阿刀田高のレビュー一覧
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やはり阿刀田高の「解説本」は面白い。ダンテの神曲といえばだれでも題名は聞いたことがあるだろうが、内容は初めて知った。そして…なんじゃこりゃ。ほとんど自分の周りの人間関係を自分の好みで一刀両断!キリスト教徒以外は問答無用で地獄行き!そして二度しかあったことのない初恋の相手(ベアトリーチェ)を異様なまでに美化した(マリア様と重ね合わせる)中二病的ラブレター!
これだけ読んだら、何でこんなに世界的な名著となるのか分からなかったが、阿刀田氏の解説によると:
・中世の世界観(現生と死後)をリアルに描き出している
・ラテン語ではなく優れたイタリア語で記された詩
・古代ギリシャ・ローマに目を向けたルネッサンスの先駆け
・冥界の「パターン」を明示したこと
なるほど!しかし一般的日本人にはまず理解不能とこれまた一刀両断。 -
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2019年、8冊目は、主に隙間読書用に読んでいた一冊。『古事記』にまつわる紀行文や、作者の見解等を絡め、極ライトに読み解いたモノ。
今から四半世紀位前、おそらく、平成一桁の頃、一度、現代語訳的なモノを読んでいたはずなのだが……。その後の引っ越しの時、処分してしまったか、手伝ってくれた知人にあげてしまったか、とにかく、現在、手元になかったので……。
特に改元にあたって、のつもりではなく、たまたま、伝承、神話的なモノが読みたかっただけです。
イザナギ&イザナミ、アマテラス、スサノオ、八俣の大蛇、稲葉の白兎、海(幸)彦&山(幸)彦、ヤマトタケル、……etc。しかし、忘れてるコト多いなぁ。日本神話でコレじゃあ、ギリシャ神話何て、どれだけ覚えてるコトか……。
あくまでも、『古事記』入門書であり、「良き先達」。更に興味があるなら、現代語訳を読めばイイと思う。
「みとのまぐはひ」イイ響きだが、使う機会はおとずれるのだろうか⁉️ -
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阿刀田高氏の私の履歴書に触発されて、知っていますかシリーズに挑戦。まずは最もしらないコーランから。マホメッドが始めたイスラム教の聖典というぐらいの知識の人には分かりやすく面白い内容。とくに、グダグダ感をしらせるために、或る章を全部書き切るところを読むのは、はるひのエンドレスエイトよりも苦痛?同じことをよくもまあ・・・・。
備忘録
・コーランはユダヤ教・キリスト教と続く唯一神。コーランにもモーゼやイエスがでてきており、マホメットは啓示を受けた最後の預言者。
・最初はハーシム家の家族集団的な宗教団体をメッカでおこなっていたが、クライシュ部族内に広がるにつれ、部族内で孤立、アカバの誓いを経て622年(アラビア歴元年)にメディナ(ヤスリブ)に入り(ヒジュラ)、大布教が開始される。
・632年マホメット死去後、4代はカリフ制が敷かれたが、小異を捨てて大同についたグループがスンニ派、マホメットの血筋であるものが首長(イマーム)になるべきだとする派が、4代目のアリーの名前を使って作った派閥が「シーア・アリー」シーア派になる。マホメットの血筋ではない1代から3代の流れをくむものが、ウマイヤ朝、アッパース朝につながり、妥協的・融通のきく路線、理想主義的なあつまりがシーア派。
・イスラム原理主義はシーア派にもスンニ派にもいる -
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ネタバレ旧約聖書を知っていますか、に引続き、新約だ。
イエスの言葉は、たとえ話であったり、質問に対する断片的な回答であったり、戒めであったりして、真正面から教義の中核を語っているものは思いのほか少ない。イエスは、教義についてはむしろモーセの十戒など旧約聖書の中にそれを求め、そこから選び抜き、新しい意味を与えるといった方法をとっている。その根底にある規範は神への完全な愛であり、そして実践的には隣人を自分自身のように愛することである。また、人間には出来ないことも神にはできる、と、言われた。イエスの教えの中枢には神は人知を超えた存在であり、だから、ただひたむきに、ひたすら神に対してすがり求めること、神への完全な信頼があれば必ずよい答えが得られると述べている。隣人愛の具体的な指針として、”人にしてもらいたいことをあなたがしなさい”と記している。やさしい言い方だが、この倫理の包容する範囲はとても広い。殺人はどうか、姦淫はどうか、親切はどうか、おのずと答えが生まれる。一つ一つの行動について、これは自分にして欲しいことだろうか、してほしくないことだろうか、と問いかければ、おのずと選択の目途が立つ。それを厳密に考え実践することが神の心にかなうことである。
イエスはいくつかの啓示を得て、自分が神であることを確信した。この確信の背景には当然のことながら、神の存在への確信がある。”私は神の子としてこの地上に遣わされたのだ”という思いが徐々に確信にかわって言ったのだろう。なにしろ全知全能の神を背中に背負っているのだ。ならば、神がいかなるものか、その説明は無用である。どのみち神がいかなるものか、人間などに分かるわけがない。小ざかしい疑問を抱くより、ただひたすらに信じる方が寛容である。なにしろ相手は人間を愛して、愛して、愛してやまない神なのだから。福音書には、教義に属すること、私はこういう神ですよ、といったことが余り記されていない。そんなものをいちいちいう必要は無い、それが福音書の方針なのだろう。神は全知全能だから、疑いを持たずに神を信じなさい、ということだ。だから『求めなさい、そうすれば与えられる。探しなさい、そうすれば見つかる。門を叩きなさい、そうすれば開かれる。だれでも求め続ける者は受け、探す者は見つけ、門を叩くものには開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このようにあなたがたは悪いものでありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるに違いない』なのである。人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい、なのだ。
あとは、神の存在を、具体的にはイエス自身が神の子であることを証明すれば、このように言っていることがきっと信じられるだろう。その証明が明確で、力強ければ、そのぶんだけ、私は神の子である、というテーゼが明確に、力強く裏打ちされることとなる。とにかく信じなさい、わるいようにはしない、神なんだから。という主張は、そのよりどころを”本当に神かどうか”にかけているといってもよい。神の子であるという強い確信を持ったイエスは、その証明方法として、人間の原罪を一身に背負って十字架にかかり、死後に復活して見せるという道を選んだ。これもまた、なにかしらイエスの中に啓示があったのかもしれない。
あとは、キリスト教を体系立てて世界的な宗教に、ユダヤ教の一派ではなく、それとは違う宗教に仕立て上げた最大の功労者、パウロのことである。パウロの考えは、まずはイエスキリストを信じることだった。律法を守るかどうかは次の話でありイエスを信じなければ、はじまらないということだった。割礼より先にイエスを信じろと。旧約聖書に記されたアブラハムから、イスラエルの民はモーセを仰ぎ、ダビデを敬い、ずっと律法を神の掟として過ごしてきたが、機が熟したところで神は救世主であるイエスを地上に遣わし、イエスの血により人間の犯した罪をあがない、イエスを信じることによって人間が救済されるという道をお示しになった。これらはみんな神の眼から見れば、あらかじめ決められていたことであり、イエスの顕現を経た今日では、古い律法を守ることより、イエスを救世主として信じることの方がよほど重要であるという。ただ、やっぱり律法もちゃんと守らなくちゃいけない、という人も多かっただろう。でも、それではキリスト教はユダヤ教の一派に成り下がってしまう。そのため、パウロは、割礼などの律法は守らなくてよい。イエスを救世主として、しっかり信じることだ。十字架にかかり、復活した意味をきちんと理解することの方が重要だ。といって、パウロは精力的に布教活動を行った。あなたが受けた割礼も、盗むな、姦淫するなという律法を守ってこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じだ。だから割礼を受けていない者が、律法の要求を実行すれば、割礼を受けていなくても、受けたものとみなされるのではないかと言った。そして、体に割礼を受けていなくても、律法を守るものがあなたを裁くでしょう。あなたは律法の文字を読め、割礼を受けていながら、律法を破っているのだから。外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではなくなる。内面がユダヤ人であるものこそユダヤ人であり、文字ではなく、霊によって心に施された割礼こそが割礼なのだ。(ローマの信徒への手紙第2章)
旧約聖書の方はイスラエルの建国史と読める部分が多くあるが、新約は、徹頭徹尾信仰と結びついている。美術館を巡るときも、西洋美術は特に聖書と結びついている。演劇も映画も、音楽もだ。そんなときに、聖書の知識があるとないとでは理解の深さと面白さが全く違う。皆さんも信じる信じないというより、しっかりとキリスト教を勉強すべきだ。 -
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わたしの好物、本の本です。短編小説にあまり思い入れが無いだけに、どうかなって感じだったけど、それなりに読みたくなる本は見つかりました。ただ個人的には、文章の引用がやたら多いのが気になって仕方なく、その殆どを要約だけで済ませてくれていいから、より多くの作品を紹介して欲しい、と思ってしまいました。文章の美しさ・素晴らしさが短編小説だけの専売特許って訳じゃなく、長編でも素晴らしい文章は当然見られる訳で、文章の宣伝が、短編の宣伝に繋がるとはあまり思えないから。文章そのもののみならず、お勧めの仕方にも個性があって当たり前で、本作の個性が、あまり自分と合わないってだけなんですが。
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購入済み
阿刀田マジック
ふとしたきっかけで、思い出す昔の記憶。阿刀田作品の中でもそれぞれの話が現実にかなり近い話になっていて読み安いです。ぜひ一読を!