あらすじ
「子ども、もらってくれませんか?」――彼氏の郁也に呼び出された薫は、その隣に座る見知らぬ女性からそう言われた。薫とセックスレスだった郁也は、大学時代の同級生に金を払ってセックスしていたという。唐突な提案に戸惑う薫だったが、故郷の家族を喜ばせるために子どもをもらおうかと思案して……。昔飼っていた犬を愛していたように、薫は無条件に人を愛せるのか。第43回すばる文学賞受賞作。「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子のデビュー作!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
最近読んで1番今の自分に刺さった話だった。
ミナシロさんの子供産めばクリア、周りが優しくしてくれるという言葉。
妊活している今の私も心の片隅でどこか思っている感情だなと思った。
赤ちゃんは可愛い・子は宝とはよく言われるしこう思うのは当たり前。もちろん自分もそう思っているが、そう言わないとおかしな人と思われる世間にも疑問を感じる時がある。
高瀬準子さんの書くお話は普段受け流していることに「それ本当にそう?」と問いかけてくるような所が大好きだ。
他の作品もこれから読めると思うとワクワクする。
かたちあるもの
どの登場人物にも共感できず、みんな嫌い。人生の中で関わってはいけない人たちばかりだった。高瀬 隼子さんの作品は2冊目だけど、やっぱり後味が悪かった。でも、気になって、読後もずっーと考えてしまう。記憶にこびりついて離れない。だからこそ、好きな作家さんだと思う。
Posted by ブクログ
一気読みした。
最初は、淡々と短い文章が詩を読んでいるかのように進むけど、内容とのギャップがすごい。
ここ何年も言語化できなかったことを言語化してもらった感じ。これは私の内面見られてる?って。
Posted by ブクログ
「子ども≠愛の形」ということが言語化された作品です
30代の女性が独身のまま過ごすか、それとも結婚して家庭を持って過ごすかについて、外野の立場では個人の自由だ、全くもって強制される理由はないと主張するだろうが、当事者となってはどうだろうか?
親は独身の私をどう思っているだろうか、結婚して育児をしている同級生、同僚をはじめとする職場の雰囲気を無意識に感じ取り、同調圧力とは違うが、不思議と独身でいることへの劣等感に苛まれはしないだろうか?
本作は人の嫌な内面をポツポツ、ツンツン、チクチク…いやいや縁を囲い込むようにグサグサと刺してきます、同時に読後は深い余韻に包まれて、膿を摘出したようなストンと落ちる感覚を得たことは確かです。
最後に表紙にも注目しちゃいました
白と黒基調がいいですね!
ぱっと見、犬のかたちをしたふわふわの毛か綿のようなまとまりしか見えないですよね。ちょうど折り返してある部分にうまく隠れるようにそれが描かれており、細かい工夫が施されておりますよ
Posted by ブクログ
現実的になさそうでありそうなお話!
Everybody has their own taste.
The story made me to think what is important
自分を大切にしてくれる人を大切にするべきで、they shouldn’t think those are normal
But The giver should not think of it as a favor they are doing for the recipient.
Posted by ブクログ
久しぶりに大人の小説を読んだという感じです。現実に起きたらとんでもないと思うストーリーですが小説ではありです。ただ、男の私には生々しい表現が多く少し厳しかった。性別で受け止め方は分かれる小説かも知れません。登場人物それぞれが自分の生き方を全うしていて、自分勝手とも言うのでしょうが私はそうなりたいと思う方です。日頃、時間潰しに単純なお子さま向けの小説を読むことが多いのですが、やっぱり読書の醍醐味はこの様な本ですね。
Posted by ブクログ
どうすれば愛していると証明できるのか
高瀬隼子さんの作品の中で1番好きかもしれない
分からなくて分かりたくて、ずっと考えてしまう余韻が残る作品
Posted by ブクログ
「私のほしいものは、子供の形をしている。けど、子供ではない。子供じゃないのに、その子の中に全部入ってる。」
なにかの形をしているけど、それを通して欲しいのは、それを持っていると苦しくても、苦しさですら周りから正当化されて世界がやさしくなるもの
私にとってのそれは子供ではなくて、向上心とか社会的成功とか成長とかそういうものだけど。
生きやすくなるために効率的なコスパのいい悩みが欲しいという自覚と重なるものがあって、「ーのかたちをしているもの」という語彙をこの本を通して手に入れられてよかった
「当たり前のように傷ついた、ことを自覚してまた傷ついて、なに傷ついてんだわたし、とまた‥トイレの個室くらいの狭さのところで両手にナイフを持って振りまわしているみたいな傷つき方だった。」
感じたであろうものを自然発生的に受けとめるのがどこまでも苦手で、感情を自覚して、その自覚すらも怪しんで、のループから無限に抜け出せず、もういいや、と感じることを放り出してしまう。
「目の前に本物がいるのに、待ち受けまで子供にしておく意味あるのかな?そういう親っぽさって、どこまてが本気のものなんだろう。わかんないな全然。わかるわけない」
その感情や行動は純真なものなのか、という辿り着けるはずのない問いに気づかないこともできず、どうしても気になってしまう様子の描写に救われる。
みんな本当に心からの気持ちでそういう言動に至ってるのかな?そういう時にはそう感じるべきっていうヘブ則的学習に騙されてるだけなんじゃないの?本当はこうなんじゃないの?っていうのも過剰な逆張りで私の中の予測符号化にすぎないんじゃないか?っていう、疑念すらも疑念にかわる、輪郭のないものを追っている自分の輪郭のなさに絶望する、それがトイレでナイフを振り回す様子と重なる。
「彼らの期待値とわたしの理想値はいつだって似通っている。そうありたいと、やはり思う。愛され承認され、ぐるぐる巻かれてあったかくなるために。」
世界の感触がやさしくなりますように。
欲しいのは子どもの形をしているものと犬そのものでは?とは思った
Posted by ブクログ
「水たまりで息をする」「おいしいごはんが食べられますように」「新しい恋愛」に続いて読んだ。やっぱり高瀬さんの小説は圧倒的に面白いし、読んでいて、どうしてかはわからないけど癒されるところがある。これは不思議なことだと思う。この作品の筋書きそのものには、癒されるような要素はまったくないからだ。にもかかわらず癒される気がするのは、やはり共感があるからなのだと思う。
といっても、主人公と僕はまったく違う属性・境遇の人間だ。そしてふつうの意味での共感を生むような、心理的に納得できるハッキリとしたドラマが本作のなかにあるわけではない。だとしたら、おそらくその共感は文体や感性のレベルで存在している気がする。つまりこのはっきりしない悩み方というか、あまり物事をうまく白黒に分けられない感じというか、つらつらとしていてまとまらない思考というか、強固な論理性があんまりないところというか、そういう思うがまま素直に書き連ねられている(ように見える)思考や感覚の過程に、深く響き合う感じがあるのかもしれない。
その意味では、奥泉さんの巻末解説に対しては個人的に強い違和感を覚えた。とくに気になったのは、奥泉さんが「この小説の筋立てには相当に無理がある」という主張をしているくだりだ。奥泉さんによれば、主人公が決して偏奇な人物として造形されているわけではないのに、ミナシロさんの非常識な提案をふつうなら一蹴してしかるべきところを、いったんは吟味し、提案を受け入れる方向へ向かっていくのがおかしいのだという。
だが僕はこの筋立てをまったく無理のあるものだと思わない。仮に僕が同じような提案をされたとしても、十中八九すぐに一蹴できずに迷う。そしてたぶん、恋人と話したり、ミナシロさんの立場にある人とも話したりしながら、じっくり考えるだろう。たしかに、ふつうに考えて非常識な提案だ。でも一考の余地なく退けられるような提案ではない。判断に時間がかかることだと思う。そのことのどこに無理があるのかが、僕にはよくわからない。
したがって、奥泉さんは「常識」や「偏奇」といった表現にもちろん括弧をつけて書いてはいるけれど、そもそもそういう「常識的な」価値基準を梃子として、そこからの相対的な隔たりないし近さによってこの作品を読むという読み方自体が(そしてそこからこの作品の筋に無理があると考えること自体が)、僕にとっては逆に奇妙に思える。
それはもしかしたら僕が非常識でおかしい人間だからなのかもしれない。というかおそらくそうなのだろう。でもこの作品で書かれている迷いや、悩みや、決断の根拠の曖昧さや、突発的な感覚や感情の爆発といった諸々は、最初のミナシロさんの提案への屈託だけでなく、子供をこの世に産み落とすことについての屈託、セックスを受け容れられないことへの屈託、郁也との接し方への屈託にも通底しているわけで、それをそんなに珍奇なものだとは、僕にはどうしても思えない。そしてそれは、決して珍奇ではないはずだが社会的になかなか共有され得ない経験だからこそ、こういう小説によって書かれる意味があるのだと思う。まあそれについては奥泉さんもそう書いている気がするが、やっぱり同じ結論を真逆のところから見ている気がした。
Posted by ブクログ
この人の小説って登場人物に共感できない部分もたくさんあるのに読んだら必ずこっちまで傷つく、、笑
それでもたまに傷付けられたくて読んでしまう
薫の考えてることは半分くらいは共感できる
私がほしいのは子どもの形をしている、という部分は正直めちゃくちゃ共感できた
Posted by ブクログ
なんというか結構、しんどかった、薫の気持ちが分からんでもない部分と分からん部分が入り混じって読むのがしんどかった、欲しいのは子どもではなく子どものかたちをしているもの、なるほど、、
女性だからと言ってみんながみんな子どもが好きなわけでもなく、男性も同様で、ただカップルにはそれぞれの考えがあり、一致していなかった場合の事故なんだろうか、、、周囲からノープレッシャーな身で生きているから、きっと私はミナシロさんの提案は受け入れられないしきっと郁也と別れるけど、なんか自分の気持ちだけでなく環境が大きく影響するよな〜など思っていた、もう一度読むのはきっとしんどい、でも読めてよかったな、すごい作家さんだ、、、
Posted by ブクログ
この方の作品、後味悪いことが多いけど、これは平気だった。設定がぶっ飛んでいるから?
自分は許されるとわかっている人の振る舞い。
割に合わない気持ち。
子供を自分で育てなくても産めば、バツがついても一度結婚して失敗すれば何も言われなくなるって気持ち。
子供は自分たちだけの範囲を超えているから、無責任に他人にあげるという選択はよくわからなかった。
あなた達、子供の気持ち、人生は考えた?自分たちのことだけ考えてない?
というか、結局自分で育てたくなるのね。
子なし・ちょっと前まで独身だったものとしては共感できる主張もあったのになんだったんだ…。
郁也、バカなところが可愛い?の気持ちがわかるような。でも、最後にどうしようって狼狽えてたのは、想像力がなさ過ぎでは…そうなる可能性も十分に考えられたでしょう…。
Posted by ブクログ
高瀬隼子の紡ぐ物語の中の主人公はどことなく自分に似ていて、今回もまた(あぁ、自分も思ったことがあるなぁ)という感じだった。
女に生まれた以上子供を産んで然るべき?
私は主人公とは違って子供は好き。でも、それと自分の子供を持つことは=にはならない。
いつか、子供を持ちたいって思えるのかなぁ
Posted by ブクログ
話の設定が無茶苦茶すぎてどんどん引き込まれていった。
でも最後にはミナシロさんが子供を自分で育てたいと言うだろうなと思いながら読んでいたらその通りになったのでそこまでの話が予想外の展開だったばかりに少し残念だった。
どんなクライマックスが待ってるのだろうとワクワクしていただけにラストにはすこし落胆してしまった。
でも話の設定が面白くてさすがすばる文学賞受賞作だなと思った。
Posted by ブクログ
彼氏の浮気相手の子どもをもらってくれないか、という無茶な提案に対して、常識的に考えれば一蹴して終わりなんだろうけど、主人公が悩んだり思考を冷静に深める部分がおもしろかった。子どもを産む産まないと持つ持たないは同じようで違うなと思った。ラストも何となくもしかしてそうなるかな、と思っていた展開で後味は良くないけど、非常識で新しいようなこのストーリーが、常識な人もどこかにいるかも、、と想像させられた。
Posted by ブクログ
高瀬隼子さんの本を読むのは2冊目。こちらがデビュー作ということだけど、デビュー当時から独特の小説全体に漂うモヤモヤとした雰囲気は健在だったのですね。
すっきりとした文章の行間に彼女の持ち味でもある「行き場のないフラストレーション」や「常識から逸脱した考えを持つ難しさ」みたいなものが染み出してきて、読み手を得体の知れない不安感で包む。
夫の浮気相手に「子供もらってください」と言われた主人公の薫が、そんな突飛な願い(そして浮気した夫)にどう向き合うか、というお話。子どもを特別欲しいと思わないという自分の気持ちと、そんなこと言わなかったのに密かに欲しいと思っていた夫の願いを尊重したいという気持ちの間で揺れる。
装飾の少ない文章なのに、説明的にならず、なんだかその場面を目の前で見ているような気にさせてくれる描写の巧さもさすがです。
Posted by ブクログ
年々積み重なっていく、うっすら抱いている違和感や不快感を全部言い表してくれていて驚いた。
色んな方の感想を見ていると、共感の程度はあれど、これもしかすると同世代のそこそこ多くの女性が感じていることなのかなと思う。
それにしても私は、そんなやつさっさと別れてその人たちと関わるのやめたほうがいいよ…と思ってしまう。
きっと女性の読者が多そうだけど、男性が読んだら何を感じるのかなと気になった。
女性が選択を迫られるたくさんのこと、身体にかかる負担のこと、それによって諦めたり、諦めることで他人と比べてしまうこと、それらについて少しでも考えを深めてもらえたらと思った。
Posted by ブクログ
高瀬さんの作品を読むのは2回目だが、本当に文章が生々しくて大好き。同じ女性として経験しているものがそのまま載っているのでスイスイ読める。
性行為と愛の繋がりは切っても切れない関係であるが、愛の伝え方が必ずしも性行為にはならない。でもそれ以外でどう愛を伝えればいいのか。自分も同じような考えを持っていたので共感しながら読めた。
Posted by ブクログ
【あらすじ】
昔飼っていた犬を愛していた。
どうしたら愛を証明できるんだろう。犬を愛していると確信する、あの強さで――。
間橋薫、30歳。恋人の田中郁也と半同棲のような生活を送っていた。21歳の時に卵巣の手術をして以来、男性とは付き合ってしばらくたつと性交渉を拒むようになった。郁也と付き合い始めた時も、そのうちセックスしなくなると宣言した薫だが「好きだから大丈夫」だと彼は言った。普段と変らない日々を過ごしていたある日、郁也に呼び出されコーヒーショップに赴くと、彼の隣にはミナシロと名乗る見知らぬ女性が座っていた。大学時代の同級生で、郁也がお金を払ってセックスした相手だという。そんなミナシロが妊娠してしまい、彼女曰く、子供を堕すのは怖いけど子供は欲しくないと薫に説明した。そして「間橋さんが育ててくれませんか、田中くんと一緒に。つまり子ども、もらってくれませんか?」と唐突な提案をされる。自ら子供を産みたいと思ったこともなく、可愛いと思ったこともない薫だったが、郁也のことはたぶん愛している。セックスもしないし出来にくい身体である薫は、考えぬいたうえ、産まれてくる子供の幸せではなく、故郷の家族を喜ばせるためにもらおうかと思案するのだったが……。
快楽のためのセックス、生殖のためのセックス。子供を産むということ、子供を持つということ。
1人の女性の醸成してきた「問い」の行方を描く。
『こんな街で、こんな世界で、よく子どもなんて産もうって、思えるな、みんな。かわいそうだと、思わないのかな。傷ついたり嫌な思いをしたりするのが、目に見えているのに。子どもを産みたいとか持ちたいとかいう、自分の希望を優先するんだろうな。』
【個人的な感想】
妊婦さんのお腹を見て怖いと感じる気持ちはおかしいのかと思っていたが、主人公も同じことを言っていてびっくりした。
生まれたての赤ちゃんの写真を見て『昔、実家の納屋でひからびて死んでいたこうもりに似てる。』という表現をしていて笑ってしまった。
自分が子供を持つことに対して慎重になってしまう理由がこの小説の中には詰まっていた。
産みにくい身体、産めない身体になるとわたしも子供を産みたいと思うようになるんだろうか。
犬に対して感じる愛情に対して『愛することってこういうことだ』と文章で書き起こしてあるp38〜39も印象的だった。
色々なことを考えさせられた。
タイトルの「犬のかたちをしているもの」、これは主人公の愛の形なのかなぁ。話の主旨とは違うかもしれないけどミナシロさん最後ちゃんと離婚してくれたのかしら、そこだけめっちゃ気になる。
Posted by ブクログ
女性の怖さは観察が鋭いところである。高瀬さんの書いた小説を読むと慄然とする。「たしかに男って、こういうときこうするよな」というのが、じつに見事に描写されているのだ。「こんなところまで見られているのか…」と冷や汗が出る。男性作家はなかなかこういう真似はできない。男の場合、登場人物(とくに女性)にしばしば自分の理想を投射してしまう。わかりやすく言えば、エヴァンゲリオンの綾波とアスカだ。魅力的ではあるが、嘘くさいと言えば嘘くさい。
セックスをしていると、大切にされていない気がする。この薫の気持ちはなんとなく理解できる。どうせ私のことは体目当てなんでしょ。しかしセックスがなければないで、愛されているか不安になってしまう。郁也が求めてこないのは、彼が「大丈夫」だからなのか。そんな男がいるのだろうか。薫はどうやって郁也の愛を確かめればいいかわからない。
同時に薫は、郁也に対する自分の愛にも自信が持てない。あなたの子供を産みたい。これは愛である。しかし、薫は持病のせいもあり、子供を作ることに消極的だ。郁也が子供を欲しがっているのはわかっているのに。こんな自分は、本当に郁也を愛しているのか。自分の愛が本物の愛だと、どうやったら証明できるだろう。
本作は一見すると無茶苦茶でありえない設定だが、このありえなさを成立させることで、私たちが当たり前だと思っているものを「本当に当たり前ですか?」と問いかけてくる。犬のロクジロウを愛してると確信することはとても簡単なのに、どうして人間どうしが愛し合うことはこんなにも面倒なのか。
愛や性は〝理性〟とは対極の〝本能〟であり、本能に従っていれば迷うことなどないのに、考えてしまうから答えが出ず前に進めなくなる。
「これまで考えすぎるほど考えてきたつもりなんだけど、振り返ってみると全然、目の前に置かれた課題の方がまだ全然、多い」と薫は語る。逆だ。考えてばかりだから目の前に課題が積もってしまう。それに対して、本能のままに赴くミナシロはずっと軽やかだ。あれほど子供が嫌いと言っていた癖に、いざ産まれたら自分で育てると言い出す。つまり本能が優先しているわけで、これは欲望解消のためならお金だけの肉体関係もありだと考える彼女らしい決断である。それに比べたら、薫が最後に下した決断は、じつにささやかと言うしかない。それでも、彼女はここでようやく一歩を踏み出したのである。
Posted by ブクログ
これがデビュー作とは、、
やっぱり高瀬さんの書く文章は綺麗で意地悪で好きだなあ。
犬への愛情と恋人への愛情を比べるシーンがあったけどそれはとても酷だと思った。
犬に対しては基本的には見返りを求めず無条件の愛を注げるけど、人間だと言葉も喋れるしどうしても期待してしまうから。
好きという感情だけで間橋の隣にいる郁也はすごいのかもしれないし、でもお金でミナシロとしてしまったのだからすごくないのかもしれない。
ミナシロは終始おかしなこと言ってるけど、堂々としてて不思議だったな。子供に興味がなくても、10月10日も自分の中に居たものだと愛着が湧くものなのかもしれないな。
最後子供を引き取ることにした間橋の決断にはびっくりしたけど、自分だけの気持ちというか
居たら周りが喜ぶだろうなって言う他者視点での理由が多くて、自分のお腹が大きくなってないんだから当たり前だけど、自分事としてあまり考えてなかったんだろうなあと思った。
Posted by ブクログ
「水たまりで息をする」が背負う側の話なら、これは背負われる側の話だと思う。事情がある側の話。事情がある人が誰かと生きていこうとするとき、やっぱり多少なりとも自分の抱えているものを一緒に持ってもらうことになる。だけどそれってすごく重荷だ。背負う方じゃなく、背負われる方にとって重荷。自分の抱えている事情によって相手の未来を狭めてしまう事実、それを強要してしまっているかのような苦しさ、この私を選んだのはあなたでしょうという怒り。そういうものと向き合うためには、そこまでして一緒にいる理由がほしい。本当に郁也を愛しているのか、何度も「わたし」が問いかけるのは、自分の選択が自分の意思であるという自信を持ちたいからだと思う。
「わたし」の行動はとても常識的だ。そこに感情が伴わなくても、相手が喜ぶ言葉や行動を自然に選ぶことができる。最後もミナシロさんのあり得ない提案を受けようとする。それは、郁也や家族のために、こうした方がいいんだろうなあということだから。そうやって、周りに求められるであろうことを選んでいるうちに、自分の本当の気持ちが分からなくなっているんじゃないかと想像した。
いわゆる普通じゃないと愛されないのか。それは違う。違うと願っている。子どもが持てなくても、可愛いと思えなくても、セックスが嫌いでも、それでも誰かと生きていきたい人はこの世の中に沢山いると思う。だけど、「わたし」がわたしの思うままに生きるには、あまりにも“普通であること“に安心する人が多すぎるんだろうなあと、その生きにくさを思った。
Posted by ブクログ
高瀬隼子さんの作品にハマり、この作品も読んでみました。
が、最終的に登場人物全員に共感ができず終了。。(涙)
主人公の薫は病気で子どもが出来づらい体質で、性行為も得意ではない様子。でも郁也という人と付き合っていて、ある時その郁也が別の女性(ミナシロさん)にお金を払って性行為をしていた&妊娠してたという事実が判明。
ミナシロさんは妊娠するつもりもなく、ましてや中絶はしたくない。だから、郁也と薫に子どもを貰って欲しいと要望するが、、、
ひたすら、ミナシロが自分勝手すぎてイライラする。
付き合ってもない人、かつ彼女持ちの男に金を貰って性行為をして妊娠したらしたで「子供が出来る行為と思ってなかった」と言い、薫に対し、「子供はいらないからあげる」と言ったが結局「やっぱりあげたくない」と。あまりに勝手過ぎるし、思考が子供だ。。
マジでどういうこと?
郁也も、性行為がそこまでしたいんだったらプロに頼むか薫と別れて違う人と付き合えよ。
薫もなぜミナシロと郁也が訳分からないことを言い始めた時、意味がわからないですって言って郁也と別れないのか……。しかも、薫が子供を貰いたい、とやっと決断したところでミナシロが「やっぱあげたくないです」と言った時なんで怒らないの?
誰にも共感できずに終了してしまった。
何とか分かろうとするなら、
①薫は郁也に依存してて共依存関係にあること(地震が起きた時ミナシロではなく自分を守ろうとしたことにときめいたとのことでしたので)
②子供を産もうと思えば産める可能性があるが可能性が低い状況であること
③親や郁也に子供を見せたい
という3つの状況が、重なってたら
例え、依存してる郁也が知らない女に金を払って性行為をしていても、ミナシロが悪びれてないことを許して、他人の子供をもらおうという発想になる、のか?
薫と考えが違いすぎて、終始疑問でした。。
私が感情的すぎるのかな。。
「犬のかたちをしているもの」は結局なんだったんだ
郁也ともとれるし、理想的な自分の子供の姿(愛せるもの)でもあるのかな。
Posted by ブクログ
とても読みやすい文章。
登場人物みんなに感情移入できなかったし、終始心がザワザワするけど実際にこういうことあるんだろうなというリアルさもある。
独特な感性と文章力を持つ高橋さんの本癖になる。
Posted by ブクログ
この本に出てくるメインキャラクター、
誰も好きになれないし誰にも共感できない。
こんなにセックスにフォーカスする作品をはじめて読んだ。行為がなくなっても愛は続くと私も思う。
でも欲は残るわよね。そこもとても理解。
とは言いつつもさ、主人公は頑なだし、
田中もなんでそこいく?とツッコミたくなるし、
ミナシロは1番想像つきやすいけど性格悪すぎて、
会話シーン全部ムカついた。笑
ちなみにラストシーンの後味も、とても悪い。
なんとなく予想もしたけどさ、
こんな奴に人生を狂わされるのはいやだ。
彼氏が一夜の過ちであっても、
ミナシロを選んだ時点で別れたほうがいい。
田中なんかより大学案内してくれた担当者の方がよっぽど良いー!登場人物で唯一素敵だった☺︎
Posted by ブクログ
人間の赤ちゃんよりも、隣にいる犬のほうが可愛い、か。私は動物が好きではない(興味がない)から、断然人間の赤ちゃんのほうが可愛い。
動物が嫌いだと言うと信じられないと言われるけど、だって私はそうなんだから仕方ないじゃんという気持ち。
子供が好きじゃない女性も同じかもなあ。女性だから子供を産まなきゃいけない、女性だったら母性がある、なんて押し付けられても困る。
同じ作者の「いい子のあくび」を先に読んだのだけど、それも女性として生きることの息苦しさや割の合わなさ、東京人の周囲への関心のなさが同じように描かれていた。
逆に男性であるがゆえの生きづらさってなんだろう。そんな小説があれば読んでみたいと思った。
Posted by ブクログ
私も子どもが好きではないし、このまま持たない人生なんだろうと思っている。
育休中の人が職場に子どもの写真見せてくる時の居心地の悪さにすごく共感した。
ほんとに犬のほうがかわいい。
ということでとても共感を覚える主人公だったけど、そんな馬鹿な!って要求になし崩し的に適応しようとするのは何で!?の連続だった…
すいすい読める文章なのにすいすい飲み込めない不思議さがあった。
Posted by ブクログ
読んでいてずっともどかしいというかしんどかった。
これを言うと一部の人には怒られるのだろうけど、犬を愛していた愛情と家族や恋人へ向ける愛情を天秤にかけるというか犬を愛していた愛情が最大の愛でそれと同等の愛を家族や恋人へ持てているのだろうかと悩んでいるのがおもしろいなと思った。
犬って愛情が返ってくるというよりは無性の愛を与える形の愛情で家族や恋人は愛情が返ってくると思うけど、その中でこの話の中で犬と対比して書かれているのが赤ちゃん。
ただ、無性の愛を与え続けるか愛情が返ってくるかで考えると犬と赤ちゃんは対比関係ではなく同じ分類なのに犬はかわいいが赤ちゃんは可愛いと思えないと描かれているのが純粋に面白いなと思った。
赤ちゃんが怖いと思う現象の名前あったよね
Posted by ブクログ
推定枚数218枚
途中からミナシロさんは子どもを渡さないんじゃないか、と思ってたらやっぱり。
おばあちゃんが危篤になって、「お腹が大きくないから帰れない」と考えるシーンは生々しく印象的だった。子供が他の女とできてしまったからもらってほしい、ということ以上にそれを許される前提で進むことに腹が立つ。主人公の受け身の感じが随所によく出ている。
◯印象的な文
わたしのほしいものは、子どもの形をしている。けど、子どもではない。子どもじゃないのに、その子の中に全部入ってる。
→セックスが苦手なのに子どもを産まなければいけないのか、産んだら両親は喜ぶし社会は優しくなるし悩まなくて済むだろう。そもそも選ぶのがしんどい。そういうことが全部詰め込まれている。
◯展開
検診のため隠毛を切る
↓
子どももらって
↓
過去犬の話、郁也との出会い、病気の話、東京での就職
↓
ミナシロと再会
↓
課長と不倫して子供ができた笹本さんp63
↓
大学への転職話
↓
ミナシロ なぜセックスできないか
↓
郁也と喧嘩
↓
大学見学 子供が成長してほしい
↓
実家帰る 子供できたら喜ぶかな
↓
田舎での手術。もう結婚できないね。
↓
ミナシロ 郁也と結婚
↓
祖母危篤、子どもをもらう決心。
↓
ミナシロ こども渡さない
匿名
感情の表現が切なくて繊細でリアルでした。
内容は実際にこんな事ってありえるの?どんな神経してんの!とミナシロさんとイクヤに腹が立ち、けれどイクヤの彼女に対する愛情も感じ複雑です。彼女はしんどくても、ずっと彼を受け止めるべきだったのかも。子供は出来なくても幸せになれたのかも知れない。
Posted by ブクログ
読みたいリストから。
ふゆイチ対象作品になっていた時に、あちこち探して買ったのに、手に取るのがすっかり遅くなってしまった( ..)՞
間橋薫は半同棲している恋人・郁也に連れられ、ミナシロと名乗る女性に会う。彼女は郁也との子どもを妊娠したけれど、育てる気はないと言う。そして薫に尋ねるのだ。「子ども、もらってくれませんか?」
「水たまりで息をする」もだけど、本書もあらすじがなかなかに強烈…でもなぜか惹かれてしまう…!
短い物語なのでサクッと読めるけど、感想を書くのはなかなか難しい…… 。
子どもを産むこと、産まないこと。
子どもを持つこと、持たないこと。
性は愛がなくても成立するが、愛は性がなくても成立するのか?
考え出すと「これ」という答えが出ない問いを出されているかのよう。
設定にはリアリティがないのに、その出来事が間橋の心を動かしていく様がすごくリアルで引き込まれた。
「子ども」ってパワーワードだよなぁ。
ミナシロには終始嫌悪しかなかったけれど、子どもを産むか産まないか、についての言葉には共感した。
私も実際に子どもを産むまでは、頭の片隅にずっと産むか産まないか問題があった気がする。
実際は「産んだらクリア」ではなくて、産んだら産んだで第2子問題がある気がするし、第2子産んだら第3子…?(。•́•̀。)
物理的に産めなくなるまで終わらない気がする。
これはもう女の性なのかもしれない。
私は母親という立場で読んでるからか、子どもの行く末がとにかく気になった。
収まるべきところに収まったなぁという気はするけれど、その後の2人は…?
心がザワザワしたまま読み終えた。