは、親の書棚にあったのを小学生の頃に読んでいた。当時、教室の後ろの掲示板に読書記録を貼りだしており、そこに何冊か感想を書いて貼ったのを覚えている。まったく小学生らしくない。この航海記を読んだかどうか記憶は定かでないが、少々アダルトと言えなくもない内容も含まれていることから察するに、もしかしてこれは読んでいなかったのではないかと思う(青春記や昆虫記は読んだはず)。こうした韜晦に満ちた書き振りのエッセイが小学生の人格形成に影響を与えたか否かは不明である。 -
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ひさしぶりに文学な作品を読んだ。
小説と文学の違い(とわたし流の分け方)は、
地の文が説明、解説になっているものと、
文が練れていて、雰囲気が漂うもの
とである。
もちろん、前者でも後者でもいいものはいい。
コクがあるものが傑作なのであるし、読む楽しみになる。
この短中編集に収めてあるのは
「岩尾根にて」「羽蟻のいる丘」「霊媒のいる町」「谿間にて」「夜と霧の隅で」
どの作品も心揺さぶられるのだが、やはり芥川賞の「夜と霧の隅で」が印象深い。
第二次大戦中、ドイツ南部の町にある公立精神病院の医師たちは、
ナチス政権による民族浄化というとんでもない思想の影響を受けざるを得ないその苦悩がある。
それが単にドキュメンタリーではなく、文学的で深みがある文章が心にしみた。
迫害されるユダヤ人だけではなく、精神疾患者たちにとってもむごい政策というか仕打ち。
そして病んでいる本人たちには何もわからないのだ。
患者を治療しているドイツ人医師たちの悩みはさまざま。
そこに同盟国の日本人医師も留学生としていたが病み、入院してその不条理を経験する。
その妻がユダヤ人という設定も悲しい。
わたしが映画や文章などで知ったことよりも、この中編は胸に響いた。
それが文学の力と思う。 -
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生徒が「面白い」と言っていたので読んでみました。
恥ずかしながら、北杜夫の作品は読んだ記憶がなかったのですが、エッセイはとても魅力的な文章が多かったです。
斎藤茂吉の息子として、医者になることを父から強くおしつけられながらも、旧制高校時代の話や戦後の混乱期を自身の望通りに生きてゆこうとする著者の姿は、滑稽ながらも読者の人生観に訴えてくるものがあるように思います。
自分がなすべき「仕事」とはどのようなものなのか、他者とのつながりをどのように持つべきものなのか、著者の一見すると自堕落で適当な生活にも、ヒントがあるのではと感じました。
エッセイの文章も軽快で笑いに富んでおり、著者のほかの作品もぜひ読んでみたくなりました。 -
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「岩尾根にて」
山中で自我を失ったような気分になる話
クライマーズ・ハイかな?
「羽蟻のいる丘」
自暴自棄のため放射能Xの女王蟻に自分を重ねる女がいて
気の毒なのはそれにつきあわされる幼い娘だが
「霊媒のいる街」
逃げ場のない大人たちはロマンを求めてたわごとを言う
本当に過去を忘れられない坊やはハードボイルドにひたって生きる
「谿間にて」
蝶の採集で名を成したいあまりに精神の様子が少しおかしくなった人の話
かつて失われた全能性が蝶のまぼろしとなって現れるのだろうか
「夜と霧の隅で」
ナチスの断種政策によって収容所送りにされる患者を1人でも救おうと
無謀かつ無意味な実験手術に走る精神科医の話
まったくの本末転倒である -
Posted by ブクログ
中学生の時、「どくとるマンボウ」シリーズにはまって、一連の作品をずっと読んでいた時期があった。先日、ふと本屋でこの本を見かけ、懐かしくて手に取り、一気に読ませていただいた。古くは「どくとるマンボウ小辞典」から、新しいものでは最後の本となった「マンボウ最後の家族旅行」まで、テーマごとにエッセイが収録されていて、変わることのないユーモアあふれる文章に、本当に楽しい読書の時間を過ごさせてもらった。
ただ、テーマごとなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、執筆年があっち行ったりこっち行ったりで、いつの年に書かれたものなのかをいちいち最後の出典一覧で確認しなければならないのが面倒だった。1970年代のドイツの話の次に、いきなり1990年代の雑誌Hanakoの話・・・。慣れないうちは正直戸惑った。この点、星が1つ減ってしまった。 -
Posted by ブクログ
【本の内容】
文学を志し、家庭は顧みず、結構モテて、わがまま放題。
そんな夫にも優しく尽くす、十歳年下の若い妻。
ハンブルクで出会って結ばれた二人の新婚生活は、圧倒的な亭主関白モードで始まる。
しかし躁病をきっかけにエスカレートした夫の蛮行には妻もブチ切れ、ついに大逆襲に-。
淑やかだった妻を鍛えた、壮絶なる四十年の結婚生活を回顧する、愛情エッセイ。
[ 目次 ]
第1章 夫婦の始まり
第2章 夫婦の逆転
第3章 夫婦の戦い
第4章 夫婦の折り合い
第5章 夫婦の晩年
[ POP ]
躁鬱病の夫は、ベストセラーは出すわ、株で借金はこしらえるわ、妻にすぐ「出ていけ」と言うわ。
結婚によってこれほど人生が変わってしまった例はちょっとないかも。
それでも北氏を支えられたのは喜美子夫人しかいないだろうと思わせる。
一風変わった夫婦愛に抱腹しつつ感動。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
「岩尾根にて」、「羽蟻のいる丘」、「 霊媒のいる町」、「谿間にて」、「夜と霧の隅で」の五編。
山を舞台にした話と、脳・心理・精神医学に関わる話が多い。何かを考えさせられるというよりは、不気味な絵を見ているような、引きこまれて不思議な世界に連れて行かれそうな短編が多い。
「夜と霧の隅で」が面白かったので星を一つ増やした。
第二次大戦末期、ナチスは不治の精神病者に安死術を施すことを決定した。その指令に抵抗した精神科医たちは、不治の宣告から患者を救おうと、あらゆる治療を試み、ついに絶望的な脳手術まで行う。
精神病者を救うために博打のような手術に臨む医師らの苦悩。その中にひとり入院している、ユダヤ人を妻にもつ日本人医師高島のストーリーが挟み込まれる。「夜と霧」という言葉が比喩で何度も現れ、精神病者を、医師を、病院を、戦争を、個人を、人を、周囲から切り離していく。答えもゴールも見えないような、内臓の縮むような小説だった。