小川洋子のレビュー一覧
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ネタバレ小川洋子さんのエッセー集は初めて。
本のことや、当時飼っていたラブラドールのラブのこと、岡ノ谷先生の研究のことや、ご自身の作品のことなどがふれられていて、楽しく読めた。
特に、執筆するときに小説の世界に浸るというか、その世界の様子を見て聴いて感じたことを<描いて>いるだけなので、私自身のものではないと言うところが小川洋子さんの作品の世界観(自分が勝手に思ってるだけ)だなと。ツバキ文具店だったり、リトルアリョーヒンだったり、標本士だったり、ミーナだったり、どの小説の主人公も彼・彼女らだけのオリジナルの世界を持っているからこうも惹かれるのかなとか思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何かでお勧めされてた本。
博物館というキーワードに惹かれて。
誰も駅に降りないような村で、博物館を作りたいという依頼主に会うためにやって来た博物館技師の僕。
未成熟な輝きを持つ少女と、どうみても親とは思えない位、年が離れた依頼主の老婆。
そこから沈黙の博物館と称した、老婆が集めた形見の展示の準備から、村で起こった死人の形見の収集(窃盗…)まで行うことになる。
読んでいくと、時々現れる不釣り合いなキーワードに意味があるのか考える。
持参した親の形見のアンネの日記、兄から譲られた顕微鏡、沈黙の行を行う沈黙の伝道師の存在。
人形劇やお祭りが娯楽の、へんぴな村っぽいのに、爆弾事件や猟奇的な殺人事件が起こったり、文化会館や観光用の土産屋があったり。
博物館を設立するお金の出所はおろか、老婆の出自や登場人物の名前すら出てこない。
老婆、少女、庭師、家政婦、そして技師さんこと僕。で構成されている。
一人称なのになんだかよそよそしさを感じるのはこのせいか。
ちょっと不穏だけど、幻想的で落ち着いた雰囲気で進む物語。何かを暗示しているようで、いまいち掴みきれない世界。
なぜ殺人犯の容疑者に疑われつつ、僕は逃げ出せなかったのか(洗脳?)
顕微鏡を形見としなければならない理由は?(社会との隔絶?)
誰も訪れない沈黙の博物館の運営は?
少女もまた老婆に見出だされた、博物館のための後継者なのか?
連続殺人の犯人以外、分かりやすいところがなくてもやもやと考えた。
最後の書評で、ホロコーストのくだりを読んだら、急に今までの話が繋がるようで、見方が変わる。
もう一回読もうかな。 -
Posted by ブクログ
小川さんの優しさや温かさにあふれたエッセイ集。
タイトルだけ見て借りたのだけど…なぜ表紙が犬のしっぽではないのか?というところに、大いなる疑問が残る。
愛犬ラブちゃん、阪神タイガース、ご家族、著書「博士の愛した数式」やアンネ・フランクへの追憶…テーマがまとまっているような、いないようなパートもあるんだけども、そのひとつひとつから小川さんの人となりが感じられる、優しい文章とお話。
祖父のお話の構成で、最後に「最近、死んだ人のことを思い出すことが多くなった」というような言い回し(うろ覚えでごめんなさい)を持ってくるところで、ものすごく切なさを誘われた。なんとなく、本文の冒頭や途中に出てくるのであれば何も感じなかったと思うのだけど、雲丹をなめてお相撲を見ている二人の背中を想像していた団欒がこの一文で締められることで自分も年を取ったなぁ、と突きつけられた気がしてしまって。
あと自信がないことに関してすごく自信がある、というお話にはすごく共感してしまった。私もメダル取れるかも、と思うけど、こんな謙虚で控えめな文章かけないからやはり小川さんの勝ちか。。。
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数に隠されている神秘と美しさ。その偉大な真理に向き合う芸術家ともいえる数学者たち。ひとつの作品を生み出すきっかけや、小説へのあふれる想い。少女時代の『アンネの日記』との出会いとその後のアウシュヴィッツへの旅。そして天真爛漫な飼い犬や大好きなタイガースのこと。日々の中の小さなできごとや出会いを、素晴らしい作品へと昇華していく小川洋子の魅力あふれる珠玉のエッセイ。 -
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この静かで残酷な世界に浸りました。
新田さんと薫さんの完璧に閉じられた世界に入り込んだ瑠璃子さんの、感情をふたりにぶつける様は痛々しいものがありましたが、彼女を嫌いになれるはずがありませんでした。
皆、心に抱いた傷をこの森で癒していて、瑠璃子さんがただ少し早く癒されただけだと思いました。
新田さんと薫さんの日々が、これからもずっと永遠に続いていきそうだなとわたしも感じました。
お話の筋とは離れていると思いますが、カリグラフィーの先生の言葉が心に響きました。「それ、謙遜のつもり?自分の能力を低く見積もっておいた方が、あとで楽ですもんね。」「できないと思ったらできないの。できると思ったら何とかなるの。そう考えると世の中なんて単純よ。」
「やさしい訴え」を聴いてみましたが、綺麗な曲でした。チェンバロの音色は密やかで好きでした。 -
Posted by ブクログ
ゲーデルの「不完全性定理」…正しいとも正しくないとも判定できない命題が存在する、ということを証明。
アラン・チューリング…ある命題がゲーデルのいう"原理的に真偽を判定できない命題"であるかどうか、を判定する方法が存在しない、ということを証明。
真偽を判定できない命題を「悪魔的な問題」とすると、ゴールドバッハの予想(*)がその悪魔的な問題かどうかすら判定できない。
*ゴールドバッハの予想…「6以上の偶数はすべて二つの素数の和で表せる」
未解決。素数の定義は約数を持たないこと。約数は掛け算の話だけど、ゴールドバッハの予想は足し算の問題だから難しい。
「間違っていても、正しい方向に間違うところが天才」という話は、アインシュタインの宇宙項を思い出す。 -
Posted by ブクログ
久し振りに小川洋子さんの短編集を読む。
動物が何らあの形で係る連作集なのだが、例えば看板の兎に拘る登場人物にウソっぽさを感じてしまった。日本ではなく、かといって特定の外国でもない不思議な場所は「ブラフマンの埋葬」でもそうだったが、この作品集ではなぜか醒めてしまった。
(引用)
…世の中には目隠しの似合う人と似合わない人がいるのかどうか分からないが、間違いなく老人の顔にそれは上手く馴染んでいた。小鼻の出っ張りと縁のカーブがずれることなく重なり合い、前方に突き出した大きな耳が紐をがっちりと支え、禿げあがった青白い額が、黒い色を特別に引き立てていた。
ディティールを重ねていく小川洋子節を堪能するところもあった。こういう細部の描写が却って、何かの欠落を際立てているような気もする。
「断食蝸牛」は、小川さんってやっぱり変な人だなと思った一編。
「ビーバーの小枝」が一番しっくりきた。
やっぱり、小川洋子さんはちゃんとした小説を読もうかな。