あらすじ
「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも心の神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ」昆虫採集に興ずる少年の心をふとよぎる幼い日に去った母親のイメージ、美しい少女に寄せる思慕……過去の希望と不安が、敗戦直後の高校生の胸に甦る。過去を見つめ、隠された幼児期の記憶を求めて深層意識の中に溯っていく。これは「心の神話」であり、魂のフィクションである。
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Posted by ブクログ
私の青春時代という時に何度も読み返した作品。
久しぶりに読みたくなったので購入して読んでみた。
今読むとどう感じるのだろうかと少し危惧するような気持ちもあったが、とても面白く読むことができた。
文章が美しく叙情性あふれていて、ストーリーのようなものはほとんど無いのだが文章を読むこと自体を楽しんで読んでいける。
青春期の心の揺らぎや感性の鋭敏さが描かれていて、青春時代の私がこのあたりに共感して読んでいたことが思い出された。
Posted by ブクログ
自伝的小説。幼少期をありのまま、皮膚感覚が蘇るくらいねっとり描く。姉、母、父、その喪失。忘却に沈んだ記憶をたぐる。ばあや、叔父、従兄。自分と境遇は違うけれど、なぜか懐かしさを感じる。その具体性が魅力。遊び、会話、植物、昆虫、心情の変化。おかゆに残る梅干しの赤。そこに読むものを引っ張っていく力がある。序盤が特に良い。家族を失い、病気を患い、ばあやとも死別。戦争。糸が切れた凧のように山を歩き、自然の中で自分と向き合う。心理学的に研究できそうな深みがある。後半は思春期に入り、少女への渇望と羞恥心の狭間で揺れる。
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“ぼく”というある人間の心の中にある神話を語る、追憶の物語。彼の語る言葉は彼自身のものであって、決して読み手のものにはならない。繰り広げられるイメージも漂う匂いも手触りも、彼がありったけの言葉を以て伝えようとしているもの全て、似通っている所はあるとしても決して読み手の中の神話とは重なり得ない。けれど人が自分の記憶の奥底に沈む“何か”を追い求めようとするその衝動自体は、きっと誰しもが見覚えのある感情であるはずだ。大抵の人はその衝動を形として認識することはないし、その”何か”にたどり着く前に忘れ去ってしまう。しかし”ぼく”は手を緩めることなくその何かを追い求めついには手にするに至る。その全過程が、ここには執拗なまでに詳細に言語化されて刻まれている。
人の心を過去の記憶へと突き動かす感情の形を初めて知ったと思えた。この世のものは、名前を見つけて初めて人の眼前に立ち現れる。
個人の心の中の神話、それは決して過ぎ去った幸福の絵図などではない。それはただなぜか、その陰影のひとつひとつ、手触り、温度のようなもの全てをそのままどこかに刻印しておかなければと苦しい程に思い詰めずにはいられない、そういう言いようもない“何か”だ。人がその姿を捉えようともがく時、名前を付けることは出来ずとも、せめてその輪郭を何かに焼き付けようとして生まれる物語がこの世には多くある。そういうものを書く人、求める人の無意識の意識の流れを、この物語を通して初めて知ることができたと思えた。
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美しい文体で、美しいモチーフを用いて、記憶をめぐる物語を描き出す。紡ぎ出された物語もまた美しいのは必然とも言える。
昭和初期、幼い少年の記憶で幕を開け、敗戦前後の高校生の追憶を中心にこの物語は語られる。
非個性的な彼の感覚を通して淡々と描かれる現実と非現実の世界は幻想的でもある。
他人の心を理解することが不可能である以上、「難解である」という感想はとても生まれやすい小説だと思います。山場もありません。それでも、その世界の美しさに、心を動かされます。きれいな文章です。
耽美よりの方、和風好きでかつ洋物に心惹かれるという方なんかにおすすめです。(H19.04.30)
Posted by ブクログ
実は北杜夫はこれと「怪盗ジバコ」しか読んだことがない(苦笑)もともと家にあった本だから、たぶん叔母か母が買ったものだと思うんだけど。中学生のとき読んでガツンと頭をぶったたかれたような気がしたのを覚えてます。
Posted by ブクログ
現代では情報過多で時間に追われるように過ごす人が多く、このように自分と向き合って自分で考えて何かを見出していくことができる人は少ないだろうと感じる。あらためて、自然と向き合ってじっくり考えて人のために行動することを意識したいと感じた。
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幼い頃のことを、幼い心が感じた通りに、しかし独特の美しい文章で綴った小説かな、と思いつつ読んで、自分の幼い頃も記憶の蓋が開いたように思い出され、いい小説だな、好きだなと読み進めるうち、思い付くままどころか、かなり巧緻に構成された完成度の高い小説だということが分かり、圧倒された。
トーマス⚫マンを読み返したくなった。
Posted by ブクログ
北杜夫さんも全集を、しかもうっかり愛蔵版を買ってしまったくらい好きです。
なにか一冊ならどれを選ぶでしょう。
「航海記」?
「楡家」?
「少年」?
いろいろ考えた結果、これだろうと。
身につまされるというかボクにとって追体験しやすい内容だったから。
Posted by ブクログ
初めて読んだのが中学生の頃だったから、私も大概ませた頭でっかちのガキだったんだろう。
「死」と「人生」と「生きる」ということを繊細に、しかも美しく書いた本書の内容を当時どれだけ理解していたか怪しいものだが、それから何回読み返しても変わらず切なく、哀愁を帯び、そうして愛しい話だ。
安易に論評を加えるのは控えるが、「これ、読んでみろ」と差し出したい本の一冊である。
著者の(ほぼ)処女作といっていい時代に書かれたものだというのに、こんなにクオリティが高いのも驚きの種。
Posted by ブクログ
幼少の頃は、目の前の事象を理解する際に紐付ける「経験や知識」が少なくて、「何か別のもの」に紐ついてしまう事がよくあった。「説明不可能なものは、神の仕業である」とする近代までの宗教観に近いものがあるが、人の一生で考えてみても、「説明不可能なものが多い時期」というのは確かに存在するのである。
物語の少年に影のように漂う「不安」の正体はこうした「説明不可能なもの」に象徴され、大人になっても理解はできない「死への不安」によって、その頼りなさは説得力を増す。
天井や壁の模様から空想して何かを生み出したり、小学校における自分自身を仮の設定で妄想を膨らませたり。誰もいない部屋に恐怖を感じたり。遠い記憶は既に曖昧で、そこに自由に意味を後付けする。そうした誰しもが味わった世界観、普遍的であるはずの現象を文学的に描くことで、自伝的性格をもつこの物語の少年北杜夫が彫琢されるようだ。
医師の家に生まれ、病弱で内向的な少年として育った彼が、家庭や学校で体験するさまざまな出来事。学生時代の友情、恋愛、戦争の影、死者への思いなどが交錯する「青春の不安と孤独」。その目線の先にあるのが「幽霊」なのか、浮き彫りになる自らを消去した主体が「幽霊」なのか。
読みやすくは無いが、懐古的に自らのゴースト、追憶の影を重ねる環境音楽のように、雰囲気を味わう物語として読んだ。うまく表現できないが、アンビエントのような文学。自己と他者の影、今と過去の影が残響となって溶け合うような。
Posted by ブクログ
★3.5。
作家の代表作の一つであることに疑いがないのと同時に、若さに由来する何というか密度もその特徴ですかね。故に読者を選ぶ作品かと思われ。
しかしこの作家、徹頭徹尾私小説家なんすかね、その後の作品にも現れるエピソードが既にこの作品でも描かれてます。その意味では日本を象徴する作家と考えるべきかもしれませんな。
Posted by ブクログ
子供のころ、家の本棚にこの本の単行本版がならんでいた。お化けや妖怪(水木しげる系ね)のお話が好きだったわたしは「あの本を読みたい」と親に訴えて、あんたがおもっているような本じゃないんだよ、難しい本なんだよと、たしなめられていた。子供心に釈然としない、あきらめきれない思いが残ったのを覚えている。
著者が20代前半の頃に書いた作品で、副題のように、幼年時の記憶だとかマザコンみたいなものが主題。言われるとたしかにセンチメンタルだし若い感じがある。でも文章がすっきりしているので、センチメンタルさも嫌味にならない。ユーモラスな語り口であるとか、昆虫の描写には後の作品にも通じる北杜生らしさがある。
Posted by ブクログ
おそらくはユング心理学を還元法に用いて
いま・ここにある私(作者)から捏造された過去の記憶の物語
トーマス・マンの影響を指摘されるが
教養小説というより、偽私小説とでも呼んだほうがしっくりくる
とはいえ、自分を大きく見せようとするでもない
性のよろこびや、人間としての生きかた
それに、死に対する畏れが、幼心に目覚めていく有様を
やや気張った文章で書いている
その手法には、いま読んでも清新さを感じるが
クソみたいなナルシズムの産物…と言われると
それもまた認めざるを得ない
北杜夫のデビュー作で、もとは自費出版だったという
13冊売れたとか