高瀬隼子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
自由と権利の尊重が謳われる現代。そんな個人裁量の幅の広がった今に生きる人たちの恋愛模様を描いた「恋愛」短編集。
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送別会がお開きになり、水本は部屋の中を見て回っていた。忘れ物がないか確認するのは、いちばんペーペーの水本の仕事だ。
今夜は倉岡の送別会だった。倉岡は退職までの3ヶ月間、新入社員の水本への引き継ぎを兼ねて指導してくれた中堅社員である。
倉岡は明るく元気な体育会系らしい男だ。誰にでも気さくに接するし、面倒見もよい。それだけに距離の詰め方もうまく、水本はいつの間にか倉岡と男女の関係になっていた。
店の前で部長による一本締めの音頭と倉岡への花束贈呈があり -
購入済み
おもしろい
話題になっていたから気になって手に取ってみた。始まり方といい、途中の描写もすごく引き込まれたけどラストはちょっとよくわからなかった。急に風呂に入らなくなった夫を目の前にして、入ってほしい気持ちと、もうそれでもいいじゃない、と奥さんもどうしたらいいか途方に暮れたに違いない。心の葛藤がよく分かる内容だった。
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購入済み
おもしろい
周りに所謂”いい人””物分かりがいい人”って思われてる人の心の底を覗いたようで、共感もしたしここまで言語化されてゾクっともした。外の顔を演じてるのはそうした方がいいと自分で思っているから。でも人間そんな常に優しい気持ちでいられない。ひどいことをしてみたくなったり心無い言葉をかけたくなったり、誰にでもあることだよなぁと。読んで所々清々しいとすら感じてしまった私は性格が悪いのかもしれない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ始めにこの本を読もうと思ったきっかけはネットで本を紹介している人が面白かったと言っていたのをきっかけに読もうと思いました。この本の表紙を見た時に白い背景に黄色い何かの中に人が揺らいでいて、なにやらほっこりするような、黄色からも暖かみがあるような、そんな内容をイメージしていました。しかし、それは全く真逆で中身は正直胸くそ悪いなと感じました。
私は中学生のときに芦川さんの生き写しみたいなクラスメートが実際にいました。その子も芦川さんと同じように少し運動しただけで倒れてしまったりちょっとしたことだけですぐ保健室に行くような子でした。でも人当たりは良いのでみんなにはすぐに心配され、優しい言葉をかけられ -
Posted by ブクログ
そこが物語のメインじゃないとわかっているのに、もうお風呂のことしか考えられん。お風呂に入っていない夫の描写が生々しくて強烈で、お風呂嫌いのワイもさすがにお風呂の大切さを痛感。途中までは他の高瀬作品に比べていまいちかなァと思って読んでいたのが正直なところなんだけど、物語の終わり方が個人的にすきだったのと、あとは解説を読んで納得した部分もあった。やっぱり刺さるところが必ずあって、相手を心配して必死になることを「愛の証明のような気がして安心する」って表現できるところとか、ほんとこの作家は…(褒め)ってなった。けど、やっぱりお風呂だ。お風呂嫌いなのに、こんなにお風呂のこと考えたことないよ。うあああ。
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風変わりなタイトルに惹かれ、読み始めましたが…。
初めから25ページくらいまでの感想は、なんなん?意味わからん!
前情報も帯すら見ずに読んだので、「芥川賞作家が書く芥川賞作家のデビューの裏側的な作品」と言うことに気づくまでそれくらいかかりました。
主人公の生真面目さと自信のなさと相反する万能感全てがないまぜになり、他人に迎合するのを厭うのにしてしまう自分を嫌悪しつつも許容する。
人間って複雑な生き物ですね。
共感する部分があったり、それは違うなと思ったり。主人公の内面を100%ではないにしろ、詳らかに書いてある作品だなと、思いました。
ほとんどの人間が、自分が傷つくことにはものすごく過 -
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『夫が風呂に入っていない』そんな一文から始まる物語は、鬱病を描いた作品かと思いきや、もっと繊細で、簡単には言葉にできないものだった。
地方出身の妻と、生まれも育ちも東京の夫。20代半ばで結婚し、子どもには恵まれなかったものの、穏やかに暮らしていた二人。ところがある日、夫は飲み会で後輩に水をかけられたことをきっかけに、水道水を受けつけなくなってしまう。
風呂には入れない。でも、ご飯は食べられるし、テレビも観る。会社にも行ける。だから単純に病気と片づけられるものでもない。その絶妙な違和感が、物語に静かな不穏さを漂わせていた。
変わっていく夫を前に、原因を追及せず、無理に変えようともしない妻。 -
Posted by ブクログ
何よりタイトルが好きです。
口に出して言いたくなるテンポの題名。
別に実際に出しはしないけど。
と、ちょっとだけこの本の主人公の思考に寄っています。
果たしてうるさいのは、周囲の人々の声か、それらを含んだ職場の雑音か、主人公が想像しているだけの相手の声か、頭の中で乱反射する思考による自分の声なのか。
きっと全部なんでしょう。
この文章の中の全てでなくとも一部分は、作者に起こった実際の出来事なのかなとか、心の叫びなのかなと思う時点で、私も主人公の周りにいる雑音を発する人間と同類なんだなと。
この作者の、性悪説に基づいたような人の見方だったり、どこへ踏み出す訳でもないような行き場のない思考が心