小野不由美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
古い家屋や庭、井戸といった「場所」にまつわる不可思議な現象。
営繕屋・尾端は、それを“祓う”のではなく、そこに宿る想いや記憶に寄り添い、少し手を加えて“繕う”ことで解きほぐしていく。
6つの短編を通して、人と家、そして時の流れにまつわる怪異を描いた物語集。
1.奥庭より
受け継いだ古い家の奥座敷。閉めても閉めても開いてしまう襖。その違和感は、家に残された記憶とつながっていく。
2.屋根裏に
認知症の母が「屋根裏に誰かいる」と言い出す。天井裏に潜む気配は、家族の過去や思い出と重なり合う。
3.雨の鈴
雨の日に響く鈴の音。袋小路に立つ黒い着物の女。その姿がもたらすのは、静かに忍び寄る恐怖。
4.異形のひと
田舎の古い家に越した少女が、仏間で見た“知らない老人”。その存在は地域に根差した時間の流れを思わせる。
5.潮満ちの井戸
庭にある古井戸。祠を動かしたことで広がる異変。水の匂いや湿度が、土地に残された想いを呼び覚ます。
6.檻の外
実家のガレージに暮らし始めた女性。そこで繰り返される不可解な現象は、家と人との関わりを問い直す。
この短編集を通して感じたのは、怪談でありながら優しく温かい物語だということ。
ただ怖がらせるのではなく、最後にはどこか救いや柔らかさがありました。
雰囲気としては、真夏の怪談というより晩夏の宵闇が似合う。派手な事件は起こらないけれど、その静けさこそが魅力で、じわりと心に残ります。
描かれる世界観も印象的でした。湿った空気や古い木造家屋の匂い、雨や風の音といった描写は、読んでいると自分の記憶の奥に眠る風景を呼び起こすようです。
また、一編一編が程よい長さでまとまっていて、日常の合間に読みやすい。ちょっとひと息つきたい時に寄り添ってくれる一冊でした。
この“日本らしい怪談”は新鮮で、心に沁みる体験となりました。素敵なシリーズに出会えて良かった。 -
Posted by ブクログ
そうだよね、家にまつわる話なら、それは当たり前に「家族」「家庭」の話なのであった(今更感)
今回は特に母、娘、妻、嫁…あたりのテーマが多くてホラー度も割り増し。苦いものが込み上げ辛かったけど、尾端さんの言う通り、どんな結果(家)でもその人にとって納得のいく(住み心地のいい)ものであることが大事なのだ、本当にそうだなと思った。
いろんな家族がいて、いろんな過去があって。人に言えない、あるいは自分で気づいてない感情もあるだろうけど、そういうものともなんとか折り合いをつけて、生きてかなきゃならない訳で。
印象に残ったのは骸の浜。
他者の悪意で八方塞がり、自分の力だけではどうにもならない、って時に助けてくれる人がいる。心細くて疲れて判断できなくなって、もういいやって投げやりになっている自分に「このままでは良くない。我慢する必要はない。大丈夫だから任せて」って力強く言ってくれる…このありがたさよ!泣いてしまった…笑
今回、世の中にはこういう人もいるのだ、とこわくなる反面、必ず側で手を差し伸べてくれる人がいて、というか特定の一部を除けばみんな情け深くて、嬉しくなったりゾッとしたり忙しかった。生きるってそういうことなんだろう(我知り顔)
そうだ、もう一つ。
私にはあまり馴染みがない城下町。
実は最近2箇所、滞在する機会があったのだけど「城下町」はどこも街並みが似ているのかな…道がすっごい狭くて笑 瓦屋根の大きいお家が多いなって思った。あと坂がある町多くない?
人ならざるものが出るなら…確かに城下町なら人の営み 由来のものが多そうだなって。北海道は…なんだろうもっと神様(自然)に近い、原始的なもの、てイメージ(北海道住みです)
-
Posted by ブクログ
映像なしの文章のみで、ここまで恐怖を引き出せるとは。お見事。引き込まれて、2日で一気に読んでしまった。
「営繕かるかや」のように、家にまつわるホラーではあるが、「かるかや」が短編ゆえに比較的早く収まりがつくのに対し、「緑の我が家」は長編ゆえに、すぐに解決せず、じっくり追い詰められる分、より深く怖さに浸れる事ができた。
ホラーとしても一級品だと思ったが、それ以外にも、小学生の頃の描写のリアルさ(オサルというアダナ、「ヘンキョウ」と呼ばれる場所、誰かが「オサルはナマイキだ」と言い始めて無視を開始する、など)、この世ならざる世界の理屈、後味の悪くない終わり方なども、良かった。
最初に書かれたのが1990年らしく、若干の時代の古さ(携帯ではなく固定電話が出てくる所とか)はあるが、あまり大きな問題ではなかった。それよりも、35年経ってもなお、(多少加筆修正しているにしても)秀逸なホラー作品として読める事が凄い。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ『魔性の子』は残酷な物語です。
高里の「祟り」で周囲の人間が無惨な死遂げるのも残酷なんですが、一方で、「ここでないどこか」を夢見る人間(広瀬)には門を開かないところも残酷だと思うんです。
物語の最後、あちらへ帰ろうとする泰麒に「どうしてお前だけなんだ」と詰め寄る広瀬。その姿は醜く、そして哀れでした。
高里と自分を同じ側だと認識し、彼を助けることで自分の「夢」を正当化したい広瀬。
そんな広瀬に対する後藤先生の言葉が印象的でした。
「ここから逃げれば どこかに居心地のいい世界があるんだと思ってるんだ。
罪のないお伽噺でも、いつかは切り捨てなきゃならないんだよ。」
異世界に行けばチートで簡単に人生がひっくり返る。そんな自分に都合の良い異世界なんて、本当はないんですよ。
でも、だからこそ人は、お伽噺にすがるのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ心にずっしりきた。
分かりやすい伏線が散りばめられていたおかげで、予想は大体合っていた。
落書きの少年は、怪談で聞いたことがあるところの、何か禍々しいものの集合体だったのだろう。
もし、私が同じ状況ならば、家族と折り合いが悪かろうが何だろうが絶対引っ越すな、と思った。が、浩志が引っ越さない理由は、そんなことが理由ではなく、必死に忘れようとして記憶から消していた「オサル」のことを、どうしても消し去れない彼のことを、ハイツ・グリーンホームに足を踏み入れた時点で何となく感じ取っていたのでは?(もしかしたらその前からかも)
心理的描写に長けていてさすが、小野先生だなと思う。
-
Posted by ブクログ
弐は読んでなかったんだな…参が出たのでまず弐を読んでからと思って購入。
相変わらずこわぁ…だった。これぞ日本の怪談!って感じ。旧い家にまつわる話なので自然とそうなるか。派手さはなく静かにヒタヒタと、でも疑いようもなく「そう」である(怪異である)。例えば閉めてた「はず」の襖が開いてるとか1人の時に気づくけど、え?嘘でしょ?勘違いだよね?で済まそうとするじゃない。そっから確信に変わるまで、なかなか他人には話せない、その段階がめちゃめちゃに怖い、孤独で。
子供の頃のおかしな記憶、大人になって理解するのはあるあるだと思うのだが、現実的にあり得ないから夢(あるいは捏造の記憶)だと思ってたのにリアルなんかい!ていうのも怖かった。
心のスキマ(喪黒福造か?笑)が怪異を見せる。と思っているんだけど今回は、違うものを自分の怪異としてみていたパターンもあって、面白いなぁと思った。これは心が見せたものか?それとも?ていう体ではなく、怪異があることを前提として、犯人をミスリードするような仕組みになっているの。これゴーストハントでもよく出てきた結末だったよね、原因を突き止めて怪異を止めた…かに見えたがラスボスは別にいた、みたいな。
それと、魂やどりて、についての織守きょうやさんの解説がよかった。「読者は怪異が起こる前から主人公の言動に不穏なものを感じている(意訳)」確かに!悪気はないのかもだけど自分1番で考える人で、およそ自責の念とか罪悪感とかなさそう…怪異に出会うこともなさそうなタイプ…って思っていたのに、容赦なかった笑 まぁそういう人でも、誰かに執着した時点でキッカケさえあれば怪異を呼びこむのかなぁ。などと。
それと家の人が首を吊った樹を家の柱にするあたり昔の人変なところデリカシーに欠けません?笑 まぁいろんなことがおおらかで、大雑把で、いい意味で適当だったのだろうとは思うけど。 -
Posted by ブクログ
ちょっと古典的って思ったけど、なんと30年前の作品だった
でも、時代を感じさせない、不由美ワールドな内容にグイグイ引き込まれる
ほとんど最後の最後まで、なんなん?あいつって感じだったけど
それが、ずーっとしこりのような恐怖感というか、ホラーモヤモヤさせてて
どっぷり世界にひきこまれてましたわ。
最近、マイルドエフェクト、知的解決な流れに浸かっていたので
後半のまぁまぁ過激な動きにはちょっとびっくりした次第。
でも、こうやって思い返してみると、魔性の子とかそんな感じだったなと
ちょうどその頃の不由美ワールドを改めて感じた本作でした。
真夏のホラー、ごちそうさまでした。