高瀬隼子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
優しい内容の本が読みたいと思って手に取ったが、全く違った。
一言で表すなら、言葉にしにくい悪意を積み重ねて読ませる作品だった。
自分のことを弱く見せる事が自然とできる人間に対して、自分は我慢しているのに、と嫌悪感を抱いたり、その周りの人間も暗黙の了解のようにその人を丁重に扱う状況をよく思わない心理描写がとてもリアルで面白かった。
また職場にその人が手作りのお菓子を毎週のように持ってくるが、「美味しいと言わなきゃいけない」「オーバーにリアクションをし、感謝を伝えないといけない」のような内側の黒い部分を大きく見せるような作品だった。理解はできるし想像もできるが、自分はそこまで他人に矢印を向けないので、「別に流せば良くない?」くらいに思い、そこまで感情移入しなかった。
だが、この無意識か意識的か分からないが、弱いことで周囲を操作する人間がいる・それを守ってあげたいと純粋に思う人間もそうでない人間もいるという着眼点は面白かった。
心理描写がマメですらすら読めたが、事件や人物を深掘りするわけでもなかったので、軽く読める小説だなという印象。
あとこんなにも食事の描写を不快に書けるのかと感心した。
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良かった言葉:
- そんなに優しい声ってどこから出しているんだろうか。あなたを許しますっていう声。許されてきた人だけが操れる声。
-好きより大事なものがあるような、好きだけで物事を見ていると、それを見落としてしまうような気がするし、そうであってほしいと望んでもいる。 -
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「水たまりで息をする」が背負う側の話なら、これは背負われる側の話だと思う。事情がある側の話。事情がある人が誰かと生きていこうとするとき、やっぱり多少なりとも自分の抱えているものを一緒に持ってもらうことになる。だけどそれってすごく重荷だ。背負う方じゃなく、背負われる方にとって重荷。自分の抱えている事情によって相手の未来を狭めてしまう事実、それを強要してしまっているかのような苦しさ、この私を選んだのはあなたでしょうという怒り。そういうものと向き合うためには、そこまでして一緒にいる理由がほしい。本当に郁也を愛しているのか、何度も「わたし」が問いかけるのは、自分の選択が自分の意思であるという自信を持ちたいからだと思う。
「わたし」の行動はとても常識的だ。そこに感情が伴わなくても、相手が喜ぶ言葉や行動を自然に選ぶことができる。最後もミナシロさんのあり得ない提案を受けようとする。それは、郁也や家族のために、こうした方がいいんだろうなあということだから。そうやって、周りに求められるであろうことを選んでいるうちに、自分の本当の気持ちが分からなくなっているんじゃないかと想像した。
いわゆる普通じゃないと愛されないのか。それは違う。違うと願っている。子どもが持てなくても、可愛いと思えなくても、セックスが嫌いでも、それでも誰かと生きていきたい人はこの世の中に沢山いると思う。だけど、「わたし」がわたしの思うままに生きるには、あまりにも“普通であること“に安心する人が多すぎるんだろうなあと、その生きにくさを思った。 -
Posted by ブクログ
湿った脂っぽいものが連想されて、じんわりずっと不快だった。食後のデザートとともに読書を楽しむ、とかそういう時に選ぶ類の本ではないけれど(実際に失敗した)読み進めてしまう確かな面白さがあった。
世間の“こうした方がいい“に則って生きてきた彼女は夫の弱さを許そうとする。受け止めようと努めるけれど、家族に自分の弱さを背負わせてまでも生きることができる夫や、これは夫婦の問題だと言い切る義母に対し、ぶつけようのない怒りが湧いてくる。仕事を辞め、少し太って笑顔が増えた夫と対照的に、彼女は経済的支柱とならざるを得なくなり、人生の選択肢が狭まっていく。
台風ちゃんをボウルに入れたまま海のそばに置いたことと、夫とともに川のそばに移り住んだことが重なった。ラストの展開をいつからか彼女は頭のどこかで予測できていたんじゃないかと思った。本当の結末は分からないけれど、たとえ夫がいなくなったとしても、あれだけ焦がれていた川と一緒になれたのだから良かったんだとか割り切って生きていけそうな気配すら感じる。きっと、理解しようとする気持ちは本当で、でも、どうしようもない怒りややるせなさも本当で。自分では“世間のこうした方がいい“から逸脱できない彼女は、台風ちゃんと同じように夫の運命をも天に任せたのではと想像した。
夫婦なら相手の弱さを丸ごと許さないといけないのか、その問いを終始投げかけられ続けていたように思う。許せないかもしれないと思う一方で、私の弱さは受け止めてほしいと身勝手に思った。
この話に希望を感じる人もいれば、そうでない人もいて、色々な解釈があることが面白いと思った。解釈できる余白がある物語は好きだな。
私はというと、この話には一寸の希望も感じなかった。読み終わった後は、暗い穴の中に落とされたような感覚だった。その穴の中で、持ち堪えられてしまう側が背負わざるを得ないものについて、その現実について、しばらく考えてしまった。 -
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『夫がある日、お風呂に入らなくなる』といった内容に、え、何それと読みたくなった。
当たり前にやった方がいいからそうしてきたことが日常には溢れているが、もしかするとお風呂に入ることもそうなのかもしれない。そして、そこから逸脱することは周りからの、社会からの逸脱でもあり生きづらさにもなる。スメハラといった言葉もあるが、実際同じ職場で働くとなれば耐えられないことだろう。
最後の展開は、過去の気持ち悪い感覚や罪悪感を夫に重ねているように受け取った。自分も妻であるが周りと同じ目で夫をみている部分があることに気づいたり、どうして?とぶつけられない気持ち、夫とただ生きていきたいと思った気持ち…色々混ざり合っているように思う。きれいな結末とは思えなかったが、開放されたであろう夫を、その夫から開放された自分を、よかったでもなく辛いでもなく、何ともいいがたい感情を表現していると感じた。そしてタイトルに戻り、水たまりで息をするはどういった意味かと考え、またすっきりとは晴れない感覚をもった。 -
Posted by ブクログ
面白かった。麻布競馬場さんの巻末解説がよかったので、この方の小説も読んでみようと思った。以下、各編の感想。
▼花束の夜
実らぬ片想いをしていた相手とは全然違うタイプの人とロマンチックでもなんでもない肉体関係を持ち、好きになり、相手も遊びだとわかっているのに、乱暴に渡された花束を持ってあてどない夜をさまよってしまう……という、もうこの構図自体が無性に切ない。「自分が好きだと思った人の、仕事上の他者評価を耳にして、それは自分が直接感じていることではないのに、『そう思っている』他者がいる事実だけで、ほんのり、またほんのり、好きが削られていく」という気持ちは高瀬さんの作品に普遍的に見られるなと思った。個人的にはこれの逆が怖い。
▼お返し
幼馴染(というには遠い関係だけど)の少女からバレンタインデーにチョコをもらっていた、幼少期から高3までの思い出を振り返る男の話。一読してなんて美しいんだろうと思った。いままで読んだ高瀬さんの小説の中で一番美しい小説だった。
でもその理由がよくわからない。描かれている感情は決して綺麗なものではないし、語られている思い出そのものが美しいというわけでもない。ふたりの関係は客観的に見れば希薄なもので、文章も凝ったものではなく淡々とつらつらと書かれているだけだ。おまけに語り手がユウハをどう思っていたのかは明言されていない。にもかかわらず、なぜここまで深くて強い感動を覚えたのかわからない。
わからないが、まあ印象に残る作品って得てしてそういうものだよなあとも思う。ひとつ言えるとすれば、たぶん回想もさることながら、終盤で男の妻になる人が語っていた、好きの気持ちの終点は必ずしも両思いになることじゃない、みたいなくだりが味わいを一段と深くしているのかもしれない。
▼新しい恋愛
表題作。ロマンチックが苦手な女性の話。「一生守る」とか「世界がどんなに変わっても愛してる」とか、僕も子供の頃からすごく嫌いな言葉なので、めちゃくちゃわかるなと思った。ただ相手のプロポーズの予定を潰してしまうのはなんとも笑 それくらいは言わせてあげてもいいんじゃないと思うけど、よっぽど嫌だったんだろうな……。
ところでなぜロマンチックな言葉が嫌いなのか。これまでは「一生」とか「どんなことがあっても」とかいう大仰な表現を、人が変わっていくことを知っているくせに、未来のことなんてわからないくせに、自分の大切な相手に対して使うのが無責任で不誠実だからだと思っていた。しかしこの小説を読んで改めて考えてみると、目の前の現実や、そこにいる自分や相手をちゃんと見ていない感じがするから嫌なのかもしれない。
▼あしたの待ち合わせ
この短編集のなかで一番、語り手に共感できない作品かもしれないと思った。もちろん悪い意味ではまったくない。まずシンプルに、恋人を作ろうと思えば簡単に作れるというのがすごい……(にもかかわらず、長続きしないのがキツいという話でもあるんだろうけど)。
気持ちがわからないなりに考えてみると、かな子が狛村くんを付かず離れずの位置においているのは、単純に狛村くんのことが好きじゃないということもあるのだろうが、それ以上にもし万が一付き合ってしまうと、経験則からしてこれまでの恋人たちのようにすぐに別れることになってしまうであろう、そうすると彼が燃やしてくれている自分への恋情が立ち消えてしまうかもしれなくて嫌だから、ということかなと思った。しかしここで描かれているこの欲望は、かな子の中ではどう価値判断されていて、それを抱えて(あるいは捨てて)かな子はどこへ向かいたがっているのだろう。それをはかりかねるのが口惜しいなあと思った。
▼いくつも数える
他人の歳の差婚に対して、心の底から気持ち悪いという感情がない人間なので、こういう話に直面するたびになんだか結婚する当事者たちが気の毒だなあと思ってしまう。しかし同時に、気持ち悪いという感情自体はどうしようもないわけで、それに葛藤してしまう人の苦しみもあるんだなあとも。自分はそこから免れている分、運が良いのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ高瀬隼子さんの作品にハマり、この作品も読んでみました。
が、最終的に登場人物全員に共感ができず終了。。(涙)
主人公の薫は病気で子どもが出来づらい体質で、性行為も得意ではない様子。でも郁也という人と付き合っていて、ある時その郁也が別の女性(ミナシロさん)にお金を払って性行為をしていた&妊娠してたという事実が判明。
ミナシロさんは妊娠するつもりもなく、ましてや中絶はしたくない。だから、郁也と薫に子どもを貰って欲しいと要望するが、、、
ひたすら、ミナシロが自分勝手すぎてイライラする。
付き合ってもない人、かつ彼女持ちの男に金を貰って性行為をして妊娠したらしたで「子供が出来る行為と思ってなかった」と言い、薫に対し、「子供はいらないからあげる」と言ったが結局「やっぱりあげたくない」と。あまりに勝手過ぎるし、思考が子供だ。。
マジでどういうこと?
郁也も、性行為がそこまでしたいんだったらプロに頼むか薫と別れて違う人と付き合えよ。
薫もなぜミナシロと郁也が訳分からないことを言い始めた時、意味がわからないですって言って郁也と別れないのか……。しかも、薫が子供を貰いたい、とやっと決断したところでミナシロが「やっぱあげたくないです」と言った時なんで怒らないの?
誰にも共感できずに終了してしまった。
何とか分かろうとするなら、
①薫は郁也に依存してて共依存関係にあること(地震が起きた時ミナシロではなく自分を守ろうとしたことにときめいたとのことでしたので)
②子供を産もうと思えば産める可能性があるが可能性が低い状況であること
③親や郁也に子供を見せたい
という3つの状況が、重なってたら
例え、依存してる郁也が知らない女に金を払って性行為をしていても、ミナシロが悪びれてないことを許して、他人の子供をもらおうという発想になる、のか?
薫と考えが違いすぎて、終始疑問でした。。
私が感情的すぎるのかな。。
「犬のかたちをしているもの」は結局なんだったんだ
郁也ともとれるし、理想的な自分の子供の姿(愛せるもの)でもあるのかな。
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Posted by ブクログ
『おいしいごはんが食べられますように』の作者が描いた小説。相変わらず、幸せになれない人間を上手に描くなぁと嫌厭しつつ楽しく読破しました。
文章の流れが良いというか、スムーズに読めます。
自分は頑張っている、私は最強!と自己顕示欲を保つ若い女性は多い(それが若さというものか)。
女性が綺麗に化粧して、清潔感があり、上司から好かれるような子は他人には見えない「自己投資の塊」な部分もあるかもしれません。今時のSNS情報の怖さも伝わってきてゾクゾクする恐怖心が湧いてきます。
短編集も含まれていますが、主人公は皆捻くれ者ばかり。結婚に関する話は主人公が幸せになりたい気持ちが伝わってきて、やるせない。
みんなが幸せになれるといいね‥と願いつつ、そっと本を閉じました。