最近では一押しの作家、浅倉秋成のデビュー作。デビュー作ということもあり、作者が好きなこと、書きたいことを詰め込み過ぎていて、やや散らかった印象はあるものの、全体的な雰囲気やキャラクターなどは非常に好きな作品。
主人公サイドの登場人物は4人。この4人はいずれも特殊な能力を持っている。
他人の背中に「その日の幸福偏差値」が見えるという能力を持つ大須賀駿
指で本を読み、その本の内容を頭に入れることができるという能力を持つ三枝のん
毎朝、目覚めるとその日に聞く5つのセリフを予知する能力を持つ江崎純一郎
触れた物のスイッチを押すことで、それを完全に壊すことができるという能力を持つ葵静葉
少し長めのプロローグでは、この4人の能力の紹介と普段の生活が描かれる。
大須賀駿は、同級生の真壁弥生との淡い恋のエピソード
三枝のんは大量の本を買いに行くエピソード
江崎純一郎は、いつも訪れる喫茶店で「ボブ」と呼ばれる男とトランプゲーム「ノワール・レヴナント」を行うエピソード
葵静葉は、ピアノを弾くことをやめたピアニストとして、自身の能力で「壊した」ピアノを弾くエピソード
そしてこのプロローグの中で、4人それぞれが7月23日~27日に東京ビッグサイト東ホールで行われるイベントとホテルの宿泊チケットを手に入れる。
ここから、7月23日、24日、25日、26日、27日の話が描かれ、最後に少し長めのエピローグ、回想へと続く構成
7月23日は、4人の出会い。それぞれが別のイベントに参加する目的で、東京ビッグサイトを訪れる。
大須賀駿だけは、道中「メイ」や「ノワール・レヴナント」と名乗る謎の少女と出会う。
「あなたにも、一目会っておこうと思ったの。どんな人なのか少し気掛かりでね」とその少女は言う。
イベントが開催されないことに困惑しつつ、出会った4人は、それぞれが「普通ではない」能力を持っていることを知る。
4人は、能力を得たときに聞いた謎の声を思い出す。 「…その時が来たら、私に協力しなさい…」という声を。
4人は有明ボストンホテルに泊まり、翌日レゾン電子のイベントを訪れ、資料に記載してあった「田園調布」の住所を調べることにする。
7月24日。大須賀駿と三枝のんは、レゾン電子の偵察のため、モニターとなるイベントに参加する。
その中で、三枝のんは自分が読書をするきっかけとなった「さっちゃん」との出会いについて触れる。江崎純一郎と葵静葉は田園調布の住所へ。その住所にはクロサワという家があったが、火事で消失したという。
この中で、葵静葉は友人であるチカが自死し、そのきっかけとなった男を「壊した」話をする。
4人は、三枝のんがイベントの中で指で読み取ったレゾン電子の名簿から「クロサワ」という人物を調べ、「黒澤龍之介」を訪れ、謎の質問と悪い噂といった情報を得る。
レゾン電子には7年前に退社した社員が多い。火事があった「クロサワ家」で死亡していたのは、黒澤皐月。葵静葉は、かつてピアノコンクールでショパンの革命を弾く黒澤皐月に衝撃を受けていた。4人が能力を得たのは4年前の8月1日。それは黒澤皐月が火事で死亡した翌日だった。
黒澤皐月の写真を見て、大須賀駿と江崎純一郎は面識がなかったが、三枝のんには面識があった。かつての親友であった「さっちゃん」だった。ここで2日目、7月24日は終わる。
7月25日。三枝のんは、黒澤皐月とのエピソードを語り、葵静葉とともにレゾン電子への潜入を図る。レゾン電子への潜入はなんとか成功し、三枝のんはいくつかの資料を指で読む。しかし、レゾン電子の藪木という男がホテルを訪れ、追い詰める。
大須賀駿は、黒澤皐月が通っていた学校で情報収集を行う。江崎純一郎は、レゾン電子の元副社長・森重昭と会い、話を聞く。江崎純一郎は、森重昭からカジノの入場パスを受け取る。また、喫茶店で懇意にしていたボブが、レゾン電子の社長・黒澤孝介の兄だと気付き、自分に能力が与えられたのはボブとのつながりがあるからではないかと考える。7月25日、3日目はここまで。
7月26日。江崎純一郎は、森重昭から受け取ったパスを使い、三枝のんが本を買うために用意していた20万円を借り受け、カジノに赴く。予言と葵静葉から借りた音楽プレーヤーを使って、ノワール・レヴナントというトランプゲームの勝負に挑む。ノイズキャンセルと予言で勝ち、153万円までチップを増やすが、操作ミスで予言を活かせず、チップを失う。チップを失っても10ピリオドはゲームを続ける必要がある。当日返済は150万円。その後は1日1割の利子という金利で100万円の貸付を受ける。
江崎純一郎は、「~です。」となっていない予言がディーラーの発言でないことに気付き、実力でノワール・レヴナントを達成し、数千万円の勝利。ディーラーに黒澤孝介への面会を取り付ける。三枝のんは、黒澤皐月の家が火事に遭った際に残った品を預かっているサービスに向かう。そして、黒澤皐月の日記を指で読む。
大須賀駿によると、三枝のんの「幸福の偏差値」は58、江崎の「幸福の偏差値」は75だった。
7月27日
三枝のんが語り手となる形で、黒澤皐月の日記が描かれる。4人は手分けをし、江崎純一郎と葵静葉は千葉のレゾン電子の工場に向かう。大須賀駿と三枝のんは、レゾン電子本社に向かう。三枝のんは5階のトイレへ、大須賀駿は黒澤孝介と面会する。
三枝のんは、江崎純一郎と葵静葉が向かう千葉の工場のパスワードを盗み出すが、不正アクセスがバレ、藪木に捕まる。
大須賀駿による黒澤孝介との面会。黒澤孝介の計画は、子どもを産めない人間を作ること。江崎純一郎と葵静葉は三枝のんが盗んだパスワードで工場に侵入。大須賀駿から指示があれば、葵静葉の能力で「子どもを産めなくなる薬」を生産する機械を破壊することになる。
大須賀駿は黒澤孝介の考えを聞く。「子どもを得るに値する人間のみが子どもを手にするべき」「醜きものから何人もの醜き子どもが生まれていく循環」…それはもはや「ヒト」ではない。4年前の火事の話。そして、真壁弥生の話。黒澤孝介は真壁弥生の父でもあった。大須賀駿が見た黒澤孝介の「幸福の偏差値」は34。こんな低い数値では、何もできるはずがない。大須賀駿は黒澤孝介と闘うことを決意し、江崎純一郎と葵静葉に連絡する。
連絡を受けた後、葵静葉はチカのことを思い出し、本当に機械を壊してよいか悩む。江崎純一郎と会話をし、自身の「物を壊す能力」はこの機械を破壊するための能力だったと気付き、機械を破壊する。
黒澤孝介は、千葉の機械が破壊されたという報告を受け、大須賀駿に問う。「君はなぜ……ここまでして私たちのことに首を突っ込んできたのかな?」。大須賀駿は、「黒澤皐月の遺志」と答える。黒澤孝介は「拘束している人間はすべて解放して結構。工場の処理はあとで考える」と伝える。
「私は『敗北』を許さない。勝ち逃げなど絶対にさせはしない」「君にプレゼントをあげよう」として、小さな茶色の紙袋を渡す。「ノワール・レヴナントによろしく」と告げ、黒澤孝介と大須賀駿の面会は終わる。ドミノはすべて、倒された
少し長めのエピローグ。葵静葉。これまで壊していたものがすべて治っている。「あの男」も目覚めている。江崎純一郎からのメッセージを受け、「あの男」に二度と会わないと伝え、改めてピアノを始める。「自分の人生において、一切、恋をしないこと」という自分への罰は引き続き有効にすることを決意する。江崎純一郎に、「いつかどこかで、また会えたなら」という思いで。
江崎純一郎。カジノで得た3000万円ほどの金をボブに渡し、ギャンブラーになることを決意したことを伝える。ボブはその金をマスターに寄付。江崎純一郎は、この喫茶店の名前が「ブランシュ」であることを知る。
三枝のん。江崎純一郎に増やしてもらった資金で本棚を購入。指で本を読めなくなっているが、黒澤皐月との思い出を胸に、本の森に乗り出す。
大須賀駿。真壁弥生の育ての親である叔父、叔母に会い、黒澤孝介の妻、黒澤皐月の母=真壁優美の話を聞く。真壁優美は黒澤孝介と結婚するが、黒澤孝介は娘を愛せなかった。離婚し、夫に姉である黒澤皐月を預け、娘を愛することができれば再婚するとしたが、死んでしまう。真壁優美が死んだ原因は出産。黒澤孝介の計画は、このことも原因だったのかもしれない。
大須賀駿は真壁弥生に告白する。大須賀駿の能力は失われていない。この能力は、真壁弥生を幸せにするために黒澤皐月が与えたもの。その能力はまだ目的を達していないから。
大須賀駿は黒澤孝介からもらった飴を、隣人でレゾン電子のモニターに参加していた田中夫婦に渡し、あの5日間を思い出す。
回想
4人は連絡先を携帯電話から削除していた。もし再会できれば、感動すると言って…。
【感想】
浅倉秋成作品としては、話題となっていた『六人の嘘つきな大学生』を読んで気に入り、『九度目の十八歳を迎えた君と』『教室が、ひとりになるまで』『フラッガーの方程式』と読んでから、デビュー作の『ノワール・レヴナント』を読んだ。
第一印象としては、キャラクターの魅力は感じるが、やや詰め込み過ぎ。どうして黒澤孝介が主人公たちを許したのか、いまひとつ納得ができないと感じた。
特殊な能力を持っていた主人公たち、大須賀駿、江崎純一郎、三枝のん、葵静葉のキャラクターは非常に魅力的。特に三枝のんのキャラクターがお気に入り。もっとも、4人の主人公が黒澤皐月から預けられた能力を使い、黒澤孝介の考える「子どもを産むことにリスクを伴う世界を作る」という計画を破綻させるというストーリーでありながら、三枝のん、葵静葉の能力はうまく使われているものの、江崎純一郎の予言の能力はうまく使われていない。結局、江崎純一郎は自身の力でカジノに勝っており、予言はなくてもよかった。このあたりの割り切れなさが、浅倉秋成らしくないと感じてしまう。
ストーリー的には、ノワール・レヴナントと名乗る謎の少女の正体と、主人公たちが協力すべきことは何かといった謎を解明していく展開はスリリングで、三枝のんが大活躍するが、やや冗長に感じる。レゾン電子への侵入や、カジノでのカードゲーム、ノワール・レヴナントでの対決シーン、黒澤皐月の正体を見極めていく過程は見ごたえがあるが、一本の筋でつながっていない、散漫な印象がある。計算より、書きたいことを書いているという印象。結果として、黒澤孝介の計画を破綻させるという部分に収束しておらず、黒澤孝介の敗北、主人公たちを許すという部分に説得力が出ていないように感じる。黒澤皐月の正体を見つけ出すというストーリーがメインとなっているのに、最後に黒澤孝介の計画を破綻させるというストーリーがつながっていて、この2つの関連性が薄いと感じてしまった。
真壁弥生の存在と、大須賀駿の能力も、黒澤孝介の計画の破綻とつながっていない。黒澤皐月が三枝のんの幸せを願う気持ちはストーリーから読み取ることができ、説得力があるのだが、黒澤皐月が真壁弥生を愛するという部分が読み取れず、ここにも説得力がない。真壁弥生の存在がなく、大須賀駿の能力が黒澤孝介の計画を破綻させることにつながる能力だった方が一貫性があったように感じる。
総じて、今の浅倉秋成らしくない、計算され尽くしていない作品になっていると思う。デビュー作だから仕方がないところがあるし、失敗作というわけでもない。これも浅倉秋成らしさの表れともいえる。計算しつくす伏線の名手という魅力のほかに、魅力的なキャラクターを生み出す力もあり、後者がいかんなく発揮された作品という印象である。
評価としては★3で。キャラクターの魅力はあるが、ストーリー的にもう少し首尾一貫性がほしかった。浅倉秋成らしさは感じられるが、私の浅倉秋成に求める期待には応えきれていないという印象。浅倉秋成のデビュー作として評価はするが、この作品では今の浅倉秋成作品の魅力は伝わりにくいし、今の浅倉秋成の作風の方が好きなので、その点が割引きという感じである。