井上荒野のレビュー一覧
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この前、夫の不倫を描いた本(夜明けの街で)を読んで、本をシェアしている嫁さんの前で何となく居心地悪かったのだけど、こちらは本の紹介によると「静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ」って妻の不倫を描いた本のようで、今度居心地の悪い思いをするのは君のほうだという感じで、手にする。
ところが、そういう邪な考えや或いは艶かしい描写への期待からすると全く肩透かしの、これは何とまあプラトニックな人への思いを描いた物語なことか。
私には懐かしい言葉で綴られる長崎県の島と思しき田舎の生活と人々。
狂おしいほどの激情の迸りも目くるめく恋愛の陶酔感も明け透けな愛憎の行き交いもなく、淡々と綴られる心理描写。
時折いきなり垣間見せる心の中の滓…。
今時こんなナイーブな男女の恋愛関係は無いよなというのが正直なところではあるけれど、精巧な文章での語り口は美しい。
満ち足りた生活を送っていても、夫婦の中ではお互いに入り込めない領域も必ず残っているもので、そう思った時に、セイを見守る陽介さんの、ひりひりするような胸の内が、何も描かれてはいないにも拘らず、私には強く印象付けられる。 -
Posted by ブクログ
作者・井上荒野(あれの、と読むらしい)の本は初めてです。
2008年に直木賞を受賞していることも知らずに買いました。
短編集。200ページにも満たない薄い文庫本。
女性が書いたハードボイルド、とでも言うのかなあ。
かなり「がんばっている」というか、「かっこつけてる」というか。
いや、「強がっている」という方が当たってるかな。
そんな都会的な女性の強さと寂しさを表現しながら、
背景であったはずの「旅」に主題が移ることで、
(作者にとってはもともとの主題が「旅」なのだろうが
読んでる方としては一旦主人公に心を奪われるので)
その「旅」の終わりとともにストン、と唐突にピリオドが打たれる。
女性的な生々しさが印象に残った。
あまり得意ではないけど文章のテンポはあうようなので、
直木賞受賞作も読んでみようかな。 -
Posted by ブクログ
これが、姉妹でなかったとしたら平凡な話なのだろう。いや、姉妹であっても平凡なのかもしれない。「姉と、妹夫婦。残酷なかたちしかしれない幸福がある」と、帯には書いてある。残酷なのに幸福なわけは、たぶん姉妹の隣、すぐ隣にある死。だとしたら、幸福は生そのものなのだろう。
姉の椿の狂おしいほどの愛情はなんだろう。迅人への愛ではない。妹・杏への愛情だ。椿は、杏の半身であることをやめない。杏の半身としてしか生きられない。椿が愛してやまないのは杏その人であって、杏もきっとそうなのだろうと思う。迅人はあくまで、姉妹の愛情をつなぐだけの役割にしか過ぎない。男の身勝手さを描いているようで、彼は彼である必要はない。杏を深く愛するからこそ、椿を愛する。椿が杏の姉だから、と迅人はいう。まるで迅人がふたりの女を動かしているかのように見えるが、最後に疲れ果ててしまう迅人は、姉妹にすべてのパワーを吸い取られてしまったのだ。姉妹の愛を完結させるだけの迅人。
親の血が流れている、と椿は自分を醜く思う。そうであれば、杏だって醜いはずだ。だけれど、杏こそが神聖化されている。つまりは、椿は自分を愛する手段が杏を愛することであり、杏を愛する迅人を愛することなのだ。すこしずつでも、外へ気持ちを向けようとしたってうまくいかない。一方、杏は外に気持ちを向けられるのに、うまくいかない。
結局、男は消費される。それがわかっている男はどれだけいるのだろうか。いや、迅人のようにわかっていない男ばかりだろう。男は女を消費しているように思っているかもしれないけれど、真に消費されるのは男なのだ。 -
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「ズームーデイズ」は主人公が8歳年下のテレビマン、ズームーと同棲していた30歳からの7年間の様子を振り返る形で描いたものである。
恋愛渦中にいる間もどことなく冷めているのだが、さらに冷めた視線で当時の出来事を描いている。
過去に新人賞受賞しデビューしたものの、最近では小説を書けないでいる女性作家が主人公である。
妻子ある男性カシキとの恋愛を続けながらも、テレビの司会に起用された時に知り合ったアシスタントディレクターのアルバイト、ズームーと同棲する。
主人公はズームーを「愛そうとしてみる」のだが・・・。
やがて彼女は父親(全身小説家・井上光晴氏)と同じくがんの宣告を受ける。
父親は宣告を受けて1年後に再発、3年後に亡くなった。
自分の命もたぶん、父親と同じくらいだろう。
宣告を受けて悲嘆にくれるかと思えば、かえって「生きる価値のない人間から先に死ぬ」のだから、死んでも別に構わないと諦観している。
2人の男と恋愛しながらも、どこか自分を掴めないでいて「暴走」したり「突然、何かを始めたり」する様が切ない。
また、亡くなった父親を「父神様」とし、父神様の思し召しでこうなった・・・などと随所に描かれるところを読むと、「ああ、父親が死んでも二世の軛から逃れられないんだなあ」と二世作家の悲哀を感じさせる。