大前粟生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ぬいぐるみとしゃべる人は"繊細"なら9割方あっていると思う。
これを読んで、繊細と優しさの違いを考えてしまった。
繊細な人は繊細な人にとっては優しい。それは大体間違い無いと思う。
ただ、傷ついているのになんでか教えてくれないのは、寂しいし逆に優しくないと思ってしまう時は正直、かなりあるかも…
寄り添いたいのに寄り添わせてくれない、拒絶感を感じてしまう。
しっかり傷ついた理由を聞けば、基本理解はできるだけに…
(白城さんには割と共感するかも)
優しさってなんだろうと考える。
寄り添うだけが優しさでもないだろうし。
ただ、この本が多く読まれて評価される時代。
みんな繊細なところ -
Posted by ブクログ
ぬいぐるみと喋るぬいサー、なる「ぬいぐるみサーク」
嫌な想いをぬいぐるみにだけ打ち明けるのは、仲間がいないというよりも、相手を傷つけなくないという優しさを持ちすぎてしまっているから。
ぬいぐるみの歴史って意外と浅いけど、これだけ数が増えているのは社会から求められているからなんだろうなぁ。
相手に踏み込まないでいられる。踏み込まれないでいられる。
とか、
心配されるのが嫌だった。人に迷惑をかけるから誰ともつながっていたくなかった。
という表現が散見されるけど、
これを優しいと捉えるのは難しい気がする。踏み込まない優しさと、踏み込む優しさ、前者は自分のための優しさで、後者は相手のための優しさ -
Posted by ブクログ
面白い“ふわふわ”感のある文章だった。
でも、得体のしれない感じがして気持ち悪くもあって、何言ってるかわからないのにそれでよしとして読み進められる感じもしていた。
「わかる」ことに快感を覚えるタイプの人にはなんとも嫌な文章だろうとも思った。
読み進めて行けば、あの“ふわふわ”した難解な感覚の理由と意味がわかる。
これからはなんでもないのに誰かに見られているような気になったとき、少し「こわい」という感覚を抑えられるかもしれない。
それは“窓子”かもしれないから。
窓子が自分の味方であってくれるように祈る。
最後に気づいたけど、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の著者だった。
「私と窓子は覚 -
Posted by ブクログ
つらい、と感じたことを誰かに話したいけど、
誰かに話したら相手が辛くなってしまうかも
だからぬいぐるみにしゃべってみた、人たちの話。
語り手は主人公の七森かと思ったけど
麦戸ちゃんの気持ちにもなるし
白城の気持ちにもなる。
あくまで七森は〜的な表現だから第三者が語り手?
(読みづらくはない、伊坂さんな感じではない)
つらそうな人を見たり(痴漢にあってるのを見た)
つらかった話を聞いたり(↑の話を聞いた)
それだけで辛くなってしまう人たちの話。
だから多分想像力が豊かで
感情移入もすごいんだと思う、、
けどそれがゆえ相手の気持ちをすごく考えられる
けどそれがゆえ自分はすごく疲れてしまう
相手