伊藤典夫のレビュー一覧
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素晴らしい本当に
折り目をつけて繰り返し噛み締めたくなるようなフレーズが頻出する
時代に逆らって本を読みたがる全ての現代人たちに捧げたい
1950年代においてもこの状況を危惧していたレイ・ブラッドベリ
現実にはもっとシームレスに、緩やかだが確実に、この未来へと進んでいっていることだろう
写本の時代から、印刷が生まれ、大衆化が進み、映像が生まれ、手軽さが重視される
脳みそで咀嚼することを忘れ、他人が消化したものを噛まずに飲み込んでいる我々は、何か大切なことを忘れてしまっている気がする
じゃあ、一体全体何が大切だったんだろう
それをこの物語を読みながら考える、読んだあと考える、そして死ぬまで考え続けたいな
ベイティーが激烈に印象的な人物だった
「さあ、やれるものならやってみろ、この安受け売りの文学かぶれめ、引き金を引いてみろ」 -
Posted by ブクログ
私が必要としていた言葉がたくさん見つかった。
今この瞬間も起きている愚かで不条理で納得のいかないことと、愛おしくて満ち足りた日々の一瞬一瞬を、どう共存させたらよいのか。どう考えれば納得いくのか。それは妥協のようにも聞こえるけれど、戦争体験者がもがき苦しみたどり着いた真理だと思う。決して諦めではなく、この瞬間を生きることに集中するということ。
「美しい瞬間をながめながら、われわれは永遠をついやす」
素晴らしい作品で、私のベスト10に入りました。
もう一度読もう、原書も読もう。
日本に生まれ育った自分としては、ドレスデン爆撃を広島の原爆と比較して語られることにモヤっとするけれど、伊藤典夫さんの後書きでそれはのみこめた。死者数ではなく、そこにあった一人一人の美しい瞬間に目を向けることを忘れないようにしたい。 -
Posted by ブクログ
衝撃的。ぞわっとした。
火を消す「消防士」ではなく、火をつける「昇火士」。
本の所有者を見つけ、家ごと燃やす昇火士のモンターグは、近所に住む少女との会話から、本に興味を持ってしまう。
ディストピア感はジョージオーウェルの「1984」を彷彿とさせる。家にはラウンジと呼ばれる、四方の壁に映像や音楽が映る部屋があり、妻はひたすらそれを見て聞いて楽しむ。
そうやって思考力を奪われた人々。
世の中が加速し、映画、雑誌、本などは短く、すぐに結論が出るものになっていく。それにより思考も浅くなり、せっかち族が増えていく。
まるで予言のようだ。本や映画→テレビ→インターネット→YouTube→TikTok。もはや1分も我慢できない現代人。当時からその傾向は始まっていたのか。
メタファーが多用されていて、いま何のことを語っているのか、現実なのか白昼夢なのか、熟読しないとわからないシーンが多い。読み込むと確かに美しい。でも難しい。 -
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ネタバレ本を焼いて考えることを禁止して
刺激的な娯楽のみを与えることで
幸せを管理する
ただ国は戦争中で
国民はその事についてあまり考えることもなく
空から突然落とされた爆弾で死ぬ
現代とすごく重なってたくさん考えさせられた
ものを知らず
深く考えないことはほんとうに幸せなのか
配慮のいき過ぎで何も話せなくなってしまうことが本当に良いことなのか
前半と後半で炎の意味が奪うだけ、から与えることができる、になるのも印象的
モンターグは普通の人で
正しいことのためだったとしても
そりゃあ人なんか殺したくないよねってかわいそうだった
グレンジャーもフィーバーも言ってた
「正しい種類のあやまち」という言葉は
すごくぴったりで
ああするしかなかったからあやまちではあるけど同時に正しい行いでもあったよね
この後のモンターグ達の人生絶対大変すぎて辛いけど
箱庭で考えることを取り上げられて常に刺激に飢えていた生活よりはましなんだろうか -
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ネタバレ再読、2度目です。前回は宇野氏による旧訳の「早川SF全集13」を読みましたが、今回は伊藤氏による新訳版です。新訳の方が圧倒的に読みやすいと聞いていました。全体的にパキッとした気がします。なんせ前回はハヤカワSF全集とかいうぶっといのだったので…。
まず文章が綺麗。余計な説明0。それでいて頭にフッと画が浮かぶような人物描写。冒頭の「火を燃やすのは愉しかった。」は、旧版でも同じだったと思うんですが、圧倒的に美しい表現だと思います。人間の持つジレンマとか、楽なことに流される表現が上手なんです。2部でいきなりブチギレモンターグに変身するのは何度読んでも「もっと冷静じゃなかったかあんた」って思いますが、自我を獲得したいわゆるイヤイヤ期ってやつなんですかね。
第3章からの鮮やかな急展開、ベイティーは多分モンターグを薄気味悪く思っていたんだろうなと思う。にしても、頭に血が昇って(?ちょっと違うかも)火炎放射器で人を焼くという、この描写になんと心の惹かれること。しかしこれはベイティーの教え。「問題とは向き合うな、燃やしてしまえ」、本の本質に気付いても楽な方に流れてるんですよね。
情報の本質、本というものに気付いてからモンターグは独りよがりになっているような気がします。本を読まぬ人間をどこか見下している。自分もつい先刻までそうであったことを忘れて、逃亡後はそこも鳴りを顰めて、思慮深い所謂知識人のような人間性を獲得しているように見えます。これも本による知性の獲得というやつなんですかね?
水面下でいつの間にやら勃発した戦争、これは今回もよく分かりませんでした、完全に背景描写的なものの一種として見ていました…。次はそこに注目して読みます。
モンターグは、情報の本質、「本」という存在によって命を救われたんだと思います。 -
Posted by ブクログ
テッド・チャンの「あなたの人生の物語」を元にした映画「メッセージ」のヘプタポッドを思い出しながら読みました。
時間を、線形ではなく全体として一望するという感覚は、決定論や運命論的で自由意思の無い冷酷なイメージもありますが、この小説では一枚のペルシア絨毯の模様を、繰り返し愛おしく撫でる様な優しさを感じました。
この小説はSFなのか、妄想か、後遺症か。
過去、現在、未来様々な出来事を断片的につないだ
ユーモラスな雰囲気とコミカルさの奥に、そう書かざるを得なかった悲惨さと、嘘をつかない為に虚実織り交ぜて書かれた真摯さを強く感じました。
戦争や自然災害、病気、別離などの困難に直面した際に感じる「なんで私が」という気持ち
原因を掘り下げても立ち行かないような時、
「So it goes (そういうものだ)」というのもひとつの振る舞い方だと思う。
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最初に出会ったのはペンギン版、“Cat’s cradle”。まずは書名に感嘆した。どうしたらこんなタイトルを思いつけるのか。
短いエピソードが127、その積み重ね。エピソード間の一瞬の空白が絶妙な効果を生み出している。インディアナ出身、コーネルで学び、ドイツにて戦争の悲惨さを体験し、一時期ゼネラル・エレクトリックにいたという経験も効いている。ウィットたっぷりの会話とひねりのきいた展開。そしてそれらを包むのがボコノン教だもの。
ジュニアの頃のヴォネガットの最高傑作。訳もいい。伊藤典夫、26歳の時の訳業。
(p.s. ボコマルという儀式、soul to soul ならぬsole to sole。どうしたらこんなことを思いつけるのか。シカゴで人類学を学んだからか。) -
Posted by ブクログ
ネタバレ『スローターハウス・ファイブ』、または『子供十字軍』として知られる本作は、村上春樹が多大な影響を受けたことで知られるカート・ヴォネガット・ジュニアの代表作だということで手に取った。
はじめは「スローターハウス」を文字どおり「虐殺の館」と解釈し、大衆性の強いSFホラーを想像していだが、実際には、SF的装置を用いて、諧謔的に、しかし現実的に、戦争における人の死という主題を鮮明に浮かび上がらせていく作品だった。
主人公ビリー・ピルグリムは時系列に反して時空間を行き来するため、場面ごとの関連性は薄いように感じられるが、その脈絡の無さが、本作の主題を考えるうえでの中立的な視点を与えてくれているのだと感じた。
その点で本作は、「多くの人が犠牲になるから戦争はいけない」といった分かりやすい理屈に収斂する反戦作品とは異なり、本質に立ち戻って戦争の実態について深く考えさせられた。
トラルファマドール星人の視点では、戦争は不可避なものであり、当然起こりうる現象として受け入れられている。人の自由意志に希望を見出し、それに抗おうとする試みは放棄されているようにも思える。これが著者自身の立場なのか、それとも反語なのかは、最後まで見極めきれなかった。
絶対的な悪人が存在しないはずの世界で、なお悪が実行されてしまう世界。著者本人が戦場で感じたことを描きたかったのだと思う。
最優先で解決すべき問題であるはずなのに、これほどまでに答えが見えない。ビリー・ピルグリムのように泣きたくなる。間違っていると分かる程度には賢いが、それを正すための賢さまでは与えられなかった。そんな哀れな人間を、さらに憐れんだ。
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謎多い作家コードウェイナー・スミスの人類補完機構シリーズを年代記風に並べた短編集(50年代から発表されておりエヴァンゲリオンとは全然関係ない)。古いSFマガジンで何かの短編を読んで衝撃を受けて以来虜になってししまった。
物語は第二次大戦のナチスの話から1万6千年先までの人類の趨勢が描かれています。戦争によって人類は絶滅しそうになるのですが、そこからの復活がなんとも皮肉が効いていて印象的です。非常なドライでもなくかといってベトベトウェットでもなく、その一歩引いた姿勢がかっこいい。ドイツ人以外の人類を殲滅するための人間狩猟機(メンシェンイェーガー)が何千年も経て文明が崩壊しマンショニャッガーとなまって言われる殺戮機械としてのこっていたり、猫の遺伝子を組み込んだ生命爆弾兵器やら精神障害者の特化した能力を宇宙船に組み込んで宇宙を航行したりと異様な世界が描かれます。政治学者でもあった著者の思考は独特ではあるけれどリアルな感触を持たせるところも魅力。がちがちなハードSFとは違うけれどなんでもありありファンタジーとも違う。やっぱりスミスの作品は他の何とも似ていない唯一無二の存在。遺伝子操作された結果である言葉を話すクマ人間やカメ人間とかネコ人間出てきて、シドニアの騎士とかに影響を与えたんだろうなとも想像してしまいます。古びない作品群は今読んでも想像力を刺激します。 -
Posted by ブクログ
面白かった!
映画を数年に一度観ては、ああ、この歳でもまだ理解出来ない、とがっかりして、数十年前。でも、この本を読んで、ようやく意味がわかった!
以下興味深い文章、メモ。
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おたがいに大きな打撃を与えることができない。そのような非生産的な行為にかまけるほどの余分なエネルギーはなかった。
「新しい岩」が彼らの心を探り、、、トランス状態がとけた後、長い草の茎を引き抜き、不器用な手つきで結び目をつくる動作を始めた。
「月を見るもの」の石のハンマーがふりおろされ、イボイノシシを抹殺した
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電子新聞の見出しを見ていて、もうひとつ思い出されることがある。コミユニケーション手段が発達するにつれ、その中身がますますくだらなく、けばけばしく、陰惨に見えてくることだった。
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もっと異様な見解をとる論者たちは、真に進化した生物が、有機的な体を持つ必要があるとは信じていなかった。
最後には、脳さえ消えてゆくだろう。
精神もいつかは物質の束縛を逃れ、やがては人々がむかし精霊と呼んだものに至るのかもしれない。
スター・ゲートは三百万年間、待ち続けてきた。
ひとつの世界で知性が生まれ、惑星のゆりかごから抜け出そうとしている。
精神以上に貴重なものを見出すことができなかった彼らは、そのあけぼのを促す事業についた。
進化が新しいゴールをめざして進み始めた。機械が肉体を凌駕するやいなや、移行のときがきた。初めは脳を、次には思考そのものを、彼らは金属とプラスチックのすみかに移し替えた
彼らは、空間構造そのものに知識をたくわえ、光の格子のなかに思考を永遠に保存する仕組みを学んだ。
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なかは空っぽだ、どこまでも伸びている、そして星がいっぱいだ!
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地球から2万光年隔たった二重星の真っ只中に浮かぶ空っぽの部屋で、赤ん坊が目を開き、産声をあげた。
すでに人間を超える集中力をその眼差しに見せて、赤ん坊は透き通ったモノリスの深みをのぞき、多くの謎をながめた。
これほどの力を得たいまでも、自分がまだ赤ん坊並であることは知っていた。とすれば、新しい形態をとる決心がつくまで、あるいは物質にたよる必要がなくなるまで、いまの姿でいるだけだ。