【感想・ネタバレ】楡家の人びと 第三部のレビュー

あらすじ

遂に太平洋戦争が勃発。開戦時の昂揚も束の間、苛酷さを増す戦況が一族の絆を断ち切り、大空襲は病院を壊滅させる。敗戦に続く荒廃の季節、残された者には、どんな明日が待っているのか――。人間のささやかな毎日の営み、夢と希望、苦悩と悲嘆、そのすべてが時の流れという波濤に呑みこまれ、「運命」へと変貌してゆくさまを、明治から昭和への時代変遷を背景に描きあげた一大叙事詩。

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戦時中の楡家の人びとの話。

何だか皆んな、可哀想。
あの熊五郎ですら可哀想。

それであって龍子だけはずっと、太々しい。

この先ももっと読みたかったな。

この小説みたいな小説があったら教えてほしいです。

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2025年09月02日

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ネタバレ

すべては戦争により、灰燼と帰してしまうのです。
戦争の業火で。

楡家も例にもれず、戦争へと召集されていき
時に帰ってこない人もいます。
一人その安否がわからない人がいますが
恐らくな…

私は経験上あの女性は嫌いです。
プライドばかり高い人はね。

まあこういう人はきっとしぶとく残るんでしょうよ。
実際に実話では…

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2023年09月11日

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戦争に翻弄される楡家の人々の個人史とも言うべきものだ。自分にはこの第3部が最もリアリティのある優れた文章に思える。各人戦争に呑み込まれ、いずれも悲惨な状況を迎えるが、きっと楡家は復活するのだろうと思えた。

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2023年03月04日

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「小説を飲食物にたとえると」『楡家の人々』は「山海の珍味が入った豪華な鍋料理に当たります。」
評したのは倉橋由美子(『偏愛文学館』)さん。

そう
豪華な食事、いえ読み応えのある小説でした。
歌人斎藤茂吉の息子北杜夫がご自分の実家「青山脳病院」をモデルにして
祖父母、叔父叔母、父母の生き生きした姿を明治大正昭和と描き切ったのですから。

脳病院!これだけでも尋常じゃありませんよ。
呼称は時代的でもちろん、今や精神科病院でしょうけど。

個人医師の経営するそういう病院・入院者もいろいろありそうですが、
明治期「脳病院」を創設する祖父基一郎(きいちろう!)さんをはじめ
経営する家族・人々の模様も尋常でなく、悩ましいというわけで
なんでこんなに楽しく面白く描けるのか、ユーモアの秘訣とはこれか、です。

こうなると人間、尋常の人とはどういう人なのか、案外つまらない人なのに違いありませんよ。

時代経過にそったストーリーは知らず知らずのうちに戦前史を辿ります。
例えば1941年(わたしの生まれた年ですが)真珠湾攻撃に至る生々しい経過が迫真。
「ああ、そうだったのか!」と、とても興奮しました。

倉橋さんは「無人島に持っていく一冊の有力候補」「何度食べても飽きない」
だそうです。

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2019年03月13日

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第三部の舞台は第二次世界大戦である。登場人物のそれぞれが戦争の波の中で翻弄されていく。そして、ある人は死に、ある人は戦後を大きく生きていく。楡家もまた新しい時代にのって話も終わりになる。実に深い話であった。

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2019年03月01日

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アパートの図書コーナーに「楡家の人びと」を見つけました。たまたま、12月24日の日経に紹介記事があり、これも出会いだと思って読み始めたところ、夢中になってしまいました。

本書は楡脳病院を舞台に、大正7年から昭和22年までの約30年の中で、市井の人びとが何を考え、何を食べ、何に喜び、何で生計を立て、何を娯楽として、何に期待し、何に落胆したのかを、生き生きと描きます。
この30年は、軍縮会議、昭和恐慌、関東大震災、226事件、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦と激動の時代です。読み終わった後、本書の扱っているのがたった30年であることを不思議に思いました。それだけ、この作品の扱う時代は変化の激しい時代であることが実感できます。
苦難の時代を描きますが、ユーモアに溢れた描写もあります。特に楡脳病院を創設した前半の主人公である楡基一郎の俗物ぶりには、笑えます。また、当時の都市伝説もちらほらと紹介されています。「赤いマント」は東洋英和がルーツであると、初めて知りました。

三島由紀夫は本書を「戦後に書かれたもっとも重要な小説のひとつ」と評価しています。そんなことよりも、苦難の中で日本人はどうやって生きてきたかを知るために、本書は必読と思います。★★★★★

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2019年01月05日

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下巻は、もはやその殆どが戦争小説でした。反論はあるだろうけど、昭和時代、一番大きな事件はあの戦争だと思うし、その時代を生き抜いた一家を描く以上、頁数を割くのもむべなるかなと思ったけど、(今となっては)それほど目新しい描写がないこともあって、ちょっと冗長に思えてしまいました。影も形もなくなってしまった病院。一家離散してしまった家族。栄枯盛衰が見事に描かれた物語。後日談も知りたいと思わせられながらの閉幕。未読ながら、”どくとるマンボウ”ってタイトルで、なんとなくユーモラスなイメージを抱いていたけど、こういう作家さんだったんですね。機会があれば他の作品も、って思わされる力作でした。

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2016年09月26日

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「戦後に書かれたもっとも重要な小説の一つである。この小説の出現によつて、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち」「これほど巨大で、しかも不健全な観念性を見事に脱却した小説を、今までわれわれは夢想することも出来なかった」
ー三島由紀夫
___

この三島の批評も、大好きで。
市井の人の普通の生活をみずみずしく。
本当に傑作。

楡家ほど個性的ではないけれど、北さんの家族への思い、共感できる気がします。家族って近すぎたり知りすぎたり。憎たらしく思うこと、呆れたりすることもあるけれど、そこも含めて家族愛。

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2016年02月24日

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完結編の第3部ではアメリカと開戦直後から日本の敗戦と同様に楡病院も消滅していく様子が書かれています。関東大震災の後に失火から甚大な被害を受け、間もなく初代の院長が病死。衰退の道を辿りながらも一度は再興した楡病院でしたが、戦争という国家同士の争いが民間の精神病院の存続を難しくさせていきました。病院の職員はもとより一家の壮年の男たちもことごとく戦場に駆り出され、そして女たちも子供や兄弟、想う人から否応なく引き裂かれる現実が描かれます。戦争という非日常がこれまでの楡家の人びとのささいな当たり前の毎日やちょっぴり贅沢な生活そして願いまでも奪い去り、時には人格までも変容させてしまう悲しい出来事を引き起こしてしまうのでした。戦争が激化して空襲があったあとの町の様子は、今回の大震災の津波の被害地の様子と重なって見えてしまいました。それでも、一家には誰かしらその血筋を一番濃く受け継ぐものが残っていることが救いに思えました。

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2011年11月29日

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ネタバレ

10章のうち8章までが戦争中を描き、残りの2章も終戦直後の物語である。
戦争に翻弄される楡家とその周辺の人々の群像劇が描かれていく。
第一部からここまでかなり長かったが、読み終わってみると多くの人々の人生を実際に体験したような感覚が残っている。その「長さ」そのものに意味と重みが宿っている、そんな小説だったように思う。
桃子と藍子の人生は幼少期と成長してからの落差があまり大きくなんともやりきれない。
龍子は強い。常に我道を行き、負けない。基一郎の血の濃さが感じられる。

中でも周二の戦時中と敗戦後の黙示録的・虚無的な考え方は非常に印象的であり、もし自分が同じ時代に生きていたなら、似たような考えに囚われていたかもしれないと想像させられた。
少し引用してみる。
・戦時中の思考
「いずれはこの内地に敵の上陸軍を迎え討たなくてはならず(中略)そこでは勝敗は別としてありとあらゆるものが轟然と音を立てて崩壊し、敵味方の別なく絢爛たる破壊と祝祭に似た死が訪れるはずであった。そしてそう思い信じるとき、周二の心は不安や絶望から解き放たれた。なぜなら、それは自分一人の死ではなく、すべてのものの上にあやまたず降ってくる巨大な神聖な死であったから。」(p.212)
「死は日常茶飯事のことであり、取るに足らぬおびただしい小石ほどそこらにころがっているものなのだ。もしかすると、基本的な生の涯に死があるという考えが、そもそもの誤りであり欺瞞なのではあるまいか。死が根本であり土台であり、生がその上に薄くかぶさっているというのが真相なのではないか。(中略)生は仮の姿であり、死が本来の姿なのだ。たまたま戦争という偶発事によって、それまで怠惰にたれこめていた引幕が開かれ、死はようやく暗い蔭の領土から足を踏み出し、おおっぴらな天日の下、白昼の中にまで歩みを進めるようになったまでだ。」(p.226)
・終戦後の思考
「敵の本土上陸に備えて地下陣地を構築していたときは、確かにいきいきとしていたその顔は、今はいつも投げやりに、陰気に曇っていた。なにより彼は、『死に遅れた!』という感情から離れることができなかった。あの豪華な、絢爛とした、壮大な『死』への幻想、それはとうに灰のように崩れ落ちてしまっていた。」(p.372)
「『人間を一人くらい殺してそれがどうしたというんだ。莫迦々々しい。何にもないのだ。実際この世には何にもないのだ……』」(p.373)

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2025年12月05日

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作中で経過した30年弱を、最後にずっしりと実感できる構造でしんみりした。
第三部は戦争文学と言っても差し支えないシビアな内容だったが、時代と国のうねりに飲まれる市井の年代記として、迫力と厚みを加える内容だったと思う。時間を費やすに足る大作。

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2023年02月10日

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平和だった大正時代から震災、戦争へ。戦艦、南の島、中国で戦争した人々、東京で被災した人々、疎開先で過ごした人々。どれも実際に体験したのかと思うようなリアリティで書かれている。当時の様子を知ることができるのも貴重であるし、長い物語を通してすっかり馴染みとなった人物たちがどう考えどう行動しどうなっていったのかも興味深かった。

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2022年09月12日

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ある精神科をめぐる人間関係を関東大震災前から太平洋戦争終結まで追った小説。それぞれの人物の生き様が著されており、非常に面白い。
特に戦争末期の記述が臨場感があって印象深かった。

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2012年10月05日

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北杜夫氏が亡くなって、それを機に(っていうのも失礼かもしれないけど)読んでおかねばと思いつつ、今になってしまったのだが。

まず、文章がなぜだかものすっごく読みやすくてびっくり。リズムがいいのか、けっこう文語調だったりするのに、あるいはそのせいなのか、するする読めて気持ちがいいくらい。
精神科の大病院を経営する一族が、関東大震災や太平洋戦争を経てだんだん没落していく大河ドラマのようなストーリーなのだけれど、登場人物が実に個性的というか変わった人びとばかり。考えてみると、みんな変な人っていうだけで家族仲も悪いし、いい人も魅力的な人な人もいないし、だれかに共感するとか応援するとかって気持ちにまーったくならない。だけど、なぜだか引き込まれてどんどんどんどん読んでしまう。なんでだろうーとなんだかずっと不思議だった。

第二部の戦争の話がこわかった。城木が海軍軍医として戦艦に乗って外洋での戦いを目のあたりにするところで、海上での戦争ってこういうことなんだー、とわかるような、すごく臨場感があって。それから、楡俊一が南洋の島に出征して餓死しそうになるところでは、食べものがないってこういうことなんだー、と実感するほどの感じ。これは本当にこわくて、今のこんなグルメブームの日本でもし食糧難とかなったらどうなるんだろう、だとか、食べものに執着するのは恐ろしいことかも、だとか、なんだかいろいろ考えてしまったくらい。

大病院を引き継いだけれどうまくいかず、孤独に研究に打ち込んで、ドイツで身を削って集めて持ち帰った膨大な文献は火災で焼失し、また研究成果をこれまた身を削ってまとめた原稿が紛失し、結局、虚しい思いばかりで死んでいく徹吉に、激しく同情するというか、心打たれた。なんということだ、と。これはやっぱり共感なのかも。人は愚かで、なにもなしえず、孤独で、ただ生まれて虚しく死んでいく、っていうような。
そして、辻邦夫の解説がすばらしかった。なぜこの小説に引き込まれてどんどん読んでしまうのかわかった。愚かで虚しい人間の姿を肯定してくれる小説なのだ。それが解説ではっきりわかって、いとおしくなったような感じ。

最後の、発奮する龍子の姿で、ああ続きが読みたいーと思った。龍子の話が読みたい。(ので、「猛女と呼ばれた淑女」を読もうかな)。

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2012年09月23日

Posted by ブクログ

国家も家族も共同体の体裁を優先して個人の尊厳を踏みにじる。国家は反逆という手段を選択できても血縁という事実は逆らえない。そこに懐柔するかのごとく戦争へと闊歩した政府の罪は戦犯を罰するだけで解決したのだろうか。世間の空気を読むことを有益だと判断する家族に恐怖する。コロナ5類になったから安心だという根拠なき日常に訝しむ。なぜなら虐げられるのは常に弱者だから。そこにも皆と同等の命がある。それは誰も否定できない、看過してはならない。

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2023年05月09日

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