高瀬隼子のレビュー一覧
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ネタバレ1日でさくっと読めました❕
わたしは結構すきでした
どちらかというと、私は押尾さん寄りの性格
自分じゃない誰かが怒鳴られてるだけで落ち込んで、HSPとか言って、休職した芦川さんみたいな人いたな〜とか思い出したりしました。なんだろうな、本当に弱すぎるし、その弱さを、だって仕方ないでしょ?て開き直ってるように見えてしまうから、
私は強く生きなきゃて思っちゃう押尾さんの気持ちわかる、、でも芦川さんのがモテるよね、それも分かる。
お菓子作って持ってくるくらいなら、仕事してくれよって思っちゃうけど、そう言うと意地悪だって言われちゃうのも理不尽だよねとか
(捨てるのは良くないけど、、、)
正しさって、 -
Posted by ブクログ
サクッと読めた。会社員経験のある人なら皆、頷く事が多く、あらゆる登場人物を誰かに当てはめて読んでしまう娯楽作品。組織の中で働いていると、自分の主張や思考を抑えて生きなければいけないので、1人でも自分の価値観と似てる人を見つけると、小さな共犯者のような、同盟を作りたくなるのは男性も女性も同じなのだろう。そうでもしないと、ストレス満タンの会社で働いてはいけない。「みんな自分の仕事の仕方が正解だと思ってる」「強いか弱いか比べる戦いだった、弱者が勝った」組織で働く中で感じるもやもやをうまく表現したフレーズが印象的だった。それにしても、芦川タイプの人がこの作品を読んだらどう感じるのだろう?あ、自分のこと
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Posted by ブクログ
当然、弱い方が勝つ。どこにでもありそうな狭い社会のお話だから妙なリアリティを感じた。
人生無理せず生きていきたい。でも護られる対象にはなりきれない。弱い者を護りたくもない。だって、私は誰かの弱さで自分が損をしたなんて思いたくないから。思いたくないけど弱さは悪ではないから困ったもんだ。弱いより正しくない人間になりたくないから、みんな当たり前に誰かの弱さを受け入れているんだろうなと思う。
困ってしまうから芦川さんみたいな人には出会いたくない、切実に。
二谷の食に対する思考は極端すぎるが、気持ちは少しわかる。仕事で忙しい中、食べる行為に時間をかけたくない。仕事中心に自分の世界が回っている時に『食べる -
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長い余韻の中にいる。
社会で「そつなく」暮らせる人への
声なき、叫び。
夫に起きた出来事の描き方が
「病院で薬を飲めば治る」というかたちではない
本質をついた表現だな、と感じた。
個人的な器質の問題じゃない。
ひとの行動が「狂う」とき、
それは本能的な生物としての生命が
この場所で自分をフィットさせるのは無理。
と言っている。
ダムの放流みたく、
目の前の雨の量じゃなくて、
集まってしまった総量。
ささやかだけど致命的な他者の悪意のある言動。
それは、東京だからとか田舎だからとかではなくて
社会生活そのものの大変さ。
どこかで放流しないと川全体が氾濫してしまう。
台風ちゃんの描写は
主 -
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主人公の気持ちちょっとわかるなーー。
「子どもがほしいのかな、いらないのかな。そういうことを考えすぎたんだと思う。選択する前に、よく考えてから選べと言うけど、考え抜いた後で、選びたい方が残っているとは限らない。」は刺さった。
私はバツイチ。今周囲は結婚ラッシュ出産ラッシュ家を建てる人まで。人生は人それぞれの歩み方がある。これが幸せという正解などもちろんない。今の私にとって、結婚も出産も「したい」ではない。この人と思える人がいたら、結婚したい。その人と結婚して家族を増やし、子どもを迎えたいと思えたなら、出産したい。
今のわたしは、この人と思える人もいないので結婚も出産も「したい」ではない。
で -
Posted by ブクログ
純文学でありながら、読者を突き放さない距離感で、生活の中に潜む歪みを静かに、しかし執拗に描き出す作品であった。
題材自体は、今風に言えば「夫が風呂キャン界隈」という出来事にすぎない。けれどその一事象を問題として消費するのではなく、風呂・雨・川という章を通して、他者と暮らすことによって生じる思惑のズレや、妻という立場に押し付けられる役割意識を、形を変えながら浮かび上がらせていく。
生きることと、生活することは違う。
息はできる。でも、それは健やかな呼吸なのか。
誰かと生きる選択をした瞬間から、「私の人生」は静かに「私たちの人生」へと書き換えられていく。その過程で生じる違和感や我慢は、決して劇