小川洋子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ昔途中まで読んだけど、積読していた本。なんとなく、久しぶりに本を読んだ。1日で読み終わった。
読み始めてなぜ途中で読むのを止めたのか思い出した。登場人物の男(翻訳家)の第一印象がキモかったからだ。このキモいおっさんと、主人公との恋愛物語とか見たくないわーと思ったんだろう。今回読んでも同じ印象で同じ感情を抱いたが、読むのは止めなかった。
この小説で印象的だったのが、舞台となる町の風景だ。海沿いの町で城壁があり、離小島があるらしい。その描き方が美しかった。調べたところ作者さんはある地域をモデルとしているらしい。自分の中ではなんとなく、逗子や真鶴辺りを想像した。
登場人物の「翻訳家」は最初から最後まで滑稽だった。売女に罵られたり、町の人々からは変人と思われてたり、レストランの予約は出来ていなかったし、なにより最後に逃げて船から海へ飛び降りる場面。ダサいし格好悪い。主人公の恋愛観(?)には読み終わるまで感情移入できなかったが、主人公はこの男が滑稽な姿であったから、どこか惹かれるものがあったのかなと感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ数学って実は美しく面白いものなんだ、ということを知ったのが小川洋子さんの著書「博士の愛した数式」だった。それまで数学は四角四面の無味乾燥のものだと思っていたが、それ以来数学を見る目が変わった。
また「遥かなるケンブリッジ」で藤原先生の大ファンになっていたので、骨髄反射的にこの本を手に取ってしまっていた。
数学は大の苦手だけれど、「美しい」ということだけは分かる気がする。そして美しいことは正しい、というのも腑に落ちる。それが宇宙の法則なのか、神の技なのか。混沌の中からその秩序を見つけ出す、秘密を解き明かす数学者には信念と情熱が必要。実はとてもウェットな世界だよなぁと感じた。数学に、数学者に、宇宙に敬意を感じずにはおれない。
日本も歴史に残るような偉大な数学者を多く輩出しているという事実に改めて驚いた。鎖国時代にも独自に研究を進めていたというのも興味深い。
藤原先生の「谷村ー志村予想」についての例え「エベレストの頂上と富士山の頂上を結ぶ虹のかけ橋」というのもまた美しい。
・室伏選手のアテネオリンピックでのエピソード
・三角数の美しさ
以下、読書メモ
・天才数学者の生まれる条件
①何かにひざまずく心を持っている
②美の存在
③精神性を尊ぶ(役に立たないもの)
・正しい方向に間違う -
Posted by ブクログ
小川洋子の短編集。本タイトルが、小川洋子らしくなく、内容の一部もそんな感じ。
スーパーで試食を作ると、派手でも積極的でもないのに飛ぶように売れる試食販売員。スーパーの試食が配られ始めると、どこからともなく現れて、何周も食べる女性。いつの頃か、2人には固い絆が作られていく。
年末年始に読んだ本が、ことごとくハズレであったので、心の安らぐことこの上ない1冊。サウナのあとの1杯の水と言う感じで、ごくごくと読んでしまった。
冒頭のスーパーの2人とディープインパクトに対する帯同馬の話は、どう思いついたのかがすぐわかるところが、創作の参考になる。ただ、小川洋子にしてはツッコミが浅いな…とおもっていたら、頭に入ってこない作品が有って、ちょっと戸惑った。
ほとんどの作品は、☆4以上の出来なのに、やはり頭に入ってこない、突拍子もない展開のある作品については、減点。また、いつもの小川洋子らしからぬ浅い作品、例えばカタツムリはオチが分かっちゃったなあ。でも、寄生虫にはライフサイクルというものが有るから、純な環境では繁殖できないんだよなあ、などと要らないことを考えてしまう。
我々は小川洋子には、いつものように、もう少し薄ら怖い作品を求めているのだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者小川洋子氏が、「アンネの日記」を初めて読んだのが中学1年生の時だったそうだ。それからご自身も日記の中で、自己表現することを知り、それが作家業へとつながったと述べられている。
著者は、自身の心の友であるアンネ・フランクの生涯に触れることのできる地を実際に訪れ、アンネを実際に知る人々と会って対話をし、最後はアンネの命を奪ったアウシュビッツを訪れるという8日間の旅を計画した。
アムステルダムで、アンネがまだ少女として、そして家族の一人として暮らしていたアンネ・フランク・ハウス(隠れ家)を実際に訪れる。
また、そこであらかじめアポイントをとっていた二人の人物に、取材というより会って対話をする。
対話の相手の一人は、「アンネの日記」の中でヨーピーとして登場するアンネのユダヤ人中学時代の友人。もう一人は、「思い出のアンネ・フランク」の著者であり、アンネの父オットーの会社に就業してたというミープ・ヒースさん。
アンネ・フランク・ハウスを訪問し、アンネを知るお二人との対話をしているときの著者は、ひたすら心の友アンネに対する想いを深めたいという気持ちが表れている。本書の中では「陽」の部分だ。
本書の読者である我々も、著者とともに、明るいイキイキとしたアンネの生活を感じ取ることができる。
しかし、後半アウシュビッツを訪れるところからは、一気に「陰」へと転ずる。ここからは、アンネの存在感は消えてしまい、ナチの人種差別による強制収容・大量虐殺の悲惨な光景が、著者の施設訪問とレポートによって再現されるのである。
著者の目に入る「悲惨」を伝える文章から、イメージは再現されるものの、より理解を深めるため、その文章に沿ってインターネットの写真を検索しながら読み進めることにした。
例えばこういう文章があった。
「ただ単に人を殺すだけでなく、人間の存在を根こそぎ奪い去っていったナチのやり方がこの小さな子供用品を見ていると、わずかでも実感できる気がする。名前、メガネ、髪の毛、ブラシ、尊厳、人形、命、彼らは徹底的に合理的にすべてを強奪した。」
強制収容所では、名前を登録され、メガネを外され、髪の毛を削がれ、所有のブラシやバッグやくつなどがすべて捨て去られ、それらが大量に廃棄された想像しがたい山の光景をインターネットの写真でも確認することができる。
何の罪もない人々や、アンネの家族のように普通に幸せに暮らしていた家族から、尊厳を奪い、命を奪う。無残に、しかも機械的に奪っていったのだ。
「一人の少女の命に思いをはせる心があれば、ナチのような暴虐はありえない」というような、著者のメッセージが感じられた本であった。 -
Posted by ブクログ
梅雨時に似合う、短編集。
実在の人物をモデルに描いたフィクションとな。
と言っても、私が名前を知っているのはグレン・グールドと牧野富太郎だけでしたが……。
伝記よりも、断片的で、だからこそ色合いが濃い。
小川洋子がひそひそと切り取って創り上げたコラージュ作品みたいで、楽しかった。
何を置いても、冒頭話の「誘拐の女王」に持っていかれてしまった。
突如、出現した不思議な姉。
彼女が愛おしそうに抱える裁縫箱には何が入っているのか、気になる妹。
そこから生まれ出づるは、秘密の誘拐譚。
物語を語る姉は夜な夜な、何者かに許しを請い自罰するのだった……。
見てはいけないものを見ている感。
谷崎潤一郎の『マゾヒズム小説集』を思い出した。
盲目の祖父と孫の歩みが織り成す「測量」も、“放置手紙調査法”なる心理学実験をモチーフにした「臨時実験補助員」も、良かった。
(放置手紙調査法も初めて知ったけど、ロマンすぎる。つい、探してしまうじゃないか。)
阿吽の呼吸というけれど、あ、この人とならずっといられる、という空気感って何なんだろう。
一緒に仕事をしていたい人って、いませんか。
そういう居心地良さを、ギュッと数値化するとシンクロニシティのようなものになるのかもしれない。
祖父の歩数をバイタルサインとして、話は進んでゆくのだけど、その乱れに酷くショックを受ける孫に切なくなった。
沈んだままの終わりを迎える話も多いので、しとしとと雨降る夜に読むのがおすすめです。 -
Posted by ブクログ
小川洋子さんの文と吉野朔実さんの絵ということで借りる。
本書は小川さんの『アンネ・フランクの記憶』をもとに児童向けに新たに編み直したものとの巻末の注記。
吉野さんの絵は表紙と人物紹介の頁の他、カットが数点で期待してたのとはちょっと違った。
1994年に小川さんがアンネ・フランクの親友ジャクリーヌさんとアンネ一家の隠れ家生活の手助けをしたミープさんを訪問し、アウシュヴィッツを見学したことが記されている。収容所を見学する記述では、やはり胸が苦しくなる。
特に展示室を埋め尽くす靴を前にして、心の中で「無数ではない」と繰返し自分に言い聞かせる小川さんの述懐が胸に迫る。 -
Posted by ブクログ
数学者でエッセイストの藤原正彦と、『博士の愛した数式』の著者である小川洋子が、数学をテーマに語りあった対談を収録しています。
『博士の愛した数式』についても多少は言及されていますが、多くの部分では、小川が聞き手にまわり、数学の美しさと、それに憑かれた数学者という人種について藤原が語るというスタイルで進んでいきます。
おそらくは「数学」と「美」を結びつけることなど思いもよらないというような若い読者に、数学の美しさに目を開かせることを目的としているのかもしれませんが、数学の世界についてのとりとめのない印象がつづられていて、すこし内容が薄いようにも感じてしまいました。